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2017年12月 4日 (月)

15歳で知的障害理由に不妊手術強制 「違憲」と提訴へ

旧優生保護法のもと、知的障害を理由に同意なく不妊手術を強制され、憲法の保障する幸福追求権を侵害されたとして、宮城県の60代女性が来年1月にも、国に謝罪と賠償を求める訴訟を仙台地裁に起こす。原告側によると、同法による不妊手術の違憲性を問う訴訟は全国で初めて。
原告側によると、女性は幼い頃の麻酔治療の後遺症で重い知的障害が残り、不妊手術を受けさせられた。情報公開請求で7月に宮城県が開示した手術台帳には、「遺伝性精神薄弱」を理由に、15歳で県内の病院で卵管を縛る処置を施された記録があった。女性が事前に国や県から説明を受けた記録はないという。12月3日、東京都内であった障害者のシンポジウムで女性の60代の義姉が経緯を説明した。親族に障害のある人はおらず、「手術するために『遺伝性』という病名をつけたのではないか。納得できない」と訴えた。(朝日新聞:12月3日)


インターネットの書き込みについて考える。


記事の内容について記述する能力は有していない。しかし、この記事をニュースとして流すヤフーニュースのコメント欄に強い違和感を覚えたので扱うことにする。

コメントの代表例を示して進める。当時有効であった法律があるのだから悪くないという論理があった。この手の無理解は厭きれるよりない。原告が訴えている相手は国である。手術した医師や、手術に同意した親を訴えているのではない。これなら違法性はないで済む話だ。しかし、旧優生保護法が人権侵害を引き起こす欠陥のある法律で、それを放置したまま運用を許した国は、原告の幸福追求権を侵害したという論理で構成されている。重要なのは、旧優生保護法の目的として考えられていた、遺伝性の障害の拡散がないのに、それが懸念されることにしたと推定されるから訴訟を起こしたという事実である。それほど難しい問題ではない。この短い引用で充分表現されている。不足しているのは、一般法規と憲法を同列に理解するという拙さである。

障害があっては、子供を育てられないから、不妊手術は当然行われるべきことだというのも目に付いた。子供養育に国家資格が必要と考えているようだ。確かにコメントを読んでいると、そんな人物が沢山いる様な気になってくる。しかし、子供養育条件を満たす者などどこに居ようか。子供が生まれてから親になる。その前に何が分かるというのか。健康そうで、経済力もあって、それで子供を虐待する親を選別する手段でもあるのだろうか。
同様のコメントで、障害者が子供を産めば、税金で面倒を見るだけだから、社会全体として経済負担が増えるだけのお荷物だというのがある。今日、障害者の補助など、過去の手厚く扱われた時代に比べれば慎ましやかになったようだ。慎ましやかが妥当かどうかを知りたければ調べれば良い。実際のところ、苦労の多い生活を送ることを知るのはそれほど難しくもない。コメントは障害者の家族は、貧しい前提になっているようだ。平均より豊かな家庭もある。そちらの方が行政の支援は届き難くなる問題もあるのだが、まあ、ここまで複雑なことを考える者なら、不用意なコメントなんぞを書く筈もあるまい。

知的障害はあっても性欲はあり、本能のままに周囲を対象として、犯罪に繋がることがある、というのもあった。そのような事例もあるだろう。犯罪は処罰されねばならない。しかし、しそうだからと処罰する危険性について考えなければらない。準備罪とか予備罪とかいう呼び名の罪名がこれにあたる。先ごろ国会で話題になった、テロ等準備罪というのが代表的である。既にあるものに殺人予備罪がある。2年以下の懲役刑となっている。死刑または無期もしくは5年以上の懲役になる殺人罪との落差を感じよう。思想良心の自由に踏み込むことに慎重なのは、憲法に抵触する恐れも考慮されてのことだろうが、社会秩序からみて当然というのが今日の人権意識というものだろう。少数の例外で全体を代表させるという、大胆な論理展開である。


以前からこのブログで書いている様に、差別を嫌う立場を取っている。差別というのは、自分で決定不能な事実に因るものと理解する。学歴や職歴は自分の責任なので合理的な区別の範囲である。出身地や性別、年齢は自分で決めようもないから差別である。障害の有無も差別である。だから、心神耗弱や心神喪失で刑事罰を減じたり免れたりすることを許さない。少年犯罪の扱いも大人と同列で良いと考えている。障害や年齢は自己決定不能であるから、これを減刑の理由に用いれば差別に合理性を与える。少年犯罪を更生の機会を与えるなどというのは、子供を見下した主張と考えるのである。更生の機会を与えるのに反n対はしない。しかし、それは大人も子供も同列である。

分からないという事実に謙虚に向き合う姿勢がないのが、ネット空間でのコメントである。刹那的な思い付きで、他人を傷付けるのが好みの様だ。それで一向に構わないのだが、何かを考えるきっかけになるのならそれでも良い。それにしても、書き込み文章が似ているのはどういう訳なのだろうか。IDを取り換えて沢山投稿する者もあると聞くがご苦労なことだ。内容に乏しい者ほど激しく主張するというのは、国会で良く見られる光景ではある。国会議員が国民の代表である、つまり、ネットの民と同質であることを示している。ネットの民は、自分たちの代表が国会にいることに誇りを持つと良かろう。


障害者が何も出来ないという主張は、障害者を何も分かっていないという事実と驕りを示す。

2017年11月29日 (水)

自民の差別的発言を批判=「性」「アフリカ」めぐり―野党

自民党議員から性的少数者(LGBT)やアフリカに対する差別的発言が相次いだことについて、野党幹部は11月27日の記者会見などで、人権意識が問われるとして厳しく批判した。
先に自民党の竹下亘総務会長は、外国の賓客が同性パートナーを伴って宮中晩さん会に出席するのは「日本の伝統に合わない」と発言。山本幸三前地方創生担当相はアフリカについて「あんな黒いの」と述べ、後日撤回した。民進党の増子輝彦幹事長は「政治家は自分の発言に責任を持たなければならない。軽口か本心か分からない」と指摘。山本氏が以前に学芸員に関して「がん」と発言したことを踏まえ、「常習犯だ」と非難した。立憲民主党の長妻昭代表代行は国会内で記者団に対し、「看過できない。『魔の大臣経験者』という状況だ」と述べた。共産党の小池晃書記局長は「人権意識、個人の尊厳、多様性を全く分かっていない」と批判。「人種差別の発言(をした人)は米プロバスケットボール協会(NBA)では永久追放になった。自民党そのものが問われる」と語った。(時事通信:11月27日)


政治家の発言について考える。


保守政党を自認する自由民主党の議員である。従来型の価値観に合わない思想を排除するのが当然と考えているようだ。彼等にも思想良心の自由があるから、どんな考えを持っていようと構わない。しかし、公的な立場があるのだから、差別や排除に繋がる考えを外に発信しるには、一定の思慮が求められるものである。
おそらくマスコミから指摘されれば、軽口が過ぎた程度の問題として、お詫びして済ませることだろう。軽口ではなく本心で、この思想を支持する団体が背後に控えているのだから、詫びなどしない方が潔いと思うのだが、自由民主党が差別思想を応援していると表明するのは、国際的に具合が悪い部分がある。本音と建て前という話に行き着く。この二つの立場を高速に切り替えるのは、この保守政党の伝統芸である。

黒人差別思想は持っているし、LGBTなどゲテモノ扱いだろう。日本の伝統というのは、男尊女卑だし、家族制度の過度な重視というものと理解して良い。伝統と主張する割りに、その理想形は明治時代に行き着いたりするので、伝統といっても米国の歴史より短いのかとがっかりしないではない。まあ、政治家の子弟だけが、この国のかじ取りを担う資格があるというのが、政治家の既得権意識の根本にあり、そこに既得権益が潜んでいる(別に隠れちゃいない)というのなら、結構新自由主義的ではないかと思うし、もしかしたら、階級の固定化により国民を指導していくと言い出しかねないとも思われる。それなら、朝鮮半島の将軍様と相性が良さそうな気さえしてくる。


政治家がバカでも許すが、勉強しない態度は許せない。

2017年11月20日 (月)

沖縄米軍トップが謝罪 死亡事故、飲酒禁止指示も

沖縄駐留の米海兵隊員が那覇市で飲酒運転し死亡事故を起こした疑いで逮捕された事件で、在沖縄米軍トップを兼務するニコルソン在日海兵隊司令官は11月20日午後、沖縄県庁を訪れ、翁長雄志知事に「心からの謝罪」を伝えた。翁長氏は「米軍の対策は極めて不十分だ」と強く抗議した。
在日米軍司令部は同日、日本国内に駐留する全ての米兵に飲酒禁止などを指示したほか、沖縄に駐留する米兵には基地と自宅以外への出入りも禁じた。制限の期間は明確にしていない。冒頭、翁長氏に対し深々と頭を下げたニコルソン氏は「米軍を代表し被害者、そして遺族に哀悼と謝罪の意を表明したい。われわれの駐留の結果、事件が起き大変残念だ」と述べた。さまざまな再発防止策を講じてきたとした上で「努力が足りなかった。事件・事故削減への取り組みを強化したい」と強調した。これに対し、翁長氏は米軍の事件・事故が相次いでいるとして「再発防止に努めると言っても県民は疲れ果て、何ら信用できない。とても(米軍が目指す)『良き隣人』とは言えない」と厳しく批判した。事故は19日朝に那覇市の国道交差点で発生。米軍トラックが同市の男性会社員(61)の軽トラックと衝突し、男性は死亡した。那覇署は海兵隊員の男(21)を、自動車運転処罰法違反(過失運転致死)と道交法違反(酒気帯び運転)の疑いで逮捕した。沖縄県警によると、男は逮捕前、任意の取り調べに「基地でビールを飲んだ」と話していたという。(共同:11月20日)


在日米軍について考える。


飲酒運転で軍人が死亡事故を起こしたことで、在日米軍トップが謝罪を表明したのだから、ある意味画期的な出来事と言って良かろう。そんな制限をいつまでも続ける筈もない。短ければ二週間、長くて一カ月というところで解除されることだろう。まあ、三週間というのが相場だろう。画期的な指示を出したことからすれば、それらしい言い訳は必要になるだろうから、兵隊に対する教育訓練の完了という言葉が付いて発表されることだと思われる。禁止の発表は大々的であったが、解除の方は静かに目立たぬように行われ、沖縄の地方紙のみが報道することになるかもしれない。いつもそんなものである。
ニコルソンは、説明で努力が足りなかったなどとほざいている。愚かな司令官である。兵士が非武装の民間人を殺したことを、努力不足と括るのなら、愚かな司令官の認識不足で部下の兵隊が大量に死亡しても、同じ言葉で括ることだろう。努力などという言葉は、目標を確定できない者が、道筋を描けないままに、不出来な結果に対して使う言い訳でしかない。自分の部下である兵士の生命を守ることを第一に考える司令官が口にする言葉ではない。司令官が部下に求めるものは、規律と訓練しかない。規律が崩れ果てているのなら、努力などという言葉で示される範囲で、効果的な対策など見出しようもないだろう。

アジアの下級民族を守ってやっているという意識であっても構わないと思う。しかし、規律も訓練も伴っていない兵隊組織など、ハリボテに過ぎない。役立たずの軍隊なら帰ってもらって結構だ。その先どうするんだという心配は、米軍が考える問題ではない。沖縄を自衛隊が守るか、あるいは中国人民解放軍に守って貰うか、朝鮮人民軍に駐留させるという選択肢を描くにしても、それは米軍ではなく、日本国民の判断することである。ネット上の右翼は、沖縄の問題を、マスコミが中国にコントロールされているというのが好みのご様子だが、右翼なら親米ではなく反米の方が潔い。米軍を追い出し、核武装して、北朝鮮はもとより、中国も韓国も蹴散らすと主張するのが良かろう。その上で、米軍が今度核爆弾を落とす場所が、名古屋か大阪か、あるいは東京かと考えるのが妥当な思考である。


宣戦布告して戦争を行う時代ではない。それでどうやって他国の領土に入るか考えよう。

2017年11月 7日 (火)

トランプ氏歓迎の夕食会、元慰安婦招待 「独島エビ」も

韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が11月7日夜、トランプ米大統領らを歓迎するために青瓦台(大統領府)で催した夕食会に、日韓が領有権を主張する島根県の竹島の韓国名を冠した「独島(トクト)エビ」を使ったメニューが出された。夕食会には元慰安婦の女性も招待された。
大統領府の報道資料によると、「独島エビ」は春雨の炒め物の材料に使われた。竹島がある日本海で捕れたとされる。大統領府はねらいを説明していないが、米国側に竹島の領有権をアピールした可能性もある。夕食会に招かれた元慰安婦は、慰安婦問題をめぐる日韓合意の破棄を主張している李容洙(イヨンス)さん(88)。米国でも積極的に証言活動を行っている。夕食会でトランプ氏は李氏とあいさつを交わし、抱擁した。(朝日新聞:11月7日)


トランプ大統領のアジア歴訪について考える。


5日の午前10時過ぎに上空に大きな音がするので見上げると、そこにはいつもの軍用貨物機である C-130 の姿はなく、プロペラではなくジェットエンジンで、グレーの塗装ではなく、白地に青の塗装であった。トランプ号だ、と思ったが、それでない方であったかもしれない。羽田空港に降りることも交渉可能だろうが、米国のコントロール下にある飛行場である横田基地に着けるというのが米国の流儀である。東京周辺の上空の管制権はいまだ連合国軍最高司令官総司令部が担う状況にある。それでも少し日本に返還されたのではあるが。支配される国の国民は、空の上を行く支配国の飛行機をただ見上げるのである。念の為に記すと、連合国軍最高司令官総司令部は1952年に廃止され、現在では在日米軍になっている。
武器商人としてアジア各国に向けてセールスを行うトランプは、日本では北朝鮮の脅威を強調し、今回の韓国では北朝鮮と中国の脅威を理由に、もしかしたら日本の軍備強化への対応も含めたかもしれない、それで武器のセールスをしていく。この後の、中国では商機は乏しいかもしれないが、ベトナムやフィリピンなら中国の脅威が使える。武器が売れるなら、日本と韓国で違う話をするくらいなんとも思わない。そんなものだろう。

日本政府は随分とトランプにご機嫌伺いをしたようだが、韓国も負けてはいない。それでも、日本と彼の国とは習慣に差があり、主張の強さに差が大きくある。まあ、彼の国からすれば、この国の方が主張が激しいと批判される可能性もある。独島エビなる種類が存在するのを寡聞にして知らないが、報道によるとその場所で獲れたもの程度の意味ということだ。緩い定義であるが、過去から習慣化された言葉でなければ、間抜けな用法と笑われそうだ。この国ならと注釈を付けねばならないか。
元慰安婦を出すのは常習化している。人権問題として扱うべき事柄であるが、政治の道具として重宝している様子が見て取れる。日本軍の連行が事実でなく、朝鮮人が騙したという事実があったにしても、日本軍が横暴であったとする"事実"を動かすことはないから、韓国が歴史的な事実を調査することは今後も現れないだろう。歴史的な事実と異なるとする主張は、意味がない話である。朝日新聞の責任だというのも、局所的には正しくても、全体としてはさしたる意味など無い。韓国の都合に合った事実が重要で、朝日新聞の報道など傍証の一つに過ぎない。それなら何もしないでいるのかと主張する者もあるだろうが、声高に否定すれば悪さをした事実を隠そうとしていると主張するだけのことだ。静かに事実を調べ、公表する活動を継続するだけのことである。一般に、朝鮮語を操る日本人が少数しかおらず、軍人にそんな人物がどれほどいたか、いたとしたらどんな仕事に従事したかを想像すれば、朝鮮人の徴用など日本軍人が使いやすい朝鮮人に依ったものだと想像が付く。しかし、中曽根康弘が、「土人女を集め慰安所開設」と『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送開発センター/1978)と寄稿しているのだから、軍が何もしなかった訳でもあるまい。歴史調査というのは、自分にとって有利か不利かで取捨選択を行う種類の仕事とは決定的に異なるものである。


アメリカ人は随分と下品な振る舞いをする者を大統領に選んだものだ。この程度でも大統領になれると言う事実が、彼の国において大きな希望になっているのだら、よその国が批判する筋合いでもないが。

2017年10月27日 (金)

落選の希望・若狭氏、政界引退を表明 「年齢もある」

希望の党の小池百合子代表の側近で、今回の衆院選で落選した同党の若狭勝前衆院議員(60)は10月26日、BSフジの番組で「政治活動はいったんここで退く」と述べ、政界引退を表明した。
若狭氏は、小池氏が地盤としていた衆院東京10区を引き継いだが、自民党前職に敗れ、比例復活も逃した。若狭氏は「希望の党の後方支援をしていくが、年齢もある。元気でも65歳を過ぎたら若い人や女性に譲るべきだと考えてきた。(選挙がすぐにないことを考えると)自分は例外ですよとは、なかなか言いづらい」と述べた。若狭氏は検事出身。2014年の衆院選で自民から比例東京ブロックに立候補して当選。16年10月の衆院東京10区補欠選挙で当選し、今年7月の東京都議選で小池氏が率いる地域政党「都民ファーストの会」を支援することを理由に自民を離党した。(朝日新聞:10月26日)


希望の党について考える。


小池百合子の欲望の視線にあるのは、民進党の金と地方組織であった。そして、それは無残にも失敗した。若狭は小池の腰巾着であるのに、何を思ったか自発的な発言をして混乱を引き起こしている。小池は腰巾着以下にしか思っていない様子があったが、若狭はそれ以上と自認していたということだろう。この手の相互理解の乖離というのは珍しくない。そして、立場の弱い者は消え去ることと決まっている。

若狭が髭を剃ったのは、小池に叱られたのか、選挙戦略だったのか忘れたが、髭を剃ったらその前の顏は忘れたし、髭の無い御面相が貧乏臭かったのは覚えている。しかし、髭があってもうさん臭くはあった。どっちがというより、どっちもというレベルの話ではある。
古いところでは後藤田正晴が内務官僚上がりの政治家であり、亀井静香が警察庁出身である。若狭は司法試験に合格して検察庁を選んでいる。前の二人より頭が悪そうに見えてしまうのは残念だし、重みも感じられないというのも致命的である。若狭には亀井が見せる愛嬌も感じさせない。手ぬぐいを鉢巻にして頭に巻いて、「これでいいのだ」と叫ぶ器量があれば世間に見方も変わるのだろうが、私は頭が良いと主張している様は、ひどく滑稽である。そして何より、この滑稽さを指摘する友人がいないということが致命的である。

自分の時々の都合で、自民にくっついたり離れたりしていては、その先に明るい展望など描きようもない。弁護士活動をするより、テレビのコメンテータになりそうだが、それもすぐにネタ切れになりそうで残念な人である。


頭の良さに確信があれば、バカになれそうなものだが……。

2017年10月24日 (火)

最高裁裁判官国民審査の結果

最高裁裁判官国民審査について考える。


今回国民審査を受けた裁判官名と結果を下に示す。

  裁判官名    罷免を「可」     罷免を「不可」
  小池 裕     4,688,017      50,083,865
  戸倉三郎     4,303,842      50,468,175
  山口 厚     4,348,553      50,423,434
  菅野博之     4,394,903      50,377,132
  大谷直人     4,358,118      50,413,894
  木沢克之     4,395,199      50,376,858
  林 景一     4,089,702      50,682,354


毎度の結果である。罷免に関心を持つ有権者が少ないので、無記入で投票する人が多いと言われている。投票所管理者に何も書かなくて良いのかと質問する人もいるという。実際、そういう人を目撃した。管理者は、書かなくても良いですと答えていたから、誘導したようになっていた。最高裁判所裁判官国民審査法での違反規定を確認したが、禁止事項にはなっていないようだ。ようだというのは、この手の法律の常で、明確に示されていない場合の判断は危険だという理性による。公職選挙法は極限的に「べからず集」になっているのと比べれば、リラックスした内容になっている。国民からの審査を受けるつもりなどなく、形式的な三権分立を維持する為だけの仕事と、司法も立法も、行政府は権力の中心は自身にあると信じるから、司法のことなど気にはしていまい。
背景の勝手な想像はひとまず置くとして、5,000万人の人は何も書かずに投票し、400万人の人がすべてを罷免するとしている。両方の極に正解があったにしても、検討して何かを見出すのに役にはたたない。もしこれらに正解があるのなら、国民審査は不要で、これ以外の実際的な方法で審査するか、何もしないでも良いのいずれかになる。司法がそれほどまでに不信感を持たれていては国の状況としては危険な水準で、大丈夫だと全面的に信任するというのも、無知と怠惰が組み合わさったと言う意味で、権力者の下に存在する豊かな奴隷になり下がったということになる。
最も罷免票を集めた小池が68万票で、最も少ない林が8万票である。(偏った審査投票を当然したことを前提にしている、念の為) 国民審査で右端の人に罷免マークが付けられる傾向があるとする都市伝説があるが、都市伝説以上のものではない。実際、林は反対側の端であるが少なく、二番目の戸倉は三番目の山口より少ない。百歩譲って小池に端なるが故に罷免マークが付いたにせよ、それ以降は同水準であり、林がその集団より少ない理由にはならない。
戸倉から大沢までの35万人程度が考えて罷免にマークをし、小池はこれと同水準だが、33万人の人が白紙はまずいと思っただけだとしよう。しかし、林が8万票に留まる理由にはならない。考えて投票したのならば、林だけの事情があると考えるのが合理的である。その理由は、先の参議院選挙に対する一票の格差裁判で、唯一違憲状態と反対意見を提示したのが林である。この国の有権者の中で25万人の人が、一票の格差に合憲とした裁判官を罷免すべしと考え、違憲状態とした裁判官を罷免する理由なしと判断して審査投票をしたという推定は外れているだろうか。

全国でたった25万人と思えば大したことはない。しかし、衆議院選挙で、たかだか10万人の投票を獲得した程度でも当選する。無視して良い数字ではないし、何となく自民党に投票したというような気分の問題ではなく、一票の格差について考えて、合理的な判決を下さない、つまり、国民の権利を重視しない裁判官は罷免して当然と行動したとすれば、この意見は少数意見として捨てて良いものではなくなる。


多数意見で押し通すのは悪い習慣である。

2017年10月17日 (火)

校長「トラブルない」発言、遺族の抗議で撤回 中2自殺

福井県池田町立池田中学校(生徒数40人)で今年3月に2年の男子生徒(当時14)が自殺した問題で、自殺直後に開いた保護者説明会で校長が「トラブルはなかった」と説明し、遺族の抗議を受けて改めて開いた説明会で不適切な指導を認めていたことがわかった。
学校や遺族によると、生徒の自殺を受けた3月の説明会で、堀口修一校長は「学校でのトラブルはなかった」という内容の説明をしたという。だが、男子生徒は家族に副担任から叱責を受けていたことなどを打ち明け、母親も学校側に副担任の交代を申し入れていた。母親は、別の保護者からその発言を聞き、「息子は副担任のことを嫌だと言っていたのに」と不信感を抱いたという。その後、有識者らによる調査委員会の立ち上げが決まった際、遺族側は町教委などに「校長の発言を訂正してからでないと、(調査委の設置は)『はい』とは言えない」と抗議。その後の職員の聞き取りなどの調査の結果を踏まえ、学校は5月に改めて説明会を開き、堀口校長は3月の発言を撤回。学校の体制や指導に問題があったことを認めたという。母親は取材に、「学校は責任について本当に分かっているのか」と批判した。堀口校長は10月17日、朝日新聞の取材に対し、「初期対応でご遺族の気持ちを思いやった対応をすべきだったと反省している」と話した。(朝日新聞:10月17日)


中学校について考える。


池田町は福井県の中央部に位置する周囲を山に囲まれた町である。谷間に人口は集中し、面積の九割は山であるという。面積は194km2あるが、総人口は2,677人、世帯数は958世帯(2017年8月末)に留まる。この人口である。小学校は町立池田小学校、中学校は町立池田中学校があるのみだ。高校については、福井県立武生高等学校池田分校があるが2017年度をもって募集停止し、2019年度の廃校が決定している。この町を走る鉄道はない。
周囲の都市 (といっても、特段大きな街ではない) との接続も悪いから、ここ町で中学まで過ごすと、将来の為の判断をしなければならない状況になる。池田町役場から県立武生高等学校までの距離は約20kmである。町役場に近く、JA付近にある池田町稲荷バス停からJR武生駅への平日のバス時刻表を抜き出すと下のようになる。

■ バス時刻表
   池田町稲荷    JR武生駅
     6:40    →   7:35
     8:40    →   9:35

   JR武生駅     池田町稲荷
     16:56   →   17:56
     18:56   →   19:53


県立武生高校や県立武生東高は、JRの駅より手前ではあるが、駅から遠く離れている訳ではない。池田町の西に位置する越前市にある。北東側にある大野市や北西側にある福井市の高校に通学するのは、山深い道路を使っての30kmであるから現実的ではないだろう。勉強する気があれば、福井市に下宿するという選択肢が現実的なものになる。なんといっても、池田町は特別豪雪地帯に指定されている場所である。

さて、事故の確認である。学級担任と副担任が生徒を執拗に虐めたことで、男子生徒が自殺したと報道されている事件である。校長がトラブルがなかったと説明したのは、心情的には理解するにしても正しい行為ではなかった。しかし、東京の大新聞社である朝日新聞が校長を責めるのも、少々行き過ぎを感じてしまうのである。なぜそう感じるかと言えば、学年の生徒数が1ダースを超える程度で、教員の数も最小限である限られた世界で構成されている。生徒が副担任を嫌だと主張しても、別のクラスがある訳でもない。そもそも教員もそれほどいない。これを我が儘でないとするなら、こんな雪の多い山奥の町など嫌だと主張するのも我が儘ではなくなる。特段の解決策も提示できない課題であれば、我が儘とするのは妥当な気もするが、生徒を思いやる立場の人は、解決できないから我が儘で片付けるのは配慮が不足すると言うだろう。解決できなくとの話は聞くものということだ。
生徒が越前市への通学に難儀するのと同じく、教員や職員も町外から通勤するのは大変な場所である。つまり、学校の教職員はこの小さな町の構成員である可能性が高い。校長が教員の問題行動を強調すると、替りの教員の手配は困難であると想像して頭を抱えた可能性は排除出来ないだろう。そして、自殺した生徒に問題があったとすれば、他の生徒に問題が波及する可能性があり、情報は実質的にオープンな状況で扱われることも予想される。耳を塞ぎたい気分だろう。
1ダースの同学年の生徒も、小学校の入学から一緒であった者が多くいるだろう。産業のある土地ではない。外部から流入は極めて限定的である。生徒が自殺したという事実から目を逸らしてはならないが、マスコミが報道するのに慎重であることを求められる案件である。なぜなら当事者すべてが実質的に大きな家族のような関係であるからである。家庭の中の出来事に外部の者が土足で上がりかき混ぜる様は美しくない。校長は隠蔽しようとしたと批判するのはもっともな主張である。隠蔽でないと、フルオープンになるとなれば、新聞記者でも少しは考えを巡らせることだろう。有識者らによる調査委員会とは誰なのか。町立学校での問題発生であるから、町の教育委員会が指名するのだろうか。これとて、大きな家族の中の誰かに過ぎないのではないか。

誰が悪いとする犯人探しをしてはならないというのが教育の現場のルールだと思う。しかし、限定的な領域での作業は犯人探し以外にはならないだろう。校長の責任を問い、担任や副担任を処分し、皆いなくなったが替りの教員はやってこないという結論に全力で向かうことにならないか。報道にこの臭いを感じるし、自殺した生徒の親に感情というのは、こんな町など滅んでしまえと思うものだろう。


「学校は責任について本当に分かっているのか」、その先の責任も負っているのが校長である。

2017年10月12日 (木)

衆議院議員選挙情勢調査

衆議院議員選挙序盤の情勢調査をまとめる。


新聞各社の情勢調査結果をまとめる。朝日新聞もあったが、数字の表現が具体的でなかったので、三社を選んだ。小選挙区、比例区、全体をそれぞれまとめた。結果を下に示す。

■ 小選挙区調査結果 (定数:289)
              読売    日経     毎日
  自民         140+    200      221
  公明           9      9       8
  希望           7      3       21
  立憲民主        5     10+      12
  日本維新の会     1              6
  共産                           0
  社民           1              1
  日本のこころ      0       0       0
  無所属         11     30-      20
  -----------------------------------------
  未確定        115     30       7


■ 比例区調査結果 (定数:176)
              読売    日経     毎日
  自民          60     55      68
  公明           21+     25      22
  希望           30+     27      39
  立憲民主        35     30+      21
  日本維新の会    10             11
  共産                         14
  社民           0      0        1
  日本のこころ      0      0        0
  -----------------------------------------
  未確定         6     28       25


■ 選挙全体調査結果 (定数:465)
              読売    日経     毎日
  自民         260+    255      289
  公明          30+      34      30
  希望          37      30       60
  立憲民主       40+      40+      33
  日本維新の会    14-      10      17
  共産          20-      20      14
  社民          1       1        2
  日本のこころ     0       0        0
  無所属         11      30-      20
  -----------------------------------------
  未確定        52      45       0


未確定数が読売の小選挙区で大きいが、全体になると小さくなる。毎日は全体を振り分けして整理している。当たる外れるはともかく、不確定性を強調してしまえば調査の意味がない。何かを材料に判断した方が分かり易い。

ここでの結果は、野党の選挙体制が整わないうちにという安倍の目論見が当たったと言える。小池新党の動きによっては情勢が変化する余地があったが、小池は個人プレーしか出来ず、組織運営に関する能力がまったくないことが露呈してしまったことで、成果の限界が低くなった。致命的なのは民進党立候補予定者に踏み絵をさせたとされる報道で、リベラルと称される労組支援の厚い候補者を切り離した。この結果が、連合の支援が無くなった、つまり、地方での選挙活動の戦力を多いに失ったこと、放り出された民進党立候補予定者が立憲民主党をつくり、反自民の受け皿になったこと、共産、社民の間接的な支援も生じたこと、そして最大の誤算は、判官びいきで心情的に立憲民主党が優位にたったことである。
小池の戦術は、強い者に攻撃されて、それに対して正当な主張をする、か弱き存在を演出することから始まる。民進党に対する対応は、攻撃する側にまわってしまったので、根の腹黒さが前面に表れてしまった。こうなると、計算高いことばかりが強調されることになり、小池新党である希望の党で立候補した候補者も当てが外れたことだろう。

このままの状況で推移すれば、自民の圧勝という結果になる。しかし、不用意な失言があれば大きく崩れる。小選挙区制ではその効果が大きく出る。未確定になっている分など、容易に変化することがあるというのが、過去の選挙で示されている。


まあ、乱立すれば、自民に有利ではある。

2017年10月10日 (火)

森友学園、再生計画案を提出 負債97%免除で分割返済

民事再生法による経営再建を目指す学校法人森友学園(大阪市)は10月10日、再生計画案を大阪地裁に提出した。負債総額約30億円のうち約97%を債権者に免除してもらい、残りの約9千万円を2021年度から10年間で分割返済するとの内容。12月にも債権者集会を開き、賛否を仰ぐという。
同日、籠池町浪理事長と管財人の疋田淳弁護士が大阪市内で会見し、明らかにした。幼稚園の再生に努め、現在65人の園児を21年度には約150人超とし、収益を弁済にあてたい考え。22年をメドに保育所の機能も持つ「認定こども園」に移行し、園児数の安定確保を目指すという。債権者集会の決議には投票者の過半数の賛成と、賛成者の債権額が過半数という二つの条件を満たす必要がある。再生計画案には盛り込まなかったが、学園は国に対し、大阪府豊中市の国有地に建つ校舎の第三者への売却を要請中。売却で負債を半減できる見込みで、疋田氏は「取り壊しは10億円かかる。売るという解決方法しかない」と強調した。一方、学園は園児や保護者らが起こした3件の訴訟で、和解したことも明らかにした。籠池泰典・前理事長=詐欺罪などで起訴=について、町浪理事長は「連絡していない。私が引き継ぐと決意してから、一線を引いている」と述べた。小学校舎の建設を請け負い、最大の債権者である藤原工業(大阪府吹田市)の代理人は「再生計画案への賛否は、校舎の転売について管財人や国との交渉を進めた上で判断する」と話している。(朝日新聞:10月10日)


学校法人の民事再生について考える。


民事再生で97%を債権者に免除してもらうというのは破格の条件だろう。前理事長が刑事被告人になっている状況を考慮すれば、債権者は 3%返して貰うより潰してしまって良いと判断する可能性が高い。再建計画にいろいろと仮定が多い状況であるのは致し方無いのだが、そもそも政治家と癒着して甘い汁を吸おうと思ったことが、方々でほころびが生じたという事実と重ね合わせれば、検討不足というより、後ろ暗い仕事の結果と覚えたならない。
国から入手した土地の処理と、その上に建設した校舎の扱いが債権処理の中心課題である。これなら、民事再生ではなく、破産処理でも何も変わらない。従業員の雇用の維持や、取引先の商売の継続も、この学校法人ではあまり重要視される事情に乏しい。つまり、資金の回収のみとなると、経営能力に難がある学校法人は精算し、建物等を類似した学校法人に引き取って貰うというのが、回収額を最大化するのに有効な方法になるだろう。そんなことは債権者は百も承知であろうから、校舎の転売を行うことの重要性を主張する材料として、成立し得ない民事再生の話を表にしているように映る。これが有効な手段だとも思えないが、他に手段もないだろうし、安倍昭恵の名前に乗っかって美味い話に乗っかろうとしたことを隠すには、このような手続きが欠かせない事情があるのではないかと想像してしまう。


籠池泰典が被害者ぶっては、債権者が可愛そうではある。

2017年10月 2日 (月)

比例自民24%、希望14% 内閣不支持、支持を逆転

共同通信社は9月30日、10月1日の両日、衆院選に向けて有権者の支持動向などを探る全国電話世論調査(第2回トレンド調査)を実施した。小池百合子東京都知事が代表の新党「希望の党」が結成後、初の調査となる。比例代表の投票先政党は自民党が24.1%で、希望の党が14.8%となった。内閣支持率は40.6%、不支持率46.2%となり、前回調査(9月23、24日)から逆転した。
前回調査では、希望の党について「小池氏の側近らが結成する新党」と質問していた。自民、希望以外の比例代表投票先は、公明党が4.9%、共産党が4.9%、日本維新の会2.4%、自由党0.3%、社民党0.1%、日本のこころ0.4%となった。「まだ決めていない」は42.8%。衆院選後、衆参両院で指名される次期首相について、安倍晋三首相(自民党総裁)と小池氏のどちらが望ましいか尋ねたところ、安倍氏が45.9%、小池氏は33.0%だった。「分からない、無回答」は21.1%だった。(共同:10月1日)


支持率調査について考える。


選挙モードに入っているときに重要なのは、内閣支持率ではなく具体的な投票あ先であるとされる。まあ、そんなものなのだろう。ということで、解散が決まって以降の調査結果をまとめてみた。各社の発表値をそのまま転記しただけのものである。各社の質問形式の違いや、政党の並び方など、影響を与える要素はたくさんある。新聞社などの読者調査ではないから、会社の影響は受けないと思われるが、厳密に無関係とはならないだろう。少なくとも、各社を併記することで、N数を大きくして統計的な信頼性が高まるという可能性を信じることにして下の表を眺めてみる。

■ 各社調査「比例区ではどの政党に投票したいか」
   調査会社      共同     朝日     毎日      読売      NHK
  --------------------------------------------------------------------
  内閣支持率      40.6%     36%      36%       43%       37%
  不支持率       46.2%     39%      42%       46%       44%
  --------------------------------------------------------------------
  自民党         24.1%     32%    32%‐25%     34%      30.8%
  希望の党       14.8%     13%    17%‐19%     19%       5.4%
  公明党         4.9%      6%     5%‐5%      6%       3.8%
  民進           ―       8%     7%‐8%      ―       3.9%
  共産党         4.9%      5%     6%‐5%      5%       3.3%
  日本維新の会     2.4%      3%     4%‐2%      2%       1.0%
  自由党         0.3%      1%     1%‐1%      1%       0.3%
  社民党         0.1%      2%      1%       1%       0.6%
  日本のこころ      0.4%      0%      0%       0%       0.0%
  まだ決めていない  42.8%     29%    16%-17%    25%      40.4%
  答えない                                  7%      10.3%
     
  ※ NHKは支持政党/決めていないは支持政党なし

NHKは通例の調査になっているので、投票先ではなく支持政党になっている。これは参考にするとして、共同通信と新聞三社の結果は、傾向としては似ている。その調査も前回 (内閣改造後) 回復した内閣支持率が悪化し、不支持が増えている。最大与党が投票先になる割合が30%を切るようでは危険だと言われるようだが、共同、毎日ではこの水準に達している。安倍の解散判断が自民にとって良かったのかは、選挙結果で示されることになるが、現時点の評価が難しいのが、希望の党が不確定な部分が大きいことにある。民進をすべて飲み込むことを前提の調査と、両党が存在する調査になっていることが比較を難しくする。加えて、どちらにもなりそうでないから、結果は大きく変わりそうである。
小池は意味不明な政策を掲げて、意味不明は失礼か、両立不能な可能性のある言葉を吐いている。もう少し説明が必要だが、時間がないことも影響しているのだろう。小池が示しているのは、首相になりたいというギラギラした欲望である。これはくっきりと示されているから嘘はついていない。言葉など、欲望達成の為の手段に過ぎない。都知事選以降、小池が放つ言葉は、綺麗に聞こえるのだが、実行性はまったくなく、必ず先送りする、という特徴を有している。矛盾が方々にあっても、それだけのことと理解しているのだろう。批判しても始まらない。
少しは書かねばならないだろう。 寛容な改革保守政党を目指すという。希望の党に参加する元日本のこころの代表である中山恭子は、ガチガチの保守というより極右と呼んで外れてはいないと思う。明確なのは、寛容や改革が馴染まない存在である。参議院議員である中山恭子があわてて参加したのは、夫の中山成彬を当選させるのが目的である。中山成彬とは日教組批判以降の発言で、自民党を追われた身の上である。極右候補を連合が推すというのは、滑稽というか、時代が変わったと思うよりない。一方で小池は、憲法改正や安全保障関連法への態度で選別するとしている。この考えはあって良いと思うが、多様な人生を送ることのできる社会とは肌合いが違いそうだ。排除したいのは、自分より偉そうな人物という、しっかりとした小池基準があるようだが、きちんとした「しがらみ政治」を志向している様子が窺える。

小池が欲しいのは、民進党の持っている資金と、全国に広がる労組という支持母体ということだ。資金と組織が乏しい新党は、雰囲気でブームに乗るよりない。とはいっても、沢山の議員を当選させるには資金と組織が必須だ。小池は中山を迎え入れて、労組臭を薄めたかったのだろうが、複雑な臭いは腐敗臭により近付いたようだ。イメージ戦略としては失敗だ。まあ、若狭の不潔さと同じカテゴリーに分類されるだろう。
小池の目標は、自民公明を過半数割れに追い込み、希望の党の子分議員を一定数集めて自民との連立に流れ込むということが現実的なところだろう。この期に及んでは労組は不要だし、自民より過激な右翼は印象が悪い。もっとも嫌うのは、小池より偉そうにする人物なので、事前選別をするというのが、今回実施している踏み絵である。これで小池までダーティーなイメージになった。

ところで、安全保障が選挙の争点になっているようだ。具体的には、北朝鮮問題である。日本政府の立場は、朝鮮半島北部を占拠しているのが北朝鮮ということになる。国家として北朝鮮を認めている、つまり国交のある国は164カ国である。国連加盟国が192あって、国交がないのが26カ国ということになる。日本が認める韓国と国交があるのは188カ国でないのが4カ国となる。4カ国は北朝鮮の他に、シリア、キューバ、マケドニアである。どっちも国と認めるのが国際的に主流であるのに、日本は片側のみを認めている。
北朝鮮の軍事行動について確認する。北朝鮮が軍事独裁国家状態にあり、国の使える資金の多くを軍事に投じたとしても、国家予算が7500万ドルの国であるのだから知れたものである。米国の国防費は5000億ドルを超える。米国に戦争を仕掛ける国ではない。確実なのは戦争をしたら勝てない。国家が無くなってしまうほど規模が違う相手に、攻撃することを示唆している。この国への対応として、日本が防衛費を増やしても危険性に変化はないだろう。だから防衛費は不要だというのも違うが、防衛費だけで片付く問題でないことも明らかだ。
ということを踏まえて、と長いフリがあっての話である。朝鮮半島はひとつの国である。一つが韓国であるか、北朝鮮であるかは日本の知るところではない。つまり、朝鮮半島における、朝鮮民族の統治に関する問題、簡単に言えば内政問題である。韓国も北朝鮮も本音は別にあったにしても、一つの国であると主張している。ということは、内政不干渉の原則である。日本は韓国の政治体制の方が理解し易いし、受け入れ易いものである。しかし、朝鮮民族が主体思想を選ぶならそれは自由である。米国は内政不干渉の原則の例外規定である人道的介入を旗印に北朝鮮を追い詰めることだろう。しかし、日本がそれに付き合う理由もない。
北朝鮮が予告なしにミサイルを飛ばすのは問題であるが、人工衛星より高い高度で、日本上空を通過しただけのことだ。国防を大きな声で叫ぶ連中に、思惑が無かった例は過去にない。怪しげな主張をする政党に対して、朝鮮半島情勢は基本的に内政問題であるから、日本が積極的に関わる余地はないと宣言する政党があって良いのではないか。北朝鮮を無くすと過激な言葉を使っても、本当のところは、北朝鮮がそのままあった方が都合が良いという御都合主義が張り付いていそうだ。
かまってちゃん国家の北朝鮮も、国際ルール無視の子供国家の韓国も、あまり親しくなりたくない存在であるが、日本列島をカリフォルニア沖に移動できる訳でもない。北朝鮮の将来の面倒を誰が見るのが明らかにせよと、国連で発言したら叩かれるのだろうか。韓国は統一国家にするつもりがあるのか、中国が延辺朝鮮族自治州を拡大するのか、米国が信託統治するという時代でもあるまい (第二次大戦の結果、敗戦国から分離される地域と主張する論理は無理筋だろう)。ロシアが南下するというのも、極東地域の面倒を持て余し気味な状況を考えればテンポラリーな状態以外では可能性は乏しい。日本が介入すれば、大戦前に戻すつもりだと批判されるだけだ。何も出来ないなら、何もしませんと宣言するのも価値はある。小池並みのずうずうしさが必要だろうが、わあわあ騒いで何もしない政治家より優れた部分があると思うが如何だろうか。


枝野が代表になれば分裂すると言われたが、前原は投げ出しただけだった。

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