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2016年3月 4日 (金)

「首相、口が滑り過ぎたのでは」 古賀誠氏

古賀誠・元自民党幹事長
(在任中に憲法改正を成し遂げたい」との安倍晋三首相の発言は) 口が滑り過ぎたのではないか。参議院でまず3分の2をとっていく。在任中に可能でない場合は党の内規を変えて総裁の任期を延長すると。いろんなとらえ方があるが、少し急ぎすぎではないか。国民の合意を必要とする問題だ。国民の不安をかきたてる発言では困る。(憲法のどこを変えるという議論も) 尽くしていない。
よく衆参同日選挙と言われるが、いまの状況を考えると同日選は難しいと思う。難しいというより、やるべきではない。いまの政治家はレベルダウンが著しい。大変残念だ。政治家は常に規範と倫理、禁欲を課題としてもっておく必要がある。若い人たちは暇すぎるのかもしれない。もっと学問をしてほしい。[TBSの番組収録で] (朝日新聞:3月4日)


国会議員について考える。


古賀誠は元衆議院議員である。自民党幹事長や運輸大臣に過去に就いている。国会議員は尊敬する対象にはならないと考えているが、遺族会の会長をしていた人であるので先生と呼ばねばならないだろう。遺族会の会長なぞというのは、国会議員の指定席と決まっていると言っても、それはそれということである。古賀の父親がフィリピンレイテ島で戦死している。遺族会の会員であるのはこれが理由である。みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会の会長であるのも、同じ理由であろう。父親が戦死した政治家が、靖国神社を参拝するのは当然だと思う。世間の人気を気にして行動するのとは別である。政治信条ならどうだと問われれば、お好きにしたらと答えるよりない。他人の政治信条をとやかく言わないが、他人からとやかく言われるのは大嫌いという単純な話である。
安倍が憲法改正を目指すのは、おじいちゃん孝行の信条による確信を持った行動である。正しい、間違っているという議論には馴染まない。その信条は尊重して良いが、おじいちゃんの話は家庭でするものである。心情的なものを政治信条にされては周りが迷惑する。政治家の信条と、個人的な信仰や信念は不可分だという意見もあろう。それを明確にして行動するのが政治家としての理性的な行動というもので、古賀の言うところの、規範と倫理になるのだろう。まあ、禁欲であることは怪しい者が多くありそうだが、強欲であることを前面に出されては、こっちが少々照れてしまうものである。

古賀と安倍は政治信条に距離があると感じるが、必要なら手を組むというのが政治家というものだろう。それを清濁併せ呑むと称するのだろうが、まあ、節操がないという表現の方が適する気がしないでもない。原理主義的な行動とは違う世界というのは間違いない。節操がないというのが、レベルダウンにつがなっているのは否定できないだろう。なぜそうなるかといえば、小選挙区で政党公認なしには選挙が戦えず、結果として政党のトップの顔色を窺う習性が付くという流れが固定化されたということだ。誰だか分からない有権者に、ぜひ私に投票して下さいとお願いする恥知らずな行動がベースにあり、トップを拝むことが習慣化すれば、独裁国家の実現も夢ではないという話である。


古賀が初当選した頃は優秀だったというのは、老人の繰り言に過ぎなかろう。

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