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2018年5月 1日 (火)

4千万円の宮内庁オープンカー、走行困難に 使用は2回

28年前、即位後のパレード用に約4千万円で購入したロールスロイス社製のオープンカーが古くなり、走行困難になっていることがわかった。2回しか使われていないが、整備用の部品が手に入らず、宮内庁の車庫に眠ったままという。今回のパレードで新天皇、新皇后を乗せる車をどうするか。経費節減が求められる中、政府関係者は頭を悩ませている。
1990(平成2)年11月12日午後、燕尾服とローブデコルテに身を包んだ天皇、皇后両陛下はピカピカの黒いオープンカーに乗り、沿道の人たちに手を振った。昭和天皇の即位の時は馬車だったが、馬は不測の事態で制御困難になるリスクもある。警備上、より安全な車を使うことになり、当時の総理府が購入した。車はその後、宮内庁の管理下に入り、93年の皇太子ご夫妻のご成婚パレードでも使われた。だがその後、行事などで用いられたことはない。来年の代替わりで久々の「晴れ舞台」かと思いきや、管理する同庁車馬課によると「すでにメンテナンスのための部品が手に入らず、久しくエンジンをかけていない」。時々職員が車体を磨いているが、車検も通しておらず、公道を走れる状態にないという。王室などが使う豪華なオープンカーを製造できるメーカーはさほど多くない。関係者によると、前回は購入費などとして約1億2千万円を予算計上。実際に車体は「破格」(政府関係者)の約4千万円で購入できたという。現在も約3900万円で受注生産されているオープンカーがあるが、特別な仕様を加えた場合、必要経費は1億円を超える可能性もあるという。新天皇即位のパレードは来年10月22日に予定される。どんな車を使うのか。宮内庁は「今後、内閣府と相談したい」としている。(朝日新聞:5月1日)


皇族のクルマについて考える。


4000万円のロールスロイスコーニッシュIIIが高いと思うのは、一般的な生活からすれば当然のことではある。しかし、世の中にはそれだけで片付けられないものが沢山ある。当時の4000万円は、ロールスロイス社がタダでは申し訳ないから付けたプライスタグであろう。もし、日本の成功者が同じ仕様のモデルを注文したなら、何億円という価格が提示されたとしても驚かない。そんな世界である。
ロールスロイスを名乗るモデルであるが、1990年に用いられたクルマの面倒を見る会社がどこかというと少々複雑になる。1998年にロールスロイス社は経営不振から売りに出された。これに反応したのはドイツの二つのメーカで、一つがBMWで、もう一つがVWである。ドイツの自動車メーカは、Heritageにコンプレックスがあるようだ。Mercedes-Benzは、社名に紆余曲折があったが現在の社名は Daimler AG となっている。ここは企業の歴史と、自動車の歴史が等しいという会社である。コンプレックスを抱く理由はない。しかし、VWは戦前は国策産業であるし、BMWも自動車産業に本格参入したのは戦後である。どちらも高級車で始まっていない。そして争奪戦を制したのがVWであったが、問題は簡単に解決しない。BMWは、ロールスロイスの商標を所有していたヴィッカースから、商標を買ってしまった。VWは英国のボロ工場を高額で買い、ロールスロイスの名称を猶予期間の2年間だけ使用でき、BMWはVWに負けたものの、少額でボロ工場抜きのロールスロイスの名称を買った。
誰もボロ工場など欲しくはない。しかし、このボロ工場には高級車を作るのに長けた熟練の職人がもれなく付いてくる。近代産業である自動車製造において、熟練などという言葉がアンティークに過ぎないと考えるのが合理的な経営手法であろう。それを逆に読めば、高級車などというものがアンティークな存在で、幻想と呼んでよいものであろう。実際、VWは2002年からフェートンという大型車を販売開始した。しかし、専用工場まで用意したモデルなのに、大きな大衆車の位置付けに留まってしまった。その隙間を埋めたのは、ボロ工場で作りきれない近代的な生産性とは相いれないようなベントレー・コンチネンタル・フライング・スパーであった。
一方のBMWはというと、1994年にローバーグループの買収をしたものの、2000年には失敗と判断し、ランドローバーをフォードに売却し、MINIとトライアンフとライレーを残してその他のブランドも売却した。バッヂエンジニアリングが長く行われ、衰退著しい英国自動車産業でブランドイメージは酷く傷ついた。ライレーに現在のBMWを超える良いイメージは作り難いだろう。そもそも英国ブkランドで価値のあるのは、と考えてみると浮かばない。アルヴィス(Alvis)は高級な印象があるが、復活するには大変だ。スペインブランドになるが、イスパノ・スイザ(Hispano-Suiza)がある。これならロールスロイス級になるが、いかんせん古すぎる。現在はフランスの軍需産業が所有しているようだ。ジャガーより上のイメージを作るなら、こんなブランドしかないだろう。つまり、合理的でクリーンなイメージなら、BMWで充分ということである。これで不足するのが、カビ臭いブランドということなのである。カビだと言っても、これがないと価値が上がらないという製品もある。高級車というのは、チーズのようなものと言える。

横道に逸れた。宮内庁の希望を叶えるのは、VWグループのベントレーということになる。頼めば何とかなるだろう。修理代金はきっとバーゲンプライスだろう。どうせなら4枚ドアに改造するのが良い。2枚ドアでは皇族行事に馴染まない。それで4000万円は取ることもないだろう。これが高級車というものである。センチュリーロイヤルをオープンにすれば完成というのは、街の改造ショップの発想である。宮内庁は暴走族に憧れを持つようになったのだろうか。センチュリーロイヤルの開発の手間は、プリンスがロイヤルで行った作業に比べると小さい印象を持つ。自動車産業にコンピュータが多く寄与するようになった変化でもあろうが、内装材の選定は、実績のなかった時代に比べればお気軽観は残る。宮内庁のコーニッシュは、適切な仕様を選定していることと思う。日本製で良いではないかというナショナリズムを支持するが、皇室は使い捨てのように映る行動を戒めている。やはり、コーニッシュは直さねばならず、使われねばならない。それも、もっと日常的に近付けて。


宮内庁は気の使い方を間違えている。

2018年4月26日 (木)

ジャニーズ「お気持ち考えずにキス」山口メンバーの事件

TOKIOの山口達也メンバーの書類送検を受け、ジャニーズ事務所は4月25日、「お酒を飲んで、被害者の方のお気持ちを考えずにキスをしてしまいましたことを本当に申し訳なく思っております。被害者の方には誠心誠意謝罪し、和解させて頂きました」とのコメントを発表した。(朝日新聞:4月25日)


呼称について考える。


マスコミでは容疑者という用語を用いる。容疑者というのは裁判所で使われないから、法曹会で用いられるのは専ら被疑者ということになる。犯人という言葉がある。こちらは法律用語としても成立するが、犯罪に関わった人物が特定されていない場合に用いられる。つまり、「警察は犯人確保を急いでいる」というのは日常的にメディアで扱われる。しかし、山口が逮捕されたときの報道は、XXの容疑で山口が逮捕されたであり、犯人と断定はされない。犯人と断定した報道をすると、万が一裁判で無罪が確定すれば民事で負けることになる。推定無罪の原則は動かし難いということになる。
推定無罪を正しく適用しているのは、今日において国会において、議員や役人に対してのみである。この当人たちが厳罰化を推進するエンジンになっているのは、皮肉というより肌寒さを感じる危険な雰囲気である。質問すれば、「そんな心配するようなことはありませんよ」と優しく答えてくれることだろう。戦争前夜は微笑みが絶えないものである。

推定無罪は結構な話である。しかし、平等の原則も重要である。松山刑務所大井造船作業場から逃走した容疑で指名手配されている平尾龍磨は、普通に容疑者が使われている。作業場所からいなくなった事実は動かないが、受刑者が逃走したのではなく、何らかの事情が生じてそこに居られない状況が生じた、と推定するのが推定無罪の立場だろう。事実関係を明らかにするには、受刑者に聴取するより他に方法がない。身柄確保の為に指名手配となった。裁判所も拠無い事情が生じたとしても、常識的対応する時間を超過しているから逮捕令状を出すのに躊躇いはない。まあ、受刑者に対して人権を重視する裁判官も少ないだろうが。
この受刑者にしても、松山刑務所大井造船作業場の構成員であるから、作業場メンバーと無理やりこじつけることも可能だろうが、こんな言葉をマスコミが使うことはない。ジャニーズ事務所に対する配慮がにじみ出た呼称ではあるが、この事務所に所属する芸能人がすべてグループという訳では無い。近藤真彦は元たのきんトリオである。光GENJIは解散して久しい。男闘呼組もあった。新しいところならSMAPというのがある。これらに関わったタレントに何かの容疑が掛った場合には、元メンバーとでも呼ぶのだろうか。生田斗真というのはグループに所属したことはないから、メンバーが使えない存在である。芸能事務所は、職業紹介に関わるマネージメント業務を契約しているのだろう。すると、芸能人は事業主として専属契約を結んでいるのだから、山口事業主という呼称も成立する可能性はある。しかし、法人化しているケースもあるから、その場合には社長である可能性が高いが、断定はできない。家族経営にするなら、社長である必要はなく、役員ではあろうが、他にも代表権を有する人がいても不思議ではない。この細かな事情は、この法人に脱税容疑でも掛けられたのでなければ公表する謂れのない話である。つまり、生田斗真にはメンバーも、個人事業主も、社長も使えないことになる。
容疑者がお嫌いなら、被疑者を使えば良いだけのことである。逮捕令状が出たにしても、無罪である可能性を正しく認識していれば人権侵害にはならない。これが公共の福祉というものである。忖度の迷子に陥ったマスコミは、使う言葉を失ってしまったということである。


ここまで歪な敬称なら、ジャニーズ事務所専属契約者山口達也様が適切である。

2018年4月23日 (月)

抗議の女性議員に「セクハラと縁遠い方々」自民・長尾氏

自民党の長尾敬衆院議員(大阪14区)がツイッターで、財務省の福田淳一事務次官によるセクハラ問題に黒い服装で抗議する野党の女性国会議員らの写真を添付して、「セクハラとは縁遠い方々」などと書き込んでいたことがわかった。長尾氏は4月22日に発言を削除してブログで謝罪した。
長尾氏は20日、自身のツイッターで、「#Me Too」と書いたプラカードを掲げて抗議する女性議員らについて、「セクハラはあってはなりません。こちらの方々は、少なくとも私にとって、セクハラとは縁遠い方々です。私は皆さんに、絶対セクハラは致しませんことを、宣言致します!」とツイートした。この発言に閲覧者から批判が相次いだため、長尾氏は22日夜に削除した。ブログで「私の発言がセクハラにあたるというご指摘を真摯に受け止め、気分を害された方々に、写真に掲載されている女性議員の皆様に、心からおわびを申し上げたい」と謝罪した。長尾氏は23日朝、朝日新聞の取材に「ブログに書いた通りです」と話した。(朝日新聞:4月23日)

セクシャルハラスメントについて考える。

セクシャルハラスメント (sexual harassment) は、日本語で性的嫌がらせと呼ばれるが、最近はセクハラと略されることが多い。これを一般化と認識する向きもあろうが、日本語の常として外来語の省略形が使用されると、その行為が軽くなると決まっている。つまり、していけない行為としての認識が、少しは許容されるに意識がシフトする。問題があると考えるが、軽くなるように意識して用いている可能性も指摘しておきたい。
根拠となる法律は、男女雇用機会均等法である。セクシャルハラスメントに係る要件が盛り込まれたのは1999年に改正による。それ以降、民間企業でのセクハラ教育が厳しくなったと感じる。(省略形使ってしまった!) 長尾の発言は、この頃の教育資料に用いられるような典型的な問題発言である。もしかしたら問題提起かを思ってみたが、暫くしたら削除したところをみると、そういうことではないようだ。付けて加えて、「心からおわびを申し上げたい」というのだから、自分の不始末を確認したということだ。閲覧者から批判からというより、知恵を付けてくれる支援者に従ったということだろう。自ら気が付かないところに、この議員の限界を感じる。
長尾敬は東京の高校を出て、立命館大を1986年に卒業して、明治生命に入社している。2003年に退職し、民主党から衆議院議員を目指すが落選、2009年に初当選している。2012年に民主党を離党し自民党で立候補し落選、その後、2014年、2017年で当選している。生年月日からすると大学卒業までに1年余分に掛かっている。選挙区は大阪府であるので、大学以降は大阪で活動しているのだろう。思想的には民主党の右翼という雰囲気で、これで大阪出身だと日本維新の会との違いは見出し難い。少しはあるのだろうが、少ししかないともいえる。だいたい、近親憎悪というものがあるものだから、小さな違いは大きな違いより許し難いものである。差別化不能になると目立つことが最善となるから、件の発言に至ったというのが背景の想像である。それにしても、という内容である。

政治家において、目立つと愚かは近似的に等しい。

2017年12月22日 (金)

斎藤ウィリアム浩幸氏、内閣府などの参与辞任 経歴訂正

内閣府と経済産業省で非常勤参与を務めていた斎藤ウィリアム浩幸氏が、それぞれの職を辞任した。内閣府が12月13日付、経産省が15日付。日本航空の非常勤執行役員も22日付で退任した。斎藤氏はネット上で経歴詐称を指摘されていた。斎藤氏も公表していた経歴に誤りがあったことを自身のブログで認め、謝罪した。
斎藤氏は米国出身の起業家。内閣府では2013年12月から、経産省では昨年10月から参与を務めた。世耕弘成経産相は同月の記者会見で起用の狙いについて「サイバーセキュリティー分野で国際的に活躍し、知名度も高い」と説明していた。斎藤氏は21日付の自身のブログで、「(米国の大学の)医学部を卒業し、医師免許を取得したという事実はない」と経歴を訂正。東京電力福島第一原発の事故原因を解明する国会事故調査委員会で「最高技術責任者」を務めたと称してきたことも、「いわゆる『システム部門』の担当者だった。このような肩書を用いることが適切といえたかと問われると、軽率だったと反省している」と記した。世耕氏は22日の会見で「仕事には一区切りついたので(辞表を)受理した。提出された経歴には虚偽に当たるようなことはなかったと認識している」と述べた。(朝日新聞:12月22日)


経歴について考える。


学歴はもっとも弱い資格であるが、単純すぎて信用される場合がある。記事の斎藤は、米国の医学部に入学したという痺れる情報を提供している。国内の医学部だと容易に調査可能だが、米国だから少し難しくなる。加えて医師をしていないで、別の業務をして成功したとスイッチする。スイッチを不自然に感じさせないのが詐欺師の手口である。詐欺は基本的にどう考えても怪しいと思えるものほど掛ると言われる。米国で医師の資格がありながら、IT業界で成功したというのは、不自然極まりないが、IT業界の成功者が不思議な経歴を持つ者が多いことから、優秀な頭脳の保証としての医学部卒と組み合わせると説得力が生じる。一部の人が信用すれば、その近くの人も信用する。学歴詐称に始まるわらしべ長者物語が展開していく。
政府機関ならチェックしそうだが、お友達枠のチェックは温いようだ。言った言わないの話ではない。粘って何とかなることもないから、見切りを付けたと言うところだろう。世耕が軽率だったとは認めないだろうが、認めてしまえば人生が軽率だと言われかねない。まあ、政治家などちょっとした勘違いでもなければならないものだろう。皆軽率なんだから、自分だけが責められるのはおかしいという論理を展開するのもありかもしれない。


家業で政治家しているのは、本人が軽率なのではなく、有権者が軽率なのだ。

2017年12月20日 (水)

豊洲市場開場、来年10月11日で決定 2年遅れで移転

東京都は12月20日、築地市場(中央区)の業界団体と、同市場を移す豊洲市場(江東区)を2018年10月11日に開場することで合意した。市場移転は小池百合子知事の判断で延期され、当初の計画から約2年遅れとなる。
都と業界団体が新市場建設協議会を開き、移転作業の日程確保などの条件を満たす日付として決めた。豊洲市場内の商業施設の開業が不透明な点などを理由に反発していた地元の山崎孝明区長も20日、「了承せざるを得ない」と述べた。理由について、移転後の築地市場跡地で計画されている2020年五輪の駐車場建設などを念頭に「(工事が延びれば)五輪がとんでもないことになる恐れもある」と語った。今後、追加の土壌汚染対策工事を来年7月末までに終え、安全確認や国の認可を経て開場する予定。豊洲市場は元々、昨年11月7日開場の予定だったが、同8月に都知事に就いた小池氏が安全性などを問題視し、移転を延期。その後、土壌汚染対策の盛り土がなかったり、地下水から環境基準値の100倍超の有害物質が検出されたりしたため、有識者会議による追加対策の提言を受けて、今年6月に移転を決めていた。(朝日新聞:12月20日)


政治について考える。


都知事選以降ブームになっていた市場問題も、既に過去の話題になってしまった。豊洲市場の問題で、議論の本質にあるのは、市場という機能をこの先どうするかという者である筈だ。しかし、市場機能については議論のないまま、土壌汚染とオリンピックの違う迷路にはまった。土壌汚染は必然で、蓋をするよりないという結論に決まっている。大規模な土地を探せば湾岸エリアなり、土壌に問題が無いところなど見付けようもない。少しマシはあるだろうが、それで良いとも言えない。食べ物をなんだと思っているのだという、日本人の信仰に近い観念は揺るぎそうにない。
オリンピックも同様で、日本人にとって命である。多分、日の丸命が本当なのだろうが、これだと極右のようだから、オリンピックと平和をセットにして和らげているのだろう。本質は日の丸である。だから、この国で軍事予算を拡大すれば、中国張りに拡張主義に走らないとも限らない。

小池も飽きた市場問題であるが、世間も忘れたようだから、都庁職員は片付けてしまおうと思ったとしても、それ自身責められる話ではない。しかし、この市場や、築地の市場の将来が明るい訳では無い。市場を通さない流通が広がり、市場の機能不全が発生している。別にそれでも良いという考えもあろうが、幾つかの大手流通チェーンに価格支配され、そこには怪しげな商品しか流れないと知ったら、食べ物信仰の門弟達は大騒ぎするだろう。もう少し考えたらどうだい、と思うのだが、大きなお世話だとも同時に思っている。


市場から首相官邸への道はないようだ。

2017年12月14日 (木)

BPO「放送してはならぬ番組放送したMXに危機感

沖縄の基地反対運動についての特集に批判が出ていた番組「ニュース女子」を放送した東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)に対し、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は12月14日、「重大な放送倫理違反があった」とする意見を公表した。MXが番組内容を適正にチェック(考査)しなかったと指摘。中核となった事実に対しても「裏付けがない」などと判断した。
番組は、化粧品大手ディーエイチシーのグループ会社「DHCシアター(現・DHCテレビジョン)」が取材・制作。MXは制作に関与せず、DHC側から完成版の納品を受ける「持ち込み番組」として今年1月2日に放送された。委員会は、MXによる放送前の考査が適正だったか調べるため、MXの担当者らから聞き取りをした。同委が持ち込み番組の考査を検証するのは初めて。調査はBPOと放送局間の協定に基づいて行われるが、持ち込み番組について制作会社は協力する義務がない。委員会はMXを通じてDHC側に聞き取りを求めたが実現せず、書面で回答を得たという。(朝日新聞:12月14日)


放送局について考える。


MXの経営環境を考えれば、特別な意図を持って放送した訳でもあるまい。DHCが持ってきたから金を貰って放送しただけというところと思われる。過去のアニメを流す方が、自社で製作する番組より安く視聴率も高いと過去にあった。談志・陳平の言いたい放だいの終了時に、立川談志が話していたと記憶する。2008年のことということになる。5時に夢中!は2005年の放送開始だから、人気が出たのがもう少し後とは言っても、自社作成の番組を重視する雰囲気は継続している。もともと東京都の子会社だし、現在はエフエム東京が筆頭株主である。ラジオ局の子会社で、自主制作はラジオ番組の位置付けと理解して外れてはいないだろう。
問題の番組は、DHC経営者の思想が色濃く出ている内容に見える。この思想が放送法にある『政治的公平、報道は事実をまげない、意見が対立している問題はできるだけ多くの角度から論点を明らかにすること(第4条第1項)』に抵触するかというところが、BPOの検証対象となる。少々の偏りはあっても、他の番組との組み合わせで全体としては中立と判定するのが、この検証機関の常ではあるのだが、そもそもチェックなしでの放送であるのだから、中立もなにもない。間違っているも正しいも、右も左も放送局は考えていないとなると、放送法の精神を否定する所業ということにまで至る。予定調和に至らない理由はこの辺りにありそうだ。

東京MXはタブーなしの自由な放送を行っているようだが、それでもBPOの支配範囲から外れた訳でもない。自民党の持ち込みも、共産党の持ち込みも同様に扱っている実績があれば良いが、左翼系の持ち込みなど聞いたこともない。電波のレンタル事業に枠を設けてた言うするという事業形態も成立するかもしれない。この番組の放送時には、持ち込みであることを示すクレジットを出せば良い。どんな持ち込みでも公序良俗に反しない範囲で放送するで良い。思想的な偏りや、事実関係の問題は製作者を明らかにして放送局は責任を負わない形にする。これで許されるものでもないだろうが、キー局が当たり障りのない表現に終始し、退屈と感じる視聴者がいるのだから、受け皿にはなるし、これで世の中が怪しげな方向に行くこともあるまい。


まあ、東京MXは放送する前に自社番組を観る必要があるということだ。

2017年12月11日 (月)

仙台育英高の野球部員ら8人飲酒 うち1人アルコール中毒で搬送

仙台育英高校(宮城県)の硬式野球部員らが11月、仙台市内で酒を飲み、1人が急性アルコール中毒で救急搬送されていたことがわかった。同校は12月5日に県高校野球連盟に口頭で伝え、改めて書面で報告する。硬式野球部は今年の全国高校野球選手権大会でベスト8に進んだ。
同校によると、飲酒したのは3年生の元野球部員3人と2年生の現役部員3人、3年生の元剣道部員2人の計8人。公式戦でベンチ入りした野球部員も含まれている。8人は11月27日午後7~11時ごろ、仙台市青葉区の繁華街で酒を飲み、帰りにJR仙台駅で1人が倒れ、JRの職員が119番通報したという。同校は12月4日に報道機関からの問い合わせで事態を把握。生徒たちは飲酒を認め、大部分が喫煙もしたと話しているという。硬式野球部と剣道部は活動を自粛しており、真山晴夫副校長は「こういう事態が起きて残念だ。指導監督を継続したい」と話した。(朝日新聞:12月6日)


高校野球について考える。


高校野球の統轄組織は、公益財団法人日本高等学校野球連盟である。47都道府県の高等学校野球連盟が加盟している。野球以外のスポーツに関する組織として、公益財団法人全国高等学校体育連盟がある。野球だけの組織と、野球以外の多くのスポーツが所属している団体という違いがある。前者を高野連、後者と高体連と呼ぶ。高体連に属していない競技もあるが、競技人口の少ない競技が多いようだ。
高体連の上部組織に、公益財団法人日本学生野球協会がある。その上に社会人野球を含めた団体もあるが、野球は野球だけで、しかもプロ野球は入らないという組織になっている。このような事情が生じる理由は、戦前から現在の高校野球や大学野球に相当する大会が盛んであったことによる。春夏に甲子園で行われる大会は、毎日新聞社と朝日新聞社の主催による大会として注目されたし、神宮での六大学野球はプロ野球より人気があった時代が先にあった。この当時に高校スポーツの全国組織など存在しないから、先行した野球は、人気と繋がった既得権益があったということになる。これは現在にまで続く。

高校野球はテレビ中継などの効果を期待し、新興高校の宣伝活動として最良な媒体になった。それが宣伝活動であることなど地元の人は百も承知で応援する。そして、新聞社は純粋な高校生が、熱心に野球に取り組むという物語を書く。高校は宣伝を最大化する為に、野球をする為だけの生徒を集める。行き過ぎだと高野連が指導するが、行き過ぎなどという言葉はない。目立たぬようにしなさいという程度の話である。
小学生の頃から野球だけをやってちやほやされてきた子供の生末など決まったものである。非行に走るとなるが、非行を表にすることを高野連は極度に嫌う。新聞社から清廉であることを求められていて、それが資金を生み出す源である。許す筈ない。つまり、強豪校と呼ばれる高校は、非行少年を更生する施設になっている。更生が確実に成果をあげるとは限らないから、ときには失敗もある。今回の事件がその例ということである。

プロ化した競技は高校野球だけではない。ラグビーの大学日本一を目指すところは、大学生の資格を有するプロ選手である。期限が4年に限られているだけだ。正月に注目さえる陸上競技も似たようなものだろう。プロ化が進んでいるサッカーは、高校よりプロリーグの下部組織の方が評価が高いが、それでも高校に利権はあるだろう。人気があれば金になるということだ。

たかが高校生の遊びである。これを利用する方を批難するのが良かろうと考える。



仙台育英高校は、自らを更生施設だから、誰も処分しないと表明すると良い。

2017年12月 5日 (火)

皇室会議の議事概要、官房長官「発言者公表せず」

菅義偉官房長官は12月5日午後の記者会見で、天皇陛下の退位について意見集約した1日の皇室会議の議事概要について個別の発言者は公表しない考えを示した。「皇室会議でどなたがどのような発言をされたか明らかにするのは好ましいものではないと合意がなされた。結論と考え方を記載した議事概要を公表する」と述べた。
これに先立ち、菅氏は5日の閣議で陛下の退位日を2019年4月30日にすべきだとする皇室会議の意見を報告した。8日の閣議で退位の時期を定める政令を決める。皇太子さまの新天皇の即位と新元号の切り替えは同年5月1日となる。政府は年明けに菅氏をトップとする準備組織を設け、儀式などの作業を本格化させる。(日本経済新聞:12月5日)


皇室会議について考える。


皇室会議は皇室典範により、議員十人で組織される。衆参の議長、副議長、内閣総理大臣、宮内庁長官、最高裁判所長官とその他の裁判官一人、これに加えて、皇族二人である。皇族は、成年皇族の互選で任期4年となっている。現在の皇族の二名は、秋篠宮親王殿下、常陸宮親王妃殿下である。
ここでどのような発言があったかを公表しない理由は、特段無いように思える。どちらかと言えば、皇族二名を別にすれば、どのような考えで判断を下したかを明らかにする立場にある職責の者ばかりである。まあ、宮内庁長官は発言が憚られるとは思うし、最高裁判所の裁判官も、どんな思想を有するかを表にしたくないかもしれない。
裁判官が無色無臭であるから公正な判決が下されるというのは、とんでもない危険思想である。これがお好みなら判例を分析して学習させた人工知能のAI君が、最も優れた資質を有する裁判官になる。偏った思想を持っていても、特殊な信仰をしていても、それはそれとして公正な判決を下す者が優れた裁判官だろう。毎度おなじみセリフを繰り返す。偉い人は決して間違わないなどという滑稽な思想を笑い飛ばす。偉い人が間違える割合は少しマシだろうが、少しに過ぎない。結局偉いなどと言うのは、愚かな者達の内々で相対化された評価に留まる。愚かであることに変わりはない。
最高裁の裁判官になるなど、功成り名を遂げた御仁だろう。その上で権利を主張するのも笑ってしまうが、守ることが多いひとは失うことを恐れると言うことか。それを言ったら国の機関はどれも発言を躊躇るものばかりになる。まあ心配しなくても大丈夫だ。上昇志向の結果が地位であるのだから、自己顕示力が小さい筈もない。

発言が公表されることが好ましくないという建前は、皇族の発言に限られるだろう。実際のところ、皇族の発言以外に国民は感心を示さないことだろう。ということは、皇族に大きく劣るということを自覚するのが悲しいという、成功者たちの性の表れとも解釈できる。随分と慎ましやかな解釈ではあるが。


皇族が皇族の立場を発言することを、政治的なものととして制限するのは如何なことか。

2017年12月 4日 (月)

15歳で知的障害理由に不妊手術強制 「違憲」と提訴へ

旧優生保護法のもと、知的障害を理由に同意なく不妊手術を強制され、憲法の保障する幸福追求権を侵害されたとして、宮城県の60代女性が来年1月にも、国に謝罪と賠償を求める訴訟を仙台地裁に起こす。原告側によると、同法による不妊手術の違憲性を問う訴訟は全国で初めて。
原告側によると、女性は幼い頃の麻酔治療の後遺症で重い知的障害が残り、不妊手術を受けさせられた。情報公開請求で7月に宮城県が開示した手術台帳には、「遺伝性精神薄弱」を理由に、15歳で県内の病院で卵管を縛る処置を施された記録があった。女性が事前に国や県から説明を受けた記録はないという。12月3日、東京都内であった障害者のシンポジウムで女性の60代の義姉が経緯を説明した。親族に障害のある人はおらず、「手術するために『遺伝性』という病名をつけたのではないか。納得できない」と訴えた。(朝日新聞:12月3日)


インターネットの書き込みについて考える。


記事の内容について記述する能力は有していない。しかし、この記事をニュースとして流すヤフーニュースのコメント欄に強い違和感を覚えたので扱うことにする。

コメントの代表例を示して進める。当時有効であった法律があるのだから悪くないという論理があった。この手の無理解は厭きれるよりない。原告が訴えている相手は国である。手術した医師や、手術に同意した親を訴えているのではない。これなら違法性はないで済む話だ。しかし、旧優生保護法が人権侵害を引き起こす欠陥のある法律で、それを放置したまま運用を許した国は、原告の幸福追求権を侵害したという論理で構成されている。重要なのは、旧優生保護法の目的として考えられていた、遺伝性の障害の拡散がないのに、それが懸念されることにしたと推定されるから訴訟を起こしたという事実である。それほど難しい問題ではない。この短い引用で充分表現されている。不足しているのは、一般法規と憲法を同列に理解するという拙さである。

障害があっては、子供を育てられないから、不妊手術は当然行われるべきことだというのも目に付いた。子供養育に国家資格が必要と考えているようだ。確かにコメントを読んでいると、そんな人物が沢山いる様な気になってくる。しかし、子供養育条件を満たす者などどこに居ようか。子供が生まれてから親になる。その前に何が分かるというのか。健康そうで、経済力もあって、それで子供を虐待する親を選別する手段でもあるのだろうか。
同様のコメントで、障害者が子供を産めば、税金で面倒を見るだけだから、社会全体として経済負担が増えるだけのお荷物だというのがある。今日、障害者の補助など、過去の手厚く扱われた時代に比べれば慎ましやかになったようだ。慎ましやかが妥当かどうかを知りたければ調べれば良い。実際のところ、苦労の多い生活を送ることを知るのはそれほど難しくもない。コメントは障害者の家族は、貧しい前提になっているようだ。平均より豊かな家庭もある。そちらの方が行政の支援は届き難くなる問題もあるのだが、まあ、ここまで複雑なことを考える者なら、不用意なコメントなんぞを書く筈もあるまい。

知的障害はあっても性欲はあり、本能のままに周囲を対象として、犯罪に繋がることがある、というのもあった。そのような事例もあるだろう。犯罪は処罰されねばならない。しかし、しそうだからと処罰する危険性について考えなければらない。準備罪とか予備罪とかいう呼び名の罪名がこれにあたる。先ごろ国会で話題になった、テロ等準備罪というのが代表的である。既にあるものに殺人予備罪がある。2年以下の懲役刑となっている。死刑または無期もしくは5年以上の懲役になる殺人罪との落差を感じよう。思想良心の自由に踏み込むことに慎重なのは、憲法に抵触する恐れも考慮されてのことだろうが、社会秩序からみて当然というのが今日の人権意識というものだろう。少数の例外で全体を代表させるという、大胆な論理展開である。


以前からこのブログで書いている様に、差別を嫌う立場を取っている。差別というのは、自分で決定不能な事実に因るものと理解する。学歴や職歴は自分の責任なので合理的な区別の範囲である。出身地や性別、年齢は自分で決めようもないから差別である。障害の有無も差別である。だから、心神耗弱や心神喪失で刑事罰を減じたり免れたりすることを許さない。少年犯罪の扱いも大人と同列で良いと考えている。障害や年齢は自己決定不能であるから、これを減刑の理由に用いれば差別に合理性を与える。少年犯罪を更生の機会を与えるなどというのは、子供を見下した主張と考えるのである。更生の機会を与えるのに反n対はしない。しかし、それは大人も子供も同列である。

分からないという事実に謙虚に向き合う姿勢がないのが、ネット空間でのコメントである。刹那的な思い付きで、他人を傷付けるのが好みの様だ。それで一向に構わないのだが、何かを考えるきっかけになるのならそれでも良い。それにしても、書き込み文章が似ているのはどういう訳なのだろうか。IDを取り換えて沢山投稿する者もあると聞くがご苦労なことだ。内容に乏しい者ほど激しく主張するというのは、国会で良く見られる光景ではある。国会議員が国民の代表である、つまり、ネットの民と同質であることを示している。ネットの民は、自分たちの代表が国会にいることに誇りを持つと良かろう。


障害者が何も出来ないという主張は、障害者を何も分かっていないという事実と驕りを示す。

2017年11月29日 (水)

自民の差別的発言を批判=「性」「アフリカ」めぐり―野党

自民党議員から性的少数者(LGBT)やアフリカに対する差別的発言が相次いだことについて、野党幹部は11月27日の記者会見などで、人権意識が問われるとして厳しく批判した。
先に自民党の竹下亘総務会長は、外国の賓客が同性パートナーを伴って宮中晩さん会に出席するのは「日本の伝統に合わない」と発言。山本幸三前地方創生担当相はアフリカについて「あんな黒いの」と述べ、後日撤回した。民進党の増子輝彦幹事長は「政治家は自分の発言に責任を持たなければならない。軽口か本心か分からない」と指摘。山本氏が以前に学芸員に関して「がん」と発言したことを踏まえ、「常習犯だ」と非難した。立憲民主党の長妻昭代表代行は国会内で記者団に対し、「看過できない。『魔の大臣経験者』という状況だ」と述べた。共産党の小池晃書記局長は「人権意識、個人の尊厳、多様性を全く分かっていない」と批判。「人種差別の発言(をした人)は米プロバスケットボール協会(NBA)では永久追放になった。自民党そのものが問われる」と語った。(時事通信:11月27日)


政治家の発言について考える。


保守政党を自認する自由民主党の議員である。従来型の価値観に合わない思想を排除するのが当然と考えているようだ。彼等にも思想良心の自由があるから、どんな考えを持っていようと構わない。しかし、公的な立場があるのだから、差別や排除に繋がる考えを外に発信しるには、一定の思慮が求められるものである。
おそらくマスコミから指摘されれば、軽口が過ぎた程度の問題として、お詫びして済ませることだろう。軽口ではなく本心で、この思想を支持する団体が背後に控えているのだから、詫びなどしない方が潔いと思うのだが、自由民主党が差別思想を応援していると表明するのは、国際的に具合が悪い部分がある。本音と建て前という話に行き着く。この二つの立場を高速に切り替えるのは、この保守政党の伝統芸である。

黒人差別思想は持っているし、LGBTなどゲテモノ扱いだろう。日本の伝統というのは、男尊女卑だし、家族制度の過度な重視というものと理解して良い。伝統と主張する割りに、その理想形は明治時代に行き着いたりするので、伝統といっても米国の歴史より短いのかとがっかりしないではない。まあ、政治家の子弟だけが、この国のかじ取りを担う資格があるというのが、政治家の既得権意識の根本にあり、そこに既得権益が潜んでいる(別に隠れちゃいない)というのなら、結構新自由主義的ではないかと思うし、もしかしたら、階級の固定化により国民を指導していくと言い出しかねないとも思われる。それなら、朝鮮半島の将軍様と相性が良さそうな気さえしてくる。


政治家がバカでも許すが、勉強しない態度は許せない。

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