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2015年9月14日 (月)

鬼怒川の決壊は「越水破堤」か 栃木の死者3人に

関東・東北水害で、土木学会の専門家や国土交通省関東地方整備局の調査委員会が9月13日、大規模な被害が出た茨城県常総市を訪れ、鬼怒川の堤防が決壊した現場を調査した。同学会の山田正中央大教授は取材に、増水した川の水が堤防を越えてあふれ、外側の土手を削り取って決壊に至る「越水破堤」の可能性が高いとの見方を示した。
また、茨城県警によると、常総市では13日、水害発生後で初めて、布施政昭さん(51)ら男性2人の死亡が確認された。浸水したとみられる水田などで見つかった。栃木県栃木市でも、冠水した田畑に水没した乗用車から同市に住む小倉治さん(68)の遺体を発見。一連の水害による死者は宮城県2人、茨城県2人、栃木県3人の計7人となった。山田教授によると、周辺の木に付着した泥が堤防の高さを超えていたため、越水した後に決壊したと判断。「あふれた水が非常に速いスピードで堤防を下って浸食したのだろう」と話している。この地点から決壊した理由については、さらなる調査が必要との認識を示した。専門家らは午前11時ごろに現地へ到着した。作業着姿でヘルメットをかぶり、国交省の職員から説明を受けながら、写真撮影や測量などを実施。崩れた堤防の土を触ったり、手で握って固めたりしたほか、袋に土を採取するなどして、約1時間滞在した。常総市では13日も、連絡が取れず行方不明としている15人の捜索を継続。石下総合体育館などに設置された不明者に関する相談窓口で茨城県警の職員らが対応したほか、連絡が取れない人の自宅を訪問するなどして安否を確認した。(共同:9月13日)


常総市の洪水被害について考える。


常総市は、2006年に水海道市が石下町を編入合併して出来た市である。2005年の人口は、水海道市が41,867人、石下町が24,669人である。編入したという割には差が小さい。市の北部が石下町であった部分で、今回の洪水で鬼怒川の堤防が決壊した場所もこちらに属する。堤防が決壊した場所は、関東鉄道常総線の南石下駅の北西側になるようだ。旧石下町の東には小貝川が流れ、中央部を鬼怒川が流れている。どちらも利根川に流れ込む川である。常総市の石下駅と南石下駅の中間くらいの場所で、直線距離で2.5キロメートルほどの距離で同じく北から南に流れる川であるが、利根川の合流地点は、鬼怒川が上流で、下流に17.5キロメートル離れて小貝川が合流する。
過去にこの二つの川で、堤防が決壊したのは、小貝川の1986年8月である。洪水被害は、鬼怒川で1982年9月、2002年7月に、小貝川で2007年10月にあったが堤防は壊れていない。つまり久しく堤防が壊れることはなかったということである。だから安全な場所というのではなく、治水に関する政策が成果を上げたと考えるべきなのだろう。常総市のハザードマップを確認すると、鬼怒川と小貝川に挟まれた地域は、ほぼ全域で浸水した場合に1メートル以上の水深が予想され、決壊した位置より南側では2メートル以上に指定されている地域が多くある。
堤防の決壊した場所の通常の河川敷と考えられる場所の海抜が10メートル、石下橋東の交差点が15.5メートル、南石下駅が16メートル、石下駅が16.5メートル、常総市地域交流センターが15.5メートルとどこも大きな差はない地域であることが確認できる。道路でも同じように確認してみた。常総バイパス(国道294号)で石下駅の東側から、三妻駅の東側まで直線距離は南北に5キロメートル程度あるが、海抜は15メートルから14メートルと1メートルの差しかない。
高低差の小さな地域に水が溢れ出れば、しかも、その地域が河川との高低差が小さいが故に、水が吐き出されない状態が続く、となれば浸水による重大な被害が生じる。100年に1回の洪水に対応する堤防を作るか否かについては、被害直後であれば賛成が多くても、、それを忘れた頃には不要とする意見が多くなるだろう。なかなかこの手の公共工事は難しい。

堤防について常識だと思っていたら、そうでもないことが分かった。堤防が洪水に曝されても河川側がえぐられるというのはほとんどない。しかし、堤防を水が越えると急激に堤は削り取られ急激に破壊に向かう。急激というのが問題で、超えたらすぐに壊れる。つまり、越えそうになったら、壊れることを予想した行動が求められる。市が避難する方向を鬼怒川側を指示したと言われる。鬼怒川を超えれば海抜が高い地域が近くにある。河川が氾濫しそうなのに、そちらに向かえるかという意見があったが、東側とて小貝川が流れていて程度の違いがあっても危険はある。東でも西でも良いから海抜の高い安定した場所に移動する必要があるのだが、最も重要なのが早く行動することである。批難されるべきは、向きではなく時期である。
地域災害に対する第一の判断を下す責任を負うのは市長である。河川の状況を継続的に監視するのは難しいこともあるだろうが、今回の場合は氾濫が予想された時間が昼間であり、平日であるのだから、河川上流の自治体から情報を入手し、避難指示を出すタイミングを検討する状況には恵まれた。しかし、上手く機能しなかった。防災放送が聞き取れないような状況にあり、サイレンですら判断を出来ない状況にあったとして、何が出来るかというと難しいことは理解する。しかし、それが仕事である。
どこに逃げたら良いか分からない。なにせ平坦な地域である。それでも、東側の小貝川を渡ってつくば市に入れば、海抜は20メートルを超える。行政が異なるからといっても、東に3キロメートル行けば安全なのに、南に5キロメートル行っても安全にはならない。施設はあるかもしれないが、それを言えば移動するより、安全な建物に行けということである。結果として、池の中に浮かぶような状況の場所になるが、建物がしっかりしていれば大丈夫であろう。それは堅実な選択であるが、市が避難誘導するのに最適かは規模によるから判断が付かない。


市長に重大な過大な責任を求める局面は、首相にはないのかもしれない。戦争でも始まれば別だろうが。

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