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2016年7月13日 (水)

天皇陛下が生前退位の意向 宮内庁、近く公表へ

天皇陛下が皇太子さまに天皇位を譲る「生前退位」の意向を示されていることが7月13日、宮内庁関係者の話で明らかになった。同庁は近く天皇陛下の意向を公表することを検討中だが、現行の皇室典範は天皇の譲位を認めておらず、法律の改正が必要となる。関係者によると、陛下は数年前から生前退位を要望され、同庁で内々に検討を進めていたという。
天皇陛下は現在82歳。69歳だった2003年に前立腺がん、12年には78歳で心臓冠動脈のバイパス手術を受けられている。リハビリやテニスなどふだんの運動で健康を維持されているが、年齢を重ねるに従って耳が遠くなるなど、公務に不安を覚えられていたという。昨年は8月15日の全国戦没者追悼式で黙とうとお言葉読み上げの順番を間違えられたことが話題になった。ただ、宮内庁関係者によると、生前退位の意向は最近のことではなく、5年以上前から漏らされていたという。近世以前は天皇の生前譲位が頻繁に行われていたが、明治以降に制定された旧皇室典範で譲位はできなくなった。戦後に制定された現皇室典範でも同様に天皇の譲位は否定された。(日本経済新聞:7月13日)


皇室制度について考える。


ややこしい問題があるのは、皇室の政治活動が制限されていることである。その根本をさかのぼっていくと、憲法第4条にある
『天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。』
に行き着く。これによって、皇室典範で規定する皇族についても、政治活動が不可という論理が形成される。法律に厳密解を求めるなら、書いてないことが多過ぎるということだろうが、書いてあることより、書いてないことが優先するのが、人が生きている世の中である。契約書に書いていないことを論うというのは、損得に関わる話に限られる。どう生きるかという個人的な価値観、多くは倫理観になるのだろうが、そんなものは法律に書いてある筈もない。かいてあることは制限があるから配慮するもので、より重視、優先しなければ根本的な意味での自身の価値観ということになる。
皇室を規定する法律はザルなのだが、政治家が悪さをするのを制限しようとする政治資金規正法とは趣旨が異なる。対象者が広がる可能性が高い法律と、そもそも限定的な皇族との違いは大きくある。書かずにするなら書かない方が良いのが法律なのだが、書かないと他に触れる可能性があって、という事情は皇室相手であっても出現してくる。
天皇の政治的な発言が許されないということがあって、これについて異論がないとしよう。一方で、天皇の国事行為が設定されているという事情があり、海外へ渡航や病気の際には、短期的な代理を置くことが考慮されているが、長期になった場合にどうかという問題が生じる。憲法第7条で、
『天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。』
とある。この仕事をしなければならないのが天皇なのだが、少し休んで代わりの誰かがやるというシステムにはなっていない。法律至上主義なら、罰則規定がないならやらなくても良いという結論もありそうだが、法律に代りを設定していないのであるから、結果はただ滞るということである。法律の瑕疵であると指摘するのは可能だろうが、皇室の制度全般に事細かに規定するのも難しい。基本的に家庭内の話に近い特性のある事柄に、法律という公共性を持ち出すのが、座りが悪いというか、センスを感じないのである。

今回の生前退位の話である。天皇陛下が、仕事が停滞することで国民に不利益をもたらすようでは困る、という話と単純に心配したと理解しよう。非常に言葉を選んでいるのが見えるのだが、法律を作るという政治活動に天皇が口を出したということに、神経を使っているということなのだろう。政治活動の解釈も微妙で、近くにあった例として、東京オリンピック誘致の際に、高円宮家の久子妃殿下がスピーチしたことが政治活動かということがあった。誘致は政治活動で、開会宣言なら外交プロトコルというのは、妥当な話だと思う。日本の最強のパワーエリートである、というのは障りがあるのだろうが、政治や軍や経済に無関係でも影響が強いという意味では合っているだろう、それを外交上の有力なカードに使いたいと思う人が出ても不思議はない。外務省は、軍事力や皇室を安易に使うのように見える。易きに付くということである。
天皇陛下が将来のことを危惧していること、天皇陛下が行うべき仕事は完璧に遂行しなければならない。これを国民は義務と理解するが、今上天皇は当然のことと受け入れていて、出来ないのならその地位にあってはならないということなのだろう。強烈な理想主義とも思える。あるいは、そういう地位であるのだとも言える。
摂政について確認する。天皇が未成年の場合や重大な病気などで国事行為が出来なくなった場合を想定している。皇室典範第16条によれば、「皇室会議の議により、摂政を置く」とされている。摂政は天皇に代わって国事行為を行う。就任の順序は皇位継承順位と同じである。つまり、意図的な指名は許されない。かなり深刻な状況でないと、二人の「天皇」が存在することになるから、今日の状況として現実的ではないだろう。実際、昭和天皇が重病であっても、摂政とはなっていない。1921年に病気の大正天皇に代わって皇太子の裕仁親王(昭和天皇)が摂政に就任している例が近代以降の例としてある。

個人の生活というのが国家によって決められる立場にあり、法律を作るのに関わるのは許されないとされる。自分たちの将来の姿をどうするかを決めることは許されないが、それを考えて欲しいと希望するくらいまでは許されるという判断だろう。天皇陛下の希望であったにしても、宮内庁は動き難いところがあるのだろう。国民の側からの発議というのは、それこそ不敬罪になりそうである。切っ掛けは少々問題はあるにしても、天皇陛下からの発信という手番しかなかったということだろう。簡単にまとまりそうもないし、その先も難題山積であろう。


欧州の王室の例を単純に比較して良いのか、分からないと言うのが本日の結論である。

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