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2015年3月 5日 (木)

川崎中1殺害: 週刊新潮が18歳少年の実名と顔写真掲載

川崎市川崎区の多摩川河川敷で同区の中学1年、上村遼太さん(13)の刺殺体が見つかった事件で、3月5日発売の「週刊新潮」が、殺人容疑で逮捕されたリーダー格の少年(18)の実名と顔写真を掲載していることが分かった。
記事は、18歳の少年の生い立ちやこれまでの問題行動などをまとめた内容。顔写真は少年のツイッター上の写真を友人らに確認して掲載したとしている。週刊新潮編集部は毎日新聞の取材に「事件の残虐性と社会に与えた影響の大きさ、18歳の少年の経歴などを総合的に勘案し、実名と顔写真を報道しました」とのコメントを出した。「インターネット上に早くから実名と顔写真が流布し、少年法が形骸化していると言わざるを得ない状況も検討、考慮した」としている。(毎日新聞:3月4日)


実名報道について考える。


ついこの間、名古屋の事件に関する弁護士会の声明で扱った。同様の内容を繰り返し扱うほどの技量は持ち合わせていないし、新しい情報が表現されることもないだろう。それでも今後扱う機会もないかもしれない。思ったら書く。昨日と今日とで結論が違っても気にしない。これは始めたときから決めたことでもある。
週刊新潮の実名報道に関する記事を読んだ。実名報道の拠り所となっているのは、やはり2000年2月29日にあった大阪高等裁判所での記事の掲載は少年の権利を侵害したことにはならない、とする判断によっている。地裁では損害賠償を認めていたので、より一層インパクトがあったと言える。この裁判で、新潮45による少年の実名・顔写真入り報道について、少年法61条に違反していることを根拠に争われた。専門的な解釈は理解できないが、判決文の最後の部分を下に引用する。

少年法六一条に違反した記事が報道されたとしても、そのことから直ちにその報道の対象となった当該少年個人について損害賠償請求権が認められるものではなく、表現の自由とプライバシー権等の侵害との調整において、表現行為が社会の正当な関心事であり、かつその表現内容・方法が不当なものでない場合には、その表現行為は違法性を欠き、違法なプライバシー権等の侵害とはならないというべきであるから、本件記事は、被控訴人の主張するプライバシー権等の侵害には当たらないといわなければならない。

文中にある社会の正当な関心事というのが曲者で、この事案については社会が認めているようだから、犯罪者の人権について裁判所は関知しないという解釈をしている。この裁判所では、法律と良心の他に、社会の状況を判決の根拠にするようだ。これを大胆と呼ばない法律家があるのだろうか。
判決をもとにして新潮社が主張するのは認められて当然であるが、この判決では別に扱われていることがある。上記の引用の直前を引用する。

本件記事は、少年法六一条に明らかに違反し、社会的に相当ではなく、控訴人会社が本件記事を同社の発行する「新潮45」に掲載したことについて、法務省が、人権侵害に当たることは明白であるとして、発行元の控訴人会社に対し、再発防止のために適切な処置を採るとともに関係者への謝罪などの措置を講じるように勧告しているところである。

法務省が新潮社に、再発防止の適切な処置を採ることなどの措置を講じるように勧告しているという事実である。裁判で争われた民事は新潮社が勝ったものの、無条件に報道を許された訳では無く、法務省の勧告に従うことが前提になっている。雑誌の記事では都合の良い部分を拾っているが、いろいろと新潮社もやらなければならない仕事がある筈だ。そこに触れないのは如何なものか。怪しい解釈より判決文を読む方が良いだろう。下に判決文のあるアドレスを示す。こちらを確認されたい。

◆ 日本ユニ著作権センターの判決文のアドレス
     http://www.translan.com/jucc/precedent-2000-02-29e.html

週刊新潮は、容疑者の少年を実名を写真入りで報道している。写真の中には、喫煙しているものも含まれる。少年の喫煙写真を掲示したら、法律に違反しているとされるのが現在この国で活きている法律である。残虐な犯罪を起こした容疑者には、こんな悪いことばかりしているという印象を与えたいのだろうか。事件の残虐性を拠り所にして実名報道したという理屈であるが、新潮社の捜査能力を駆使すれば事件の概要など容易に明らかになるということらしい。神奈川県警は矢来町に研修に行くと良いだろう。非合法な手段かもしれないが、高い捜査能力が獲得できる可能性がある。
実名を出さなくても悪意を感じる報道もある。女性自身では、少年の父親がトラックの運転手であり、母親がフィリピン人で、妹と母親が違う姉がいることを記事にしている。記者が家に行くとベランダから母親が罵声を浴びせたらしい。それを、「あまりに大声で、早口だったこともあり何を言っているのかはわからない」 と記している。日本人と結婚したフィリピン女性なら、話す言葉はタガログ語か英語か日本語だろう。記者がタガログ語に堪能であって、それでも何を言っているのか分からないなら記事は正しいが、記者の言語能力が低いが故に理解できないことを、訳が分からないと括ってしまっては報道ではない。もしかしたら、女性自身は報道機関ではないかもしれないから、その節はお詫び申し上げるよりない。この週刊誌で人気のある皇室関係の記事において、何度も虚偽内容の記事を掲載したとして抗議や記事の訂正を求められている。宮内庁から抗議や訂正を求められることを、御用達として有難がっている可能性も排除出来ないではない。

実名と写真を掲載する必要がどれほどあるのか疑問が残る。再発予防と抑止力につながるという意見は、犯罪に関係する少年がどれほどのことを考えているかについて調べた上で言った方が良い。厳罰化が抑止力として効果的なのは、そもそも犯罪に手を染めない人間に対してであり、犯罪に走る者には抑止効果が乏しいとする意見がある。少年法に守られているという発言をする非行少年にしても、少年法を十分理解していないか、理解する能力に欠ける者がいることだろう。それだけのことをしたのだから当然とする意見にしても、十分な調査も無しに、捜査能力もない出版社が発表出来ることなど何もない。警察が捜査していることのおこぼれに与って報道しても、その操作内容は検察では採用されない可能性もある。その程度の情報を根拠にして、当然としているのである。この国では警察の捜査は、極めて厳格に公正に実施されているとマスコミは考えているようだ。きっと、警察官の不祥事は、マスコミの前提を崩すことに繋がるから、報道されずに闇に葬られることだろう。否、決して不祥事は発生しないのである。まるで将軍様の国の様だ。

容疑者の少年が比較的最近鑑別所を出たことに対して誤った解釈を見る。鑑別所は正しくは少年鑑別所と言い、主として家庭裁判所から観護措置の決定によって送致された少年を収容し、その心身の状態等について専門的な調査や診断を行う法務省所管の施設である。ここでの結果は、家庭裁判所に送付され、審判や少年院、保護観察所での指導・助言に活用される。つまり、少年鑑別所は鑑別という作業、よく調べて、種類・性質・真贋・質のよしあしなどを見分けることをする場所である。まったく更生に寄与しないというのは言い過ぎだろうが、更生を実施が必要と判断されれば少年院に行くことになる。この辺りの話も十分報道されていない。
被害者の13歳の少年が不登校状態で、深夜に外出していたことからすると、過去の事例からすると主犯である少年の処分は、長期の不定期刑 (10年) になる可能性が高いという。犯行の残虐性や、過去の非行を考慮して、より重い処分になる可能性もあるだろう。しかし、長期の不定期刑を軽いと解釈して良いかについて何も報道されていない。
少年法が今日の事情に合っていないという意見はもっともな話だと思う。しかし、現在の法律に従って行動することを求めるのは当然の話である。この法律に至るまで、あるいは法律が出来てから解釈や実務に関わっている人達の積み上げてきた事柄を、ただこの一瞬の感情で崩してしまって良いとは考えない。

この少年が更生しない可能性が高かろう。だから厳罰化で済ませて良いのか。懲役刑の前科のある親を持つ子は、環境に恵まれず、非行に走り易いことがあったとする。前科者は出所後も差別される。差別されない場所は、前科者の集まる場所しかない。そして、その場所が差別の対象になる。この連鎖を止めなくて良いのか。厳罰化で世の中から排除することを実現するのだろうか。それを国民が求めるのなら良い。議論さえもまともに出来ない程度の情報で、何かを決めるという乱暴さはなんなのだろう。
氏名を公開することで社会的に制裁を加えるべしという論理は了解したとしても、この制裁を決定する機関は新潮社ではない。市中引き回しの刑に掛ける手続きを国会で議論して、法律をつくって、裁判所で許可するような性格のものである。そして、市中引き回しの刑に処せられたのだから、この少年は長期の不定期刑が短期の不定期刑に減刑されるものである。これが今日この国で動いている制度だろう。新潮社は少年の刑を軽くしたいと考えているのだろうか。


この少年がカンダタでないと言えるだろうか。カンダタがいかに悪党であっても、ただ一度だけ小さな蜘蛛を踏み殺しかけて止め、命を助けたという善行を成したが故に、お釈迦様が極楽へ導こうと一本の蜘蛛の糸を垂らした。少年にカンダタくらいの善行がなかったとは言えない。私はお釈迦様ではないから、決して糸を垂らさないし、カンダタの一度の善行を持って更生の可能性を信じるほど人間が出来ていない。しかし、糸を垂らす仕事をしている人がいることは知っている。糸を垂らす人の意見も聞かずに、売れそうな情報をたれ流すことにどれ程の価値があるのかと思うのである。


法務省はなめた態度の新潮社と戦わねばならない。法務省の存続を掛けた戦いである。

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