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2017年8月31日 (木)

日野皓正さん、中学生をビンタ

ジャズトランペット奏者の日野皓正さん(74)が、東京都世田谷区で8月20日にあったジャズコンサートの最中、ドラムを演奏していた男子中学生の髪をつかんでビンタしていたことが8月31日、区教育委員会への取材で分かった。生徒にけがはなかった。
区教委は「生徒がソロパートでなかなか演奏を止めなかったため、進行に支障が出ると日野氏が判断し、中断させた」と説明。「日野氏の行為は行き過ぎた指導だったと捉えている」としている。一方、生徒は保護者に、自分の行動を反省しており今後も演奏活動に参加したいと話しているという。区教委によると、コンサートは区教委主催の体験学習で、日野さんらプロ演奏家の指導を受けた中学生約40人が約4カ月練習した成果を披露する場だった。区教委は「今後も事業を実施するため、日野氏側と話し合っていきたい」としている。(共同:8月31日)


少年の関係する案件の報道について考える。


日野皓正の指導について問題があるか否かの議論に流れている。それについては触れない。理由は簡単で、公表されている情報が乏しいからである。無論、暴力が問題だとするのは当然であるが、それだけで済む話でもあるまい。
報道されたことで、男子中学生やその両親は追い詰められたことだろう。そもそも、ジャズ演奏の世界など非常に狭いから、有名な日野皓正の指導に逆らったとなれば、ジャズドラムを続けていくのに差し障りが出てくる筈である。つまり、会陰総終了後に、少年の気持ちとは別に、日野に詫びを入れないことには仕方ない状況にあったと想像が付く。そうしなければ、この先演奏できなくなる可能性を考慮しなければならないのだから。
ドラムソロが任されることは事前に決まったことである。少年が想定された時間を超えて演奏するのは、少年の主張であり、これはそれまでの練習との関係があると思われる。スティックを取り上げられた後に、素手でドラムを演奏しようとする行為に、強い意志を感じる。しかし、少年の主張など報道されることもなく、そもそも少年の個人的な事情などオープンにする理由もない。つまり、少年の事情は感心の対象には成り得ないのに、報道の矢印は少年の内面を想像することに集中する。
少年の髪をつかんでビンタしたのが、日野ではない街の音楽愛好家であったのなら、その場で問題になり、当然のことながら大きく報道されることはなかった。つまり、ニュース性は日野皓正にあるのに、事情を理解しようとすると感心は少年に向かうという微妙なずれがここに生じる。そして少年とその家族は、体験学習の将来や、日野の世間からの批難や、もちろん、自身の近い未来の音楽との関わり合いについて、短時間に最良の結論を出すことを強いられる。少年の体験学習として最適なものかに大いに疑問がある。考えるまでもなく、日野と少年の力の差は大き過ぎる。日野が大きな力により強引な仕事をしたとしても、この活動が実質的にボランティアであることが言訳になる。一方少年は何も持たないなら、ただ叩かれるだけに終始する。

少年は自らの自由意志により参加していることだろう。それなら、結果に責任を負うのは、大人と何ら変わらないと考える。自由意志がない部分においては少年は保護されねばならない。この思想は、子供に寛容でないと指摘する人がいるが、寛容であることを拡大し、ある日突然、許容されなくなるのは悲劇である。
今回の少年、男子中学生は、ソロ演奏を暴走したことは咎められねばならないが、報道により社会から批判の中心に置かれるのは許されない。なぜ守らないのか。日野を攻める振りをして、男子中学生を晒し者にするだけのリンチを行っているのが報道である。


週刊新潮は、私的制裁機関として社会に認められているようだ。

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