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2016年12月20日 (火)

西宮市長、たばこ発言「問題ない」 撤回しない考え

兵庫県西宮市の今村岳司市長(44)が中高生を前に「中高生時代にたばこを吸っていた」などと発言した問題で、今村市長は12月19日、記者会見を開き、発言を撤回しない考えを示した。
発言は、中高生と市職員らのワークショップで出たもので、今村市長は「たばこを吸ってもいいというメッセージを発したわけではない。全体として問題はなかった」と主張。一方、発言を批判した女性市議を自身のブログで「『お下品ザマス!』って言っている女教師みたい」と記したことについては、「ジョークのセンスがずれていた。謝罪もやぶさかではない」と述べた。ブログの表現を修正した。市議会はこの日、市長に発言の撤回と謝罪を求める決議を全会一致で可決した。市によると、19日正午までに批判的な電話やメールが133件寄せられたという。(朝日新聞:12月20日)


市長の発言について考える。


西宮市の市長である今村岳司は、兵庫県西宮市生まれで、神戸大学附属住吉小学校、甲陽学院中学校・高等学校、京都大学法学部を卒業している。発言の対象となる時期は中学高校の時代と推定される。甲陽学院は、私立の学校である。この学校は、中高一貫に現在はなっているが、今村が在籍していた時期は、高校への外部からの受け入れがあった時期となる。この学校のホームページを確認すると、中学では規律、高校では自主性・創造を重視しているそうである。中学時代に規律を無視した行動をすれば、処分の対象になるのは必定であるから、高校時代という推定の確度が増す。本人は、「中高生のころ、教室の鍵を盗み、授業を抜け出してたばこを吸っていた」と言っているから、高校と断定するのは無理がある。まあ、何れにしても未成年者喫煙禁止法に違反する。時効だと言う人間がある。好き好きだと言ってしまえばそれまでだが、法律を行動の最高規範と考えるのが理解不能である。この国で法律を作るのは、国民に民主的に選ばれた代表者による。法律など便法でしかない。長い歴史のなかで修正されてきたから、規範足り得る様式は満たすだろうが、その程度のことでしかない。未成年者喫煙禁止法に戻ると、本人に対する処罰は、煙草およびその器具の没収が行政処分としてなされるのみである。公訴時効が成立しようとしまいと、本人への影響など短い時間で失われる程度のものである。少年法の非行行動として扱われることを意識しているのだろうが、時効がほとぼりが冷めるまでの時間程度のことを指すなら、ほとぼりが冷めたのに熱を加えてはならない。

さて、発言があった場所である。西宮市が主催するワークショップである「中高生3万人の夢プロジェクト」での発言である。中高生に参加希望を募っていた催しであるようだ。案内によれば、参加する学生は所謂優等生が多いだろうと想像される。不良学生が、誰かに諭されて参加している例も無いとは言えないが、更生プログラムに組み込まれるような会でもない。ここで今村が話した内容を今村ホームページで確認した。引用する。

あの日、中高生たちと真剣に話したのは「中高生のほしい居場所について」でした。
私は、彼ら彼女らと議論に参加して1時間ばかり直接話を聴きました。
彼ら彼女らが求めた「彼らのほしい居場所」、それは、
「信用して相談できるオトナがいて、はちゃめちゃに弾けておこられない場所」でした。
それは、彼ら彼女らが自分の言葉で語ったキーワードです。


おこられない場所を探しているのか怪しい気もするが、もしかしたら、子供の方が大人に気を使って合わせたのではないのだろうかとさえ思えてくる。

オトナの制止やルールが窮屈なだけではなく、彼らはオトナを完全には信用していないのです。
些細なことを大きくして先生や親に言いつける。
自分たちのことなんて結局わかっていなくて自分たちの考えを押しつける。
キレイゴトを言うくせに、自分だってそれができているわけじゃない。
そういうオトナに彼ら彼女たちは辟易していて、なんとなく信用していないのです。


問題があるのは発言より、他人の言葉を理解する能力の低さに思えてならない。今村の文章にはオトナとコドモという言葉が出てくる。『オトナたちはどうせ嘘つきで信用できないと思っているだろうけれど、そのオトナたちもみんなコドモだったのだ。』ということからすると、オトナとコドモの区分は年齢によるものに過ぎない。今村はオトナであるとしているが、コドモたちが信用して話をしてくれたという。なんとも特殊な能力の持ち主のようだ。なんとなく信用しない人間が、いとも簡単に信用するというには大きな飛躍がある。特殊な能力ではなく、自惚れがあるというのが世の中のオトナの多くに受け入れられる解釈ではある。その結果、今村がハラを割ってキレイゴトじゃない話をしないと、彼らへの敬意を欠いていることになると考えるに至る。論理の飛躍を口にしてはならない。こっちの跳躍力が不足していると認識する。ここに至って、件の話となる。

学校で授業を抜け出してタバコや麻雀や楽器の練習をする部屋があった、ということ。
でも、先生をはじめとするオトナたちとは阿吽の呼吸で折り合いをつけていたよ、ということ。
居場所はオトナが与えるものじゃなくて自分たちが造るものだよ、ということ。
ちなみに、あの場をコーディネートしてくれていたNPOの若者の中には、自身が昔は鑑別所に入ったこともあるけど、

いまは更正して若者の居場所づくりをつくる活動をしているという好青年もいました。


格技場の上階に普段は使っていない部屋があったのです。
私たちは鍵を盗みだし、合鍵を造りました。
それで私たちは自由にタバコが吸えて楽器が弾けました。

 

「調子乗りの市長が中高生相手に不良武勇伝」とマスコミが報じたのに反発しているようだ。『中高生たちは、オトナの定めたラインのギリギリにイキって挑戦することで、失敗し成長するのです』、とも書いている。イキっているというのが分からないが、関西方面の方言であるようだ。調子に乗っているというような意味であるという。中高生の喫煙は、いまや昔と比べると深刻な問題ではなくなっていて、いまの中高生たちにとって、喫煙は決してかっこいいものではないからと解説し、武勇伝にすらなり得ないという認識を示す。深刻な問題でなければ問題なしではないし、かっこいいことで喫煙する未成年者がすべてでないだろう。武勇伝と称しているのは、揶揄していると読むのが妥当な解釈である。認識能力の方向性が難解である。


自らの能力の低さを顧みずに今村発言の解釈を試みる。今村が中学高校であった頃には、周囲の大人の理解があって許してもらえていた。恵まれた環境で自身は育っていて、恵まれない最近の学生のことを分かったように語る。本当は、昔も恵まれない学生など沢山いた。それを知らない温室育ちということだ。


恵まれた者が恵まれている事実を認識しないのを愚かと呼ぶ。

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