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2016年1月28日 (木)

甘利経財相が辞任を表明 金銭授受問題で引責

甘利明経済財政・再生相は1月28日午後の記者会見で、金銭授受問題の責任をとり辞任を表明した。「日本経済はデフレ脱却に向けた瀬戸際にある。重要法案の成立に向けた阻害要因は取り除いていかないといけない。もとより私もその例外ではない。本日ここに閣僚の職を辞することを決断した」と語った。
「自分自身なんら恥じることはしていなくても、国民の政治不信を秘書のせいと責任転嫁することはできない」とも指摘。「私の政治家としての美学、生きざまに反する」と述べた。(日本経済新聞:1月28日)


辞めてしまった大臣について考える。


秘書のせいにするというのは、古典的な政治家の手法である。より古典的な手法に従えば、秘書の命は残り少ないことになる。政治と金の問題で、いろいろな対策をしようと法律を作ってきたものの、業者から金が入ったら秘書に渡して適切に処理するように指示した、と言えば政治家は正しい仕事を完了したというので済むなら、随分と出来の良いザル法である。立法府には、自身を縛る法律は決して作らないというのなら、立法府の行動を制限する規則は、立法府の外に求めるよりない。行政は立法と同じだし、司法は卑しい輩には関わらないことを人生訓にしているようだから、求めるところがない。いっそのこと、国民投票で決めれば良いという種類の話である。

政治家の役割に比べれば金銭授受問題は小さなもので、デフレ脱却の重要性は政治資金に関わる問題に比べれば大きいという論理が通るのかもしれない。つまり、特別に選ばれた、実際には世襲しているので、特定の門地の者達だけがこの国を支配すれば、安定して安心した社会が実現できるという考え方である。門地をかざす者が、政治家の美学などという言葉を口にしてはならない。選ばれるべし者と自身を認識するのなら、その行動の指針は門地に依るものであって当然だ。

百万円の単位の銭で、いやしくも大臣の席にあるものが動く筈もない。二桁は違う金でないと、金とは呼ばない。小さな銭のことでがたがた言うな貧乏人ども。とでも言ったらよかったのにと思う。政治資金に関わる金の流れなど、規制があるようでない世界だし、贈収賄が成立するような資金提供はしないのが相互の理解であるだろう。そこで問題が生じたのは、資金提供側に悪意があったか、別の思惑があったかということだろう。つまり、政治家村の常識の枠の中の住人ではなかったということだ。一般のほとんどは国民も、この政治家村の住人ではなく、大きな金銭の授受があることに違和感を覚えるのだが、住民には良くあることに過ぎないのだろう。
国会議員が自分を規制する法律をつくれないことが明らかになっているのだから、金銭のやり取りは規制する法律などないに等しい。それなら、国会議員の一定の割合の議席については、入札制を導入することにしたらよい。入札議員は無報酬で、議員になるのに金が掛るのだから、報酬を受けて、議員であり続ける為に資金集めをする卑しい議員を規制する法律を提出することが可能だろう。美学に酔っているお坊ちゃんには、辛口の番頭が必要なものだが、そんな人材は調達不能な世の中になっているようだ。


怪しい秘書さんは死なないで貰いたいものだ。

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