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2015年7月24日 (金)

三菱自動車、米生産撤退へ 過剰設備ようやく一掃

三菱自動車は米イリノイ州の工場での生産を中止し、米国の自動車生産から撤退する。オーストラリアと欧州工場の撤退、水島製作所(岡山県倉敷市)のライン集約など、工場の整理で苦しんできた設備過剰の状態を脱する。身軽になった後には、新たな提携先の模索が焦点になる。
三菱自にとって米国生産は長年頭痛のタネだった。赤字を垂れ流す「問題児」でありながら、無視できない1500万台を超す世界有数の自動車市場だからだ。三菱自の米国子会社の前身は1988年に生産が始まった米クライスラー(現フィアット・クライスラー・オートモービルズ、FCA)との合弁会社だ。スポーツ車「エクリプス」の流線形のデザインは三菱自の代名詞として絶頂期を象徴するモデルだった。だが、転機となったのが不祥事と、それに伴う販売戦略の失敗、経営環境の変化だ。
同社工場で起きたセクハラ事件によって、96年、米雇用機会均等委員会が三菱自の米子会社を提訴し、ブランドイメージの悪化につながった。販売面でも値引き販売の乱発により、米で「安い車」というイメージが定着してしまった。日本から幹部を現地トップとして相次ぎ出し、「ギャラン」など北米専用車を開発して立て直しを図ったが、収益の立て直しは難航した。2000年と04年には日本でリコール(回収・無償修理)隠しが発覚し、販売減で経営危機に陥ると、開発する車種も絞り込みを迫られ、米向けの新車投入も難しくなった。12年には多目的スポーツ車(SUV)1車種のみの生産とし、輸出拠点化したが、「ロシア向けの輸出が思ったよりうまくいかなかったのが誤算だった」(幹部)。
大手自動車メーカーの中で欧米両国の生産から撤退するのは三菱自が初めて。「東南アジア一本足」はますます先鋭化し、自動車メーカーとしては特殊な戦略をとることになる。やはり今後のカギは提携戦略だ。三菱自はダイムラー・クライスラー(当時)との提携解消など過去の苦い経験から「資本提携はうまくいかない例が多い」(益子修会長)と慎重な姿勢を貫くが、車種や地域に限定した緩やかな提携には前向きだ。日産自動車・仏ルノー連合とはセダン調達を検討したほか、FCAとはメキシコの小型車、タイのピックアップトラックでのOEM(相手先ブランドによる生産)で協業するなど関係を深めている。こうした枠組みを生かしながら、補完体制を築いていく提携戦略が求められることになる。(日本経済新聞:7月24日)


三菱自動車について考える。


三菱自動車の生産国別の推移を確認することから始める。下に結果を示す。

■ 三菱自動車の生産地域別台数推移 (単位:千台)
      2014   2013   2012   2011   2010   2009    2008    2007  2006   2005   2004
日本   1,204   1,210   1,007    586    663   514    682    876    776    706    599
海外    532    549    515    542    522   429    406    556    540    676    768
合計   1,736   1,759   1,522   1,129   1,186   943   1,088   1,431   1,316   1,381   1,367

六割を超える台数が国内となっている。タイ工場でのミラージュの生産を開始してから海外生産分が増えているかと思ったが、それ程でもなかった。総量が増えていることからすれば、国内生産が頑張ったという評価で良いのだろう。そうは言っても、企業経営の方針が海外生産を増やすとしているのに、国内が頑張ったでは済ませない話ではある。国別の生産数に分類して確認してみる。結果を下に示す。

■ 三菱自動車の主要海外生産国別台数推移 (単位:千台)
 国     2014   2013   2012  2011  2010   2009  2008  2007  2006  2005  2004
USA      64     70     48   31    33     23    44    76    93    89    99
Thailand   354   391   434   221   200   129   157    166    153   144    130
Russia     29    25    10                        
Philippines  16    16    14    13    14     11    9     11     9    10    9
China     69    47    9                        
Nederland                  22    27     39    45    64    70    69   95
Australia                                   0    10    11    19    17
Indonesia                                             16    36   48

ミラージュの生産をタイで行い国内に輸入すると発表したのが2012年である。これが上手くいかなかったのは以前ブログに書いた。ミラージュの生産開始によりタイ工場の生産台数は、2010年の200k台から倍増したがその後減少してしまっている。新興国市場には高いクルマであり、先進国市場ではボロいクルマということでは台数を伸ばせない。
過去に撤退したのは、新しい方からオランダ、オーストラリアとなる。インドネシアは現地製造を三菱ふそう、三菱商事、三菱商事の現地パートナー会社であるP.T. Krama Yudha(KY)の合弁会社であるKRM社(Krama Yudha Ratu Motors)に生産委託してきたが、今年3月に三菱自動車(51%)、三菱商事(40%)、P.T. Krama Yudha (9%)が出資する共同会社(MMKI)が運営する同社インドネシア初の直営生産工場で生産を開始している。上で数字が表記されていないのは台数が少ないことによるものであるようだ。生産しているモデルが三菱ふそうに近いという可能性もある。
戻る。オランダの工場はボルボとの合弁の会社であった。ボルボが手を引き、その後三菱も撤退するに至っている。オーストラリアの方はというと、豪ドルが安かった時代から、資源輸出が増えて為替の影響を受けたこと、以前の高い関税(1987年の57.5%)によって守られた時代から関税撤廃に向けて動いていること、従来の主要な自動車生産国から離れた位置にあったものが、東南アジアでの生産が活発になり、距離の近い地域から供給されるようになったこと、これらの事情から、オーストラリアでの生産を止める要因になっている。これは三菱に限った話ではなく、すべての自動車会社に共通するものである。
米国の法人は、クライスラーとの合弁会社として始まった。米国への日本からの自動車輸出が社会問題化したことに対して、日本のメーカは自主規制なる量規制を行ったのと並行し、現地での自動車生産に舵を切った。三菱も同様の経営判断をしたのだが、この財閥系グループは合弁による進出を好むようだが、合弁などの他社との契約による仕事というのは制限が加わる。かつて、三菱自動車が米国ウィリス社のライセンスでジープの生産を行っていた。この車両を輸出しようとすると、契約に抵触する問題が生じた。それがパジェロを開発する動機になったと言われる。過去に幾度も経験していても、合弁に魅力を覚えるものがあるようだ。
米国工場の撤退は、生産数の推移からすれば、維持するのが困難なレベルであろう。北米市場は魅力的な市場であるが、少量の生産で競争力を維持するのは難しく、日本または東南アジアでの生産で対応するというのが経営判断というものだろう。

設備過剰の状態を脱するということだが、魅力的な商品を提供できないのなら、会社そのものが過剰設備である。過剰状態を抜け出す算段が示されていないのは、随分と楽観的な見方であると感じるのである。提携先によって解消できる性質の問題ではない。会社の存在理由が問われるのと同じである。それとも、提携したい会社があるということなのか。


ミラージュの記事は結構見られるようだ。三菱の人がこんなところまで来るのかと驚く。

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