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2017年1月13日 (金)

歌会始の歌 「野」お題に

歌会始について考える。

■ 天皇、皇后両陛下、皇族方の歌は次の通り。

天皇陛下           邯鄲(かんたん)の鳴く音(ね)聞かむと那須の野に集(つど)ひし夜(よる)をなつかしみ思ふ
皇后さま           土筆(つくし)摘み野蒜(のびる)を引きてさながらに野にあるごとくここに住み来(こ)し
皇太子さま          岩かげにしたたり落つる山の水大河となりて野を流れゆく
皇太子妃雅子さま     那須の野を親子三人(みたり)で歩みつつ吾子(あこ)に教(をし)ふる秋の花の名
秋篠宮さま          山腹(さんぷく)の野に放たれし野鶏(やけい)らは新たな暮らしを求め飛び行く
秋篠宮妃紀子さま     霧の立つ野辺山(のべやま)のあさ高原の野菜畑に人ら勤(いそ)しむ
秋篠宮家長女眞子さま  野間馬(のまうま)の小さき姿愛らしく蜜柑(みかん)運びし歴史を思ふ
秋篠宮家次女佳子さま  春の野にしろつめ草を摘みながら友と作りし花の冠
常陸宮妃華子さま     野を越えて山道のぼり見はるかす那須野ヶ原に霞たなびく

皇族の敬称については気持ちの悪い表記が標準になっている。昭和の時代においては、皇后陛下を皇后良子さまと表記していたことはないだろう。昭和天皇が結婚したのは、皇太子時代の大正13年である。昭和天皇の践祚により香淳皇后となる。そもそも生まれが、久邇宮邦彦王の第一女子である。平成になって皇太后になり、2000年に亡くなっている。崩御と書くべきところか。
呼称は慣習に倣うのが混乱が小さい。ある種の標準化であるが、それですべて済ませると皇室制度というある種の文化を維持するのは難しかろう。不敬罪で処罰することが甦れば、とても怖くて口にできない事柄になる。能楽の世界なら、伝統は呼称ではなく技術で守れるだろうが、皇室制度は存在が基本になるものである。適宜、適切な尊称を用いるのがよろしかろう。
三笠宮崇仁親王殿下が2016年10月27日に亡くなっている (薨去と書かねばならないのだろう)。これにより、百合子妃殿下が90日間、寛仁親王妃である信子妃殿下、彬子女王殿下、瑶子女王殿下、高円宮一家が30日間服喪することと発表されている。歌会始そのものが服喪により中止になった例が戦後でもあるから、歌会始に服喪を理由に出ないのは分かる。百合子妃殿下は服喪期間になるが、他は過ぎている。喪はあけたとしても、いろいろと制限があるもののようだ。常陸宮親王殿下は体調がすぐれない様子である。ご高齢の皇族には負担があるという想像も付く。
こうなると、不敬であることを承知しつつ、過去の皇族の歌会始参加状況を確認したくなる。結果が下である。

■ 歌会始の参加状況
                    2016 2015  2014  2013  2012  2011  2010  2009
  天皇陛下            ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○
  皇后陛下            ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○
  皇太子殿下           ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○
  皇太子妃殿下         ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○
  文仁親王殿下         ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○
  文仁親王妃紀子殿下     ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○
  眞子内親王殿下        ○   ○   ○   -   ○   -   -   -
  佳子内親王殿下        ○   ○   -   -   -   -   -   -
  正仁親王殿下         -   -   -   -   -   ○   ○   ○
  正仁親王妃華子殿下     ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○
  崇仁親王妃百合子殿下   -   -   -   -   ○   ○   ○   ○
  寬仁親王妃信子殿下     ○   ○   ○   -   -   -   -   -
  彬子女王殿下         ○   ○   ○   -   ○   ○   -   -
  憲仁親王妃久子殿下     ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○
  承子女王殿下         ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○
  典子女王殿下         -   -   ○   ○   ○   ○   ○   ○
  絢子女王殿下         ○   -   -   ○   ○   ○   -   -


〇は宮内庁の公表している資料に歌があったことを示し、-はなかったことを示している。未成年の皇族は参加しないし、海外留学中である場合にも不参加の場合がある。典子女王殿下のように、婚姻により皇族の身分を離れれば参加しなくなる。宮内庁の資料には、歌に解説がある。常陸宮親王殿下、妃殿下の歌への解説が短いか、書かれていない。歌の作成に負担があることが推察される。
歌会始の解説を宮内庁のホームページから転載する。

長い歴史を有する宮中の歌会始は、明治と戦後の改革によって世界に類のない国民参加の文化行事となりました。短歌は、日本のあらゆる伝統文化の中心をなすものといわれています。この短歌が日本全国のみならず海外からも寄せられ、これを披講する宮中の年中行事が皇室と国民の心を親しく結ぶものとなっていることは、誠に喜ばしいことであります。
毎年1月の歌会始の儀では、天皇皇后両陛下の御前で、一般から詠進して選に預かった歌、選者の歌、召人の歌、皇族殿下のお歌、皇后陛下の御歌と続き、最後に御製が披講されます。皇太子殿下をはじめ皇族方が列席され、文部科学大臣、日本芸術院会員、選歌として選ばれた詠進者などが陪聴します。
この儀式は、読師(司会役)、講師(全句を節をつけずに読む役)、発声(第1句から節をつけて歌う役)、講頌(第2句以下を発声に合わせて歌う役)の諸役によって進行されます。


国民の歌を皇族に直接届けることが可能な催しである。それ故に、書き方に関する規則があり、一人一首に限られる。それならばと、近年の応募 (詠進と書くべきところだ) 状況の推移を確認したのが下である。

■ 歌会始のお題及び詠進歌数の推移
    年      お題   詠進歌数  選歌   佳作
  平成16年    幸    27,316    10    16
  平成17年    歩み   28,785    10    14
  平成18年    笑み   25,859    10    14
  平成19年    月    25,151    10    15
  平成20年    火    23,827    10    13
  平成21年    生    22,754    10    16
  平成22年    光    25,222    10    16
  平成23年    葉    22,304    10    17
  平成24年    岸    19,726    10    19
  平成25年    立    18,429    10    16
  平成26年    静    22,603    10    20
  平成27年    本    21,652    10    17
  平成28年    人    19,792    10    17
  平成29年    野    20,946    10    21


2万首というところである。1万人の国民に二人くらい応募しているということである。国籍に関わる特段の規制はないが、自書することを原則として、病気などの理由がある場合にはその旨を書き添えることとなってる。郵送だから、海外からでも参加可能ということになる。
新年の穏やかな気分が残っているときに報道される。少し前から歌会始に送ろうと思ったが、いまだになされていない。お題と見たら、少し前でもないことが確認された。佳作になるのは結構であるが、良い年を迎えたいものだと思いつつ自書し、宮内庁に送るというのが良き仕事であるように感じる。次のお題は「語」で、〆切は9月30日であるという。まあ、来年も同じ様に思うのだろうが、そうでないようにしようと思うのもよい行いだと信じるのである。


瑶子女王殿下の名がないことは、気にしないのが良いのだろう。

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