« スティックタイプの消臭芳香剤 エステー | トップページ | 年金情報流出、厚労相が給与自主返納 村木次官ら戒告 »

2015年9月17日 (木)

参院特別委、安保法案を可決

参院平和安全法制特別委員会は9月17日午後4時半ごろ、安全保障関連法案を採決し、自民、公明両党などの賛成多数で可決した。採決は野党議員が反対する中、鴻池祥肇委員長が質疑を打ち切り、採決に踏み切った。(日本経済新聞:9月17日)


国会について考える。


参院平和安全法制特別委員会の混乱の原因は、委員長の鴻池による。鴻池が美学というか、価値観というよりむしろ少し前の自身の発言に酔っていたと理解すべきだろう。その前の発言というのは、補佐官である礒崎陽輔の参考人招致でである。礒崎が7月26日の講演で、安全保障関連法案の審議を「9月中旬までに何とか終わらせたい」と発言したことに対して、「同じ参議院議員としてうかがいたいのだが、参議院の存在というのは、先人が苦労して二院制に持ってきて、先の大戦から、貴族院が止められなかった、あの軍部の戦争に至った道というのを十分反省をしながら、参議院の存在を一生懸命作り上げた」と、鴻池は礒崎に問い掛け、「衆議院の拙速を戒めるのが参議院である。衆議院の足らずを補完していく、補っていくのが参議院である。できるだけ合意形成に近づけていくのが、参議院の役割の一つだと思うんです。多くの方々もそう思っていると思います」と主張した。「参議院の審議をしているさなかに、『9月中旬に法律案を上げたい』という発言については、いかがかと思うんです。我々参議院は、衆議院の下部組織ではない。官邸の下請けやっているのではない」と問い詰めた。
鴻池は2005年の郵政民営化法案に際して、「参院は衆院に影響されてはならないと考えます。また、今後は党議拘束の垣根も低くして参議院議員として良識ある行動を為さなければならないと考えます」とも発言している。参議院の、もっと踏み込めば二院制を重視する考えに立っている人が委員長になったということである。そして、平和安全法制特別委員会で思わぬ注目を集め、力を得た気分になっていた。
そもそも議題が審議するというより、イデオロギー的な対立に終始していた。それでも委員長は、巨大与党が法案を通すことになるのだから、違憲であるかは置いて、実務的な問題点を審議するように求める必要はあった。それが鴻池の参議院の価値というものだろう。民主党なら部分的には協力する可能性もあったろうが、そのような進行をするには最初に着手しなければならないところを、舞い上がってしまったのだから、着地点は見出せないままになり、衆議院のコピーに留まる結果に落ち着いた。これは偏に、鴻池に実質的な審議を行うようにリードする能力も、野党の協力を取り付ける能力もなかったし、そもそも、出身政党の自民党の協力すら得られないことによっていた。民主党が委員長を閉じ込める策に出たから、自民は理事会を委員会室で開催したというような、お互いにみっともない手法を用いた。恥を覚えないといけない。恥というのは、国会議員に最も遠い感性になる。きっと、この騒ぎでぶったの蹴ったのと出てくることだろう。その程度の話なのだから、その程度で済ませれば良い。これを恥の上塗りと堅気の人は言う。
鴻池の勘違い、つまり、野党は協力しないと、自民党は信じていない状況を認識するに至り、自民執行部の操り人形に徹するよりなくなったということである。その言い訳が、「ああいう形での採決になったことは、不本意ではあったが、審議はほぼ尽くされたと感じていたし、いつまでも話をしているわけにもいかない。参議院としての態度、結論を出さなければならなかった。ただ、10党のうち5党が賛成に回り、強行採決だとは思わない」である。これなら、たかがこの程度でしかないのなら、見栄など張らなければ良かった。

鴻池が小物であることは、従前より分かった話である。参議院に通ることも変わらないだろう。反対派の人達が国会議事堂を囲んで反対する意味はどこにあるのだろうか。一つは、次の選挙では与党の候補を選ばないというメッセージを発信することである。これは続けないと意味がない。そして、もう一つ実質的な効果は、アメリカに対して無理な手続きで作業を進めたという事実を明示することである。参議院が衆議院や官邸の下請けなら、日本はアメリカの下請けである。下請け国家のくせに、普通の国家になりたいと、下請けの依頼書を見ながら主張するのが滑稽である。下請けから抜け出すのなら、憲法改正も視野に入れた息の長い活動が必要である。そのくらい性根を据えてかかる仕事である。
法案の賛成派に、国際的に認められている権利だから、という論理を持ち出す人がいる。国際的に求められない権利を国内法で認めるのは無理だが、逆は必ずしも真ではない。国際法より国内法の方が厳しく規定されていても、矛盾がしょうじなければそれで済む。しかし、国内法で矛盾が生じるのは許されない。ということは、憲法改正の手続きを踏むか、現行憲法の範囲で認められるぎりぎりの判断を示すかになる。最高裁は違憲判断を出さない (出せない) とする楽観論があるようだが、もし万が一にも、違憲判決が下された場合の国政への影響の大きさを考えねばならない。違憲判決が出たのなら、関わった与党の国会議員は二度と国会議事堂に入ってはならないくらいの問題だ。立法府が作った直後に、違憲判決なら当然の責任の取り方である。野党の国会議員は、その程度の誇りがあるのかを問うてみれば良かった。

国会で直ちに修正が必要と感じることがある。国会での投票に党議拘束を掛けることを止めさせたい。基本的には禁止したい。そして、記名投票にして必要に応じて公開するようにしたい。これは国会議員ひとちひとりが国民の代表であるのだから当然である。自民党が国民を代表している訳では無い。中国では権力は暴走するから、共産党が指導するという考え方のようだが、日本で自民党が指導すると主張したら、笑えない冗談にしか受け止められないだろう。あるいは、今回本気でそう考えたか。
上の論理の延長線上で、比例区のような政党に投票する選挙制度は間違っていると考える。国民の代表は個人で選ばれるべきで、政党が選ばれるべきではない。私が選んだ議員がろくでもないことには、甘んじて投票した不明についての批判を受け入れるつもりだが、選んだ政党の暴走に連帯する気にはならない。せめて衆議院は政党に投票する方式を止めてくれないか。1.5倍未満の1票の格差の実現の為なら、中選挙区でも良い。政党の名前を書くのを勘弁願いたいのだ。参議院は地域代表にしても良い。1票の格差を厳密に解釈しない方法でも良い。百歩譲って政党名を各選挙でも良い。しかし、参議院議員は大臣になれないことにして欲しい。行政府にすり寄らずに、立法府の矜持を示して欲しい。同じふたつがあるから、片方に価値が失われるのである。違う二つなら価値は見出し易い筈だ。
無能、あるいは人望の乏しい鴻池の発言に、少しの価値は見出せる。これは発展させる価値がある。


鴻池の価値を輝かせないのは、揺れ動いたこと、他人の評価を気にしたことだろう。

« スティックタイプの消臭芳香剤 エステー | トップページ | 年金情報流出、厚労相が給与自主返納 村木次官ら戒告 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« スティックタイプの消臭芳香剤 エステー | トップページ | 年金情報流出、厚労相が給与自主返納 村木次官ら戒告 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ