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2015年3月 9日 (月)

作家・松谷みよ子さん死去 「いないいないばあ」など

児童文学などの作家で、民話研究の第一人者としても知られた松谷みよ子さんが2月28日、老衰で死去した。89歳だった。通夜と葬儀は近親者で営んだ。喪主は長女の瀬川たくみさん。自宅は東京都練馬区東大泉6の26の6。お別れの会は4月4日午前11時から東京都港区南青山2の33の20の青山葬儀所で開く。
東京都生まれ。42年に東洋高等女学校を卒業後、日本勧業銀行などに勤務。長野に疎開した縁で児童文学作家の坪田譲治に師事。51年に「貝になった子供」で児童文学者協会新人賞。55年に夫だった故瀬川拓男さんと人形劇団太郎座を設立。ライフワークとなる民話の採訪を始める。「龍の子太郎」(62年に国際アンデルセン賞優良賞受賞)など、民話を元にした創作という新たな領域を開いた。67年の出版以来、540万部に達する赤ちゃん絵本「いないいないばあ」、600万部を超える「モモちゃんとアカネちゃん」シリーズのほか、「ふたりのイーダ」など反戦平和を扱った作品も発表。「原爆の図」の作者、故丸木俊と絵本を共同制作した。(朝日新聞:3月9日)


児童文学について考える。


松谷みよ子の代表作は、「モモちゃんとアカネちゃん」なのだろう。これは読んではいないだろう。絵本の「いないいないばあ」は知っている。この本は有名な本で見た記憶がある。といっても、子供の頃の記憶ではなく、学生になってからの話ではある。この本は、1967年4月15日に初版が発行されている。1981年3月10日に第72刷が発行され、1981年5月25日に改訂版1刷発行となり、2011年6月6日に改訂版第185刷が発行されているのを確認した。2013年の資料で、累計発行部数が535万部とあるから、毎年刷っている状態なのかもしれない。この本は、あかちゃんの本として企画されたもので、シリーズになっている。次に発行されたのが、「いいおかお」で178万部 (2013年の資料) の累計発行部数となっている。あかちゃんの本シリーズの累計部数を2013年までと、2014年までと併記し、絵作者を加えてまとめたのが下である。

■ 松谷みよ子あかちゃんの本シリーズの累計部数 (2013年/ *は2014年)
  発行年  累計部数    絵本名            絵       [2014年累計部数]
  1967年    535万部    いないいないばあ      瀬川康男      [543]
  1967年    178万部    いいおかお        瀬川康男      [179]
  1968年     86万部    あなたはだあれ      瀬川康男      [ - ]
  1968年    136万部    もうねんね         瀬川康男      [136]
  1969年    136万部*   のせてのせて       東光寺啓     [136]
  1969年    104万部    おさじさん         東光寺啓      [104]
  1970年    181万部    おふろでちゃぷちゃぷ  いわさきちひろ   [183]
  1970年    101万部    もしもしおでんわ     いわさきちひろ  [101]

どの本も素晴らしい部数を誇っている。赤ちゃん向けの絵本というジャンルを創ったのだから、創業者利益が生じて当然という理屈は分かるが、半世紀経っても毎年1万部を超える部数を刷っているというのは凄い。見た記憶があると書いたのは、「いいおかお」についても同様であるが、こっちの方が好みではある。こんなに部数が出た理由は、大学の幼児教育関係の教材として使われるからというのが一つの理由になっている。この他に、自治体が出産のお祝いに配布しているという話も聞く。この両方を該当するすべてで実施してくれると、非常に大きな市場があることになる。特に後者に選定されれば、毎年100万部出ることになるから助かる。一部の自治体に限定され、配布されるものもいろいろなのだろう。幼稚園の教諭の全国での人数は11万人くらいである。毎年何人採用されるかは資料が見付からなかったが、講義を取る学生数は採用規模より大きいものであるから、1万部程度の市場はあるのだろうと想像する。何はともあれ、上記のシリーズだけで1,500万部の発行があるのが凄い。継続的な販売であれば、著作権収入も大きいことだろう。無論、他にも有名な作品がある。
参考の為に記すと、瀬川康男は、1955年から1967年まで配偶者であった瀬川拓男とは血縁関係のない他人である。瀬川康男 (1932年-2010年) は有名で、画家、版画家としても知られる。いわさきちひろ (1918年-1974年) は、日本の童画家として最も著名と言って良い人だろう。親族が没後、いわさきちひろ絵本美術館を、「絵本の美術の一ジャンルとして正当に評価し、絵本原画の散逸を防いで、後世に残していくこと」に目的をひろげて活動を展開して開館している。この自宅跡地にある石神井の絵本美術館と、松谷みよ子の自宅は3キロメートルほどの距離にある。もう一人の東光寺啓は1914年生まれで、昭和期に活躍した画家、挿絵画家であるが、それ以上の情報が得られなかった。前の二人が高名過ぎるので、知名度では劣るが、旺文社の文庫本のカバーに使われているのを確認した。旺文社文庫というのが泣かせるところで、1960年から1987年まで活動していた。旺文社は教育専門の出版社であり、旺文社文庫では古典名作や純文学を中心に扱っていた。

話はどんどん逸れていく。少し戻す。「いいおかお」を好むのは、こちらの方が他愛ないからである。「いないいないばあ」は少々あざといと言うと語弊があるが、これなら喜ぶだろうという驕りに似た印象が残る。加えて、絵が怖い。この怖いというのは、数パーセント程度で感じられるようで、書評を見るとパラパラと見受けられる。あざといとか、驕りだとか言うより、怖いは普通の印象かもしれない。最近はカワイイというのがウケる時代なので、強い印象には怖いが付いてくるということなのだろう。まあ、怖いは結構昔からあるのではあるが。

哀悼の意を表する。


自宅住所を表記するのが珍しいと思ったら、松谷みよ子事務所になっていた。

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