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2016年11月 4日 (金)

ガラス基板を用いた小型HDD市場

HOYAが10月28日に発表した2016年4~9月期の連結決算(国際会計基準)は、純利益が前年同期比15%減の427億円だった。円高が進み収益が目減りした。ハードディスク駆動装置(HDD)向けガラス部材など情報通信関連の製品も振るわなかった。
売上高は10%減の2300億円、税引き前利益は17%減の539億円だった。円高がそれぞれ230億円、48億円の下押し要因となった。情報通信関連ではHDD部材のほか、カメラレンズが市場縮小のあおりで低調だった。北米で眼鏡レンズが伸びるなど、現地通貨ベースで増収を確保する製品もあったが、情報通信関連の落ち込みを補えなかった。(日本経済新聞:10月28日)


ガラスを用いたHDDについて考える。


HOYAの業績発表で、HDD用ガラス基板の事業が不振だとある。ガラス基板を用いたHDD市場について確認することから始める。2006年以降の2.5"と1.89"のHDD出荷台数を企業ごとにまとめて推移とした。企業合同が進んだことを考慮して、現在残っている三社にその企業が吸収した会社の分を含めて表記した。具体的には、WDにはHitachiを、SeagateにはSamsungを、ToshibaにはFujitsu分を加えている。グラフを下に示す。
Glass_sub

2.5"、1.89"以外に、3"でのガラス基板を用いたHDDがある。これはサーバ用の高速回転品として提案されたが、その後アルミ基板になったこと、数量として少ないことから除外した。上記の期間ではガラスの使用モデルは2007年までになくなっていると考えて良い。他に1"HDDの例がある。1"と称しているが、これは当時発表していたIBMが最も多く、これ以下のサイズもあった。2005年CQ2が出荷数のピークで、4,500pcs と推定されている。その後、急速に数量が減少し、2007年にほぼ終了している。このサイズはApple社の iPod mini (2004年1月発売開始) に搭載されて普及した。他のポータブルオーディオメーカも追随して、1"HDDは深刻な品不足になった。しかし、Apple社は、フラッシュメモリータイプの iPod nano を2005年9月に発表し、この市場でフラッシュメモリへの置き換えが一気に進んだ。
Apple社が当時人気の高かった iPod mini を出荷できない理由を、1"HDDが調達出来ないことで、1"HDDの生産数が限られている状況はHOYAからのメディアの供給不足と公表した。このことで、小型HDDに関連する仕事は将来性はあると関係する会社は受け止めたのだろうが、市場の縮小までの時間からすると余り影響はなかったかもしれない。もっとも大きなプラスの影響を受けたのはHOYAであろう。一般向けには知名度の低かった会社が、ハイテク製品の供給を支配する会社と認識されるようになったからである。株価は大きく上げたし、企業のブランドイメージ向上には大きく貢献したことだろう。しかし、2010年にこのメディア事業はWDに譲渡されている。ブランドイメージで商売する会社ではないという冷静な判断もあるのだろうが、事業の継続に大きな投資をし続けなければならないことを考慮して、ガラス基板に資源を集中したという解説が多く見掛けた。

さて、ガラス基板に戻す。HDD用ガラス基板を製造していた会社はHOYA以外に三社ある。それぞれの撤退時期を下に示す。

■ HDD用ガラス基板事業撤退会社
   コニカミノルタ       2013年12月
   旭硝子           2016年9月
       タイ工場      2011年10月停止
   シチズン          2012年5月


この他に日本板硝子が行っていたが、2004年にHOYAに譲渡している。アルミ基板を加工する東洋鋼鈑がガラス加工を行っていたが、2006年にHOYAに譲渡する形で撤退している。古河電工が参入を発表したのは2010年であるが、大きな計画を発表していたが、その後は発表がない。古河電工はアルミ基板ブランク材の製造販売を行っている主要メーカである。
コニカミノルタの撤退は過去に扱った。これはオハラの事業にも影響している。シチズンはその前に撤退している。シチズンの生産能力は月産で2,000kpcs と言われていたから、コニカミノルタに比べると少ない。昭和電工の加工外注のような扱いで、営業部門を持たず、自社の技術開発も乏しかったから、価格要求が厳しくなると継続は難しかったと想像する。旭硝子はタイで製造していたが、2011年にタイで発生した洪水の被害を受けて工場が操業停止になり、その後、当地の工場を閉鎖している。その後、撤退したシチズンの中国工場を買い取り事業を継続し、2016年にそれも閉鎖することとなった。
最も市場が活発だった2010年でこの三社の生産数を推定すると、コニカミノルタが多くて6Mpcs、旭硝子が3Mpcs、シチズンが2Mpcs (Mは百万) というところである。HOYAの能力は30Mpcs で、ほぼフル生産状態であったことから、2011年春の稼働開始でベトナムに新工場の投資を行っている (稼働後月産52Mpcs)。HDDが70M/Qとすると、基板換算でHDD当り1.66枚必要で、歩留まりが95%とすれば41Mpcsとなる。1.66は2枚入りのHDDが2台、1枚入りが1台という構成を想定している。構成や歩留まりは違うとしても、大きく外れるものでもないだろう。
2012年になるとタイの洪水による影響は回復したが旭硝子は停止した。市場は60Mpcs/Qに下がり (35Mpcs)、最大手のHOYAの生産能力は52Mpcs/Mになった。品質と価格競争力の低いシチズンが退場し、更にコニカミノルタとなった。2016年になるとHDDは30Mpcs/Qで、実質HOYAのみになった状態でも、需要が18Mpcs/Mでは、HOYAのベトナムでの新工場のみで賄える状況になっている (HOYAがベトナムに計画通りの投資を実施したかは不明)。

シチズンや旭硝子が参入したのは、1"HDDが不足していた時期である。旭硝子はタイの洪水被害にあったときに撤退するチャンスであったであろう。洪水被害については保険適用になっただろうから、事業構造改善費として約50億円を計上する必要もなかった。そう思えば、シチズンの撤退は賢明であったと言える。HOYAのベトナム投資は不要なほど大きなものになってたが、実質的に市場を独占していれば余分な責任を負うことになる。顧客各社の足し算をすれば大き過ぎる数字になるのはいつの世にもある。一定の競争原理を維持することが、市場の健康を維持させることに繋がり、不要で大き過ぎるリスクを抱え込む心配がなくなるものといえる。

なお、旭硝子は今後もHDD用ガラス素材の技術開発を継続し、ガラス素板の開発・供給などを通じてHDD業界との連携を図っていくとしている。市場規模が小さくなるのに、開発を継続しても事業的なメリットは出し難いだろうが、大きなガラス会社のプライドが不要な言葉を吐かせるようだ。


競争原理実現には、HDD会社の内製基板部門でガラス加工を行うのが最良の解であっただろう。

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