« 富士フイルムが大容量磁気テープ 従来品の2.5倍 | トップページ | ディー・エヌ・エー、横浜スタジアム買収を発表 98億円 »

2015年11月19日 (木)

障害児の出産めぐる発言を撤回 茨城県の教育委員

茨城県教育委員の長谷川智恵子氏(71)が11月18日に開かれた県総合教育会議の席上、障害児らが通う特別支援学校を視察した経験を話すなかで、「妊娠初期にもっと(障害の有無が)わかるようにできないのか」「茨城県では減らしていける方向になったらいい」などと発言したことについて、長谷川氏は19日、撤回するとのコメントを発表した。コメント(全文)は以下の通り。

この度の私の総合教育会議での発言により、障害のある方やご家族を含め、数多くの方々に多大なる苦痛を与えましたことに、心からお詫びを申し上げますとともに発言を撤回させていただきます。
言葉足らずの部分がありましたが、決して障害のある方を差別する気持ちで述べたものではありません。反対に、生徒さん達の作品を拝見し、多様な才能をお持ちでいることも理解しており、美術の世界で、もっとお手伝いができるのではないかと思いました。また、生まれてきた子どもたちの命は全て大切なものであると考えております。
今後は、教育委員として今まで以上に研鑽を積み、よりよい茨城の教育の推進のために微力ながら力を尽くしてまいりたいと考えております。

 (朝日新聞:11月19日)


教育委員について考える。


教育委員は、地方公共団体の長が、議会の同意を得て任命する。委員の任命資格は、「当該地方公共団体の長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育、学術及び文化…に関し識見を有するもの」となっている。今回の長谷川は、茨城県の教育委員であるから、茨城県知事が茨城県議会の同意を得て任命したということである。県知事の被選挙権なので、30歳以上であればよく、茨城県に居住している必要はないということである。欠格時効による制限はあるが、これに該当する人では候補になるまい。他に兼職禁止規定がある。
順番に確認していく。長谷川智恵子は日動画廊の副社長である。日動画廊は洋画商として最も歴史があるとされている。日動画廊の歴史は、1928年に創業した。その後、1931年に日本動産火災保険社長の粟津清亮の好意により、京橋区銀座の同保険会社ビルに東京画廊を開いている。つまり、日動とあっても現在の東京海上日動火災保険との関係とはこの程度ということである。勘違いして、東京海上日動火災に長谷川智恵子は怪しからんと文句を言われても困るということだ。現在の日動画廊の社長は、長谷川徳七(1939- )である。徳七は創業者の長谷川仁(1897-1976)の息子で、智恵子は徳七の妻である。
任命責任が問われる茨城県知事である。現在の知事は、橋本昌で東大卒業後、自治省の官僚になり、1993年に前知事が汚職事件により辞職した後の知事選挙に立候補して当選した。その後、2013年9月の知事選で6選と長い在職期間を誇っている。県関係者からは、地味だが堅実な県政運営を行っていると評されているが、その一方で、医療・福祉政策が弱いと批判されることもあるという。自治省のキャリア官僚が、地方の県知事になるという流れは、自治省があった時代の標準的な手法である。官選知事制度(地方長官任命制度)の復活として語られることもあるし、自治省のキャリア官僚を、副知事や副市長、総務課長や財政課長として派遣するのは、地方を中央が支配する考え方に立っている。地方の時代には馴染み難い考え方ではある。本音は今でも中央支配のままではないかと思えるのだが。
長谷川が選ばれた理由は、1965年に長谷川仁が私財を投じて茨城県笠間市に財団法人日動美術財団・笠間日動美術館を設立している。この辺りが茨城県との関連ではないかと想像される。

槁本は、「事実を知って産むかどうかを判断する機会を得られるのは悪いことではない」とし、発言について「問題はない」と話している。槁本自身の政治生命と、長谷川の本業への影響を最小限の被害に留めるには、槁本は長谷川が辞任を申し出たので了承したというのが最良であった筈だ。なぜそうしなかったかと言えば、長期に渡って県政を牛耳っていれば危機意識が薄れるし、周囲にはおべっかを使う者は数知れずいれども、苦い言葉を発する者など一人もいないというものである。手堅く仕事をしていても、動かない水は腐っていくものである。最も腐敗が進んでいるのは知事なのかもしれないが。

問題の発言は、茨城県の教育施策を話し合う県総合教育会議の席上で、県教育委員が障害児らが通う特別支援学校を視察した経験を話す中で出ている。報道から発言を引用する。

「妊娠初期に分かるようにできないか。四カ月以降ではおろせないから」
「妊娠初期にもっと(障害の有無が)わかるようにできないのか。(教職員も)すごい人数が従事しており、大変な予算だろうと思う」
「意識改革しないと。技術で(障害の有無が)わかれば一番いい。生まれてきてからじゃ本当に大変」
「茨城県では減らしていける方向になったらいい」


その後の、東京新聞の取材に対して長谷川は「言葉足らずだった。特別支援学校では素晴らしい絵に感心して、コンクールへの出展を勧めたし、障害を認めないという意味ではない。障害のある子どもを育てることを背負いきれるか、妊娠中に考える時間と選択する余地があった方がいい」と話している。
難解な表現である。言葉が不足している部分が分からない。優生思想を有しているが、差別的な考えを有していないということか。この後半部分は確かに言葉が不足しているが、前半部分を是としたら、後半部分は冗句にしかならない。他に何が不足しているのだろうか。まだ、不足していることがあるような気がするが、それは結局のところ、既に表現されている優生思想と捉えられる内容に過ぎないのではないだろうか。

親が子供が生まれるときに、元気な子であって欲しいと願う。病気であったり、大きな障害があったりしないで欲しいと思わない親はいないだろう。少なくとも、すぐに死んでしまう子供が生まれたら良いと願う親はいない。
長谷川の発言は、その程度の素朴な感情によるものだと擁護することも可能かもしれない。しかし、教育委員である長谷川は、県総合教育会議の席上において、障害児らが通う特別支援学校を視察した経験を話しているのである。街で買い物帰りに、久しぶりに会った友人に、もうすぐ孫が生まれると話して、元気な子であった欲しいと言ったのとは訳が違う。然るべき立場の人が、然るべき場所で発言したのである。結論は決まっているだろう。然るべき立場を離れることである。弁明をした知事もまた同じである。
愚かである。優生思想の持主だと開き直って留まることも出来よう。弱者を切り捨てる世の中を生産性の高い良い社会だと信じたとしよう。その結果は、長谷川や槁本は生産性が引くと切り捨てられる覚悟を持った方が良い。科学で説明できるものなど高が知れている。人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね、というのは、きっともう少し先の未来でも、その先の未来でも変わらず真理でありそうである。まあ、本間丈太郎を出すのもどうかとは思うが。


自爆テロにしか見えない。

« 富士フイルムが大容量磁気テープ 従来品の2.5倍 | トップページ | ディー・エヌ・エー、横浜スタジアム買収を発表 98億円 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 富士フイルムが大容量磁気テープ 従来品の2.5倍 | トップページ | ディー・エヌ・エー、横浜スタジアム買収を発表 98億円 »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ