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2015年3月11日 (水)

「ゴパン」生んだ子会社売却へ 三洋電機終幕の春

パナソニックは3月11日、傘下の三洋電機が持つ最後の生産子会社「三洋テクノソリューションズ鳥取」(鳥取市)を投資ファンドに売却すると発表した。これで三洋の事業の売却や取り込みは終わる。三洋の社員約7千人は4月にパナソニックに転籍する予定で、電機メーカーの三洋はなくなる。
投資ファンドの「ジェイ・ウィル・パートナーズ」(東京)に3月末に売却する。売却額は明らかにしていない。三洋テクノの従業員は約220人で、雇用は維持する。社名は当面そのままで、経営陣も変わらない。三洋テクノは、1966年設立で、三洋の家電を生産していた旧鳥取三洋電機の流れをくむ。コメからパンを焼く「ゴパン」(10年発売)などのヒット商品を生んだ。ピーク時の売上高(00年3月期)は2040億円で、従業員は約3千人いた。今は自動車向けの電子部品や教育用のタブレット端末などを生産。帝国データバンクによると、14年3月期の売上高は約212億円で、営業損益は約4億2千万円の黒字だった。パナソニックは11年に三洋を完全子会社にし、事業の売却や取り込みを進めてきた。三洋テクノの売却で、三洋は電機メーカーの歴史を終える。三洋の法人格は当面残し、4月以降はパナソニックの社員が出向して製品のアフターサービスやブランド管理などにあたるという。(朝日新聞:3月11日)


三洋テクノソリューションズ鳥取について考える。


この会社の前身の一つが鳥取三洋電機である。1966年に設立の鳥取三洋は、三洋電機の製造子会社であった。1989年に携帯電話の製造を開始している。親会社である三洋電機の携帯電話事業は、2008年4月に京セラに売却して終了している。売却される前年度である2006年度の事業規模は2770億円に達していた。PHSの基地局事業にも参入し、設営工事や保守の容易性などでも高い評価を得ていたという。新潟中越地震の被害にあったこと、デジタルカメラの価格低下など大きな変化が事業の継続を困難にした。そういえば、デジカメは三洋電機の登録商標である。
あまり話題にならない事業を挙げる。1991年にHDDの製造を開始している。米国のAreal Technology Inc. の設計したHDDを、ライセンスを受けて製造していた。Areal のHDDは1989年に発表されたが、実際に商品として発売されたのは1990年頃からのようである。この製品の製造を担当していたのが鳥取三洋であった。製品のパッケージを見ると日本で生産していることは明記されているものの、どの会社かは明らかにされていない。販売もArealが行っていたということなのだろう。市場に出た主なモデルの仕様を下に示す。

■ Areal Technology Inc. 2.5"HDD 主要製品リスト
  Model   Capacity   Int. Type   Year    Cylinder  TPI   Access   rpm
  MD2060   62.4MB   IDE AT   1991-1992   1024   2011  19ms  2,087rpm
  MD2065   62.4MB   IDE AT             1024   2703  16ms  2,504rpm
  MD2080   80.8MB   IDE AT   1991-1993   1326   2630   19ms  2,087rpm
  MD2085   85.9MB   IDE AT   1992-1993   1410   2703   16ms  2,504rpm
  A90     91.5MB   IDE AT             1430   2762   15ms  2,981rpm
  A120-1  124.8MB   IDE AT   1991-1994   1024   2011   15ms  3,130rpm
  A120-2  136.9MB   IDE AT             1070   2760   15ms  2,981rpm
  A130    131.0MB   IDE AT     1992      1453   2763   15ms  2,981rpm
  A180-1  181.3MB   IDE AT   1991-1994   1488   2860   17ms  3,130rpm
  A180-2  183.0MB   IDE AT             1430   2760   15ms  2,981rpm
  A260    260.1MB   IDE AT     1992      1453   2763   15ms  2,981rpm
  A340    350.2MB   IDE AT     1994      2120    ―    13ms    ―
  A520    526.4MB   IDE AT     1994      2120    ―    13ms    ―

2.5"HDDのみが市場に出ている。当初は3.5"の開発品があったが、量産には至っていないようだ。ガラス基板を用いたディスクを採用していて、ヘッドには薄膜ヘッドという最新の組み合わせである。ヘッドはヤマハで、ディスクは成膜を含めて日本板硝子であったと思われる。つまり、全てが日本製のHDDである。ArealのHDDは標準的な2.5"HDDに比べ長さ方向のみ短い仕様になっている。小型になるからメリットはあるが、他にこの寸法を採用した会社はないから、PC側で専用設計したものでなければありがたみは出ない。Arealは1993年にトーメンに買収されたと記憶する。トーメンがトーメンエレクトロニクスかは定かでない。鳥取三洋のHDD生産が終了した時期は公表されていないようだが、1999年には製造をしていないようだ。1994年のモデルが最終開発品と考えれば、1997年頃に量産終了ということと思う。
HDDで日本で生産された類似品として、HPの1.3"HDDであるKittyHawkがある。このモデルはシチズンが生産を担当している。ヘッドとディスクはArealと同じ組み合わせだろう。というより、まったくの失敗例としてビジネス関係の教材で扱われる製品である。HPの失敗はサイズが小さくなれば安くなると信じたことにある。小さくなることより、数が増えることの方が重要なのだが、その辺りの認識が甘いのと、最先端技術を採用するのに楽観的過ぎる技術的な見通しを持ったことが失敗の要因だろう。ビジネス書の扱いも焦点がずれているように思えた。
既に無関係な話題に移行してしまったので、この当時の2.5"HDDの生産量の推移を下に示す。

■ 世界のHDD台数推移 (単位:千台)
  1991年     200
  1992年     980
  1993年    2,430
  1994年    4,660
  1995年    8,500

鳥取三洋の生産量は、1991-1992年には一定の影響力のあるレベルであったものの、それ以降はマイノリティになってしまった。これは同時期に2.5"HDDの生産を開始した東芝が大きく増やしたことが大きな要因である。ちなみに、2010年に2.5"HDDは 300,000千台を超えている。市場の成長の速度は大きい。
間違った情報が流れているのでここで書いておく。ディスク材料としてガラス基板を用いた製品を初めて量産化したのは、東芝のMK1122FCである。2000年にIBMが発売したDeskstar DTLA-307020 を最初のモデルとする解説が多くある。3,5"サイズに限ればその通りだが、HDD全体にすれば間違いである。Wikipedia の解説が間違っているのが原因だろう。Wikipedia のHDD解説は酷いのだが、誰も修正する気になれないのだろう。


とうとうゴパンには至らなかった。

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