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2017年11月30日 (木)

日馬富士「礼儀、直すのが先輩の義務だと」 引退会見

大相撲の秋巡業中にあった暴行問題で、日本相撲協会に引退届を出し受理された横綱日馬富士(33)=伊勢ケ浜部屋=が11月29日午後、九州場所の宿舎がある福岡県太宰府市で記者会見した。日馬富士は「世間を騒がせ、支えてくださった皆さんに迷惑をかけて本当に申し訳ない」などと語った。
会見の冒頭、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)が日馬富士の引退について、うつむき加減で文面を読み上げた。「本日、横綱の引退届を提出しました」。伊勢ケ浜親方は肩をふるわせ、その声は時折、上ずった。横に座った日馬富士は正面を見詰め、涙を見せることはなかった。日馬富士は10月25日、鳥取市内の飲食店で同じモンゴル出身の幕内貴ノ岩(27)に暴行を加えたとされる。「貴ノ岩関にけがを負わせたことに対し、横綱としての責任を感じ、本日をもって引退をさせて頂きます」と日馬富士。師匠とともに30秒近く、頭を下げ続けた。(朝日新聞:11月29日)


大相撲について考える。


事件の詳細が明らかになっていないが、加害者である日馬富士が責任をとったことから、暴行傷害事件があったのは確定した。しかし、被害者である貴ノ岩の怪我の程度は分からないままで、素手で殴ったのか、道具を使ったのかが分からないままである。怪我の程度が酷くて、貴ノ岩の競技人生に影響するようなら、引退したから済ませて良いという問題ではない。この怪我は、巡業の土俵でも、稽古中に発生したものでもない。飲食店において発生した事案である。
貴ノ岩の親方である貴乃花は、沈黙している。この偏屈な元相撲取りを理解するのは難しいが、確実なのは世間の常識というものとは遠いところに暮らしてきて、それが許される環境であったことである。この少数派である価値観からすれば、土俵上で対戦する相手と飲食を共にするのが不思議なのだろう。報道では高校時代の恩師が関係しているという話であるが、この原理主義者に受け入れ難い環境にあったと推定される。原理主義者でなくとも、モンゴル人同士で星の受け渡し交渉をしていたと疑われても不思議ではない。もう少ししたら、大相撲の八百長問題が週刊誌で報道されることだろう。

日本相撲協会というのは公益財団法人である。引退した者が協会の構成員として残る手段は、年寄りになるよりなく、その為には現役時代に十両以上にならないとどうにもならない。つまり、子供の頃から相撲漬けで、勝つことで大きな収入を得ていた者の既得権のような椅子である。そこに公益性があると思うことをぶっ飛んだ発想だと思うが、歴史と伝統のある世界と繋がりがあることを、社会の中で生きる為の手段、乃至はステータスととらえる者、多くは政治家の類である、が多く存在していれば、身体の大きな相撲取りを引き連れていることで見栄を張る、少し前のヤクザと違うところはない。政治家が社会に求められたヤクザだと認識すれば、その行動原理が古典的な任侠や今日の経済ヤクザに近似的に等しくても不思議はない。これは批判しているのではなく、人の行動原理とはその程度のものと主張しているだけである。
土俵上での事故なら再発防止策を検討する案件であろうが、飲食店での騒動など、協会が再発防止策を立案するものでもない。もしその必要を社会が感じるとしたのなら、協会の構成員が世間の常識と乖離した価値観で行動する者で成立していることが根本的な問題である。外部の有識者などいう、タニマチ気取りをくっつけるのではなく、企業経営的な異分子が入らないことには変化しないだろう。それを伝統文化を破壊する行為だと否定するのは正しいと思うが、伝統文化で商売をする輩に、公益法人の看板を掛けさせる道理などないというのは、確実な真理であろう。


第二団体が出来て、日馬富士がビール瓶を、貴ノ岩が栓抜きを持って土俵に上がり、審判席の貴乃花にビールをつぐ。

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