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2017年7月13日 (木)

2人の死刑執行 金田法相では2度目 1人は再審請求中

法務省は7月13日、1990年代に女性4人を殺害し再審請求中だった西川正勝死刑囚(61)と、2011年に元同僚の女性派遣社員を殺害した住田紘一死刑囚(34)の死刑を執行した。金田勝年法相の執行は昨年11月以来、8カ月ぶり2度目(計3人)。再審請求中の死刑囚への執行は異例で99年12月以来。住田死刑囚は裁判員裁判で死刑判決を受けた確定者として、3人目の執行となった。
12年12月の第2次安倍内閣発足後では11度目、執行は計19人になる。同省によると、これで確定死刑囚は125人となり、うち92人が再審請求中となった。再審請求中は死刑を執行しない傾向があった。法務省には「執行を引き延ばすために、同じ理由で再審を繰り返す人がいる」との見方もある。一方、一家4人殺害事件で死刑判決が確定した袴田巌さんは再審開始決定で釈放され、昨秋には日本弁護士連合会も死刑廃止を宣言する中、波紋を呼びそうだ。金田法相は13日午後、臨時記者会見を開き、「いずれの事件も裁判所で十分審理した上で死刑が確定した。慎重な検討を加え、死刑の執行を命令した」と述べた。再審請求中の執行については、「再審請求を行っているから執行しないという考えはとっていない」と答えた。(朝日新聞:7月13日)


死刑制度について考える。


西川正勝死刑囚の主な容疑は、1991年のスナックママ連続殺人事件 (警察庁広域重要指定119号事件) である。被害者を下に記す。

  12月12日 兵庫県姫路市のスナック経営女性(当時45歳)を殺害
  12月21日 島根県松江市のスナック経営女性(当時55歳)を殺害
  12月26日 京都府京都市のスナック経営女性(当時55歳)を殺害
  12月28日 京都市のスナック経営女性(当時51歳)を殺害

手口に共通性が見られたことから広域重要指定されている。1992年に強盗容疑で逮捕されている。裁判で検察が主張した罪状は、強盗殺人(3件)、殺人、窃盗、強盗殺人未遂、強盗致傷である。再審請求を行っていたとされるが、過去の裁判を確認すると、第一審では全面無罪を主張した。二審では、姫路の事件についてのみ罪を認めたが、「人格・精神障害に加え、飲酒で異常酩酊下にあった」とし、責任能力を否定している。その他については無罪を主張した。最高裁の最終弁論で弁護側は、姫路の事件については認めたが、島根と京都の計3件について全面無罪を主張し、大阪の事件(強盗殺人未遂)については殺意を否定した。
判決はどの裁判でも、全面的に被告人の犯行として、死刑判決としている。被告人は犯行時35歳であったが、18歳の時に鳥取市内のスナックで女性経営者を包丁で殺害し、10年間服役している。その出所後まもなく、強盗致傷事件を起こし、また服役した。つまり、18歳から35歳までの17年間に、社会に出ていたのは5カ月に過ぎないという。
生い立ちにいろいろと問題があることを弁護側は主張している。情状を酌む為ということだろう。しかし、18歳以降の問題を考えると、更生の可能性を見出すのが難しい。それなら、むしろ刑務所の更生プログラムに問題がある事例だと主張する方が合理性を感じる。
最高裁の判決は、2005年6月7日である。その後も何度か再審請求を行っていたとされる。再審請求が、刑の執行を停止する要件には成り得ないというのが、法務省の立場である。死刑制度反対の立場からすれば、何をしても問題があるということになる。しかし、死刑制度を一定の合理性があると考える立場からすれば、制度の機能停止を狙った行為となる。法律を国民が支持しているという前提に立てば、違法行為でないにしても、法律を壊すことを狙っているのだから、道義的な犯罪だと言われよう。
裁判所が決して間違えないとは到底思えないし、検察は思い込みが激しそうだし、警察となると、ノルマ達成の為に無茶をするように感じる。狂暴罪じゃなかった共謀罪なる新たな取り締まり可能な便利なおもちゃを、警察に渡せば遊ばない訳がない。権力は暴走するものだし、確実に腐敗することになっている。偉い人は決して間違わないというのは、この国におけるある種の美徳として語られるが、現実社会ではこの美しさは失われている。そもそもないものをあると信じていただけかもしれない。現実主義者は、間違える可能性を排除してはならないのである。
しかし、この事件に関しては、間違いが入る余地が乏しい印象である。仮に姫路の事件だけで他は無罪と判断したとしても、死刑で良いのではないかという被告人ではある。こんなに雑に判決することはないだろうが、なんともやるせない仕事ではある。

三審制だから正しいという主張は、お止めになった方が良い。事実審を二回して、法律審を最高裁で一回するのが刑事事件の最大ということになる。法律審は、原審(控訴審)が認定した事実が、そのまま判決の基礎となる。殺人事件のような事案で、最高裁に持っていっても変わることが見出せないだろう。被告人が、東京近郊の刑務所や拘置所に入りたいという希望を叶える手段にはなる。
事実審二回もドラマのような展開には、なかなかならないようだ。刑事事件なら、検察の求刑に七掛けで結審に近い印象だが、判事が正しく判決文を書こうとしても、他の事案との公平性を無視することが出来ない事情があるから、結果は似たものになる。4人殺して、殺人の前科があるという被告人に、死刑の判決文を書けないのなら、弁護士に転じるのが良いということになる。


住田紘一死刑囚は、元同僚の女性を殺害した容疑で起訴されている。罪状は、強盗殺人、強盗強姦、死体遺棄・損壊、窃盗となっている。この被告人は犯行時29歳である。前科もない。裁判で事実関係を争うことはしていない。量刑だけが争点になっている。裁判の当初は、他にも女性を強姦しようとしていたとか、過去に交際した女性が結婚した相手を殺そうと計画したなど、心象を悪くすることばかり口にしたが、途中から反省を口にしている。永山基準からすれば、最高裁まで争われて不思議はない案件なのだが、地裁判決後に即日控訴したものの、その後被告人は控訴を取り下げ、確定している。
困った問題は他にもあって、この裁判は裁判員裁判で行われている。裁判員裁判の場合に、厳罰化の流れが出来てしまっている。これはプロの法律家である裁判官の判決と、裁判員裁判の判決が合致しなければならないという立場の人には具合が悪かろうが、判決方式という法律が変更されたのだから、その影響が判決に出るのは必然である。法律に違反していないのなら、それはそれで尊重されるべきことだと考える。それでも、裁判員裁判の判決が正しいか否かを、最高裁で憲法判断するのは有益であったと思う。しかし、被告人以外に利益を受ける者 (普通には不利益である) がいないから、裁判をすることが出来ない状態になった。この手の問題を、不利益を被る人以外が被告人席につけないことを考えると、最高裁とは別に法律や行政行為の憲法判断をする裁判所が必要な気がしてくる。
住田紘一死刑囚の事件は、遺体をバラバラにして遺棄するなど残忍なものであるが、その割に話題にならなかった。そちらの方が不思議ではある。この事件には、表に出来ない事情でもあったのだろうか。


法務大臣は、「人の命を絶つ極めて重大な刑罰。慎重な態度で臨む必要がある。裁判所の判断を尊重しつつ、法の定めに従って慎重かつ厳正に対処するべきだ」と述べている。法律が死刑制度を求めているのだから、法務大臣が個人の信条を理由に仕事を停止してはならない。役所が書く公式見解である。当然のことだろう。また、マスクをした役人が後ろにいたのだろうか。マスク不要になるよう、法務省の役人は、いっこく堂のところで修行をするのが良かろう。師匠と大臣など似たようなものだろう。


再審請求中を意識するなら、死刑執行に関して、裁判所の許可を求めるとでも言うのか。

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