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2015年8月24日 (月)

米軍倉庫が爆発・炎上 相模原、けが人なし

8月24日午前0時45分ごろ、相模原市中央区の在日米陸軍相模総合補給廠から「爆発があり、倉庫で火災が起きた」と市消防局に専用回線を通じて出動要請があった。複数の周辺住民から119番も相次いだ。消防局によると、平屋建ての倉庫1棟が炎上、約900平方メートルを全焼し、約6時間半後に鎮火した。けが人の情報はない。
在日米陸軍司令部の広報室は「爆発の原因は調査中」とした上で、倉庫内に酸素や窒素、フロンなどを圧縮したボンベがあったと明らかにした。消防局によると、焼け跡にはボンベが散乱している。在日米軍司令部は「貯蔵庫は危険物保管施設として指定されておらず、保管されていたものの特定を進めている。相模総合補給廠で弾薬や放射性物質は保管していない」とコメントした。菅義偉官房長官は同日午前の記者会見で「周辺の住民に不安を与えるもので、極めて遺憾だ。情報提供や原因究明、再発防止など、国内の米軍関係施設の安全対策を強く求めていく」と述べた。
また相模原市は在日米陸軍基地管理本部司令官のウィリアム・ジョンソン大佐が同日、加山俊夫市長に対し、電話で謝罪したと発表した。神奈川県警によると、米軍基地や施設内で事件や事故が起きた場合、日米地位協定に基づき、日本の警察は捜査権を持たない。焼け跡には酸素ボンベやエアコン冷却用ガスボンベ、消火器が大量に散乱。周辺住民が何らかの物体が上空に飛んでいくのを目撃、市消防局はボンベが飛散した可能性があるとしている。焼け跡のボンベには爆発せずに原形をとどめた状態のものもあるという。
市消防局と米軍消防は当初、倉庫内の物資の保管状況が不明で延焼の恐れもないため、協議の上、放水を控えたが、火勢が衰えた後に倉庫内を調べ、危険物がないことを確認、放水した。補給廠はJR横浜線相模原―矢部間の線路北側に沿って位置し、面積は約200ヘクタール。神奈川県や市によると、在日米陸軍の物資を保管する倉庫などが設置されている。(共同:8月24日)


相模総合補給廠について考える。


相模総合補給廠は、米国陸軍の補給施設である。よって、米国が地上戦を展開すると賑やかになるという傾向にある。古い話だが、ベトナム戦争の当時は戦車の出入りで大騒ぎになっていた。地上戦は戦死者が付きものだから、米軍が地上戦を仕掛けられるというのは、米国の国内世論を抑えるだけの合理的な説明が求められる。近年の米国の戦争参加は、自由主義の防衛という錦の御旗が色落ちしてしまっていて、世界の警察という米国ブランドの維持の方に重点が置かれているようだ。それだと必然的に、米国民の血を流すのに合理性があるのかという議論は出てくるだろう。米軍の参戦というのは、United Nations の参戦という体裁を取るのが普通だが、方々に綻びが生じてしまう話である。20世紀に社会主義の失敗が明らかになったが、現在の米国的な政治思想も今世紀末までは持たない気がする。世紀末までならまだ十分な時間があるのではあるが。
さて、補給廠の話である。200haを超える敷地があるが、上記のような事情もあって往時ほど利用されている様子はない。報道によれば、大規模な陸軍の備蓄倉庫の役割があるとされるが、利用されている面積は全体からすれば限定的なものであろう。実際、一部返還が決定しているのも、将来計画を考えるに必要な面積は限られるという米軍の判断によるのだろう。
返還計画を受けて、市長の加山はリニア中央新幹線の停車駅として、JR横浜線の橋本駅ではなく相模原駅を接続駅にしたいとする考えを公表していた。相模原駅につなぐには補給廠の下を通さねばならず、返還が確定していないのでは計画しようもない。

そんな補給廠で起きた火災である。施設の性格を考えれば、何が入っているかを堅気の日本人の感覚で判断してはならない。倉庫火災というのは、中に保管されているものによって消化方法が変わってくる。天津で水を掛ける消火活動で被害を拡大した (と推定される) 大きな事故もつい最近あった。消化方法を確認した上で行ったのは適切な判断である。それができたのも、横浜線に沿った方法に2キロメートル、それに垂直な方向に1キロメートルという大きな敷地に、十分な隙間を取って倉庫が建設されているからである。飛び散らないなら、そのまま燃やした方が安全だという選択肢がここにはある。数百メートル離れた横浜線の駅周辺で似た火災があった場合には、このような選択は出来ないし、そもそも、保管品に厳しい規制を受けることになる。
酸素や窒素、フロンの高圧ボンベがあったようだが、酸素はともかく窒素やフロンでは大規模な火災にはならないから、プロパンなどの燃料用ボンベがあったのではないかと想像される。米軍も協力的な態度を取っているので、今後発生原因については明らかになることだろう。米軍も情報公開に積極的になったと感じるのは正しくなく、この補給廠がその程度の施設に過ぎないと理解した方が良さそうだ。

相模原市内の米軍施設は、この補給廠の他に座間市と隣接する地域にあるキャンプ座間がある。これも陸軍施設である。こちらには陸上自衛隊も駐屯している。また、小田急相模原駅の近くに米軍ハウスがある。正式には相模原住宅地区と呼ぶそうだ。こちらは、1000メートル×500メートルという面積だが、周囲の集積度の高い住宅地の中で、アメリカンなサイズの住宅環境が存在する。
キャンプ座間はもともと帝国陸軍士官学校であったにしても、横浜にあった米軍施設を日本に戻す目的で1950年代後半に動かしたものである。都会の利益を確保する為に、田舎が泣くというのは、沖縄に米軍基地を押し付けるのと同じ構図である。神奈川県は米軍施設が多い県で、厚木海軍飛行場、池子住宅地区及び海軍補助施設、横須賀海軍施設などがあり、全体で 1,700ha と大きい。沖縄県の米軍基地面積は、23,000ha だからこれと比べる程ではないのだが。


神奈川県の米軍施設は高く売れそうな場所が多い。

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