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2015年3月10日 (火)

下関市長が修士不合格

山口県下関市の中尾友昭市長が、下関市立大大学院の経済学研究科に提出した修士の学位取得に向けた論文が不合格となったことが3月10日、市への取材で分かった。中尾市長は単位取得退学となる。今後、不合格判定を不服として、審査に関し大学側に情報公開請求する方針としている。
市によると、論文は地域内分権をテーマに、市長の仕事や自身の人生なども盛り込みA4判約550ページにまとめた。だが、研究科の教授らによる審査で必要な賛同が得られなかったという。中尾市長は2009年3に就任し、現在2期目。(共同:3月10日)


社会人の大学院について考える。


少子化の影響を考慮して、大学では社会人教育に力を入れる傾向がある。大学経営を考えれば当然のことではある。しかし、それにしても下関市立大学に、下関市長が通うというのは、違和感を覚える組み合わせである。しかも、進学先は大学院である。中尾友昭の学歴を確認する。資料は自身のホームページのプロフィールによる。

■ 中尾友昭の学歴
  1968年3月  下関市立下関商業高等学校
  1972年4月  中央大学法学部通信教育課程入学
  1979年3月  中央大学法学部通信教育課程卒業
  1999年10月  東亜大学大学院総合学術(企業法学専攻) 入学
  2001年9月  東亜大学大学院総合学術修了 (総合学術修士)
  2011年4月  下関市立大学大学院入学

高校卒業後、下関唐戸魚市場株式会社に入社しているとある。この会社は、フグを扱っていて、水揚げから加工・流通まで一元管理の中枢を担っているとホームページにあった。中尾がふぐ処理師(山口県) の資格を有しているのもこれに関係しているのだろう。1973年に会社を退職して東京に行き大学と専門学校に通い、1975年に再入社している。長男なので下関に戻りとあるので、この会社が親族の経営かと思ったが、歴代の社長の姓が、
浜坂、土谷、小野、山田、松村であるから、そうでもないようである。2002年に税理士登録している。最初の合格科目から25年掛ってとあるから、中央大学に在学している頃から続けていたということである。
2007年9月から下関市立大学の非常勤講師として、税務会計論を扱っていることが書かれているが、これがいつまで続いたのかは不明である。2009年3月に市長になっていることから、それまでの期間であるのだろう。しかし、2011年に下関市立大学に公共マネージメント学科が新設されたことで、2012年より地方自治の非常勤講師として、市長や市役所幹部が講義をしているとある。
東亜大学は1974年に開学している下関市にある私立大学である。大学院は、1994年に開設されている。大学院は、臨床心理士、税理士、公認会計士など、「理論と実学を究めた高度専門職業人」の養成をミッションとし、その理念に基づいた研究システムを構築しているということである。東亜大学大学院の在学生数と収容定員を確認した結果を下に示す。

■ 東亜大学大学院 研究科・専攻 在学生数
     学部            学科      在学生数    (収容定員)
----------------------------------------------------------------
総合学術研究科      人間科学専攻       5       (25)
(5年一貫制博士課程)   デザイン専攻        1       (25)
                総合技術専攻       1
                臨床心理学専攻     30       (25)
                医療科学専攻       2       (25)
----------------------------------------------------------------
総合学術研究科      法学専攻         132       (100)
(通信制・修士課程)    人間科学専攻       10       (100)
                環境科学専攻       2       (28)
                情報処理工学専攻    0       (56)
                デザイン専攻        5       (28)
----------------------------------------------------------------
合計                             188

地方の私立大学の常として、大学院は収容定員を大きく下回っている。上回っているのは、臨床心理学専攻と、総合学術研究科の法学専攻である。前者は、臨床心理士の受験資格に関する第一種大学院の指定を受けていることが大きな要因であるとかんがえられる。第一種大学院の指定大学院は、全国の国公立大学を含めると150ある。山口県では、山口大学大学院と宇部フロンティア大学大学院が指定を受けている。中尾が修了しているのは、後者のコースである。
中尾は大学院を修了しているのだが、改めて下関市立大学大学院に進学している。前の大学で修了したのは法学専攻である。ここでふと疑問を持った。中尾は税理士試験に簿記論に合格以来という言葉が出てくる。煩雑になるので、税理士試験から整理する。
税理士試験の試験科目は全部で11科目で、その内5科目に合格すれば税理士試験合格となる。単年度ですべてに合格することを求めるのではなく、一回合格すればそれが継続される制度である。下に科目名を記す。

■ 税理士試験科目
  会計科目 ◎ 簿記論
         ◎ 財務諸表論
  税法科目 ○  所得税法
         ○  法人税法
            相続税法
         △  消費税法
         △  酒税法
            国税徴収法  
         ▲  住民税
         ▲  事業税
            固定資産税
 
       ◎:   必須科目
       ○:   いずれか1科目は必須科目
       △▲:  いずれか1科目しか選択できない


必須科目の二つと、選択必須の二つなどがある。2002年3月までに大学院へ進学した者で、商学の学位 (修士または博士) を持つ者は会計系の科目 (簿記論、財務諸表論) の試験が免除され、法学、または経済学のうち財政学の学位 (修士または博士) を持つ者は税法系の科目 (選択必修及び選択科目) の試験が免除されていた。
中尾の場合、税法の修士論文に苦労したとある。1999年の入学であるから該当し、東亜大学大学院は法学系であるから、税法系科目の試験が免除されることになる。これを目的にして大学院に進学した可能性もある。無論、これは不正ではなく、制度の利用の仕方の工夫であるから、批判されるいわれはない。違和感があったのは、簿記論に合格以来、25年を要したにも関わらず、最後に合格した科目を示していないことにある。これも、文章表現の癖に過ぎないのだが。
下関市立大学大学院を確認する。経済学研究科の社会人学生への対応の内容を引用する。

■ 下関市立大大学院 経済学研究科の社会人学生への対応
実学を重視した社会人教育プログラム(プロジェクト研究による教育プログラム)
社会人を対象に、実践的問題解決能力を涵養するために「プロジェクト研究」教育プログラムを導入しています。これは「特定の課題」について、右記のプロジェクトスタディ科目の履修を通じて研究し、その成果をもって修士論文に代えることができるというプログラムです。

プロジェクトスタディ科目
▼ 1年春 リサーチメソッド
フィールドワーク(聞き取り・質問表調査)または公表データの調査・分析を進める上で有効と考えられる知識・手法を解説します。
▼ 1年秋 テーマサーベイ
研究テーマを決定するために、先行研究および参考文献、参考資料、データなどによりフィールドワークを中心とした調査研究を行います。
▼ 2年春 プロジェクト研究I
研究テーマについて、参考文献、参考資料、データなどによりフィールドワークを中心とした調査研究を行います。
▼ 2年秋 プロジェクト研究II
リサーチメソッド、テーマサーベイ、プロジェクト研究Iを基礎にテーマを掘り下げて、「特定の課題」の成果としてまとめます。

中尾は4年で修了しようとしていた。これは大学が用意している長期履修学生の制度は、2年間の学費で4年間の履修期間を選択が可能になっている。2011年に入学して2015年に修了予定であったからこの制度を利用したのだろう。
大学院で途中に点検が入るシステムで、修士論文が不合格になるというのは、大学のシステムが理解不能である。例えば、テーマサーベイを2年目に行ったとして、参考文献やデータが不十分であれば、その先に進めないというのが大学の建前である。実際に落とすことはほとんどないと思って良いだろうが、適切な指導が加えられるものであろう。それすらもしないのなら、文科省からお叱りを受けるリスクを負うことになる。
山口県下関市の地方紙である長州新聞によると、33人の教授や准教授らで構成した研究科委員会で、中尾の論文について、合格が18人、不合格が7人、白票等が8人であったという。合格には2/3の同意を求めているから22人の合格が必要となる。
論文の内容は、「市内における地域内分権への挑戦」をテーマにして、みずからの市議会での発言や施策、目指している地域内分権について示したという。加えて、自らの生い立ちや落ちこぼれ人生から這い上がってきたこと、そして、最終的には「政治家とは何か」「政治家の出処進退」に話が及び、「二度とない人生」について思いのたけを記した論文とされている。量はA4判約550ページで、その膨大な分量も本人は論文発表会でおおいに自慢し、市職員にあてた市長通信(メール)でも誇示していたことが話題にされていた。また、論文発表会には公務時間であるにも関わらず、市幹部職員がぞろぞろと駆けつけたという。上に書いたが、大学の地方自治の非常勤講師として市役所幹部が関わっていると言えども、それは大学の話で大学院ではない。市立大学であるから、運営側として市の職員は関係しているのは事実だが、大学の学問領域への干渉は最小限にしなければならない。経営問題を議論するなら、幾らも会議室があるし、それに相応しいメンバーも揃えられよう。論文発表会が最適な場所でないのは明らかである。ということは、市職員が出席する理由は、市長へのおべんちゃらしかない。そんな職員は減俸ものの問題行動だが、もしいかないと昇給に響くとすればより深刻な問題である。きっと、どっちでもない、なんとなく行った方が良い雰囲気があって、空気を読んで出向くというのが、日本の美風ということなのだろう。

550ページは分量が多すぎる。参考文献の詳細な紹介が付いているというなら分からないでもないが、詳細に紹介しては著作権上の問題が生じかねない。二度とない人生といのは楽曲なら沢山ありそうだが、地域内文献の論文に加えるには座りが悪そうだ。政治家の個人的な心情を長々と書かれても評価のしようはあるまい。それは日本経済新聞で扱ってくれなければ、山口新聞で私の履歴書として連載すれば良い内容である。
プロジェクト研究Iの段階で問題は表面化していたのは確実で、実際にはもっと前からと想像させる。指導教官は理事長の荻野喜弘であるようだが、市立大学に学長の他に理事長が必要な理由は分からないし、そもそも学長選に敗れて市長の指名で理事長になったというと、いろいろな意味で利害関係者であるから指導教官に不適である。この辺りに問題の本質がありそうに見える。
不合格が7人の他の、白票等の8人は反対扱いになるのだが、この癒着体質と、学問に対する態度とで評価したのではないだろうか。中尾にそんなことはないと叱られる覚悟はあるので、叱られついでに論文を拝見したいと思っている。

下関市立大学と国立の山口大学は70キロメートルほど自動車移動で離れている。海を超えるが北九州市立大学は35キロメートルほどである。学問をしたいと考え、李下で冠を正さずということなら、こちらのほうが適する。北九州市立大学が社会人教育にどの程度配慮されているかは確認しきれなかったが、学問を志すなら少しの無理は乗り越えるものである。


下関市長のくせして愛人の居る北九州から通っているらしいというのは、参議院議員になっていた。

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