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2015年12月15日 (火)

セーラー万年筆 社長解職劇、法廷闘争へ

セーラー万年筆で社長解職を巡る騒動が起きている。12月12日付で中島義雄(73)社長を解職し、代表権のない取締役とする人事を発表したが、中島氏は決議は無効と主張。14日にセーラーが手続きは「有効である」とのコメントを発表すると、中島氏は東京地方裁判所に決議無効の仮処分を申し立てたことを明らかにした。元大蔵官僚で船井電機の副社長などを務めた中島氏の社長就任から6年、創業100年を超える老舗が揺れている。(日本経済新聞:12月15日)


セーラー万年筆について考える。


解任された中島は、大蔵省で主計局次長を務めたが、過剰接待を受けたことが問題となり辞任し、その後、京セラの幹部や船井電機の副社長を務めた。2009年に碓井初秋セーラー社長に請われ、業績不振のセーラーに入社し、碓井社長の死去の2009年12月に社長に就任している。12月期決算推移と、最新の第3四半期までの決算を下に示す。

■ セーラー万年筆12月期決算推移 (単位:百万円)
   決算期      売上高    経常利益  当期純利益
  2014年12月     6,172     -238     -209
  2013年12月     5,525     -311     -359
  2012年12月     6,452      -26      -126
  2011年12月     6,604     -697     -749
  2010年12月     6,613     -385    -1,067
  2009年12月     6,606     -456     -553
  2008年12月     8,366     -366     -444
  2007年12月     9,095      -70      -112
  2006年12月     10,006      186      202
  2005年12月     8,626     -414    -1,960
  --------------------------------------------
  2015年1-9月     4,492       1       18
  2014年1-9月     4,575     -154      -80

中島が大蔵省時代の有名な出来事が、ノーパンしゃぶしゃぶ接待である。大蔵省を退職したのが1995年で、セーラー万年筆の役員になったのが2009年である。京セラでは、1998年に倒産した三田工業を子会社化したのが2000年で、その京セラミタで専務取締役になっている。船井電機には2005年からである。セーラー万年筆に入ったのが2009年であるから、2010年12月決算以降関係していることになる。役員になった2009年12月期の有価証券報告書を確認すると、常務取締役としかなく特定の事業領域を担当している表記はなかった。
決算で純利益を出しているのは2006年までさかのぼらなければならない。この年の売上高は100億円を超えているが、昨年が61億円強で、今年の決算でも第3四半期までの売上高が前年度より低いことからすると大きな変化はないだろう。利益の方は少し出る可能性もある。中島が役員として招かれたのは、業績の改善ということだが、現実的な課題としては銀行からの融資に関することを期待したのではなかろうか。ということで、キャッシュフローの推移をまとめたのが下である。

■ セーラー万年筆12月期決算キャッシュフロー推移 (単位:百万円)
   年     営業    投資     財務  現金及び現金同等物期末残高
  2014    -265     71     1,122     1,662
  2013     -96      6      349      714
  2012      51     -28       55      415
  2011    -346     -4       86      320
  2010    -185     363     -294      597
  2009     66      382     -395      733
  2008     58      21     -731      679
  2007     175     -5     -688     1,336

中島が社長になってから営業キャッシュフローがマイナスでないのは2012年のみである。投資キャッシュフローもプラス、つまり投資はしないで資産の売却を行う方向に向かっている。会社を整理する方向に向かう活動内容に見える。一方で、財務キャッシュフローが大きくなっているから、金融筋から借入金が増えているのではないかと想像させるものになっている。実際には、2012年11月の第三者割当増資、2013年12月に決めた株主割当増資などで相次ぎ資金調達を実施している。中島が社長になってから借り入れが容易になったのなら、社長になった効果はあったという考えも成立する。投資しないで借り入れを増やして、商品を売ることでお金が留まらないというのでは、会社の体を成していない。

中島の解職理由として、「社業に専念せず業績も上向かなかった」ということと、「得意先を回ってほしい」という要請に応えなかったことになっている。前者は講演活動ということであるが、常識的には講演活動を頻繁に行うとも思えないが、得意先を回ることもしないだろうと思える。講演活動も会社のイメージアップにつながるという主張をするだろうが、文房具会社の社長は地方を細かく回るものだというのが、この業界で育った者の感覚であるのだろう。
中島は新規事業を行う必要があり、矢継ぎ早に始めた音声ペンを使った観光支援や水処理装置などの新ビジネスの正当性を主張している。大蔵省時代の知人や、IT企業社長などとの人脈による成果だとしている。社長になって長い人が最近の話をするというのは、もの悲しいことではある。

新社長は、中島の経営手腕に問題があり、企業経営が上手くいっていないと主張するのが筋が良さそうだが、それだと経営陣すべてに責任が及ぶという不都合があるのだろうか。万年筆などの文房具製品より、ロボット関連の事業分野の比重が大きくなっている会社ではある。ロボット関連での業務の拡大というのは、市場を海外に求めていくことになり、この企業の体力からすると難しいのだろう。投資しないとなると、仕入品の販売という商社に徹することも選択肢になるが、これは中島以外の経営陣は好まないようだ。製造部門の切り捨てを行わないかという警戒心があっても不思議ではない。
社長についての法廷闘争と記事にはあるが、近く終息することだろう。貧乏会社で争っても何も出てこない。会社にはそんな余裕はないし、裁判所が貧乏会社に社長を復帰せよと判決を出すこともないだろう。裁判所は金持ちが利用する施設である。貧乏会社と経営能力のない元役人が争いには役に立たない。故人の社長の責任にも出来ないが、成果が上がらない社長を放置してはダメだ。


AKB48の誰それの卒業記念版と称してガラスCDを出せば、それなりの売上にはなる。

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