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2015年7月21日 (火)

首相、連日のテレビ出演 安保法案は「戸締まり」

安倍晋三首相が連日、テレビの報道番組に出演している。7月21日のBS日テレ番組の収録では、安全保障関連法案の衆院通過後の内閣支持率低下について「厳しく受け止めている。誤解を解くよう努力したい」と語った。
テレビ出演は2日連続。この日はパネルを使い、日本と米国を表す家が放火にあったという例え話をして「町内会で戸締まりをちゃんとやって未然に戦争を防ぐ法律だ」と訴えた。同法案は「私が訪問したほぼすべての国から理解を得ている。もし(野党が言う)戦争法案ならアジアの国々から賛同を得られるはずがない」と反論した。(日本経済新聞:7月21日)


テレビに出演するのが好きな政治家について考える。


テレビ出演をしたがるのは、売り出し中のお笑い芸人や演歌歌手が代表であるが、これに劣らないのが政治家である。お笑い芸人は悪口を言われても "美味しい" とするのが特徴であるが、政治家は悪口を極端に嫌うのと、お気に召さないことは悪口に捉えるという特徴がある。
テレビ出演したい首相なのだが、何かと批判の多い話題で、首相のご機嫌伺いもしなければならないとなると、番組構成上難しい課題が山積する。NHK以外の商業放送では、提供するスポンサーの意向を気にしなければならない。自民党の議員が経団連に圧力を掛けて貰えば済むという将軍様の国の様な発想は、実務に展開しようとなると非常に困難である。経団連の企業でも、広告を出すのに相応しくない番組であれば、株主総会で責任問題になりかねない。免許事業であり、政府からの指導という名の圧力があったと表明できれば良いが、それを公にするには、自民党でもなかなか成し得ないものである。それらな自民党がスポンサーになって1時間買い取りをした番組にすれば良い。低視聴率のフジテレビの午後から夕の時間なら1,000万円でいけそうだ。大本営指定局である日本テレビとフジテレビなら可能そうだ。経団連に加わる企業でも提供を下りる心配があるから、視聴率の高い日本テレビが採用する手段ではない。27時間テレビの4時間分を自民党に売ったら良いのにと思う。ネット右翼とやらに媚びうるネット放送より、広く国民に支持される政策を説明するのに最適だろう。フジテレビも視聴率の低い番組の拡大コピーを金を掛けて行うより、免許事業の継続の達成の為に安い番組を作る価値はある。

さて、安倍晋三の発言である。フジテレビの番組から拾っていく。

「戦争法案とか徴兵制とか、全部間違っている」


戦争法案だと主張する人がいる。海外派兵に加わる可能性が高まり自衛隊への志願者が減ると考える人がいる。国民の理解を得る努力をしていくという立場を取るのなら、全部間違っているでは話は進まない。理解出来ない国民は、理解出来るように努めなさいというのが、全部間違っているの主旨である。それなら国民の理解を得る努力という政府側の目標ではなく、国民は理解すべしという短い文言で済む。
徴兵制を例に取ろう。兵隊が足らない状況が発生したなら、対策を講じなければならない。その為に徴兵制を採用するのではないかという疑問である。兵器が高度化し、作戦行動も複雑になっている現状と、徴兵制のような短期で兵役を終える制度が馴染まないという説明をしていた。前半の現状分析はその通りで、先進国が徴兵制を採用していない事情もその通りだ。しかし、兵隊が不足しているのだから、採用しなければならないのをどうするのかという疑問に答えていない。戦前のような徴兵制が目的に合致しないのはその通りである。ならば、徴兵制の方法を見直すだけのことである。徴兵制に憲法違反であるというのも、集団的自衛権の変更と同じく、国際的な状況の変化があったとすれば良い。自身の言動によって、社会的評価が変化するということに無頓着過ぎる。

「かつては雨戸だけ閉めておけば家の財産を守ることができたが、今は振り込め詐欺の電話もかかるし、自分の口座から(現金が)電子的に取られてしまう事態にもなっている」


集団的自衛権の行使について、当事国になる可能性があるのは中国である。これを明言しないのは、さすがに外交上の摩擦が大きいと判断したのだろうが、相手国も分かっている事なら話した方がかえってこじれないということもある。武器を用いて人が死ぬのが戦争で、人が死なないのが外交である。外務省が集団的自衛権にご執心なのは、外交交渉に戦争状態を含めたカードを持つことで有利に交渉したいという気持ちからだろう。一方、防衛省は部下が死ぬ可能性はいつでもあるから、死なないような作業をしなければ上官が死ぬことになる。これが有事の際における動かない法則である。死なない人が武器を気楽に使い、死ぬかもしれない人が慎重に扱う。政治家の言葉が軽いのは、自分たちが死なない立場にあると信じているからである。
戦争状態というのは、泥棒や詐欺ほど簡単に定義できない。そもそも、というのもおかしいかもしれないが、泥棒や詐欺を働いてはいけないとは法律に書いてない。刑法は倫理規定集ではない。このようなことを行った場合には、この位の刑罰を与えると規定しているだけである。して良いことと、して悪いことを刑法に求めるなら、思想良心の自由という上位の概念とかみ合わせが悪くなる。社会秩序を乱すから、財産や自由、究極的には命まで国家権力が奪うと書いてあるのが刑法である。それが予め決まっていなければ、権力者が自由に罰することが可能になって具合が悪いというのが、罪刑法定主義である。
一方、国際秩序を乱すことは、各国の利益を損ねるというのが、大戦を通じて得た経験になっている。単純な刑法犯と、国際紛争とを並べて比喩として用いるというのも如何かと思うが、他国に武力を向けるというのが、国内法の刑法の延長で捉えるなら、正当防衛の範囲内でしか運用できない。その程度の戦争などありはしない。
安倍晋三がおじいちゃんの名誉を奪った敵のように思っているであろう東京裁判とて、裁判とは名目だけのもので、終戦セレモニーと理解するのが妥当だろう。ここで失った名誉を回復したいなら、いま一度戦争をして勝つよりない。それで済むものでもないが、それ以外にはない。しかし、負けた場合にはもちろん、勝った場合にも愚かな一族と称されるのが確実というのが、現在の国際秩序というやつだろう。
ついでに書くと、東京裁判というのは、極東国際軍事裁判というのが正式名称のようだ。英語表記だと The International Military Tribunal for the Far East となる。Tribunal は、正規の司法体系外で、司法的機能を行使する機関に用いられることが多いそうだ。
続けよう。

「支持率だけを大切にするなら、こういう法案を通そうとは思わない。支持率のために政治をやっているのではない」
「その(支持率)ための政治をやるなら事実上、人気だけを目当てにした政権になる」


前の選挙で勝ったから、好き勝手が出来るという状況にあって、支持率など気にしない、自分の価値観に従って行動するというのは、独裁者の発言である。その独裁者が、国民の理解が進んでいないのはそのとおりだ。努力を進めたいと言っても、国民が理解しないのが悪いとしか聞こえない。
米国が攻撃を受けたケースを、他人の母屋 (ここでは米国) に火が付けられたと例示していた。米国さんの離れや、日本さんの家が火事になるのに何もしなくてもよいのかという説明であった。これを集団的自衛権になぞらえようとするなら、火事を消すことではなく、放火しているものを拘束しようとする行動を指さなければならない。火事を消すのは当然だし、他人の家にでも協力する。しかし、これで理解した気になると、米国さん家に放火した疑いがある国があって、これは日本さんの家にも放火しそうだから、先制攻撃をするという論理を是とするところに発展する。大東亜共栄圏とか、八紘一宇とか出てきそうな状況である。これで戦争法案でなくて、何なんだと言われそうな論理である。例えに適さない話を、分かり易いつもりで用いれば誤るのは必定である。

個別的自衛権の行使だってこぼれはありそうだ。外務省の役人や政治家のメンツの為に仕事をするより前に、命の危機に直面するであろう自衛隊員の為の法整備を確実にするのが先だろう。国会の議論は、ほぼ個別的自衛権に収束している。個別的自衛権に関する未整備領域があって次の議論に、というのは、拡散するばかりである。米国は便利な財布と軍隊が傘下に入りうれしいだろうが、それで国際的安定が約束される訳でもない。


米国にして貰ってばかりで良いのか、というのは、米軍に沖縄基地撤退とセットの話だ。

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