« ハンプ容疑者、常務役員辞任=麻薬密輸事件で―トヨタ | トップページ | ABCマート違法残業で書類送検 容疑の法人・役員ら »

2015年7月 2日 (木)

自民各派総会、報道機関巡る発言に批判

7月2日の自民党各派総会で同党若手議員の報道機関に圧力をかけるような発言に批判が相次いだ。麻生派会長の麻生太郎財務相は「法案審議に差し障りとなる。応援団のつもりだろうが足を引っ張る」と苦言を呈した。厳重注意を受けた井上貴博氏は欠席した。
岸田派の林芳正農相は「開いた口がふさがらない。おごり高ぶることがないよう与党として心がけなければいけない」と指摘した。2度の厳重注意を受けた大西英男氏が所属する細田派は会合を中止した。同派幹部は「幹部の都合がつかなかった」と説明したが、同様の発言が出て問題が再燃するのを警戒したとの見方がある。(日本経済新聞:7月2日)


会合を中止するまで至っている問題発言について考える。


林芳正の発言にあるように、驕りがあるという理解で良かろう。注意を受けた大西英男が同じ内容の発言をして、始末に負えない存在になってしまている。このお荷物議員は、先のブログにも書いたが、区議から都議、国会議員と政治家出世すごろくの成功者である。この成功者は、注意など聞く耳持たないから、二度が三度になっても何も変わらないだろう。大西の行動を支配する価値観は、自分を国会議員に引き上げてくれた組織への支援というものである。だから、安倍応援団としての活動として反対勢力を批判する言動が、自党を含めた広い範囲から批判を受けるというのは、到底受け入れないものであるし、意味不明な考えであると信じている。

バカを相手にしても仕方ないので、少し広く捉えて考えてみる。発言の背景にあるのは、自民党所属の国会議員が、自民党支持者の代表である立場を取ることにある。小選挙区で争われる選挙では政党の公認を得なければならないし、比例代表制の選挙では名簿に載せて貰わないことには始まらない。政党への忠誠度が計られる。大西が自民党命と口にしても、二の腕に刺青があっても驚かない。そんな制度でこの国は動いている。
国会議員というのは全国民の代表である。選挙区の代表でもなく、選出団体の代表でもない。全体の代表というのは、自民党所属で東京16区という江戸川区の部分を代表していると理解してはいけない。正しい説を知らないが、全国民の代表というのは、大西が日本共産党支持者をふくめた代表であるということである。ならば、政治信条を異にする団体の意見をどのように取り入れるかと言えば、立場が違っても意見は聞くし、聞く機会を排除したりしないという考え方を取るということである。力による発言機会の排除を企てることは、国会議員には許されないし、思うのは勝手にする程度の自由は認めるにしても、発信することは立場が許さないというものである。百田が言うのは許されても、国会議員には許されないというものは世の中に数多ある。
小選挙区は我慢しても、比例代表の選挙制度は、団体であることを求めていることから、制度の精神が、国会議員の地位に関する規定と馴染まないと感じている。同じ理由で、なんでも党議拘束を掛ける政党も許し難いと感じている。全国民の代表者に対し、自由に作った結社の代表者が縛りを掛けるのが許されるのか。生まれ育ちで特別な家柄と指定された誰かが代表になり、そのお言葉に従うという価値観に絶対服従する。これで大西は動いているのだろう。大西は悪くない、そういう政治制度で今があるのだと主張する者は出ないのか。他の36名から出ても良かろうものに。


セクハラ都議の鈴木章浩は自民党に復帰した。社会的な社会的制裁を既に受けたというのが理由になっている。セクハラヤジ騒動の時は、他の都議に疑いが掛けられたが確定しないままで済んでいる。社会的制裁といっても、受けてその程度、受けなければなお少ないということである。忘れたら戻る。戻る理由は数が支配するという強い政治の論理である。


その程度の問題で済ませらえるのは、国民が忘れてしまうからで、国民がその程度だからだ。

« ハンプ容疑者、常務役員辞任=麻薬密輸事件で―トヨタ | トップページ | ABCマート違法残業で書類送検 容疑の法人・役員ら »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ハンプ容疑者、常務役員辞任=麻薬密輸事件で―トヨタ | トップページ | ABCマート違法残業で書類送検 容疑の法人・役員ら »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ