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2016年7月15日 (金)

PL学園主将「伝統が終わり、責任感じる」最後の夏敗退

春夏の甲子園で7回優勝し、高校野球界で一時代を築いたPL学園が、7月15日にあった第98回全国高校野球選手権大阪大会(朝日新聞社、大阪府高野連主催)初戦の2回戦で、5年前の代表校・東大阪大柏原に6―7で敗れた。過去の部内暴力をきっかけに今夏限りで休部が決まっており、名門の「最後の夏」が終わった。
PL学園は3年生のみ12人(選手登録は11人)で臨んだ。一回に先取点を奪い、七回に逆転本塁打も飛び出したが、最後は力尽きた。梅田翔大主将は「一つでも多く勝ち、校歌を歌いたかった。伝統が終わり、責任を感じる」と語った。(朝日新聞:7月15日)


高校野球について考える。


PL学園というのは甲子園の常連校と言って良いかろう。過去形にするのが妥当なのだろうが、1970年代後半から四半世紀以上続いたのだから、過去形にする必要もあるまい。私立高校の経営方法として、スポーツで有名になり、次いで、有名大学への進学実績を高めるという手法がある。これは多くの学校で取り入れられている。スポーツは注目度が高い方が効果が期待できるから、野球やサッカー、駅伝が有力である。スポーツ特待生を募って、学力でも特待生を取って、その挙句に倒産した千葉国際のような例もある。付ける薬のない学校経営者がいるということだ。
PL学園とう学校法人は、宗教団体のPL教団が母体である。広い意味での布教活動の一環としての教育活動と解釈可能である。スポーツを推奨する宗教のようだから、野球を推奨するのは当然に思える。その高校の野球部が暴力事件を起こしたりして、活動休止となったり、合宿方式の活動を止めたりと過去の方式を改めねばならぬ状況に陥った。今回の野球部休部もその流れに沿ったものかと思ったが、そういうことでもないようだ。

PL学園の野球部の部員募集を停止することを学校が発表しているので、この学校には野球科かスポーツ科のようなコースがあるのかと思ったら、体育コースというのが存在していた。過去形にしているのは、現在のPL学園の募集に表記がないからだ。卒業生のブログによると、体育コースは、硬式野球部と剣道部とゴルフ部の男子のみが入るコースであったという。ということは、これらの部活動は、部活動こそが高校生である理由ということだ。なるほど、野球部が、高校生の時間外のスポーツ活動とする認識と異なる訳だ。不祥事による活動停止は高校側が決定して不思議はないが、募集の停止を学校側が決める理由はない。しかし、野球が高校生の本分であるというのなら仕方ない。今回の処理について、表面上は連綿と続く不祥事の処置という位置付けである。つまり、在校生の活動機会を停止しないことを考慮して今年の夏まで延長したという解釈が、世間向けとしては当たっているようだ。
OBを中心に、野球部の復活を期待する人がいる。野球部が活動休止になった理由が過去の事件であるのなら、別に外部が力を貸さなくても可能な話である。復活というのが、プロ野球選手の供給を目指す高校野球チームという組織であるのなら、これはかなり難しい課題になる。既に体育コースというのは無くなっているようだ。プロ野球選手供給高校を文部科学省が認めるのかに大いに疑問があるが、一度認めてしまえば指導はあっても既得権になるのが世の常である。コースを廃止し、野球部の活動をいったん休止してしまえば、既得権など欠片も残らないというものである。
PL学園の野球部が全盛期に何人いたのか記録が見つからなかった。PL学園の野球部に入るには、野球部の試験に合格して、というか、スカウトされて技能確認をされのようだ、全員寮に入るという決まりであった。施設の都合もあるのだろう、一学年の人数は16人前後というのが標準であったようだ。この16人のなかから、1人がプロ野球選手になり、5人が社会人や大学で野球で活躍するとするというのが平均的な数字であるようだ。5人はもしかしたら10人に近いかもしれない。プロ野球選手の現役生活は10年と言われ、社会人でも30歳前後で終える例がほとんどという。つまり、高校卒業しても、野球中心で生活が可能なのは10年強というところだ。PJ学園で野球漬けになって技能を磨いて、ごく少ない確率でプロ野球に進んでも活躍するのはまたその一部となる。プロスポーツとはそういうもので、それを是として成立している。高野連とか、朝日新聞や毎日新聞は、たった三年に偏った教育を受けることで、その生徒の将来が歪められる可能性について、正そうとは考えないのだろうか。高校野球が高等学校教育をカバーしないことを認める要因になっている。卒業資格を与えるなというのではない。高校での授業より、野球の練習がすべてに優先することを、部員が当然と思っていることに、黙ってうなずいてきれいごとで紙面を飾ることに不快感を覚えるのである。

大阪府大会で、布施北高校は、大阪学芸高校に0-10で5回コールド負けしている。布施北高校は大阪府立の高校で、偏差値で判断される入学難易度としてはもっともは入りやすいランクになる。一方の大阪学芸高校は、特別な進学コースはもっとも入り難い側に位置している。布施北高校の野球部員は30名に満たないだろう。この学校の野球部が廃部になっても話題にならないだろう。合同チームを作りなさいでお仕舞いである。PL学園は伝統があるからが理由のようだが、プロ野球予備校が一校なくなっただけの話である。
PL学園の状況を眺めると、学校法人の経営が継続できるのか不透明である。PL教団が期待したであろう布教への貢献は、野球部監督にOBでPL教の信者を求めたら、誰もいなかったことからして、全くと言って良いくらい貢献していない。つまり、球場のネーミングライツと同じ程度の貢献度しかないと言われても仕方ない。なんのことはない、倒産した千葉国際と同様の、古いビジネスモデルの失敗例に過ぎないのだろう。


情緒的過ぎる記事は、書いていて恥ずかしくならないのだろうか。

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