スポーツ

2017年11月30日 (木)

日馬富士「礼儀、直すのが先輩の義務だと」 引退会見

大相撲の秋巡業中にあった暴行問題で、日本相撲協会に引退届を出し受理された横綱日馬富士(33)=伊勢ケ浜部屋=が11月29日午後、九州場所の宿舎がある福岡県太宰府市で記者会見した。日馬富士は「世間を騒がせ、支えてくださった皆さんに迷惑をかけて本当に申し訳ない」などと語った。
会見の冒頭、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)が日馬富士の引退について、うつむき加減で文面を読み上げた。「本日、横綱の引退届を提出しました」。伊勢ケ浜親方は肩をふるわせ、その声は時折、上ずった。横に座った日馬富士は正面を見詰め、涙を見せることはなかった。日馬富士は10月25日、鳥取市内の飲食店で同じモンゴル出身の幕内貴ノ岩(27)に暴行を加えたとされる。「貴ノ岩関にけがを負わせたことに対し、横綱としての責任を感じ、本日をもって引退をさせて頂きます」と日馬富士。師匠とともに30秒近く、頭を下げ続けた。(朝日新聞:11月29日)


大相撲について考える。


事件の詳細が明らかになっていないが、加害者である日馬富士が責任をとったことから、暴行傷害事件があったのは確定した。しかし、被害者である貴ノ岩の怪我の程度は分からないままで、素手で殴ったのか、道具を使ったのかが分からないままである。怪我の程度が酷くて、貴ノ岩の競技人生に影響するようなら、引退したから済ませて良いという問題ではない。この怪我は、巡業の土俵でも、稽古中に発生したものでもない。飲食店において発生した事案である。
貴ノ岩の親方である貴乃花は、沈黙している。この偏屈な元相撲取りを理解するのは難しいが、確実なのは世間の常識というものとは遠いところに暮らしてきて、それが許される環境であったことである。この少数派である価値観からすれば、土俵上で対戦する相手と飲食を共にするのが不思議なのだろう。報道では高校時代の恩師が関係しているという話であるが、この原理主義者に受け入れ難い環境にあったと推定される。原理主義者でなくとも、モンゴル人同士で星の受け渡し交渉をしていたと疑われても不思議ではない。もう少ししたら、大相撲の八百長問題が週刊誌で報道されることだろう。

日本相撲協会というのは公益財団法人である。引退した者が協会の構成員として残る手段は、年寄りになるよりなく、その為には現役時代に十両以上にならないとどうにもならない。つまり、子供の頃から相撲漬けで、勝つことで大きな収入を得ていた者の既得権のような椅子である。そこに公益性があると思うことをぶっ飛んだ発想だと思うが、歴史と伝統のある世界と繋がりがあることを、社会の中で生きる為の手段、乃至はステータスととらえる者、多くは政治家の類である、が多く存在していれば、身体の大きな相撲取りを引き連れていることで見栄を張る、少し前のヤクザと違うところはない。政治家が社会に求められたヤクザだと認識すれば、その行動原理が古典的な任侠や今日の経済ヤクザに近似的に等しくても不思議はない。これは批判しているのではなく、人の行動原理とはその程度のものと主張しているだけである。
土俵上での事故なら再発防止策を検討する案件であろうが、飲食店での騒動など、協会が再発防止策を立案するものでもない。もしその必要を社会が感じるとしたのなら、協会の構成員が世間の常識と乖離した価値観で行動する者で成立していることが根本的な問題である。外部の有識者などいう、タニマチ気取りをくっつけるのではなく、企業経営的な異分子が入らないことには変化しないだろう。それを伝統文化を破壊する行為だと否定するのは正しいと思うが、伝統文化で商売をする輩に、公益法人の看板を掛けさせる道理などないというのは、確実な真理であろう。


第二団体が出来て、日馬富士がビール瓶を、貴ノ岩が栓抜きを持って土俵に上がり、審判席の貴乃花にビールをつぐ。

2017年11月22日 (水)

敗れた白鵬、土俵下で1分間アピール 立ち合いに不満

11月22日にあった大相撲九州場所11日目の結びの一番で、全勝の横綱白鵬が関脇嘉風に寄り切りで敗れた。しかし、白鵬は嘉風が勝ち名乗りを受ける土俵に上がろうとせず、首をかしげたり、腰に両手をあてたりして立ち合いが成立していないと約1分間アピールした。その後土俵に上がったが、嘉風が軍配を受けても今度は土俵を下りず、不満そうな様子を見せた。
嘉風はテレビのインタビューに対し、「横綱は『待った』と思って力を緩めたが、行司の『残った』の声が聞こえたのでそのまま続けた」と話した。白鵬は納得のいかない表情で土俵を後にした。支度部屋に戻った白鵬は、報道陣から「待ったという感じですか」と聞かれ「まあ、そんな感じだね。(ビデオで)1回でも見てもらいたかった。納得いかないわけじゃないけど、やっぱり呼吸が合わなかった」と語った。(朝日新聞:11月22日)


スポーツと審判について考える。


審判に抗議するのが大好きな競技に野球がある。その反対側に存在するのがラグビーということで良かろう。大相撲はラグビーに近い競技であったが、ビデオ判定が取り入れられたりと時代の影響を受けている。まあ、ラグビーも昔のままではないのだから、興業として見ると、観客の都合を取り入れない訳にはいかない事情もある。単純な分類としては、英国発祥の競技は審判が絶対で、新大陸系の競技は、絶対的な合理的判定を求める傾向が強いようだ。

さて、白鵬の態度である。微かな可能性として、土俵下の審判と同等の権利が、控え力士に与えられているから、土俵上の結果に物言いを付けることがある。白鵬は過去にこれを行ったことがある。これを横綱の特権と誤って理解し、土俵上においても適用されると信じたという仮説がある。まあ、ないだろう。
自分自身が競技者である場合に、判定に不服を申し立てるということは、どんな競技でも進行を停滞させること、もっと大きな問題として、競技の秩序を破壊させるという副作用があるから、許されないというのは当然である。よって、判定が確定した、というより、競技者に異議申し立ての権利などないのだが、競技者が不満を示すというのはあってはならないことである。
日本相撲協会は随分とこの大柄な横綱に気を使っていて、大した処分もしないようだ。まともな団体なら、出場停止処分にするところだろう。協会にそんな処分がないのだろう。仲良し倶楽部なのだから仕方ない。せめて、仲良し倶楽部の中では、もめごとは許されないことを横綱に教えておかないと、この先ややこしい問題が生じることだろう。


白鵬が行事を殴る日は近い。

2017年11月14日 (火)

プロ野球、日本版「チャレンジ制度」導入へ 来季から

日本野球機構(NPB)は11月13日、12球団による実行委員会を開き、審判の判定について異議がある場合に、監督がビデオ映像による検証を要求できるNPBリプレー検証制度を来季から導入することを決めた。大リーグで2014年から導入された「チャレンジ制度」の日本版で、日本での名称は「リクエスト」と決まった。大リーグと同様にストライク、ボールの判定以外の多くのプレーが対象となる。NPBは「一番大事なのはファン。正しい判定をすることがテーマで、審判員の威厳も保たれる」としている。
リプレー検証にはテレビ局の中継映像を利用するため、テレビで一般視聴者が見る映像と同じ。各球場に映像機器を設置して中継映像を録画し、「リクエスト」の際は審判団がその場で録画映像をチェックして判定する。確証のある映像がない場合は、審判団の判断となる。
監督が要求できる回数は1試合に2回まで。リクエストで判定が覆った場合は回数がそのまま継続される。延長に入った場合は回数がリセットされ、それまでの使用回数にかかわらず、延長で1回使えることとなる。ストライクやボールのほか、ハーフスイング、自打球、ボークなどの判定は対象外で、大リーグの運用と同じという。
日本では今季まで、リプレー検証として本塁でのコリジョン(衝突)を含むクロスプレー、二塁などでの併殺阻止の危険なスライディング、フェンス際への本塁打性の打球の三つを対象としていた。また、映像を確認するかどうかは審判員が判断していた。しかし、大リーグでは2014年からストライク、ボール以外のほとんどのプレーを対象にしたチャレンジ制度を導入。日本でも判定に対してより客観性を求める声が高まったことから、NPBのゲームオペレーション委員会では今年新たに「リプレー検証検討委員会」を設置し、制度導入を検討してきた。大リーグは莫大な費用をかけて全球場にカメラを設置し、すべての試合映像をリアルタイムで一括管理するシステムを構築。一方、日本では地方球場での試合開催など設備面が課題だった。ただ、日本でもCS放送などで全試合をテレビ中継しており、その映像を使うことで導入可能と判断した。(朝日新聞:11月13日)


プロ野球について考える。


スポーツで正しい判定がされることは、競技の安定性を高め魅力あるものにするだろう。さて、今回のチャレンジ制度である。審判の判定が間違っている可能性はいつでもある。その結果が勝敗を決定する要因になることも多いだろう。そこでビデオを用いて判定し、公正なゲームを実現しようという試みである。米国では既に実施されている。しかし、なんとも愚かな試みである。
リクエストは延長が発生しない場合には1試合2回までという。1回の確認作業で、5分は要することだろう。両チームが1回リクエストすれば10分となるが、きわどいプレーを扱うことを考えればもう少し伸びても仕方ない。愚かというのは、一番大事なのはファンとNPBは主張しているが、本当の思惑というのは、正しい判定が担保されるから、審判員が今以上に責められることはなく、負担軽減につながるということである。これを称して、審判の威厳もが保たれると主張している。

プロ野球の問題点として予てより指摘しているのは、試合時間の長さである。現状でプロ野球というのは、サッカーやラグビーに比べて試合時間が長い。相撲やボクシングと比べるのは違うだろう。同じ新大陸系の競技であるバレーボールが国際大会だと2時間を超えるのが普通になっている。試合時間の短縮を目的に、1998年にラリーポイント制の採用を行っている。競技を楽しむことに主眼を置くことが新大陸系の特徴である。それを人工的に感じるのだが、それで良いではないかと言われればそれまでの話である。感じているのは、楽しむことに重点を置けば、競技の頂点を目指す行為が軽くなるということである。
話を戻す。2017年の平均試合時間は9回試合のみの場合で3:08 (772試合)、全試合で3:13 (858試合) である。 過去20年の試合時間を下に示す。

■ 公式戦平均試合時間
    年        1997   1998   1999  2000  2001   2002  2003  2004  2005  20006
  9回試合のみ   3:09    3:14   3:12    3:14   3:15   3:08   3:13   3:19   3:13   3:10 
  (全試合)      (3:14)  (3:19)  (3:17)  (3:18)  (3:20)  (3:13)  (3:17)  (3:24)  (3:18)  (3:16) 


    年        2007  2008   2009  2010  2011  2012   2013   2014  2015  2016
  9回試合のみ    3:14   3:09   3:08   3:13   3:06   3:08   3:17   3:17   3:13   3:11 
  (全試合)      (3:19)  (3:13)  (3:13)  (3:18)  (3:08)  (3:10)  (3:22)  (3:22)  (3:19)  (3:17)


平均が3時間を切ることはない。18:30試合開始だと、21:30より遅い試合終了で、周囲は混むだろうから、電車で帰るようだと駅で乗れるのは22:00で、家に着くのは相応の時間ということである。つまり、子供を連れて野球の試合を観るというのは、ナイトゲームでは成立しない。家でテレビを観るにしても、小学生なら早い時間ではない。いい大人が、ビールでも飲みながらダラダラとやるのが、プロ野球観戦のスタイルということである。子供の野球離れが心配される。
ビデオ判定を1回いれれば5分は要するだろう。チームに2回の機会があれば、試合に合計2回発生するとすれば10分試合終了時間が遅くなる。興行として考える立場の人間が、これを気にしないで決定する様が滑稽である。
「一番大事なのはファン」とNPBは主張するが、NPBの相手にしているファンというのは、ごく少数の濃度の高い集団のようだ。正しい判定をすることが言うまでもないが、それを担保しないと審判員の威厳も保たれないとするなら、その程度に人格しか選手は持ち得ないということになる。
ラグビーのルールを引いてみよう。

「競技規則は、ゲームがラグビーの原則に従ってプレーされるのを保証するように適用されなくてはならない。レフリーとタッチジャッジはこれを、公平さと一貫性と繊細さと、そして最高のレベルにおいては、管理を通して達成できる。その返礼として、マッチオフィシャルの権威を尊重することはコーチ、キャプテン、そしてプレーヤーの責任である」

簡単な話である。レフリーが最終的な決定者で、それを尊重することを当然としている。野蛮な選手が、野蛮な競技をしていることが、ラグビーと決定的に異なるということだろう。どこを向いた運営規則の変更なのか、皆目見当が付かないのである。


不良学生の更生目的の競技の延長線上に、プロ野球があるように見える。

2017年10月16日 (月)

楽天が「下克上」、西武を下し最終Sへ パ・リーグCS

プロ野球のクライマックスシリーズ(CS)は10月16日、メットライフドームでパ・リーグ第1ステージ(S、3回戦制)第3戦があり、3楽天が2位西武を5―2で下した。楽天は1位ソフトバンクと対戦する最終S(18日・第1戦)への進出が決まった。
楽天は一回にウィーラーの適時内野安打で先制し、四回は相手の暴投で加点。五回に1点差とされたが、八回にウィーラーのソロ、枡田の2ランで突き放した。五回途中から八回まで無失点でつないだ中継ぎ陣も光った。(朝日新聞:10月16日)


プロ野球について考える。


テレビを見たらプロ野球の試合を中継していた。クライマックスシリーズという興行のようだ。野球は概してだらだらと長い。国際大会など、4時間を超えていた。試合だけではなくリーグ戦においても、だらだらとゲームを続けるようだ。現在の試合数は、リーグ内対戦が25回戦総当たりで125試合、別リーグの各球団との交流戦が18試合で、合計143試合を1チームが行う。4月には始まって、10月に入ったくらいに終わる。つまり半年間ということだ。これの後に、クライマックスシリーズが2週間、日本シリーズが1週間続く。10月末に終わるということになる。プロ野球の契約期間は2月1日から11月30日だから、2月、3月が春の準備期間としてキャンプを行い、11月 (ポストシーズンの試合に無関係なら10月から) に秋季の準備期間があるということになる。放送コンテンツとしての価値のあるのは、リーグ戦とポストシーズンのシリーズ戦だけになる。マニア相手は有料放送で対応するだろうが、商業的に成立するのかは疑問がある。年間契約の付録といったところか。
さて、ゲームに感じた疑問である。どちらも同じ様なユニフォームを着用している。公認野球規則に規定されていた筈と確認する。その前に野球の規則は、アメリカの野球規則委員会  (The Offical Playing Rules Commttee) の行う "Official Baseball Rules" の改正を参考にしつつ日本で行われる。つまり、日本は独自のルールで、アメリカのルールは、改定に他国の意見を聴くなどということはないから、こっちも独自のものである。つまり、野球というか、Baseboll に国際規則はない。World Baseball Classic などという一見格式のある様な大会があるのに、ルールの統一ができないというのは嘆かわしい。国際野球連盟 (International Baseball Federation =IBAF) なる組織があり、その上には世界野球ソフトボール連盟 (WBSC) がある。世界で広く普及しているソフトボールの組織と統合され、WBSCの下部組織に野球とソフトボールがあるという図式になっている。ソフトボールと一緒になったのは、オリンピック競技への復帰を目指したものである。ソフトボールの方で世界の140の国と地域が加盟している。
話を戻す。日本のプロ野球が使っている公認野球規則は、国内の野球すべてに適用されている。この規則の中にユニフォームの項があるのは3章の用具・ユニフォームである。ユニフォーム規定がa項と、プロ野球に適用されるd項を下に示す。

(a)  同一チームの各プレーヤーは、同色、同形、同意匠のユニフォームを着用し、そのユニフォームには6インチ
   (15.2センチ)以上の大きさの背番号をつけなければならない。


(d)  リーグは次のことを規定する。
      (2)  各チームは、ホームゲーム用として白色、ロードゲーム用として色物の生地を用いて作った2組の
         ユニフォームを用意しなければならない。

      [注] アマチュア野球では、必ずしもホームチームのときは白色、ビジティングチームのときは
         
色物のユニフォームを着なくてもよい。


プロ野球ではホーム用が白で、ロードゲーム用が色物とある。記事の試合では、ロード用を用いるべき楽天が、ホーム用を用いたことにより、両チームが類似したユニフォームという混乱を招いた。胸のマークは違うから同じではないという解釈はあろうが、ユニフォームをホームとロードで区別しているのは、接触プレーなどでの区別を明確にする為のものである。ユニフォームの規定はアマチュアを含め、リーグに委ねられている。日本のプロ野球では、ユニフォームのデザインなどに変更が有る場合には、事前にコミッショナーの許可を取る必要があるとされている。CSはパシフィックリーグの承認を得て、西武が事前登録されている第三ユニフォームを使用することを希望し、楽天がCSシリーズを勝った場合に、福岡で同じくロード用ユニフォームを使用する都合からホーム用を希望したことによって生じた問題である。福岡でホーム用を用いれば問題はないのだが、そうはしなかったのは、両者の意地の張り合いということだろうか。

ホーム用であっても、ロード用であっても、似通ってユニフォームは使用しないようにするのがコミッショナーの役目である。西武の炎獅子ユニホームと称する第三ユニフォームを、楽天に類似するから許可しないとコミッショナーが判定すれば混乱はそもそも生じなかった。コミッショナーの力の無さが示されている。復刻版など多数のユニフォームが使用されている状況も、制限を掛けるべきことだろう。日本プロ野球はアメリカに倣ってフランチャイズを決めてきた。これを拡大して、緩やかにチームカラーを固定化する方向に進めるのが興行として重要になるだろう。ころころ色を変えるのは、金持ちのお坊ちゃんの我が儘にしか見えない。験を担ぐ気持ちは理解しても、職業野球である。許されないことがあって当然だ。


公認規則で、昔はホームが白、ロードがグレーと表記された気がするが、確認出来なかった。

2017年9月14日 (木)

五輪、24年パリ・28年ロス IOC、2大会同時決定 冷え込む招致熱に危機感

国際オリンピック委員会(IOC)は13日、ペルー・リマで開いた第131次総会で、2024年夏季五輪の開催地をパリ、28年大会はロサンゼルス(米)とすることを正式に決めた。パリでの開催は1900年、24年以来。ロスは32年、84年以来となり、ともにロンドンと並び最多3度目の開催となる。
総会にはIOC委員94人のうち85人が出席し、投票ではなく挙手で採決をして満場一致で決まった。2大会の開催都市が同時に決まるのは96年ぶりで、IOCのバッハ会長は「歴史的でとてもうれしい一日になった」と満足げに話した。2024年大会には当初、5都市が立候補していたが、巨額の費用負担に対する住民の反発などを理由に、ローマ、ハンブルク(ドイツ)、ブダペスト(ハンガリー)が撤退し、パリとロスだけが残った。大会開催の7年前に開催地を選ぶ従来通りの手続きで進めた場合、敗れた方の都市が28年大会に挑戦しない可能性もあった。近年の招致熱の冷え込みに危機感を募らせたIOCは2都市を振り分け、28年大会の開催都市も同時に決める異例の方針に切り替えた。7月、スイス・ローザンヌでの臨時総会で2大会を同時に選ぶ案を承認。24年を過ぎると選手村予定地の確保が難しくなるパリにロスが譲る形で、開催順についても7月末に決着していた。狙い通りの正式決定に、バッハ会長は「考えられる最高の開催都市二つだ」と喜んだ。(朝日新聞:9月14日)


オリンピックについて考える。


商業主義オリンピックへ移行したのは、1984年のロサンゼルス大会からとされる。1976年のモントリオール大会からと10億ドルの赤字とされている。この大会とて、3500万ドルという当時としては多額のテレビ放映料収入があった。これが焼け石に水になってしまっては、大会運営について根本的に見直さなければならないということだ。支出が大きくなってしまうのが根本的な問題である。前の大会のミュンヘンで、過激派による史上最悪のテロ事件が起たことで、警備コストが大きく跳ね上がったという事情はあっても、従来の延長線上での仕事の仕方が否定されたのは間違いない。ロサンゼルス大会の前に1976年米国開催予定であった、冬季オリンピック大会、コロラド州デンバーを住民投票の結果返上している過去がある。しかし、ロサンゼルス大会には他に立候補国がなかったから、返上の心配があってもない袖は振れぬということだ。なお、1980年のモスクワ大会は、社会主義国での開催であるから、赤字だからという事情が出てくることもない。国家の面子という問題に留まる。まあ、アフガニスタンの問題で西側がボイコットすることになったのだが。
そんな状況でのロサンゼルス大会であったが、以前からスポーツイベントが盛んであった地域でもあり、オリンピック使用に耐えうる既存のスポーツ施設が多かった。このことで、極力既存の施設を使うことが可能となり、支出削減に貢献した。また、選手村として大学の寮を使うなどのコスト抑制を行っている。ボランティアも徹底的に活用した。結果として、モントリオール大会で14億ドル以上もかかった運営費は5億ドル強に抑制された。もう一方の作業である。収入増の施策として大きかったのは、テレビの放映料であった。2億8700万ドルの放映料を得たとされる。このうちアメリカABCが2億2500万ドルで、これが、最低入札価格付きの入札制度による成果である。

以降のオリンピックはこの大会の経験が活かされている、というより、この方式以外の方法は採用できなくなっている。米国の大手テレビネットワークの都合により、開催時期は7月15日~8月31日までの間という縛りが掛る。東京オリンピックが10月10日に開幕したというのは、非常に牧歌的な時代を示していることになる。暑い盛りにスポーツイベントでもないだろう、などと常識的な発想を持ってはいけない。イベント主催者の都合が優先される。商業主義により、種目数と選手数は増加する傾向になるから、制限を加えることになったが、それも解除されたりと抑制が効かなくなっている。最も有効な手法として、陸上競技をオリンピック種目から外すというのを提案しているのだが、こんな僻地にあるブログ (アクセスに不便はないのだが) の端に書いていることなど、IOC関係者が知ることもない。ボルダリングや空手やサーフィンを加えるなら、陸上競技と体操と水泳を外せば良い。サッカーを外して、蹴鞠を入れる案もあるだろう。マイナーな種目の競技者を増やすという発想は、メジャーな種目の競技者を減らすのと大きな違いはない。競技の分散など、オリンピックなどという大会が支配する事柄ではない。いっそのこと、陸上競技など性別規定も外して、100mだけにしたらどうか。そもそも100mに身長区分も体重規定もない。格闘技のように何階級も分離されることもない。性別もなくして、さあ何と潔いことか。差別はない。確実にあるのは区別という、敬意しかない。似非科学による区別など無意味だと宣言すれば良い。格闘技で体重分けする理由を安全上の配慮とするのは、一定の合理性はあるのだろうが、一定に過ぎない。それで危険がすべて回避される訳もなく、それなら階級を100g刻みにするかという発想しか出てこない。スポーツなど不自由を楽しむ、つまり不合理を受け入れることで成立するものであるのだから、安全性は運営側で工夫するとすれば済む問題である。

2020年の東京大会は、商業主義オリンピック最後の大会になるだろう。それ以降が商業主義ではないが、商業的に成立し得ないことが認識された大会へと変貌する。すると、既存競技施設の充実した先進国の都市部でしか開催されないことになる。それがスポーツの普及に馴染むものかと考えれば答えは決まっている。IOCは途上国で開催可能なオリンピックを目指す時代に入っているようだ。それには複数拠点での同時開催も検討しなければならないのだろう。


IOC貴族も大変な時代になったものだ。

2017年9月11日 (月)

桐生祥秀が9秒98 日本選手で初の9秒台 男子100

陸上男子100メートルで、21歳の桐生祥秀(よしひで、東洋大4年)が9日、9秒98(追い風1.8メートル)をマークし、日本選手で初めて10秒を切った。福井市であった日本学生対校選手権の決勝で記録した。人類が初めて電気計時で9秒台に突入したのは、1968年にジム.ハインズ(米)が記録した9秒95で、それに遅れること49年。ようやく日本選手が9秒台に突入した。
これまでの桐生の自己最高は10秒01。従来の日本記録は、日本陸上競技連盟強化委員長の伊東浩司氏(当時富士通)が98年のバンコク.アジア大会でマークした10秒00だった。世界記録は2009年にウサイン.ボルト(ジャマイカ)が記録した9秒58。
滋賀県出身の桐生は、京都.洛南高3年だった2013年、当時の日本歴代2位となる10秒01で走り、注目を浴びた。一昨年3月には米テキサス州であった競技会で追い風3.3メートルの参考記録ながら9秒87を記録した。昨夏のリオデジャネイロ五輪では400メートルリレーの第3走者として銀メダルを獲得した。(朝日新聞:9月9日)


陸上競技について考える。


100メートルで公認記録になるには、秒速2メートルの追い風を超えないこととなっている。トラックの直線部分に平行な方向のみの計測ということになる。風速に関する規定がある該当種目は、100メートル、200メートル、100メートルハードル、110メートルハードル、走幅跳、三段跳が世界選手権、オリンピック種目となる。風速測定は、風速の平均値と規定されている。
記事の大会では、追い風参考になるレースが多かった。つまり、秒速2メートルを超えない状態でのレースを成立させるのに、スターターを担った審判は気を使ったことだろう。参考の為に、同大会の男子100Mの風速と1位の結果を下にまとめた。敬意を表して決勝は3位まで示した。

■ 第86回日本学生陸上競技対校選手権大会 男子100M各レース風速と1位記録
   レース     風    記録       氏名      所属
  予選1組    +4.0  10.19     竹田一平  中央大
  予選2組    +4.9  10.20     西村顕志  富山大
  予選3組    +2.4  10.30     田中佑典  日本ウェルネス大
  予選4組    +3.5  10.28     小池祐貴  慶應義塾大
  予選5組    +3.3  10.26     宮﨑幸辰  東北大
  予選6組    +3.1  10.24     川上拓也  中央大
  予選7組    +4.7  10.18     桐生祥秀  東洋大
  予選8組    +2.8  10.17     多田修平  関西学院大
  準決勝1組  +2.9  10.20     多田修平  関西学院大
  準決勝2組  +2.4  10.14     桐生祥秀  東洋大
  準決勝3組  +2.8  10.21     竹田一平  中央大
  決勝      +1.8    9.98     桐生祥秀  東洋大
                10.07 (2)   多田修平  関西学院大
                10.31 (3)   竹田一平  中央大


追風参考にならなかったレースは決勝のみである。桐生の他に、多田修平が9秒台が期待される選手であり、なんとか参考記録にならずにレースを成立させたいとの願いがあったことだろう。二人の他には中央大学の竹田一平が名前が知られている選手だろうか。サニブラウンに勝ったことが話題になった。その程度ではすぐ忘れられるものだが。西村顕志は富山大学、ということは国立で、学部を確認したら人間発達科学部とある。この手の学部名を嫌悪する性質なのだが、教育学部で教員になるのが少数という状況になれば、学部名変更も致し方無いというところなのだろう。実習終わったばかりとTwitterにあるのは、教育実習ということなのだろうか。
大学だと10.20を切れるとトップクラスということで、国の代表を目指すなら10.10を切る必要があるというのが現在の状況のようだ。桐生が10.00を切ったことでもう少しレベルが上がることになるのだろう。結構な話である。


日本ウェルネススポーツ大学というのは、新らしい大学のようだ。凄い大学ができたものだ。

2017年4月11日 (火)

浅田真央、12日に引退会見 海外からも惜しむ声

故障に苦しみ、4月12日に現役引退の記者会見を開くことになったフィギュアスケート女子の浅田真央(26)。真摯に競技に取り組む姿勢は広く感動を呼び、引退を惜しむ声が相次いだ。(朝日新聞:4月11日)


テレビで追悼番組をやっていた。何があったのかと思ったら、引退発表とのことである。恥を知れ、である。
浅田真央は、世界選手権に3回優勝し、オリンピックで銀メダルが1回、GPファイナルに4回優勝、GPシリーズの優勝が11回といったところである。荒川静香が、世界選手権の優勝が1回、オリンピックの金メダルが1回、GPシリーズの優勝が1回と比べれば、オリンピックの金メダルの価値の大きさに大きな差があるという解釈で良さそうだ。オリンピックで金メダルを取るのは大きな価値であるが、何度も挑戦して取れないというのも、別の価値を生み出すということである。いずれにせよ、日本人はオリンピックが大好きだ。本当に好きなのは日の丸なのだろうが。

浅田真央は既に過去の選手である。全日本選手権での優勝は2013年が最後である。選手寿命が短い競技で、長くトップであり続けるのは難しい。選手としてのピークが20歳前後である場合の多い競技である。金の掛る競技でもある。多くの国内上位選手が、大学卒業と同時に競技を引退する。競技活動を中断出来る環境に浅田があったのは、スポンサーに恵まれたことによる。スポンサーが付いたのも、浅田に商品性があると判断したからで、誰に後ろ指さされるものでもない。今回の追悼番組が放送されたのも、視聴率が期待できるのと、放送に耐えるだけのソースが確保されていることがあっての話である。活躍期間が短ければそれも難しい。
結局のところ、引退は必然であり、もう少し前でも誰も驚かないし、先延ばししてもそうだろうということである。この時期になったのは、会見で明かされるような報道ではあるが、何も語られないだろう。この選手は言語表現に難がある。
人気のある選手なので、いろいろとご機嫌伺いをして、今後の番組に協力して貰いたいという下心が見えてくる。これも十分あるのだろう。しかし、商品ライフがそれほど長くないこと、気の利いた口をきけそうにないこと、きっと出演料が高くなること、これらのことは考慮されているだろう。本当のところ、棚ざらえであった可能性もある。

浅田は学校に行っていない。大学卒業しているが、スポーツ科なので、国際大会での活躍が評価されている部分はあるのだろう。中学、高校もほとんど行っていないという。村上佳菜子が制服を譲り受けて喜んだという記事が過去にあった。真新しいブレザーは、着ていないのだから、ほとんど新品であったろう。学校教育が万能だとは考えないが、学校教育というか、教育を否定しスケートだけに価値があるとした母親の躾は、競技を離れた瞬間に崩壊するだろう。競技指導をするにしても、大変そうではある。


真摯に競技に取り組まないトップがいるのだろうか。

2017年3月27日 (月)

高木元投手が球界復帰 巨人、育成で再契約

プロ野球の熊崎勝彦コミッショナーは3月27日、野球賭博に関与したとして1年間の失格処分を受けていた高木京介元巨人投手(27)の球界復帰を認めたと発表した。巨人は育成選手として再契約した。復帰した高木投手は東京・大手町の巨人の球団事務所で記者会見し「非常に罪が重く、簡単に償うことができないと十分に理解している。何で償えるかといったら野球しかない」と神妙に語った。
高木投手は復帰を目指した理由に周囲の支えを挙げ「大学の恩師にお叱りを受け、金輪際、賭け事をしないことをその場で誓った」と話した。処分期間満了後の23日に巨人が意見書を添えて日本野球機構(NPB)に復帰申請書を提出し、NPB調査委員会が本人と面談するなど精査。報告書を受けた熊崎コミッショナーは「痛切な反省の下に家族らへの思いも含め、賭け事に一切手を出すまいと固い決意をしたという経緯を承っている」と復帰を認めた。
野球賭博問題では2015年10月に巨人の元選手ら3人の関与が発覚し、無期失格処分を受けた。高木投手は16年3月に関与が明らかになったが、関わり方などが異なるとして、1年間の失格処分となっていた。(共同:3月27日)


■ 高木京介の投手成績
   年  登板  勝利 敗北 セーブ 投球回  安打 本塁打 四球 死球  三振 失点 自責点  防御率
  2012  34   2    0   1   31.1    16    0    10   1    28    2    2    0.57
  2013  46   3    0   0   47.2    37    8    27   3    40   27   23    4.34
  2014  26   0    0   0   28.1    24    4    9   1    26   15   15    4.76
  2015  33   1    0   0   41     31    4    13   0    43   10   10    2.20
  通算  139   6    0   1  148.1   108    16    59   5   137   54   50    3.03

4年間の通算成績が1年分なら立派な成績である。投手の規定投球回数を超える選手は、チームに2人程度と思って良い。リーグで10人前後というのが通例である。分業制と称する役割分担がシステムとして動いてから、規定投球回数を超えるのは、先発投手の成績の良い者に限られる。先発ローテーションにあっても、成績が悪いと届かないということである。一方で、中継ぎと称される1イニング程度任される投手は、規定投球回数には届かない。高木も中継ぎを主な役割としてきたようだ。

格別良い成績でもないが、一軍の選手として扱われるレベルには達している。野球賭博の容疑で逮捕された現役選手は、高木の他に福田聡志、笠原将生、松本竜也の三名がいる。笠原が、懲役1年2ヶ月執行猶予4年で、松本が罰金40万円、福田が罰金30万円、高木が罰金20万円となっている。機構からの処分としては、高木以外がいずれも無期の失格処分となっている。高木は球団から契約解除されている。高木の次に軽い刑事処分を受けたのは福田であるが、事件の前の2015年は登板なしであったから、引退してもおかしくない。松本は23歳と若いが、一軍登板実績の無い投手である。後から出てきた高木より、松本の方が重い理由は見出せないのだが、罰金の金額に差があることは、裁判中に明らかになった悪質性について松本の方が悪いということなのだろう。単純な理解としては、プロ野球で活躍する可能性の高い高木は復帰し、活躍しそうにない松本は切られたというので良さそうだ。松本本人と関係者はやるかたない気持ちだろうが、高木も同様にすべきだと考えるのが理性というものであるので、松本の不満より、高木への配慮を問題にすべしということである。

NPBが正しく認識しなければならないのは、自分達が生業としている競技を利用した賭博行為で、高木は刑事処分を受けているということである。これだけで永久追放相当で良かろう。松本に対する処分は正しい。一方で、類似した賭け行為が様々なところで行われ、それは士気を高める為の行為の範囲と言い訳していたのだから、これを処分しないで、社会的な批判をかわすには、罰金刑を受けた三人の内、高木以外は切り捨てるという判断になったのだろう。原理原則は見出せないご都合主義である。その程度の団体であるということである。


高木が活躍することもないだろう。賭けても良い?

2017年1月23日 (月)

初V稀勢の里、横綱確実に 白鵬破り14勝

大相撲の東大関稀勢の里(30)=本名萩原寛、茨城県出身、田子ノ浦部屋=の横綱昇進が初場所千秋楽の1月22日、確実になった。日本出身力士として3代目若乃花以来19年ぶりの新横綱誕生となる。21日に初優勝を決めていた稀勢の里は千秋楽で横綱白鵬に勝って14勝1敗の好成績で終えた。
日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)は、昇進を審議する臨時理事会の開催を審判部から要請され、受諾した。23日に開かれる横綱審議委員会(横審)を経て、25日の春場所番付編成会議後の臨時理事会で、「第72代横綱稀勢の里」が正式に誕生する。番付編成を担う審判部の二所ノ関部長(元大関若嶋津)は「昨年は年間最多勝という実績があり、今場所も優勝を果たした。(審判部の)全員が賛成した」と述べた。(共同:1月22日)


大相撲について考える。


客を呼ぶスポーツというのは、強い者が勝つという図式が崩れないことが継続する前提になる。運とかあやとか呼ばれる要素で決定されるとなると、賭けの対象としては面白い部分が出るのだろうが、観戦すると言う意味では興味を削ぐことになる。もう少し書き加えれば、弱いから負けたと括れることが必要である。勝った理由をぐたぐだ解説することはなく、解説というのは負けた方で語られる。それを一言で片付けられれば、スポーツの残酷な部分が美しさとして評価される。
さて、大相撲である。人気が回復したとされるが、テレビ中継を見ると、空席が目立つのに満員御礼の札が掛っている。満員御礼の基準は近年緩くなっているようで、75%も埋まっていれば出すようである。仮にチケットが完売であっても、入場者数が九割を超えなければ出さないくらいの気骨のあるところを見せるのが伝統芸能の仕事だと思うが、結構近代化していてショービジネスの作法に従っているということのようだ。

モンゴル人横綱が続いていて、日本人の横綱、それ以前に日本人の優勝も少ない。モンゴル人であった相撲取りが、将来親方になることを考えて帰化している例があり、その優勝者をカウントしたくないばかりに、日本出身力士なる言葉も生まれている。この表現は結構な差別だろうと思う。日本への帰化基準は世界の中で厳しい。英語やフランス語で認められる国に比べれば、日本語を求められるだけで厳しい。そんな国に帰化して、この国で国技とされるスポーツの振興に貢献しようとするものを、元モンゴル人と呼ぶに等しい所業は許してはならないだろう。旭天鵬が帰化してから幕内優勝したことを消し去る様な無様な仕事を、公益法人がしてはならないだろう。
そうは言っても、人気の高い力士が横綱になるのは、相撲協会として喜ばしいことではある。集客効果は出るだろう。結構なことである。しかし、稀勢の里が横綱にならなくても、優勝したのだから次を昇進場所とすれば、相応の集客効果はあっただろう。つまりは、稀勢の里でも他の相撲取りでも、高度な力と技を見せてくれれば客は注目する。逆に、集客の為に作られた話題には感心を持たないということだ。良い取り組みが沢山見られるのならば、繁栄しない筈もない。


相撲好きは、人情話が好きである。

2016年11月28日 (月)

稀勢の里は「不思議な大関」 横審委員長、綱とりに言及

大相撲九州場所の横綱審議委員会が11月28日、東京・国技館で開かれた。
優勝に次ぐ12勝を挙げた稀勢の里について、守屋秀繁委員長(千葉大名誉教授)は「強い時は本当に強いが、平幕に3人も負けて理解に苦しむ不思議な大関だなと思う」と述べた上で、来場所の綱とりについては「優勝争いに全く絡まずに準優勝なので、来場所優勝してもどうかなと。もろ手を挙げて賛成というわけにはいかないなと個人的に考えている」と語った。(朝日新聞:11月28日)


大相撲について考える。


少し前なら日本人の優勝 (帰化した旭天鵬が優勝しているので、日本出身力士などと言う) 、最近だと日本人横綱というのが大相撲の流行りである。日本出身力士の優勝は、琴奨菊の後に、豪栄道が全勝優勝をするに至り、横綱の方に関心が移っていった。優勝した豪栄道が最有力であったがもとの不安定な大関に戻った印象もあり、毎度優勝争いに絡む稀勢の里に期待が戻ったという流れである。
稀勢の里は強い大関である。しかし、優勝争いの緊張が高まると脆い部分がある。逆に、緊張を強いられない取組においては、めっぽう強いといえる。相撲協会は大相撲の興行を担っている組織であるから、世間の注目を集める存在が必要であり、その為には人気のある力士を然るべき地位に置くのも当然である。それでも、質の低い取り組みばかりが目立つようになれば、地位や人気力士の存在とは無関係に人気は低迷する。

結論から言えば、稀勢の里は強い大関、欲を言えば史上最強の大関を目指して貰う方が協会には良いのではないか。豪栄道についても、大関にせずに、最強の関脇で良かった。まあ、それでは優勝できなかったという話にもなるのだろうが。三役在籍場所数が多い力士の在籍場所数と優勝、三賞、金星獲得数をまとめた結果を下に示す。

■ 三役在籍数が多い力士の成績比較 (*:大関、それ以外は関脇まで)
           関脇    小結  幕内優勝  殊勲賞   敢闘賞  技能賞   金星
  長谷川     21場所    9場所   1回      3回     3回    2回     9個
 *琴錦      21場所  13場所   2回     7回     3回    8回     8個
  貴闘力    15場所  11場所   1回     3回     10回    1回     9個
  安芸乃島   12場所  15場所    ―      7回     8回    4回     16個
 *琴光喜    22場所   8場所   1回      2回     4回    7回     3個
 *魁皇      21場所  11場所   5回     10回     5回    5回     6個
 *武双山    20場所  11場所   1回     5回     4回    4回     2個
  若の里    17場所    9場所    ―      4回     4回    2回      2個
 *豪栄道     ―      ―    1回     5回      3回    3回     1個
 *稀勢の里    ―      ―     ―      5回      3回    1回     3個


豪栄道は長谷川になれたものを、なり損ねたと言える。それが良いか悪いかの判断はそれぞれあろうが、野球賭博で処分されているのだから、ひたすら強くなることを目指す以外に道はなかったということである。
稀勢の里は大関になって以降、比較的安定した成績を残している。期待すると優勝争いから脱落することが特徴である。それで良いのではないだろうか。優勝争いに無関係な稀勢の里が、優勝争いをしている全勝の横綱を破り、観客をしらけさせる。そんな役で良いのではないか。将棋の世界では、自分にとっては消化試合でも相手にとって重要な勝負にこそ全力を尽くすべきだとされる。予定調和で括られるスポーツほどつまらないものはない。


激しい取り組み、力の入った取り組みを期待するものだろう。役はその後の話だ。

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