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2018年8月25日 (土)

爆笑問題「太田光」の日大裏口入学 息子を溺愛、“ネットワーク”の門を叩いた父

結成30年の「爆笑問題」はお笑いの第一線で長らく活躍してきた。ボケたりイジったりの太田光が相方と出会ったのは日大芸術学部だが、太田はそこへ裏口入学していた。受験日直前にホテルへ缶詰で、現役教員のレクを受け……ほとんどは父の溺愛によるものである。(週刊新潮 2018年8月16・23日号)


プライバシー報道について考える。


報道内容を確認する。爆笑問題の太田光が裏口入学していたという記事である。内容は、とても合格水準に達していないことから、父親が800万円を大学に支払って入学させたというものである。1984年のことだ。
疑問点は山ほどあるが、まず、これはコラムの中に出てくるエピソードではなく、単独の記事として週刊新潮に掲載されていることである。ということは、不正行為があったという事件モノという扱いになる。太田光は1965年5月13日生まれであるから、受験シーズンでは18歳である。つまり、刑事事案であっても匿名報道の対象ということになる。まあ、週刊新潮なら実名報道の理屈を作るかもしれない。高校卒業前の学生であるから、経済力はなく、800万円の支払いは父親がした、というより、もちかけも含め行動の主体は父親である。つまり、行動の詳細を記載すればするほど、父親の起こした"不祥事"になってくる。ちなみに、父親は2012年に亡くなっている。メディアが使う用語でいうところの、一般人である。
ここまでで考えるのは、亡くなってる一般人の30年以上も前の事案を、報道する価値があるのだろうかということである。意図するところは、東京医大の不正入試に関連付けしたものであるのだろうが、あまりに古いし、医学部と芸術学部で社会的な影響は大きく違う。現在の定員と違いはあるだろうが、医学部の入学定員は大学で100人と思ってそんなに外れはない。日大芸術学部だとコースはいろいろあるが、合格者数は1,000人を超える。もし記事にするなら、類似した事案 (実際には噂話) を列挙するような記事が相応しいところだろう。

最初の記事が出てから、太田光と所属する事務所社長(妻である)は、刑事と民事の両面で争い姿勢をしめした。適当かどうかについては判断できないが、権利の行使としてはおかしなことは何もない。これだとブログでは扱わない記事であった。
今週の週刊新潮で第二段の記事があった。気になって読んでみたら、おやおやというものであった。要約すると、税金を流用した訳では無いのだから、芸人なら笑い飛ばせというものであった。論旨が分からなくなってしまった。この国で大学と名乗っているのなら、税金は補助金として投入されている。少なくとも1980年代の大学はそうであった。芸人なら笑い飛ばせというのは、行動の主体が芸人であったのなら、論理的な破綻はないが、行動の主体は父親である。一般人と称する存在であった。当然のことながら、この時点で太田光は単なる高校生に過ぎない。父親の悪口を言われて、それが事実無根であるとしても、芸人なら笑わなければならないという価値観に、週間新潮はあるようだ。芸能人はプライバシーを晒して商売をしている部分があるから、一定の理解はするとしても、強要される謂れはない。随分な話である。そもそも笑い話にするなら、記事は報道の体裁ではなく、軽い読み物に留めるものであるべし、というものだろう。
結局のところ、刑事、つまり、関係者が裁判所で公開の場に晒される、での訴訟をチラつかせたことで、逃げに回ったというところではないか。ということは、事実関係の調査など出来てはおらず、過去のラジオ番組で本人が裏口入学だと話したという程度のものに過ぎないのではないだろうか。名誉棄損の主体を太田光に求めれば刑事より民事で、裁判所も民事なら
和解勧告するものだと思う。互いに利益が乏しいから当然である。しかし、父親の名誉を守るとなると、利益の話とは異なる。なにせ、一般人である。刑事となると民事と少々異なる。結果的に無罪になったにしても、起訴されたら面倒である。民事で和解などする筈もの無いから、起訴猶予に流れにくくなる。週刊新潮は逃げを打ったということであろうか。


そもそも30年前の大学関係者が証言可能な状態でいるのだろうか。

2018年8月18日 (土)

東京医大前理事長ら「合格の謝礼は数十万円~数百万円」

東京医科大学の不正入試問題で、前理事長の臼井正彦被告(77)と前学長の鈴木衛被告(69)=いずれも辞職、贈賄罪で在宅起訴=が、同大の調査委員会に対して「不正な加点で合格させた受験生の親らから、数十万~数百万円の謝礼を受け取ったことがあった」と説明していたことが、関係者への取材で分かった。2人は、個人的な謝礼とは別に、1千万円以上の寄付を同大に納めてもらうこともあったと話しているという。
調査委が今月7日に公表した報告書は、2人が個人的な謝礼を受け取ったことや、寄付金を多く集めたいと思っていた点などを挙げ、不正の動機になった可能性があると指摘していた。関係者によると、2人は聞き取りに対して数十万円から数百万円を受け取ったことは認めたが、時期や人数については記憶があいまいで、特定できていないという。調査委の報告書によると、同大では1990年代から合格者の調整が関係者によって行われていた。調査では、2017年度と18年度の入試で、少なくとも19人の受験生に対して8~49点の不正な加点がされていたことが確認されている。(朝日新聞:8月17日)


不正入学について考える。


東京医科大学の一般入試は、英・数・理2の4科目で400点ということになる。合格最低点は、予備校の情報によると271/2016年、230/2017年となっている。七割取れば合格するのは間違いない。医学部は偏差値が高い学部であるから、差は付き難いだろう。問題が難しく差を出すような工夫があるのかもしれない。8~49点の重みを考えると、2% - 12% ということになり、合格圏外から合格に移る程度の影響はある。
さて、不正入学の問題である。医師養成学校である医学部には、多くの税金が投入されている。これを理由に不正が許せないという話がある。日本医師会は、医師の育成に1億円の費用が掛かるとしている。東京医大に6年間支払う学費などは、3,000万円となっているから、税金が7,000万円投入されていると計算するのは、少々飛躍が生じる。
東京医科大の学費等による収入は 44.8億円である。公的資金が原資になる補助金の合計は30.8億円である。東京医大の入学定数は、医学部が120人、看護学部が100人となっている。比較の為に、私立の工学部で修士までの6年間学んだ場合を考える。東京理科大で、この期間の学費等は700万円くらいになる。資金収支計算書を参照すると、学生が支払った合計金額が264億円に対し、国からの助成金等が58億円となっている。こちらの学生の全体数は約2万人となる。分かり難いので表にする。

     大学     総学生数     一人当たりの学費    一人当たり補助金
  東京医大      1,100          407万円          280万円
   (医学部のみ)    760          500万円          390万円
  東京理科大    20,000          132万円           29万円


東京理科大には薬学部があるが、定数が小さいので無視した。東京医大の医学部のみは、看護学部の補助金を東京理科大と同じと計算して算出した。
結局のところ、医師養成に1億円を要するの内訳は、学費で3,000万円、税金で2,400万円を在学中の費用として生じ、残りは一人前に仕上げるまでの費用ということになる。東京理科大を卒業して民間企業に就職して、一人前になるのに2年を要したとして、企業が1,000万円掛ったとは言わない。特権意識のある業種ならではということと理解する。
医師を養成するのに、約6,000万円が必要ということが分かった。この費用の捻出が私立大学で負担になっている状況は理解する。6年間の学費負担に耐えられる学生でないと、無駄になる心配を大学がしたとしても批判は出来ない。大学経営の継続性には、医師の安定供給という責任を果たさなければならない。もともと学費の高い私立大学医学部を卒業し、給料が相対的に安い研究職に就くのは例外的な存在である。このコースは国公立大学でなければ許されない。学生時代に家を買うような金額を投資するのである。経済原理として当然のことと理解しよう。それなら定数の一割は入札で入学させれば良い。通常の学費に二倍を支払えば、一割は無償とは言わないまでも、国立大学並みの授業料で卒業可能になる。記事では1,000万円となっている寄付金額は怪しいところだろう。贈収賄の金額が実際の1/10であるように、これもそんな相場と思える。成績順に合格させろという理想的な原理主義の主張を聞く。この綺麗事で大学経営が成立しないことを見ようともしない人達だ。医師は税金が育成すべしと続くだろう。さて、どこに財源を求めるのか。もし1万人の医師育成をすべて税金で賄うのなら、6,000億円の財源が必要になる。医師税でも創設するのだろうか。

東京医大医学部の状況を確認する。毎年約3名の退学者と、30名強の留年者を出している。比較する東京理科大の留年率は90%程度で、留年なしに卒業するのは80%弱である。医学部の退学理由が経済的なものであれば、色々と同情する余地がある。しかし、成績不良であるのなら同情の余地が無い。不正入学した学生が退学してしまっては意味がないから、これは違うと信じたい。信じなければいけない義理もないのではあるが。医師になることを思い描いて受験して、無事合格したものの、退学するのは残念な話である。
東京医大の医師国家試験の受験、合格状況を確認する。結果を下に示す。

■東京医科大学の医師国家試験受験結果
        総数          新卒          既卒
  回数  受験者  合格者  受験者  合格者  受験者  合格者
  112回   110    106    104     101     6      5
  111回   124    117    122     116     2      1
  110回   134    132    127     126     7      6
  109回   105     98     101      95     4      3


私立大学の位置で、大学の合格率を下げさせない為に、卒業しても受験させない例があると噂される。東京医大の場合、受験者数は抑えられた数字にはなっていない。既卒の合格者と合わせると、卒業者のほとんどが国家試験に合格しているようだ。つまり、毎年3名の退学者が出ていることだけで説明は付くのだが、退学理由についてのコメントは見付からなかった。
入学試験に不正があっても、大学内の教育がしっかりと実施し、適切な合否判定を実施していて、加えて国家試験が選別機能を果たしているのなら、不正入試など小さな問題である。(官僚が自分の権限を私的に利用したのは大いに問題である) 学内の教育を信じるのは、不安の方が大きい。国家試験は確認程度になっていないかと思う。こっちの点検もして貰いたいものである。

男女の合格率の問題も話題になっている。医師から女性は結婚・出産して職場を離れるケースがあり、医師供給に合致しないという説明があった。男女雇用機会均等法が実施された四半世紀以上前にあった論理である。医師の仕事を継続するのが困難なのは、職場に改善の余地があるというのが、この法律が作られた精神であろう。医師をしている人の思想は、保守的で、新しいものの侵入を頑なに拒むようだ。整形外科などで、女性には出来ない仕事があるという主張もある。愚かである。やり難い仕事をやりやすくする為に道具を用意するのだ。医師の世界は、昔ながらの古典芸能で、世襲によるというのだろうか。あってるかもしれない。


競争入札にしなかったことを公取委が取り締まれば良い。

2018年5月 1日 (火)

4千万円の宮内庁オープンカー、走行困難に 使用は2回

28年前、即位後のパレード用に約4千万円で購入したロールスロイス社製のオープンカーが古くなり、走行困難になっていることがわかった。2回しか使われていないが、整備用の部品が手に入らず、宮内庁の車庫に眠ったままという。今回のパレードで新天皇、新皇后を乗せる車をどうするか。経費節減が求められる中、政府関係者は頭を悩ませている。
1990(平成2)年11月12日午後、燕尾服とローブデコルテに身を包んだ天皇、皇后両陛下はピカピカの黒いオープンカーに乗り、沿道の人たちに手を振った。昭和天皇の即位の時は馬車だったが、馬は不測の事態で制御困難になるリスクもある。警備上、より安全な車を使うことになり、当時の総理府が購入した。車はその後、宮内庁の管理下に入り、93年の皇太子ご夫妻のご成婚パレードでも使われた。だがその後、行事などで用いられたことはない。来年の代替わりで久々の「晴れ舞台」かと思いきや、管理する同庁車馬課によると「すでにメンテナンスのための部品が手に入らず、久しくエンジンをかけていない」。時々職員が車体を磨いているが、車検も通しておらず、公道を走れる状態にないという。王室などが使う豪華なオープンカーを製造できるメーカーはさほど多くない。関係者によると、前回は購入費などとして約1億2千万円を予算計上。実際に車体は「破格」(政府関係者)の約4千万円で購入できたという。現在も約3900万円で受注生産されているオープンカーがあるが、特別な仕様を加えた場合、必要経費は1億円を超える可能性もあるという。新天皇即位のパレードは来年10月22日に予定される。どんな車を使うのか。宮内庁は「今後、内閣府と相談したい」としている。(朝日新聞:5月1日)


皇族のクルマについて考える。


4000万円のロールスロイスコーニッシュIIIが高いと思うのは、一般的な生活からすれば当然のことではある。しかし、世の中にはそれだけで片付けられないものが沢山ある。当時の4000万円は、ロールスロイス社がタダでは申し訳ないから付けたプライスタグであろう。もし、日本の成功者が同じ仕様のモデルを注文したなら、何億円という価格が提示されたとしても驚かない。そんな世界である。
ロールスロイスを名乗るモデルであるが、1990年に用いられたクルマの面倒を見る会社がどこかというと少々複雑になる。1998年にロールスロイス社は経営不振から売りに出された。これに反応したのはドイツの二つのメーカで、一つがBMWで、もう一つがVWである。ドイツの自動車メーカは、Heritageにコンプレックスがあるようだ。Mercedes-Benzは、社名に紆余曲折があったが現在の社名は Daimler AG となっている。ここは企業の歴史と、自動車の歴史が等しいという会社である。コンプレックスを抱く理由はない。しかし、VWは戦前は国策産業であるし、BMWも自動車産業に本格参入したのは戦後である。どちらも高級車で始まっていない。そして争奪戦を制したのがVWであったが、問題は簡単に解決しない。BMWは、ロールスロイスの商標を所有していたヴィッカースから、商標を買ってしまった。VWは英国のボロ工場を高額で買い、ロールスロイスの名称を猶予期間の2年間だけ使用でき、BMWはVWに負けたものの、少額でボロ工場抜きのロールスロイスの名称を買った。
誰もボロ工場など欲しくはない。しかし、このボロ工場には高級車を作るのに長けた熟練の職人がもれなく付いてくる。近代産業である自動車製造において、熟練などという言葉がアンティークに過ぎないと考えるのが合理的な経営手法であろう。それを逆に読めば、高級車などというものがアンティークな存在で、幻想と呼んでよいものであろう。実際、VWは2002年からフェートンという大型車を販売開始した。しかし、専用工場まで用意したモデルなのに、大きな大衆車の位置付けに留まってしまった。その隙間を埋めたのは、ボロ工場で作りきれない近代的な生産性とは相いれないようなベントレー・コンチネンタル・フライング・スパーであった。
一方のBMWはというと、1994年にローバーグループの買収をしたものの、2000年には失敗と判断し、ランドローバーをフォードに売却し、MINIとトライアンフとライレーを残してその他のブランドも売却した。バッヂエンジニアリングが長く行われ、衰退著しい英国自動車産業でブランドイメージは酷く傷ついた。ライレーに現在のBMWを超える良いイメージは作り難いだろう。そもそも英国ブkランドで価値のあるのは、と考えてみると浮かばない。アルヴィス(Alvis)は高級な印象があるが、復活するには大変だ。スペインブランドになるが、イスパノ・スイザ(Hispano-Suiza)がある。これならロールスロイス級になるが、いかんせん古すぎる。現在はフランスの軍需産業が所有しているようだ。ジャガーより上のイメージを作るなら、こんなブランドしかないだろう。つまり、合理的でクリーンなイメージなら、BMWで充分ということである。これで不足するのが、カビ臭いブランドということなのである。カビだと言っても、これがないと価値が上がらないという製品もある。高級車というのは、チーズのようなものと言える。

横道に逸れた。宮内庁の希望を叶えるのは、VWグループのベントレーということになる。頼めば何とかなるだろう。修理代金はきっとバーゲンプライスだろう。どうせなら4枚ドアに改造するのが良い。2枚ドアでは皇族行事に馴染まない。それで4000万円は取ることもないだろう。これが高級車というものである。センチュリーロイヤルをオープンにすれば完成というのは、街の改造ショップの発想である。宮内庁は暴走族に憧れを持つようになったのだろうか。センチュリーロイヤルの開発の手間は、プリンスがロイヤルで行った作業に比べると小さい印象を持つ。自動車産業にコンピュータが多く寄与するようになった変化でもあろうが、内装材の選定は、実績のなかった時代に比べればお気軽観は残る。宮内庁のコーニッシュは、適切な仕様を選定していることと思う。日本製で良いではないかというナショナリズムを支持するが、皇室は使い捨てのように映る行動を戒めている。やはり、コーニッシュは直さねばならず、使われねばならない。それも、もっと日常的に近付けて。


宮内庁は気の使い方を間違えている。

2018年4月26日 (木)

ジャニーズ「お気持ち考えずにキス」山口メンバーの事件

TOKIOの山口達也メンバーの書類送検を受け、ジャニーズ事務所は4月25日、「お酒を飲んで、被害者の方のお気持ちを考えずにキスをしてしまいましたことを本当に申し訳なく思っております。被害者の方には誠心誠意謝罪し、和解させて頂きました」とのコメントを発表した。(朝日新聞:4月25日)


呼称について考える。


マスコミでは容疑者という用語を用いる。容疑者というのは裁判所で使われないから、法曹会で用いられるのは専ら被疑者ということになる。犯人という言葉がある。こちらは法律用語としても成立するが、犯罪に関わった人物が特定されていない場合に用いられる。つまり、「警察は犯人確保を急いでいる」というのは日常的にメディアで扱われる。しかし、山口が逮捕されたときの報道は、XXの容疑で山口が逮捕されたであり、犯人と断定はされない。犯人と断定した報道をすると、万が一裁判で無罪が確定すれば民事で負けることになる。推定無罪の原則は動かし難いということになる。
推定無罪を正しく適用しているのは、今日において国会において、議員や役人に対してのみである。この当人たちが厳罰化を推進するエンジンになっているのは、皮肉というより肌寒さを感じる危険な雰囲気である。質問すれば、「そんな心配するようなことはありませんよ」と優しく答えてくれることだろう。戦争前夜は微笑みが絶えないものである。

推定無罪は結構な話である。しかし、平等の原則も重要である。松山刑務所大井造船作業場から逃走した容疑で指名手配されている平尾龍磨は、普通に容疑者が使われている。作業場所からいなくなった事実は動かないが、受刑者が逃走したのではなく、何らかの事情が生じてそこに居られない状況が生じた、と推定するのが推定無罪の立場だろう。事実関係を明らかにするには、受刑者に聴取するより他に方法がない。身柄確保の為に指名手配となった。裁判所も拠無い事情が生じたとしても、常識的対応する時間を超過しているから逮捕令状を出すのに躊躇いはない。まあ、受刑者に対して人権を重視する裁判官も少ないだろうが。
この受刑者にしても、松山刑務所大井造船作業場の構成員であるから、作業場メンバーと無理やりこじつけることも可能だろうが、こんな言葉をマスコミが使うことはない。ジャニーズ事務所に対する配慮がにじみ出た呼称ではあるが、この事務所に所属する芸能人がすべてグループという訳では無い。近藤真彦は元たのきんトリオである。光GENJIは解散して久しい。男闘呼組もあった。新しいところならSMAPというのがある。これらに関わったタレントに何かの容疑が掛った場合には、元メンバーとでも呼ぶのだろうか。生田斗真というのはグループに所属したことはないから、メンバーが使えない存在である。芸能事務所は、職業紹介に関わるマネージメント業務を契約しているのだろう。すると、芸能人は事業主として専属契約を結んでいるのだから、山口事業主という呼称も成立する可能性はある。しかし、法人化しているケースもあるから、その場合には社長である可能性が高いが、断定はできない。家族経営にするなら、社長である必要はなく、役員ではあろうが、他にも代表権を有する人がいても不思議ではない。この細かな事情は、この法人に脱税容疑でも掛けられたのでなければ公表する謂れのない話である。つまり、生田斗真にはメンバーも、個人事業主も、社長も使えないことになる。
容疑者がお嫌いなら、被疑者を使えば良いだけのことである。逮捕令状が出たにしても、無罪である可能性を正しく認識していれば人権侵害にはならない。これが公共の福祉というものである。忖度の迷子に陥ったマスコミは、使う言葉を失ってしまったということである。


ここまで歪な敬称なら、ジャニーズ事務所専属契約者山口達也様が適切である。

2018年4月23日 (月)

抗議の女性議員に「セクハラと縁遠い方々」自民・長尾氏

自民党の長尾敬衆院議員(大阪14区)がツイッターで、財務省の福田淳一事務次官によるセクハラ問題に黒い服装で抗議する野党の女性国会議員らの写真を添付して、「セクハラとは縁遠い方々」などと書き込んでいたことがわかった。長尾氏は4月22日に発言を削除してブログで謝罪した。
長尾氏は20日、自身のツイッターで、「#Me Too」と書いたプラカードを掲げて抗議する女性議員らについて、「セクハラはあってはなりません。こちらの方々は、少なくとも私にとって、セクハラとは縁遠い方々です。私は皆さんに、絶対セクハラは致しませんことを、宣言致します!」とツイートした。この発言に閲覧者から批判が相次いだため、長尾氏は22日夜に削除した。ブログで「私の発言がセクハラにあたるというご指摘を真摯に受け止め、気分を害された方々に、写真に掲載されている女性議員の皆様に、心からおわびを申し上げたい」と謝罪した。長尾氏は23日朝、朝日新聞の取材に「ブログに書いた通りです」と話した。(朝日新聞:4月23日)

セクシャルハラスメントについて考える。

セクシャルハラスメント (sexual harassment) は、日本語で性的嫌がらせと呼ばれるが、最近はセクハラと略されることが多い。これを一般化と認識する向きもあろうが、日本語の常として外来語の省略形が使用されると、その行為が軽くなると決まっている。つまり、していけない行為としての認識が、少しは許容されるに意識がシフトする。問題があると考えるが、軽くなるように意識して用いている可能性も指摘しておきたい。
根拠となる法律は、男女雇用機会均等法である。セクシャルハラスメントに係る要件が盛り込まれたのは1999年に改正による。それ以降、民間企業でのセクハラ教育が厳しくなったと感じる。(省略形使ってしまった!) 長尾の発言は、この頃の教育資料に用いられるような典型的な問題発言である。もしかしたら問題提起かを思ってみたが、暫くしたら削除したところをみると、そういうことではないようだ。付けて加えて、「心からおわびを申し上げたい」というのだから、自分の不始末を確認したということだ。閲覧者から批判からというより、知恵を付けてくれる支援者に従ったということだろう。自ら気が付かないところに、この議員の限界を感じる。
長尾敬は東京の高校を出て、立命館大を1986年に卒業して、明治生命に入社している。2003年に退職し、民主党から衆議院議員を目指すが落選、2009年に初当選している。2012年に民主党を離党し自民党で立候補し落選、その後、2014年、2017年で当選している。生年月日からすると大学卒業までに1年余分に掛かっている。選挙区は大阪府であるので、大学以降は大阪で活動しているのだろう。思想的には民主党の右翼という雰囲気で、これで大阪出身だと日本維新の会との違いは見出し難い。少しはあるのだろうが、少ししかないともいえる。だいたい、近親憎悪というものがあるものだから、小さな違いは大きな違いより許し難いものである。差別化不能になると目立つことが最善となるから、件の発言に至ったというのが背景の想像である。それにしても、という内容である。

政治家において、目立つと愚かは近似的に等しい。

2018年3月 9日 (金)

財務局職員、自殺か 国有地売買交渉、担当部署

学校法人・森友学園(大阪市)との国有地売買をめぐる交渉・契約を担当した財務省近畿財務局の部署に所属していた男性職員が神戸市の自宅で死亡していたことが3月9日、捜査関係者への取材でわかった。遺書があり、自殺とみられるという。
関係者によると、職員は国有地の売却などを扱う管財部門に所属。2016年3月、10年以内の土地売却を約束した定期借地契約から、森友学園側の要望を受けて早期の売却に方針転換し、両者が交渉していた。近畿財務局は同年6月に8億円超を値引きして売却。朝日新聞はこうした経緯を昨年2月に報道し、表面化した。関係者によると、数カ月前から欠勤がちだったという。一方、国有地の貸し付けや売却契約の決裁文書が書き換えられた疑惑をめぐり、財務省は関係職員の聞き取り調査を進めていた。麻生太郎財務相は報道陣に9日、この職員の死亡について問われ、「内容は聞いています」と答えた。一連の問題をめぐっては、大阪地検特捜部が背任容疑の告発を受理。また、文書管理をめぐる公用文書等毀棄容疑や証拠隠滅容疑の告発も受理している。(朝日新聞:3月9日)


汚職について考える。


映画なら、政治家が関係する汚職事案で、途中で警察側が困難にぶつかるのが、重要参考人が死んでしまうというものである。これで立件は難しくなる。連続のテレビドラマなら一話の終わりに権力者が立ちふさがる場面になるかもしれない。この記事の職員は、国有地の売却について係った人物ではあるようだが、最重要の人物のイメージではない。きっと真面目な職員で、国民の好奇心に晒されて心身に不調を来してしまったのだと想像する。まったく残念な話である。右翼と呼んで差し支えない政治家なら、国家の為に命を捧げるのは、奇特な行為と礼讃することだろう。国家など後で権力者が使いやすいように用いる道具に過ぎないと考える極左思想家には、命を落とすくらいなら、仕事を辞めれば良いだけのことだと思ってしまう。残された家族を深く傷付けること、同僚においてもそうだろう、それは暴力的である。仕事を投げ出すのは褒められた行為ではないが、死ぬことを褒めることはあってはならない。自殺を認める宗教は数少ない。経典で禁止しながら、ジハードなどという言葉を自由に用いるのは、為政者の都合が全面に出ているというものである。日本で法律によって自殺を禁止する、まあ、政治家やその秘書や公務員になるが、ことは思想良心の自由を鑑みるに難しいだろう。禁止が無理は承知するとして、礼賛を許さないくらいの節度はあってもらいたいものである。

土地売却の件で、背任を立証するのは困難だろう。公用文書等毀棄は法律が予定していない領域になるだろう。よって、証拠隠滅も無理筋となる。つまり、立件される恐れは小さいが、政治家が自身の政治生命に影響しないように圧力を掛けたのではないかと想像する。これとて、刑事罰があるものでもないだろう。その程度の慎重さは持っている筈だ。業務に熱心な職員を追い詰めるのは、検察だけにして貰いたい。まあ、やっていないと証言するだろうが。個人のプライバシーを無暗に公表するのは問題であるが、そこで本当に隠そうとしているのが、微妙な政治家を守ることを目的にした圧力であるのなら、それは許されない。そんなことが表に出ることは決してないと決まっている。


人の死は暴力的である。

2018年2月 6日 (火)

眞子さまと小室さん結婚、2020年に延期 宮内庁発表

宮内庁は2月6日、秋篠宮家の長女眞子さま(26)と、国際基督教大学の同級生で法律事務所勤務の小室圭さん(26)の結婚を2020年に延期すると発表した。同庁は眞子さまと小室さんの「お気持ち」を公表し、延期の理由について「充分な準備を行う時間的余裕がないことを認識するようになりました」と説明した。
3月4日に一般の結納にあたる「納采の儀」、11月4日に帝国ホテルでの結婚式が予定されていた。延期後の日程は、天皇陛下の退位と皇太子さまの即位が来年に控えていることから、それらの一連の儀式が終わる再来年になる見込みという。お二人の結婚を巡っては、昨年暮れから小室さんの家族をめぐる金銭トラブルが週刊誌で相次いで報じられ、心配する声が宮内庁内などであがっていた。(朝日新聞:2月6日)


皇族の結婚について考える。


内親王殿下の結婚を、本人達の自由意志を尊重する立場と、皇室を離れるにあたり税金が投入されることを重視する立場の、どちらの立場を採用するかで意見の方向性が変わるようだ。常識的には、後者を取って前者を排除するのは難しだろう。現実的には、男性皇族の婚姻については、こちらになりそうだ。この国の皇室というのは、保守的な思想で支配されている。皇族に人権は無いということだ。(あっても、極限的に制限される) そんな皇室に嫁ごうとする者など、現在の価値観では表れないだろう。現在の皇太子殿下の婚姻では、将来皇后になることから、本人も家族も慎重になり、まとまらない状況が発生したようだ。秋篠宮殿下の場合には、皇后にならないからと割り切りもできようが、これとてそれほど単純に割り切れる話でもない。冒頭の前者の価値観を本人たちと、その周囲が理解し了承したということだろう。
さて、内親王殿下の婚姻の場合にどうなるかと考える。自由意志を尊重された秋篠宮家の話である。そして、婚姻の後には皇族を離れることになる。唯一懸念されるのは、将来、天皇陛下になる人の姉であることくらいである。それも心配には及ぶまい。今上天皇には成人した姉三人いる。それで問題になったことは表立ってない。ということは、特段の問題はないことになる。あるとすれば、一般の男女の婚姻にも発生する家庭環境の問題である。

人権が制限される立場の人との婚姻である。常識的には躊躇する理由になる。まあ、結婚するなど、ちょっとした勘違いと勢いでするものだから、理性的な判断など存在しようもない。理性的な判断が存在するとすれば、週刊誌が書いているように、皇室とのつながりを利用しようとする思惑ということになろう。小室圭なる人物は、まともに経済的な自立を計って結婚しようという考えを採っていない。つまり、持参金を当てにしたものに見える。良い悪いではなく、こんなタイプの人物でないと、皇族と結婚しようとは思わないかもしれない。宮内庁が心配するのは、持参金目当てまでなら我慢するが、それを使い果たした後に、皇室を利用した商売をしないかというところだろう。
小室家の人を与えられた情報から判断すると、程度の悪い詐欺師ではないようだ。本気で利用するつもりなら、個人的な借金など表に出ないように繕っておくものである。これが本式だ。小さな金も踏み倒して、大きな金をぼったくろうというのは、頭の悪い素人詐欺師の行為である。それにしては学歴の高さに無駄に手間を掛けている。詐欺師として、程度の悪いの悪い者ではないが、頭の悪い者である可能性は排除しきれない。

宮内庁では悩ましいところだが、反対すれば燃え上がるというものだ。それならば、少し猶予時間を与えて、その間に小室家が辞退するのを待つのが問題のない作法であるが、辞退などする筈のないヒモ指向の御仁である。常識的には、婚約延期期間中に、他の女性との問題を起こすことを期待するというところだろう。


日本一のヒモ男を目指すと宣言して貰いたいものだ。

2017年12月22日 (金)

斎藤ウィリアム浩幸氏、内閣府などの参与辞任 経歴訂正

内閣府と経済産業省で非常勤参与を務めていた斎藤ウィリアム浩幸氏が、それぞれの職を辞任した。内閣府が12月13日付、経産省が15日付。日本航空の非常勤執行役員も22日付で退任した。斎藤氏はネット上で経歴詐称を指摘されていた。斎藤氏も公表していた経歴に誤りがあったことを自身のブログで認め、謝罪した。
斎藤氏は米国出身の起業家。内閣府では2013年12月から、経産省では昨年10月から参与を務めた。世耕弘成経産相は同月の記者会見で起用の狙いについて「サイバーセキュリティー分野で国際的に活躍し、知名度も高い」と説明していた。斎藤氏は21日付の自身のブログで、「(米国の大学の)医学部を卒業し、医師免許を取得したという事実はない」と経歴を訂正。東京電力福島第一原発の事故原因を解明する国会事故調査委員会で「最高技術責任者」を務めたと称してきたことも、「いわゆる『システム部門』の担当者だった。このような肩書を用いることが適切といえたかと問われると、軽率だったと反省している」と記した。世耕氏は22日の会見で「仕事には一区切りついたので(辞表を)受理した。提出された経歴には虚偽に当たるようなことはなかったと認識している」と述べた。(朝日新聞:12月22日)


経歴について考える。


学歴はもっとも弱い資格であるが、単純すぎて信用される場合がある。記事の斎藤は、米国の医学部に入学したという痺れる情報を提供している。国内の医学部だと容易に調査可能だが、米国だから少し難しくなる。加えて医師をしていないで、別の業務をして成功したとスイッチする。スイッチを不自然に感じさせないのが詐欺師の手口である。詐欺は基本的にどう考えても怪しいと思えるものほど掛ると言われる。米国で医師の資格がありながら、IT業界で成功したというのは、不自然極まりないが、IT業界の成功者が不思議な経歴を持つ者が多いことから、優秀な頭脳の保証としての医学部卒と組み合わせると説得力が生じる。一部の人が信用すれば、その近くの人も信用する。学歴詐称に始まるわらしべ長者物語が展開していく。
政府機関ならチェックしそうだが、お友達枠のチェックは温いようだ。言った言わないの話ではない。粘って何とかなることもないから、見切りを付けたと言うところだろう。世耕が軽率だったとは認めないだろうが、認めてしまえば人生が軽率だと言われかねない。まあ、政治家などちょっとした勘違いでもなければならないものだろう。皆軽率なんだから、自分だけが責められるのはおかしいという論理を展開するのもありかもしれない。


家業で政治家しているのは、本人が軽率なのではなく、有権者が軽率なのだ。

2017年12月20日 (水)

豊洲市場開場、来年10月11日で決定 2年遅れで移転

東京都は12月20日、築地市場(中央区)の業界団体と、同市場を移す豊洲市場(江東区)を2018年10月11日に開場することで合意した。市場移転は小池百合子知事の判断で延期され、当初の計画から約2年遅れとなる。
都と業界団体が新市場建設協議会を開き、移転作業の日程確保などの条件を満たす日付として決めた。豊洲市場内の商業施設の開業が不透明な点などを理由に反発していた地元の山崎孝明区長も20日、「了承せざるを得ない」と述べた。理由について、移転後の築地市場跡地で計画されている2020年五輪の駐車場建設などを念頭に「(工事が延びれば)五輪がとんでもないことになる恐れもある」と語った。今後、追加の土壌汚染対策工事を来年7月末までに終え、安全確認や国の認可を経て開場する予定。豊洲市場は元々、昨年11月7日開場の予定だったが、同8月に都知事に就いた小池氏が安全性などを問題視し、移転を延期。その後、土壌汚染対策の盛り土がなかったり、地下水から環境基準値の100倍超の有害物質が検出されたりしたため、有識者会議による追加対策の提言を受けて、今年6月に移転を決めていた。(朝日新聞:12月20日)


政治について考える。


都知事選以降ブームになっていた市場問題も、既に過去の話題になってしまった。豊洲市場の問題で、議論の本質にあるのは、市場という機能をこの先どうするかという者である筈だ。しかし、市場機能については議論のないまま、土壌汚染とオリンピックの違う迷路にはまった。土壌汚染は必然で、蓋をするよりないという結論に決まっている。大規模な土地を探せば湾岸エリアなり、土壌に問題が無いところなど見付けようもない。少しマシはあるだろうが、それで良いとも言えない。食べ物をなんだと思っているのだという、日本人の信仰に近い観念は揺るぎそうにない。
オリンピックも同様で、日本人にとって命である。多分、日の丸命が本当なのだろうが、これだと極右のようだから、オリンピックと平和をセットにして和らげているのだろう。本質は日の丸である。だから、この国で軍事予算を拡大すれば、中国張りに拡張主義に走らないとも限らない。

小池も飽きた市場問題であるが、世間も忘れたようだから、都庁職員は片付けてしまおうと思ったとしても、それ自身責められる話ではない。しかし、この市場や、築地の市場の将来が明るい訳では無い。市場を通さない流通が広がり、市場の機能不全が発生している。別にそれでも良いという考えもあろうが、幾つかの大手流通チェーンに価格支配され、そこには怪しげな商品しか流れないと知ったら、食べ物信仰の門弟達は大騒ぎするだろう。もう少し考えたらどうだい、と思うのだが、大きなお世話だとも同時に思っている。


市場から首相官邸への道はないようだ。

2017年12月14日 (木)

BPO「放送してはならぬ番組放送したMXに危機感

沖縄の基地反対運動についての特集に批判が出ていた番組「ニュース女子」を放送した東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)に対し、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は12月14日、「重大な放送倫理違反があった」とする意見を公表した。MXが番組内容を適正にチェック(考査)しなかったと指摘。中核となった事実に対しても「裏付けがない」などと判断した。
番組は、化粧品大手ディーエイチシーのグループ会社「DHCシアター(現・DHCテレビジョン)」が取材・制作。MXは制作に関与せず、DHC側から完成版の納品を受ける「持ち込み番組」として今年1月2日に放送された。委員会は、MXによる放送前の考査が適正だったか調べるため、MXの担当者らから聞き取りをした。同委が持ち込み番組の考査を検証するのは初めて。調査はBPOと放送局間の協定に基づいて行われるが、持ち込み番組について制作会社は協力する義務がない。委員会はMXを通じてDHC側に聞き取りを求めたが実現せず、書面で回答を得たという。(朝日新聞:12月14日)


放送局について考える。


MXの経営環境を考えれば、特別な意図を持って放送した訳でもあるまい。DHCが持ってきたから金を貰って放送しただけというところと思われる。過去のアニメを流す方が、自社で製作する番組より安く視聴率も高いと過去にあった。談志・陳平の言いたい放だいの終了時に、立川談志が話していたと記憶する。2008年のことということになる。5時に夢中!は2005年の放送開始だから、人気が出たのがもう少し後とは言っても、自社作成の番組を重視する雰囲気は継続している。もともと東京都の子会社だし、現在はエフエム東京が筆頭株主である。ラジオ局の子会社で、自主制作はラジオ番組の位置付けと理解して外れてはいないだろう。
問題の番組は、DHC経営者の思想が色濃く出ている内容に見える。この思想が放送法にある『政治的公平、報道は事実をまげない、意見が対立している問題はできるだけ多くの角度から論点を明らかにすること(第4条第1項)』に抵触するかというところが、BPOの検証対象となる。少々の偏りはあっても、他の番組との組み合わせで全体としては中立と判定するのが、この検証機関の常ではあるのだが、そもそもチェックなしでの放送であるのだから、中立もなにもない。間違っているも正しいも、右も左も放送局は考えていないとなると、放送法の精神を否定する所業ということにまで至る。予定調和に至らない理由はこの辺りにありそうだ。

東京MXはタブーなしの自由な放送を行っているようだが、それでもBPOの支配範囲から外れた訳でもない。自民党の持ち込みも、共産党の持ち込みも同様に扱っている実績があれば良いが、左翼系の持ち込みなど聞いたこともない。電波のレンタル事業に枠を設けてた言うするという事業形態も成立するかもしれない。この番組の放送時には、持ち込みであることを示すクレジットを出せば良い。どんな持ち込みでも公序良俗に反しない範囲で放送するで良い。思想的な偏りや、事実関係の問題は製作者を明らかにして放送局は責任を負わない形にする。これで許されるものでもないだろうが、キー局が当たり障りのない表現に終始し、退屈と感じる視聴者がいるのだから、受け皿にはなるし、これで世の中が怪しげな方向に行くこともあるまい。


まあ、東京MXは放送する前に自社番組を観る必要があるということだ。

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