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2015年4月10日 (金)

皇室:パラオ晩さん会 天皇陛下のあいさつ全文

戦後70年に当たる本年、皇后と共に、パラオ共和国を訪問できましたことは、誠に感慨深く、ここにレメンゲサウ大統領閣下のこの度のご招待に対し、深く感謝の意を表します。今夕は、私どものために晩さん会を催してくださり、大統領閣下から丁重な歓迎の言葉を頂き、ありがとうございました。また、この訪問に合わせ、モリ・ミクロネシア連邦大統領ご夫妻、ロヤック・マーシャル諸島共和国大統領ご夫妻がここパラオ国をご訪問になり、今日、明日と続き、私どもと行動を共にしてくださることも誠にうれしく、心より感謝いたします。
なお、この度の訪問を前にして、ミクロネシア連邦を襲った台風の被害を耳にいたしました。ここに犠牲になられた方々を悼み、ご遺族へのお悔やみをお伝えするとともに、被害を受けた大勢の方々に心よりお見舞い申し上げます。地域の復興の一日も早いことを念願しております。
ミクロネシア地域は第一次世界大戦後、国際連盟の下で、日本の委任統治領になりました。パラオには、南洋庁が設置され、多くの日本人が移住してきました。移住した日本人はパラオの人々と交流を深め、協力して地域の発展に力を尽くしたと聞いております。クニオ・ナカムラ元大統領はじめ、今日貴国で活躍しておられる方々に日本語の名を持つ方が多いことも、長く深い交流の歴史を思い起こさせるものであり、私どもに親しみを感じさせます。
しかしながら、先の戦争においては、貴国を含むこの地域において日米の熾烈な戦闘が行われ、多くの人命が失われました。日本軍は貴国民に、安全な場所への疎開を勧める等、貴国民の安全に配慮したと言われておりますが、空襲や食糧難、疫病による犠牲者が生じたのは痛ましいことでした。ここパラオの地において、私どもは先の戦争で亡くなったすべての人々を追悼し、その遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと思います。
また、私どもは、この機会に、この地域の人々が、厳しい戦禍を体験したにもかかわらず、戦後に慰霊碑や墓地の管理、清掃、遺骨の収集などに尽力されたことに対して心から謝意を表します。
ミクロネシア3国と日本との外交関係が樹立されてから20年以上がたちました。今日、日本とこの地域との間では漁業や観光の分野を中心として関係が深まってきていることは誠に喜ばしいことです。今後それぞれの国との間で一層交流が盛んになることを願ってやみません。
ここに杯を上げて、パラオ共和国大統領閣下、令夫人、ミクロネシア連邦大統領閣下、令夫人、及び、マーシャル諸島共和国大統領閣下、令夫人のご健勝とそれぞれの国の国民の幸せを祈ります。(毎日新聞:4月9日)


天皇陛下の外国訪問について考える。


全文引用としてには、いずれネットで検索出来なくなると考えたからである。著作権がどのように発生するのか分からないが、お叱りを受けたのなら削除することとする。
さて、今上天皇は1933年生まれであるので81歳になる。皇后は1934年生まれで80歳である。この二人が、寒い春先の日本から、南の島に行ったということである。訪問国の空港と訪問先との位置関係や適した宿泊施設の関係、無論、日程の都合もあってだと思われるが、宿泊は海上保安庁のあきつしまが用いられた。あきつしまは、海上保安庁が保有する最大の巡視船である。あきつしまは第3管区海上保安本部 (横浜市) に所属していて、3月31日に今回の任務の為に 3,000km 離れたパラオに向かっている。2013年11月就航のあきつしまは全長約150メートル、総トン数約6,500トンで、巡視船としては世界最大級だという。1992年就役のしきしまと同型船ということになるが、20年以上の時間の経過により各所に改正がなされているという。
巡視船というのは、法令の海上における励行、海難救助、海洋の汚染及び海上災害の防止、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕その他海上の安全の確保に関する事務に従事するものをいう。同じ用向きに巡視艇というのがあるが、大きさの違い程度の理解でそれ程外れないようだ。(巡視船が大きい)
幾ら最新の大きな船といっても、目的以外に使用するのに最適である筈もない。階段は急勾配だし、通路に仕切りが多くある。両陛下が宿泊するサイズとして相応しくないだろうし、側近の部屋を周囲に容易出来ないということもある。それでも、日程と場所とを鑑みるとこれが最適であるとの判断があるのだろう。宮内庁のホームページに事前日程があったので示す。
  4月8日(水) 東京 御発
          バベルダオブ島 御着(パラオ国)
          コロール島 御着
  4月9日(木) ペリリュー島 御着
          バベルダオブ島 御着
          同地 御発
          東京 御着
強行日程と感じる。パラオのこの季節の最高気温は30度以上だろう。東京ではまだ20度に届かないレベルである。人間の能力では20度でも30度でも対応可能だろうが、急な変化への対応能力というのに限りがある。最高気温でも最低気温でも5度の変化で服一枚を増減する。二枚分の変化というのは日常的でないから大きな負担になる。高齢者ならなおさらである。それでも行かなければならない理由があるのだろう。宮内庁の発表によると、戦後70年に当たり、戦争によって亡くなられた人々を慰霊し、平和を祈念するため、また、我が国とパラオ国との友好親善関係に鑑み、天皇皇后両陛下に、同国を御訪問願うことといたしたい。とある。もちろん、パラオからの招待があっての話である。
日程の調整を宮内庁は当然検討しただろうし、外務省もパラオも協力したであろう結果が今回の日程なのだろう。宮内庁のホームページで、天皇皇后両陛下の日程を公表している。拝謁、接見、引見、会釈に、昼餐、午餐、夕餐というのもある。やんごとなき方の行動説明を字面で判断しては誤る。お茶というのもある。まあ、お茶も喫することもあるだろうという会合と解釈すればそれほど外れないだろう。同時に合ってもいないのだろうが。


Noblesse oblige ということか。国民から選ばれたといって本当は選ばれていない人に聞かせたい。

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