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2015年12月17日 (木)

小笠原空港「五輪までになんとかしろ」 二階氏が一喝

「環境省にも責任がある。省から庁へ戻ってもらわねばならない」。自民党国会議員でつくる「小笠原を応援する会」の12月17日の会合で、二階俊博総務会長が、環境保護を訴えて小笠原空港の建設に否定的な環境省幹部を一喝する一幕があった。
空港計画は、米国からの返還20周年の1988年に東京都が打ち出した。だが、都は、世界自然遺産に登録された小笠原の環境保護と1千億円超の事業費を理由に後ろ向きとなり、進んでいない。二階氏は会合で、急病人の搬送に空港が必要だと主張。都の姿勢についても「五輪を開催できる東京都が、どうして空港一つ造れないのか。五輪までになんとかしてくれ」と苦言を呈した。(朝日新聞:12月17日)


小笠原諸島について考える。


小笠原諸島には30余りの島があるが、一般住民が居住しているのは父島と母島のみである。父島が2,000人、母島が500人くらいとされる。父島が中心で、母島は父島の南に50キロメートルの位置にあり、船で約2時間で連絡している。東京港から船が着くのは、父島の二見港である。
父島は、羽田空港から970km、八丈島から700km離れている。空港を設置する必要があるのは、船で東京から25時間30分を要するという事情による。距離を考慮すると、滑走路は2,000m欲しいが、最低でも1,500mというところだろう。父島に戦争中にあったという洲崎飛行場の滑走路は500m程度だろう。資料によっては1,000mを超える数字のものもあるようだが、戦時中の飛行場は500m程度のものが多くある。戦時中の急こしらえで、土地に恵まれない環境で長い滑走路を用意する筈もない。戦時中の陸軍の管理下にあった東京の飛行場は、横田飛行場1,300m、立川飛行場900m (戦後、実効延長は1,500~1,800)、調布飛行場1,000m (現在は800m)がある。戦時中の最終局面で飛行開始した4発中翼単葉陸上攻撃機の連山 (十八試陸上攻撃機) の航続距離は3,700kmを超える仕様となっている。航続距離を長くすると本体が大きくなり、必然的に滑走路が長くなる。米軍でこれに相当するのがB-17になるが、戦後に横田飛行場での離発着の為に滑走路が2,400mに延長されている。戦時中に4発の飛行機開発を進めても、滑走路が整っていないのでは性能は発揮されない。
小笠原の話に戻る。実のところ、父島の洲崎飛行場跡地は地図で確認できる。父島の南部の半島の付け根のような場所にある。ここは、どう長く見積もっても600m、実際は500mというところだろう。ここをこの先検討するようでは仕方ない。本土からの距離1000kmをカバーするのはもちろんであるが、燃料供給をどのように実現するかも問題になる。島嶼部の空港の燃料は輸送が余分に掛っているから高いと決まっている。それを考慮すると滑走路は1,500mが最低ラインで、計画としては2,000mで進めるものだろう。
過去の検討としては、父島の時雨山を中心に作るというものがあったが、島南部の山を大幅に切り崩す計画になり、固有種の多い島であれば環境保護の観点から認められないという結論になった。父島の北側800mに位置する兄島に滑走路を作り、父島とロープウェイで結ぶというのも見付けた。マンガである。父島の環境保護の為に兄島は滑走路の島にするというものである。父島より人が入る機会の少なかった島は、自然の保存状態が良い。何の為だか分からなくなる。飛行場としては硫黄島のものを用いるという考えもあった。硫黄島は父島から南に300kmで、米軍と自衛隊の共同使用している。硫黄島は港が整備されておらず、船での往き来に不適である。300kmというのは、東京と八丈島の距離である。船で移動するには長いし、そもそも港が整備されていないし、整備の難しい環境である。定期便に相応しい場所でもない。人についてのヘリコプター利用は、緊急時以外には使われないだろう。これについては、現在でも急病患者に利用例があるようだが、このような位置付けが妥当なところと言える。

それではと諦めてしまっても話が続かないので、他の島で考えてみることにする。なんといっても島には事欠かない地域である。嫁島というのが父島の北50kmにある。現在は無人島であるが戦前は人が住んでいた。現在でも、季節的漁業者の停泊地になっている。面積は0.81平方キロメートルである。嫁島ツアーと称したドルフィンウォッチングが企画されている。島全体を使っても、滑走路は1000メートルというのが限界である。急斜面が多く造成は難しい地形である。
媒島 (なこうどじま) は父島から北に60kmである。ここも戦時中に無人島になっている。面積は1.37平方キロメートルである。滑走路は1000メートルというところである。聟島 (むこじま)、ケータ島とも呼ばれる。父島から北に65kmで、媒島の北西に5kmである。面積は2.57平方キロメートルである。戦後も住人がいたようだが、その人物の死亡により無人化している。この島は、無人島観光で一社が利用しており、一年に数百人が上陸しているという。最高点は大山で88mである。大山のある南側を中心に海抜50m以上で滑走路は1000メートル、1500メートルまでなら工夫出来そうである。海抜20mのくびれた部分もつなげて考えれば2000メートルも成立する。観光に来る人は南浜という中央部南側から上陸するが、小型ボートに乗り換えて島に向かう。外来種持ち込み防止の為に、履物を履き替えて上陸するというのは、小笠原諸島に共通する注意事項であるが、この島はアホウドリの人為的な繁殖を行っている島である。

まとめると、父島、兄島が候補として検討された。母島が検討されないのは、母島の山が険しい為だろう。他の島はというと、検討するなら面積の大きい聟島になるだろう。ここにしても自然破壊の問題は避けられない。不便なところで自然破壊して作るくらいなら、便利の良いところで自然破壊するというのが経済活動というものである。政治家が一喝した背景に、ホエールウォッチングやドルフィンウォッチングなどという気取った観光活動を、鯨漁で栄えた場所で、イルカ追い込み漁も残っていることと両立し得ないという考えもあるが、それなら小笠原の発展もない。あるいは、小笠原を観光以外で経済発展させようと考えているのだろうか。それなら、和歌山から始めたらどうかと感じるのである。


聟島と八丈島の間が船が揺れるそうだ。しかし、父島からの聟島ツアーも揺れている。

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