経済・政治・国際

2017年12月18日 (月)

日本、キャッシュレス化に遅れ 韓国は9割

世界ではキャッシュレス化が進んでいる。ニッセイ基礎研究所の調べでは、韓国は民間消費支出に占めるカード決済の比率が約9割。シンガポールなども5割を超える。日本でもキャッシュレス化は拡大しつつあるが、なお約2割と海外に比べて遅れている。
日本人がキャッシュ好きなのは「長引くデフレや、清貧を良しとする国民性も一因」(ニッセイ基礎研の福本勇樹氏)という。実際、世の中に出回る1万円札は増え続けている。9月末の発行残高は約93兆円で、半期として過去最高だ。博報堂生活総合研究所が日本国内で実施したアンケート調査では、キャッシュレス社会に「賛成」と答えたのは49%で、「反対」は51%。賛否が真っ二つに分かれている。同調査では女性の62%がキャッシュレス社会に「反対」。「浪費しそう」「お金のありがたみがなくなりそう」などの意見が多いという。男性も41%が反対する。「暗証番号や個人情報が流出して、犯罪が起きる可能性がある」との懸念が根強いためだ。キャッシュレス社会は経済成長のカギになるとの見方もある。米ビザによると、電子決済の利用が広がるとオンライン通販の拡大などが見込まれ、国内総生産(GDP)を押し上げる効果があるという。(日本経済新聞:12月18日)


キャッシュレスについて考える。


記事では日本でキャッシュレス化が進行しない理由を挙げているが、実は理由は他にあって、キャッシュレス化している国ではニセ札が出回っていて、現金の信頼が低い可能性がある。中国で急速に広まった理由は、ニセ札をつかまされる懸念を排除するのに有効ということもあるだろう。街の屋台でも利用可能であるという。そんな国にならなくてよかったとも思うのだが、近代化が進まない国民性という解釈も可能になる。
多額の現金を持ち歩くのは、治安上からすれば好ましものでもない。しかし、カード決算にしたところで盗難被害が無くなる訳ではない。少額の買い物ならサイン不要のところもある。該当するのは、スーパーやコンビニエンスストアのような店舗で、少額取引に限定ということだ。盗難使用を排除するように、通常利用と異なる状況が生じるとチェックされるとあるが、本当に効果的な監視が成されているかは分からない。この手の情報は公表されることがない。まあ、多くは支払い場所にカメラが設置されているから、一定の予防効果は予定されていると言える。
キャッシュレス社会が経済成長のカギというのを、信用取引を商売にしている米ビザが、電子決済の利用が広がるとオンライン通販の拡大などが見込まれて、GDPを押し上げる効果があると主張しても、我田引水の誹りを免れないだろう。現金取引に限定していては、経済成長に限界を感じるのは否定しないが、その程度の話である。便利なら使うし、危険なら使わないものである。経済成長の為に支払い方法を選択することがないのは確実である。


お金を見たことのない殿様の子供の話があったと思い出した。

2017年12月 1日 (金)

維新・足立氏、「犯罪者」発言を陳謝「深く反省する」

日本維新の会の足立康史衆院議員が11月15日の衆院文部科学委員会で自民党、立憲民主党、希望の党の議員3人を「犯罪者」と述べた問題で、足立氏は12月1日、委員会の理事会で陳謝した。冨岡勉委員長(自民)が明らかにした。与野党は議事録から該当部分を削除することで一致しており、協議を続ける。
冨岡氏によると、足立氏は「私の発言中、議員の名誉を傷つけるような不適切な部分があったことはきわめて遺憾であり、深くおわび申し上げる。深く反省し、二度とこのようなことがないよう十分注意する」と陳謝したという。立憲が衆院に出していた懲罰動議は、同日の議院運営委員会理事会の協議で懲罰が科されない見通しになった。足立氏は加計学園の獣医学部新設をめぐる審議で、一連の問題を追及してきた立憲の福山哲郎幹事長、希望の玉木雄一郎代表が獣医師会から献金を受けていると指摘。国家戦略特区で獣医学部新設を認める条件を閣議決定した当時の地方創生担当相だった自民党の石破茂氏も「何らかの権限がある」として、3人を「犯罪者だと思っている」と述べた。(朝日新聞:12月1日)


毎度おなじみの足立康史について考える。


通産省の役人から、みんなの党、日本維新の会と流れてきた政治家である。創価学会の家庭に生まれたことを、結果的に公表している (選挙の対立によって自らオープンにした) から、門外漢には公明党からの立候補が相応しく思うが、そんなに単純でもないのだろう。そもそも公明党は、この手の目立ちたがり屋を嫌う。宗教政党と言ったら叱られるのだろうが、宗教的なつながりを基本にすると、宗教活動で得たポイントで決まると思って、そんなに外れてはいないだろう。宗教には、布教は重要な活動だから、機関紙を販売するのも、家々を回って勧誘するのも、重要な修行のひとつと言える。これはどんな宗教でも同じだろう。手法と程度に少しの差はあるだろうが。
足立が公明党なら持て余すとして、日本維新の会ならどうかといえば、選挙目当てで集まった烏合の衆である。持て余すも何もない。目立つことは結構な話となる。政党もいろいろと都合がある。しかし、政治家の品位を汚す行動だと見做されれば、処分するよりないということになる。人気命の政党なら、それがより強く出る。国会議員を犯罪者扱いすれば、それは相応の処分が下るものだ。

謝って済ますというのが最初である。それでも、学習しない御仁であろうから、同様の行為を繰り返す。次は謝ってでは済まないが、もう少し重い処分を作り、その次は政党から除名することになるのだろうか。そんな内に選挙になり、落選してタレントになることだろう。毒舌政治評論家になる為の修行中ということと理解しよう。


タレントの席はキャンセル待ちもあふれていることだろう。

2017年11月16日 (木)

パナが高級ミラーレス一眼 10年目の節目に新戦略

パナソニックは11月16日、瞬時のピント合わせと強力な手ぶれ補正で機動性を高めたミラーレス一眼カメラ「G9PRO」を2018年1月25日に国内で発売すると発表した。価格は本体のみで21万円前後(税別)。パナソニックのミラーレスは高品質の動画も撮れる「GH5」が欧州や北米を中心に好調だ。18年はパナソニックがミラーレスの販売をはじめて10年の節目。静止画と動画の「2トップ戦略」で、次の10年のさらなる飛躍を狙う。(日本経済新聞:11月16日)


デジタルカメラについて考える。


カメラのデジタル化により、高級品であったカメラが消費商品へと移ったという話は何度も書いてきた。特にスマートフォンの普及により、カメラ機能の差別化が分かり難くなっているコンパクトデジタルカメラにおいては、商品ラインナップの縮小を余儀なくされている。それで高級一眼レフが売れているのなら、カメラメーカに不満はないのだが、そうもいかない事情がある。大きなカメラをぶら下げているのが、マニア臭が強くて抵抗を感じるということはあるのだろう。この隙間を埋めると、カメラメーカが期待する商品がミラーレス一眼レフである。CIPAが公表している統計で、データがある2012年以降の出荷台数、平均単価を四半期単位でグラフにしたのが下である。
M1
この期間全体の比較で、一眼レフは64.6千台、ミラーレスは28.6千台とミラーレスが少ない。平均単価も、一眼レフで30.1千円、ミラーレスで28.6千円と差が小さい。ミラーレスの位置付けは当初は、小型軽量の一眼レフ廉価版であったものが、廉価版が修正され高性能版に修正されたようだ。動画を扱える部分で、一眼レフとの差別化は可能であろうが、少々スマートフォンとの比較にとらわれ過ぎている気がしないでもない。まあ、コンパクトデジタルカメラの悲惨な状況からすれば、希望の星であることは間違いない。


カメラが沢山売れるのが幻像なのだが。

2017年11月15日 (水)

加計問題、論点深まらず 野党は追及継続へ

11月15日の衆院文部科学委員会の加計学園の獣医学部新設認可を巡る論戦は、問題の論点が深まらないままだった。野党は認可の妥当性についての説明が不十分だと繰り返し追及したが、林芳正文部科学相ら政府側は手続きは適切だったという説明に終始した。論点はなお残るが、野党が衆参両院の代表質問や予算委員会でどこまで具体的に究明できるかは不透明だ。
野党が今後も力を注ぐ方針なのが、今回の認可と「既存の大学・学部では対応困難」など学部新設4条件との整合性だ。政府が当初の原則を曲げ、恣意的に認可したのではないかと問題視する。だが、判断の妥当性を繰り返し強調する政府から、決め手となる答弁を引き出す戦略はみえない。野党側は認可過程の解明に必要だとして、文科省の大学設置・学校法人審議会の議事録を出すよう求めるが、政府側は議事録は作成しないとの立場だ。政府の情報公開姿勢も追及するが、世論に訴える新たな材料にも乏しいのが現状だ。もう1つの焦点と位置付ける安倍晋三首相の関わりも、これまでの論戦では具体的に示せないままだ。学園理事長の加計孝太郎氏は首相の友人。野党は加計氏の参考人招致で、首相に計画を伝えていたのではないかとただす構えだが、実現の見通しはない。仮に招致できたとしても、加計氏が否定した場合に、野党に反論できる材料があるのかは釈然としない。(日本経済新聞:11月15日)


国会審議について考える。


国会議員、特に大臣が、その職務権限を私的に使って、関係者に利益誘導するというのは、古典的な権力の濫用というものである。大学の許認可業務について、国会議員が関係していると疑われた時点で、濫用があったと推定するのは、一定の蓋然性があると信じる。これでは推定無罪の原則が損なわれるという指摘は当たらない。権力者にあるのは、推定有罪原則しかない。理由は単純で、権力は腐敗する、そして、必ず暴走するものである。これが動かせない以上、権力に対する監視は決して緩めてはならないのである。
反論として、権力者を陥れようと、マスコミを操作するものが生じるかもしれないというものがある。今回の問題も、この立場に立って、現政権、もしくは、安倍晋三に対する敵対心による情報操作だとする意見も見掛ける。そうである可能性は否定しない。しかし、安倍晋三の行動は軽率過ぎるし、安倍昭恵に至っては、はしゃいでいるとしか見えない。この夫婦はものを考えるという習慣が幼い頃から無いままに齢を重ねてきたように思える。行動に対する責任は取るというのが大人の作法である。躾のできていない子供には分からないかもしれないから、一縷の望みとして安倍洋子にでもお願いするよりないかもしれない。国難である。拒絶はしまい。

ご高齢の方に負担を掛けるのは忍びない。これらを横に置くとして、大学の認可が妥当なのかを検証するのは、国会の仕事として相応しいものである。地方のボロ大学が、県の資金を当てにして、新規学部を開設するというのなら、大学の運営に関してもう少し点検があって然るべきである。不認可になった大学として、幸福の科学大学というのがある。これはこの国の大学として不適切な大学であると結論するのに同意する。それなら、岡山理科大学はギリギリ妥当だとして、獣医学部として妥当なのかとすれば意見のあるところだろう。鳥インフルエンザなどの問題に関わる公衆衛生について、獣医の必要性が高まっているというのがあった気がする。獣医学科のコースで講義を設定するのが困難な代表例が公衆衛生である。少人数の学科に、専門性が高く、汎用性が乏しい講義を設定するのがどれだけ大変かを想像すると良い。公衆衛生の専門家になるのに、獣医学科のコースが最適でないが、この教育は欠くべからざるものである。国立大学で共同運営がなされている代表的な例である。獣医学に関わる直接的な教育人員が不足していることが原因ではない。
iPS細胞の実用化に向けて動物実験の環境整備が必要だという意見もあった。動物実験について、以前より厳しい管理が求められていることはどこに行ったのだろうか。新薬開発に用いる動物を使用するのに、慎重にならざるを得ない社会環境が発生している。動物実験反対運動は30年前にもあったと記憶するが、ここ十年位においては、毛皮コートに関する反対を欧米有名人がすることで注目が高まっている。iPSだけ特別という訳にもいかないだろう。単純に我が儘だというのは簡単だが、命を救う行為も、広義では同じである。

安倍晋三夫妻が関係したか否かを調査するのは大変だろう。国会の審議で、大学が必要な要件を満たしているのかくらいは明らかにしてもらおう。ロクでも無い大学があっても良いし、おそらく国家試験に合格する者も少ないことと思う。それでも、幸福の科学大学が認可されないのなら、この獣医学部も認可されなくて良いのではないかと思う。この間にどれ程の距離があるのかを示すくらいの責任は、行政機関にあると信じる。


この夫婦が入れる大学を設置基準にするなら、大学教育へのテロ活動だ。

2017年9月28日 (木)

参院選、3.08倍差「合憲」 合区後の一票の格差 最高裁

合区が初めて導入され、「一票の格差」が最大3.08倍だった昨年7月の参院選について、最高裁大法廷(裁判長.寺田逸郎長官)は9月27日、「合憲」と判断した。合区による格差縮小を評価した。その上で、二つの弁護士グループが各地の選挙管理委員会に求めた選挙無効の訴えを退ける判決を言い渡した。
この日の判決は法改正に伴う格差縮小を評価しつつ、再び拡大することがないよう釘を刺した。自民党では、地元の不満が強い合区を改憲によって解消しようとする動きがある。格差が広がる懸念があり、国会の対応が問われる。最高裁が2010年と13年の参院選で連続して「違憲状態」と判断したことを受けて、国会は15年の公職選挙法改正で、鳥取と島根、徳島と高知の合区を含めた「10増10減」を実施。格差は13年の4.77倍から3.08倍に縮小した。この日の判決は「参議院の創設以来初の合区を行い、数十年間にもわたり、5倍前後で推移してきた格差が縮小した」と評価。15年改正の付則に「19年参院選に向けた抜本的な見直し」が明記され、さらなる是正に向けての方向性と立法府の決意が示されたとして、「違憲の問題が生じるほどの著しい不平等状態とは言えない」と、合憲と結論づけた。一方で、判決は選挙制度の仕組みを決める上で、投票価値の平等の要請が後退してもよいとはいえないと指摘。ただ、唯一の基準ではないとも述べ、都道府県の意義や実態などを一つの要素として考慮しても、国会の裁量を超えるとはいえないとの考え方を示した。 裁判官15人のうち、11人の多数意見。鬼丸かおる、山本庸幸両裁判官は「違憲」、木内道祥、林景一両裁判官は「違憲状態」とする個別意見を示した。(朝日新聞:9月28日)


一票の格差について考える。


このブログの定番ネタになっている一票の格差問題である。真面目に調べているのを三つ挙げるとしたら、大学教育と犯罪者問題と一票の格差となる。この隙間を、企業決算に関する数字で埋めていたが、最近は政治の悪口になっている。無駄なことなら書かなければ良いが、少しは読んでくれる人もいる。読者の為に書くほどの仕事をしてはいないが、書いておけば何かの役に立ちはしないかと自分自身の備忘録程度の価値はあろうと信じる。

さて、一票の格差の話である。1946年に公職選挙法が制定された。当然、選挙権について等しくあるべきだとする考えはあった筈だ。しかし、1947年当時、衆議院は 1:1.51 の格差があり、参議院では、 1:2.62 の格差があった。つまり、原理原則と実務とはかけ離れたものになっていた。いや、むしろ、実務的な作業負担を考慮すれば、1947年当時の格差は今日においても許容されるべき水準との認識が、最高裁判所においてある可能性さえある。参議院は出発の 2.62倍が、前回 4.77倍であったものを 3.08倍まで近付けたのだから、合格点であるという判断である。国会議員が国民全体の代表であることを否定し、地域代表であることを宣言する行為である。裁判所は法律をつくりはしないが、法律の問題点を指摘し得る機関である。何度も指摘しているが、嫌いなことを二つ書く。

  ・ 最高裁が一票の格差を違憲としない一方で、統治行為論を持ち出す態度
  ・ 国会議員が議員定数や待遇を自分達で決定するお手盛り方式

最高裁が国会に係る問題について冷淡であるのは、政治家など不浄の者として見下しているのだろう。国会議員は最高裁など勉強だけしてきた浮世離れした存在と軽くみて、有権者に頭を下げる振りだけしてやり過ごし、自分は特別に選ばれた存在だと信じて、自信の懐は温かくすることに熱心になる。どいつもこいつも、真面目に仕事をしろと言いたが、真面目に自己保身に励んでいるとなれば、足す言葉も見当たらない。
一票の格差があることを前提に、予算関係の審議などの投票には、地域の代表であることを前面に出して、株式会社張りに議会での一票に格差を係数として乗じたらどうだろうか。自分の存在が半人前以下だと言われたらプライドも傷付くことだろう。それで修正しようと思うのなら価値はある。まあ、国民全体の代表だから許されないのだろうが。
今回の最高裁の判決は、一票の格差是正に努力したねとお褒めの言葉を国会が貰ったということである。国会議員は恥を知れ。勉強だけしてきたやつらに褒められなくて良い。褒めて貰うのなら、国民からだと、声を大にして叫べ。

衆議院議員選挙が行われるので、小選挙区の一票の格差を俎上に載せることとする。小選挙区単位で比べようと思ったが、資料が見つからず、都道府県の選挙区単位で集計するのは根気が要る作業となる。今回は諦めて、簡単に集計可能な資料がある都道府県単位で有権者数と定数をまとめて、都道府県の議員一人当たりの有権者数を計算した。2012年と2014年は選挙時の数字を用い、2017年の有権者数は発表された資料が無かったので、2016年9月の数字を用いて、今回の議員定数で計算した。都道府県単位で今回と前二回の選挙でのヒストグラムを下に示す。

■ 衆議院小選挙区都道府県単位
   議員一人当りの有権者数ヒストグラム推移 (単位:千人)
       2016年   2014年   2012年
  200     0      0      0
  220     0      0      3
  240     0      1      2
  260     1      0      1
  280     2      6      6
  300     7      10      9
  320     5      6      6
  340     11      9      7
  360     6      5      3
  380     4      4      3
  400     6      4      5
  420     3      1      1
  440     1      1      1
  460     1      0      0
  480     0      0      0
  500     0      0      0

議員定数が300、295、289と減っている。議員定数を減らして、なんとなく、小さい方が減っているように見えるから、格差是正に適切な仕事なのかなあ、とも思える。そこで、都道府県単位での統計値で比較してみる。

■ 衆議院小選挙区都道府県単位比較統計値
           2016年     2014年     2012年
 平均      368,023    352,416    346,533
 最大      448,955    434,024    428,835
 最小      241,393    238,477    210,185
 標準偏差    43,706     42,592     52,500
 総定数       289       295       300
 最大/最小     1.86      1.82       2.04


最大になっているのはいずれも東京で、最小は2012年が高知、残りは鳥取である。
今回選挙で更に改善されたかと思ったら、最大と最小の比も、標準偏差も悪くなっている。平均値±σ (標準偏差) の間に68% が収まるというのが、正規分布の示すところである。2σくらいまで行けば良いのだが、95% 入るということは格差が大幅に是正されたということであるから、ここまでいくとは思えない。
選挙区単位で分析しなければ意味がないという意見もあるだろう。実際、東京都の小選挙区数は25あり、鳥取は2である。これを統計的に同じ重みとして扱うのは不適当だと考えるのは合理性が高い。少なくとも、小池百合子の記者への返答より、高度な論理性があると認識する。それでもこんな数字の比較をしたのには訳がある。選挙制度が都道府県を管理単位に実施しているという事実があるからである。
小選挙区の区割り変更を実施するとき、市が複数に分割される場合はままあるが、県を跨いだ選挙区はない。記事の選挙区例で、複数の県がいっしょになった合区が扱われているが、これは分割ではなく統合である。小選挙区で格差を是正しようとすると、都道府県の境界を守ることが大きな障害になっている。都道府県など行政上の便利の為にある仕組みに過ぎず、国家の在り方とは別の種類の問題に過ぎない。しかし、過去の習慣から逸脱することを極端に恐れる行政実務家は、こんな乱暴な考え方を採用することは決してない。

一票の格差を衆議院の小選挙区で解決するには、都道府県の枠を超えなければならない。もし、都道府県に意義を持たせたいのなら、参議院は有権者数に選挙区の面積を乗じたもので格差をなくすとでもすれば良い。扱う面積の大小に根拠の一部を求めるのは意味もあろう。ただしそれは参議院に限られる。そんなこんなはまた何れ。


政党など壊れても良いが、壊れた者しか議員にならないのは問題だ。

2017年9月20日 (水)

三菱自、SUV型のEV出展へ

東京モーターショーで  三菱自動車は9月20日、10月下旬から開催される東京モーターショーで多目的スポーツ車(SUV)型の電気自動車(EV)のコンセプトモデルを出展すると発表した。電動化や四輪制御の技術を進化させるほか、新たに人工知能(AI)を活用した機能を搭載する。
EVは日産自動車が「リーフ」を全面改良したが、SUV型は国内メーカーでは珍しい。三菱自は軽規格の小型EV「アイ・ミーブ」やSUV型のプラグインハイブリッド車(PHV)「アウトランダー」を販売している。得意とするSUVでEVモデルの開発を加速する。AIではヒト型ロボット「ペッパー」との対話などから運転手の意図や状態を理解し、情報を提供する機能を開発している。コンセプトカーでもこうした技術を活用するとみられる。東京モーターショーは10月25日から11月5日まで開催される。(日本経済新聞:9月20日)


電気自動車について考える。


三菱自動車の i-MiEV は2009年6月に販売開始であるから、自動車のモデル、特にエレクトロニクス技術を最初に用いたモデルとしては、随分と時間が経過している。電気自動車でないとしても、モデルの元になった i は2003年販売開始で2013年に生産終了となっている。自動車のシャーシはモデルチェンジ2回流用されるのが普通のようだが、14年というのはさすがに古い。i の方は、ダイムラー・クライスラーとの提携解消が開発時にあったりと複雑な経緯を経ているし、 i-MiEV はといえば、2010年にPSAグループへの供給が決まるも思惑通りには行かなかったと、三菱自動車の運命と同じく揺れ動いている。
親会社が日産になった今では、電気自動車市場での差別化を求めて、市場で売れているSUV仕様で再度参入しようという話である。SUVといっても本格的なものではないのは当然で、そもそも位階の充電での走行距離が小さいのだから、座席位置が高く見晴らしの良いSUVスタイルの電気自動車ということになるのだろう。電気自動車の最大の問題点が走行距離にあるのだから、4WDなど不要だし、タイヤも転がり抵抗の小さなものにしたいと、重量を小さくする流れが本流であることは明らかである。それでも売れなければ仕方ないということは動かし難いから、SUVスタイルの街乗りモデルというのが着地点になるのだろう。
i-MiEV が発表された頃は、ガソリン自動車との操作性の差異を小さくすることを重視していたが、最近の電気自動車やハイブリッド車では、アクセルを緩めた時に発生する回生ブレーキを積極的に用いるようになっている。ガソリン車との違いは大きくなるが、回生で得られるエネルギーが発生するなど燃費の改善に貢献する。こうした制御系のソフトウェアの見直しは当然行われるだろうが、それに加えてシャーシ系の最適化作業も必要になるのだろう。

結局のところ、三菱自動車の仕事は、日産に先んじて実験的な製品を商品化することに重点が置かれることになるのだろう。潰れた会社の生き残りなどこんなものだろう。


日産も一度潰れた会社ではある。

2017年9月19日 (火)

二階氏、森友・加計は「小さな問題」=石破氏「国民は納得せず」

自民党の二階俊博幹事長は9月19日の記者会見で、学校法人「森友学園」と「加計学園」をめぐる疑惑について「小さな問題」との認識を示した。
衆院解散が断行されれば、野党側は国会で追及する機会が奪われるだけに、強く反発しそうだ。安倍晋三首相が衆院解散の意向を固めたことに対し、民進党など主要野党は「森友・加計の疑惑隠しだ」と批判している。これに関して二階氏は会見で見解を問われ、「野党がおっしゃるのは自由だ。われわれはそんな小さなというか、そういう問題を隠したりすることは考えていない」と反論した。一方、自民党の石破茂元幹事長は19日の読売テレビの番組で、疑惑から「逃げ切れるかどうかは分からない」と語った。石破氏は「まだ納得していない国民が多い。きちんとした説明ができるかだ」と指摘した。(時事通信:9月19日)


議会解散について考える。


解散は首相の専権事項だという考え方が永田町では主流のようだ。そうは言っても、首相である安倍晋三が、丁寧に説明責任を果たすとした、森友学園問題、加計学園問題を取り扱わない手段として、国会を解散して良い理由もない。ましてや、少々耄碌しているのではとさえ思える口調で、二階が小さな問題と言ったところで、何が解決する訳でもないし、野党の反発は必至となる。耄碌したようには老獪なと同義であるのが永田町のようだ。つまらない小競り合いを起こすのも、与党にとって悪くないという判断があるのかもしれない。

自民党の中でも、二階は解散が自民党に利があると判断し、内心でそれは肯定しつつも、石破はその先のことを睨んで、問題がある行動ではないかと指摘する。つまり、自民党内でも揺れる部分が残っていると言える。
安倍が解散する理由として、最大の言訳が残っていることにマスコミは気付いていない。自民党内でも考えが及んでいないようだ。それは、安倍が解散理由として、森友学園問題、加計学園問題で国民に政治不信を招いたことをお詫びし、議員を引退すると説明することである。議会解散の必要性は、政治不信を一掃する為であるから説明が付く。この方法であれば、自民党を気の毒に思う、というか、安倍を批判し過ぎたと感じる国民が増えるから、与党議員の減る数は小さくなる。

国会議員を気軽に辞める訳がないと思う筋もあろうが、政権を投げ出した実績のある御仁だ。今回は、本人の他に、ものを考える習慣の欠ける妻も関わっている。粘り強く行動するというのから最も遠い位置で暮らしてきた。根気のいる作業など続けるつもりもあるまい。
おじいちゃんの悲願を掛けた憲法改正が遠のくなら、自分がする仕事などそこにはもうないということである。そんな説明をされたら、解散を止める理由はないだろう。


七条解散は制限されて良かろう。最高裁が判断することはないだろうが。

2017年9月 5日 (火)

山尾氏の起用見送り 民進新執行部が発足

民進党は9月5日の両院議員総会で主要な役員人事を承認し、前原誠司代表率いる新執行部が発足した。幹事長には大島敦元総務副大臣を充て、代表代行に代表選を争った枝野幸男元幹事長を起用した。当初、幹事長や代表代行で起用する方針だった山尾志桜里元政調会長の人事案の提示は党内の反発を受け断念した。目玉人事の撤回で前原氏は出だしからつまずいた格好だ。
政調会長には衆院当選4回で50歳の階猛元総務政務官を起用。選挙対策委員長には枝野氏を支持した長妻昭元厚生労働相が就任した。国会対策委員長には旧維新の党出身の松野頼久元官房副長官が就いた。前原氏を支持したグループの議員に加え枝野氏を支持した陣営からも起用し、挙党態勢づくりをめざす。前原氏は当初、衆院当選2回で若手のホープとされる山尾氏を幹事長に抜てきし、清新さをアピールする考えだった。だが山尾氏の実務面での経験不足への懸念が広がり、衆院当選6回で代表代行に内定していた大島氏を充てる方針に転じた。前原氏はその後も山尾氏を代表代行で処遇する意向を固めたが、党内の反対論が強く主要ポストでの起用自体を断念した。前原氏は両院議員総会の冒頭で「人事のことでご心配をおかけしていることをおわびしたい」と陳謝した。党の要である幹事長人事の変更で、前原新執行部は出足から混乱を印象付けた。党内からは「1度固まった人事を覆すのは、党への打撃が計り知れない」との懸念が広がっている。(日本経済新聞:9月5日)


政党の人事について考える。


与党の場合には政府系の椅子もあり数が多いから、党の代表選挙後の人事に工夫のしようもあるが、野党の場合には党務に限定されて椅子が少なくなる。これがやっかみを生む要因で、露骨な功労人事をすれば批判される。鳩山が代表になった際には、露骨な功労人事と批判されたことがある。そうはいっても、選挙に骨を折った人に、何も報いるものがないというのも人情的には無理がある。この国のしっとりとした体質が拒むだろう。結局、良い按排を見出すよりないということになる。
今回の民進党の場合には、人気浮上を狙っている。前原の民主党時代のイメージを引きずる部分を排除して、新しい党であることをアピールするには、メディアへの露出が大きい山尾を幹事長に据えるという考えが出たのだろう。ちょっと待て、それには既視感がある。蓮舫が代表になったときと同じだ。そして、野田佳彦が幹事長になって、寄ってたかって叩いた。椅子取りゲームに敗れると、大きな声で不満を叫ぶのが党是になっているようだ。
当選回数2回の山尾が経験不足だという指摘のようだが、6回当選していれば大丈夫というのではなく、適性があるか否かの判断に、取って付けたように当選回数を理由に当てているだけに過ぎない。2回でも適正と能力があれば、少しの混乱はあっても成果は上がる。6回で適正の能力に欠ければ、混乱することは必至で、回数の言訳分だけ被害の拡大が生じる。

話を戻す。山尾が幹事長に適するのか否かについて何も知らない。しかし、新しい代表の前原が良しとしたのであれば足を引っ張ることは許されない。この党の最もだらしない部分である。これだから駄目なんだと言いきって良い。党の理念に合致するだの、妙な原理主義的な主張より重要なのは、党という集団で決まったことには従うという単純な行動原理が優先されるということだ。前原を選んだ、そして、幹事長を決めた。それに従うのは当然である。内定した人事に不満があるというのを拾っていったら、いつまでたっても何も決まりはしない。
この愚かな原理主義集団では、綱領や基本的な理念が違う政党とは組めないなどと主張する。これを口にすれば、民進党の党内の意見の不一致が問題になる。そもそも、自民と公明で一致しているかと問えば多くの疑問が湧くし、自民の中ならどうだと言えば、それはそれで問題がある。党内の一致が重要なのは、与党の場合には一定水準で確保されないと、国民は不安に感じるだろうから、党是はともかく、当面の方向性について位、明確にして貰いたいものだとは思う。少なくとも、民進党が直ちに政権を担うこともあるまい。ないことを前提にしてしまえば身も蓋もないが、政策実現は与党だけのものとするのは危険だ。少数者側の意見を汲む仕事も大切である。野党のままであることを前提にする必要もないが、与党の仕事に問題があることを明らかにして、代替案を提示するくらいのことは担って貰いたいものだ。
民進党と共産党との選挙協力で、民進党の支持母体である労働組合から不満が出て、反対する議員がある。民進党の保守系の議員には、そもそも共産党アレルギーがあって受け入れられないというのもある。労働組合でも、民進党を支持するのはブルジョア労組で、共産党を支持するのは貧乏労組と決まっている。ブルジョアというのは、組合員が安定した大企業や団体で労働している正社員であり、貧乏労組というのは、非正規や大企業でもはみ出してしまった組合員ということになる。労組と一括りには出来ないが、民進党は労働組合の力だけで与党になれることがないことも分かっている。原発廃止を掲げると、電力総連の都合が悪いとする意見が出てまとまらない。しかし、電力総連で何人国会に議員を送り出せるのかい。
政党協力を考える上で、綱領や基本的な理念で一致するのなら、同じ政党である。これが違っても、協力する利益があると確信するから一緒に行動するのである。この原理主義者は幼い。そもそも、一人一人の考えに違いがあり、部分で一致をみるから政党に属しているのだろう。完全な一致を求めるなら、入党時の資格試験に思想チェックでも設けるのだろうか。

愚かな民進党の話を終える。山尾の話である。幹事長を諦めたのは、山尾に不倫疑惑が生じたからだという。人気のキーワードである不倫である。昭和の政治家のように、妾が何人もいるというのは、今日の国会議員にいないだろうが、まったくいないということとなると少々怪しい。法律を最上の行動規範と考える連中からすれば、不倫に刑事罰がある訳ではないから不問であろう。不貞行為は離婚理由になるから、離婚訴訟にでもなれば不適切と判断しても良いかもしれない。山尾の件が不倫であったとしても、それはそれだけの話に過ぎない。夫や子供がどう思うかは、他人が口出しする問題でもない。文春は私的制裁機関の役割を担っているようだが、むしろこっちの行動原理を知りたい。

いっそのこと、民進党は議員候補になる人物に、過去に前科、逮捕歴、違法薬物の使用経験、不倫経験、非合法カジノ・違法風俗への立ち入り、ガールズバーに立ち入ってお小遣いをあげた経験について公表することを求めたらどうだろうか。もしかしたら、合法の風俗店への経験も明らかにした方が良いかもしれない。


政治家として、公平公正であることを疑われる行為以外に縛りが必要か。

2017年8月24日 (木)

民進代表選、離党者対応で溝 前原・枝野氏

9月1日投開票の民進党代表選に向け、前原誠司元外相と枝野幸男前幹事長の両候補者は8月22日、日本記者クラブの記者会見に臨んだ。枝野氏は細野豪志前代表代行や長島昭久元防衛副大臣らの離党者を念頭に「しっかりと対抗馬を擁立する」と明言。前原氏は「総合的に判断する」と今後の連携に含みをもたせた。野党再編への姿勢でも温度差が目立った。
前原氏は東京都の小池百合子知事が実質的に率いる地域政党「都民ファーストの会」について「わかりやすい政治をしたことが都議選での躍進につながった」と分析。「大都市でこれからも地域政党ができるかもしれない。いろんな連携を取りながら力を最大化していく」と述べた。一方、枝野氏は「単独で政権を取る覚悟と努力が必要だ」と強調。「全国で本格政党として活動できる基盤は持っている。今ある地域基盤を強化することに全力を挙げる」と述べた。(日本経済新聞:8月22日)


民進党について考える。


民進党が忌み嫌う、というより、国民から見放された政権であった民主党のイメージを切り離したいというのが、この民進党の最初の課題だと認識しているようだ。よって、前回の代表選は蓮舫と玉木雄一郎が争ったのは目的に適っていた。しかし、今回は、前原と枝野で民主党色が強い代表選になっている。何をやっているんだか。
民進党のこの状況を打開する為に、議員個人として離党を考える者が出ている。通常ならこんな行動にはでないのだが、つい最近の東京都議会議員選挙で小池新党 (都民ファーストの会と称する) が旋風を巻き起こしたから、これにあやかろうと思う信者が増殖しているようだ。実際、都議会議員選挙でも選挙前に民主党系会派から都民ファースト系に宗旨替えして当選したという、御利益の恩恵を受けた都議会議員もいるようだ。
とはいっても、宗旨替えができるのは、民進党の右側に位置する人達に限られる。左側に構える議員には可能な御宗旨候補は、消滅の危機にある社民党か、さすがにこれは無理だという日本共産党となる。つまり、小池新党に流れ込んで地位を守ろうとする保守系の議員が、離党する可能性のある候補ということになる。
都知事である小池百合子の考え方は、新党によって首相になろうなぞとは思っていない。小池は過去に新党ブームに乗って国会議員になったものの、大臣になれたのは自民党であったときである。新党をチラつかせて自民党を揺さぶり、自分の価値を最大化した上で自民党に合流するのが現在描いている青写真だろう。小池が民主党の悪いイメージを引きずる民進党の議員を引き連れて自民党に合流するというのは、自民党内での地位向上にマイナス要因にしかならない。そもそも小池頼みの子分など、色の付いていない議員の方が都合が良いに決まっている。それからすれば、若狭だっていつ切られないとも限らない。

枝野が自民党に行くことはないだろうが、前原なら自民党であっても不思議はない。細野や長島と一緒に自民党に入党すれば良いだろう。自民党の古い体質を嫌ったこともあるのだろうが、"の"党の類で、継続して存在したものがない。一時のブームでは仕事は出来ないだろう。自民党に行かない理由は、究極的には埋没してしまうからに過ぎない。政治理念の一致などとほざている者があるが、同じ政党だから皆一致しているというのは、日本共産党か公明党くらいのものだろう。そもそも、野党で政治理念の一致もないものだ。野合と言われようとも、選挙で過半数を確保するのが、選挙命の国会議員の矜持というものだろう。


原理主義的な頭の固さが、国民の利益に通じるとは思えない。

2017年8月 8日 (火)

「日本ファースト」立ち上げ 小池氏側近が政治団体

東京都の小池百合子知事の側近、若狭勝衆院議員は8月7日、国会内で記者会見し、政治団体「日本ファーストの会」を立ち上げたことを明らかにした。設立日は7月13日。次期衆院選の候補者を発掘するため、政治塾を発足させることも表明した。9月16日の初回の講師には小池氏を招く。若狭氏は「有権者は自民でも民進でもない政党の存在を求めている」と語った。
7月の東京都議選で地域政党「都民ファーストの会」を率いて圧勝した小池氏の国政進出をにらんだ布石とみられる。野党第1党の民進党では、細野豪志前代表代行ら複数の現職議員が離党を表明。若狭氏らとの連携を模索しているとの見方もある。今後の野党再編のほか、安倍晋三首相が踏み切る衆院解散時期にも影響を与えそうだ。若狭氏は7月の東京都議選で都民フを支援。自民党を離党し、小池氏と行動をともにすることを明言している。今月6日のテレビ番組では、細野氏らと今後の連携に向けて協議する意向を示したほか、参加が見込まれる現職の国会議員についても、「(政党となるのに必要な)5人以上はいる」と述べていた。


政党名について考える。


都民ファーストの会であるから、国政政党となると、国民ファーストの会となりそうである。ところが、国民ファーストの会公認を掲げ、東京都選管の選挙公報でもそう記載された都議選候補がいる。後藤輝樹であるが、千代田区(定数1人)で立候補している。とはいっても、小池新党が国民ファーストの会を名乗ることは可能であるようだ。ややこしい状況が生じるから、好ましいことではない。共存して状態で、国政選挙となれば、衆参議員選挙比例選出議員選挙でどうするかということになる。後藤の会が、国政政党の要件を満たす可能性は低いから、比例区では小池新党が独占的に名称使用が認められたとしても、たとえば衆院小選挙区になれば、政党の名称保護の規定はないから後藤の会と競合することになる。マスコミ報道では、保護されない政党は、諸派扱いするのが通例であるが、選挙公報やポスターでは使用可能である。
後藤の会が、小池新党が国民ファーストの会の名称を使用した国政進出を睨んで、既得権を主張する為に名称を先に登録したという考えは成立するが、後藤がその通りですと言う筈もない。名称を売買するというのも、政党名であれば馴染まないところだろう。結論としては、国民ファーストの会の名称は使えないということになる。

若狭が、国民ファーストの会が使えないならと、日本ファーストの会なる名称を使うことにしたと仮定しよう。随分と国粋主義的な名称である。英語にすると、Japan First Party ということになろうか。おやおや、これだと、桜井誠が党首を務める日本第一党と同じである。桜井は、元在日特権を許さない市民の会の活動で知られる人物である。こちらは、国粋主義が似合いそうな団体ではある。
「の党 (会) 」、や「新党」という名称を用いる政党は、長く続くことはない。テンポラリーな使用であるのだが、本人たちは人気になりそうな名前と気に入るようだ。小池の経歴を確認すると、日本新党→新進党→自由党→保守党→保守クラブ→自民党→都民ファーストの会 と変わっている。保守クラブは、保守党所属の政治家が、自民党に加わる為の手続き上の存在に過ぎないから無視して良いが、非自民の保守政党の流行に乗って、自民党に行き着いたものの、そこでの存在感が薄くなったので他に動いたという様子に見える。このテンポラリーな政党を使って、自民党総裁を目指すと読めるのだが、穿った見方と言われるだろうか。


いっそのこと、Great Japan Patriotic Party の政党名を使って貰いたい。

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