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2016年2月24日 (水)

牛の殺処分を拒否した畜産家が、世界初の実験で明らかにした被曝の影響

緑色のトラクターが雪の残る平原をうなりを上げながら進んでいく。その音を聞くや、大柄で真っ黒の牛たちがリーダー格を筆頭にゆっくりと集まってきた。「べぇーべ」。トラクターの運転席から下りた山本幸男さん(73)が、牛を意味する東北地方の方言「べこ」に由来する言葉を口にしながら、わらをほぐす。「同じ家族だからね」。まるで自分の子供のように、寄ってきた牛たちの頭や背中をそっとなでた。東京電力福島第1原発から約10キロ北西にある福島県浪江町の末森地区。山本さんは東京ドーム4個分ほどの広さに、約50頭の牛を飼育している。他の牛と違うのは、大量の放射性物質で被曝したことだ。原発事故から2カ月後、政府は福島第1原発から半径20キロ圏に残された家畜の殺処分を決定したが、山本さんは拒否し、牛を牧場内に放った。“家族の一員”を自らの手であやめることはできなかったのだ。しかし、飼育の厳しさは年々増す。4月から11月ごろまでは牧草が餌になるが、12月から3月ごろまでは草が生えず、岩手県で取れた牧草を購入。その間の餌代は600万円ほど。出費だけがむなしくかさむ。それでも、山本さんは牛の面倒を見続ける。「飲まず食わずで死ぬのと、腹いっぱい食べて死ぬのとでは全然違う。最後まで面倒見てやりたいんだ。そして地域のため、福島の畜産の未来のために、この牛が貴重な資料になるんだよ」(産経ニュース:2月21日)


放射性物質による土壌汚染について考える。


記事のソースは産経ニュースであるが、産経新聞を確認しても記事が見つからなかった。探した方が悪いのかもしれないが、読み慣れない新聞を読むのは結構負担が大きい。記事の内容について確認する。

浪江、大熊の両町の3カ所では、殺処分を拒否した被曝牛計約160頭の調査が続けられている。福島第一原発の事故当時に、原発から20キロ圏では、農家約300戸が計約3,500頭を飼育していた。国は県を通じて、伝染病の危険や野生の放れ牛になることを恐れ、殺処分命令を下した。しかし、一部の牧場が殺処分に反発した。最終的に、国は出荷しないことを前提に飼育を認めることとした。
いかなる事故であっても同様であるが、発生後の処理というのは、金銭に置き換えて弁済するという方法による。命は置き換えが不能であるといっても、回復不能である事柄を処理する方法は他にない。この方法に従うというのが現在の被害回復に関するこの国の考え方になっている。もちろん、思い出があるという部分についても金銭として算出して弁済するという方法を取る。これを受け入れ難いと感じるケースは多くあるだろうが、この他に全体に適用可能な方法が存在しないということである。
記事のケースについて、肉牛か乳牛かは不明であるが、酪農家が飼育していた牛は経済獣であるから、比較的金銭に置き換えることが用意であり、経済活動としての処理は受け入れやすいものだと国は考えたのだろう。ペットの犬や猫のケースより明確である。それに酪農家が反対した理由は、金を払えば良いという姿勢が見えたからだろう。仕事に対する敬意を感じなければ、取るべき選択肢は二つである。甘んじて受け入れるか、商品・サービスの提供を拒否するかである。後者を選んではならないというのは商業活動にはない。被害弁済においても、請求すると請求しないの選択があるから、請求しなければ個人の財産に他人が口出しできる筈もない。国の勘違いした対応が裏目に出ている。

岩手大農学部准教授の岡田啓司の他、獣医師や北里大、東北大などの研究者と団体を結成し、被曝した牛の採血、採尿、遺伝子変化の解析などを通して放射線の影響調査を継続している。大型動物の被曝を長期的に調べるのは世界初だという。それはそうだ。大きく、飼育に負担の大きな動物で実験を企画することはない。小型の哺乳類で放射線被曝の実験すれば済むという考えもネットの書き込みであったが、これは短時間の被曝に関する実験、言葉を変えれば急性放射線被曝の人体への影響を推定するものに過ぎない。この結果について一定の結論があって、環境相の問題発言として世間を騒がせた年間1mSvの科学的根拠という例の問題と同じである。年間1mSvと100mSvの科学的に確定している情報は、前者が健康影響が認められない線量、後者が健康への影響がある線量という理解で良かろう。100mSvが影響があるが、99mSvがないとは誰も言えない。逆に、1mSvが安全だからといって10mSvが危険とも言い切れない。この間の線量に関する科学的な見解は、分からないでしかない。
話を戻す。低レベルの放射線被曝の健康への影響がどうなるかについての調査は無いと言って良い。健康被害が心配される地域に人を放置しておくというのは、現代的な価値観では許されないから、安全と判断される場所に移動させる。よって、医療機関の統計的な調査には引っ掛からない。また、そこでの動物実験も人がいなければならない事情を加味すると困難である。低レベル放射線の慢性被曝の健康への影響は、LNT仮説と関係してくる。LNT仮説とは、Linear Non-Threshold の頭文字で、閾値無し直線仮説の意味である。放射線被曝の健康被害について、被曝線量に単純に比例するという考えである。広島、長崎の原爆投下後の調査において、100mSv程度よりも低い線量では発癌リスクの有意な上昇は認められておらず、これよりも低い線量域では、発癌リスクを疫学的に示すことが出来ないという結果もある。よって、LNT仮説によってすべてを考えるには無理がある。LNT仮説を用いるのは、放射性物質を扱う機関の規制について、安全側に立った運営基準を策定することに用いるのが妥当なところだろう。これを基本にして、健康への懸念を殊更に煽るような報道は許されないし、だからといって、規制する側の人間が無暗に安全だと楽観的な発言をするのも問題である。

記事で、累積の被曝線量が、2000mSvと推定される牛もいるとある。人の年間目安量1mSvと比べるのが続くが、牛の体重は600kg前後というところで、人間の10倍と思って良い。5年間の累積であることを考慮すれば、平均年間被曝線量は人間に直すと40mSvとなる。10mSvと100mSvの間という意味では最適な水準である。逆に言えば、必ず健康に影響するレベルにないのだから、牛が健康であっても不思議でないという結果でもある。記事は情緒的な表現が多くて、この実験の価値に迫っていない。
ネットの書き込みを見ながら感じたことを書き加える。餌代が600万円ということだが、50頭ということなので、平均12万円となる。乳牛の場合の年間の餌代は1頭あたり30万円というところである。4カ月で10万円強というのは、場所が特殊な事情を考慮すれば妥当な水準である。
過去の報道で、牛に白い斑点が現れていることを原発事故と因果関係を疑うものがある。可能性はあるが、そうでないかもしれない。酪農家が過去に経験がないと主張するのは正しいだろう。しかし、肉牛なら3年程度で出荷される。3年以上飼育されるのは、種牛に限られる。人工授精によるから雄牛1頭について200頭の小牛を生産する。つまり、種牛の雄というのはごく限られている。(肉食用に用いられる雄牛は去勢される) 繁殖用の農家は専門に行っていることが多いから、肥育酪農家に経験がないとは言わないが、長い年数の牛を扱ったことは少ないだろう。また、肉牛の飼育が特に出荷前において特殊な方法になっていることは知られている。出荷前の肉牛を最良に肉質にする為の作業の結果とされるが、健康状態に問題がある場合がある。単純な言葉に直せば、太り過ぎによる影響というものである。白い斑点について因果関係は分からないということだが、過去に経験がないというのも説得力が十分にあるとまでは言えない。
事故から5年が経過し、当時2年程度の牛が7年になっている。肉牛で3年、乳牛でも6年程度で役目を終える。牛の寿命は20年程度はあるとされる。経済原理に従った行動をするのが経営であるから、当然の結果ではあるが、研究者が牛の健康状況を比較する適切な対象がないことも事実である。つまり、放射性物質による汚染地域でない場所で、福島に似た気候であるところで、同じ種の飼育をしなければ比較が出来ないということである。

牛を生かすことに批判があるというが、どういう趣旨のものかは明らかになっていない。記事が全体に情緒的に流れていて、科学的な本質に迫ろうとしていないと感じるのは、記者が科学に疎いが故なのだろう。一方で情緒的な部分も完成度が低いといったら、可哀想過ぎるのだろうか。
科学的な真実を追求しようとするのは正しい姿勢である。その結果が政府にとって不都合であったにしても、それはそこから先のことだし、政府が福島県であっても酪農家であっても同様である。加えて、真実に迫ろうと思うのなら、少々手緩い。利益を生む仕事ではないので、企業や団体からの支援は期待できないだろうが、結果について定期報告をするなり、広報活動の充実をしないことには価値のある仕事も頓挫しかねない。頑張って貰いたいものである。


放射線より無知の方が危険だ。

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