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2014年9月10日 (水)

極右代表と撮影:高市氏と稲田氏ら、欧州メディアが批判

高市早苗総務相や稲田朋美政調会長ら自民党の国会議員3人が以前、日本の極右団体の男性代表と議員会館で撮影した写真が、団体のホームページに一時掲載されていたことが9月10日、分かった。ホームページにはナチス・ドイツの「かぎ十字」や外国人の流入阻止などの主張を掲載しており、欧州などの主要メディアが相次いで批判的に報道した。写真は議員側が抗議し、既に削除されている。団体は「国家社会主義日本労働者党」。
高市衆院議員の事務所によると、問題の写真を撮影したのは3年以上前という。「雑誌の取材を受けた際『山田』と名乗る男性が同席し『一緒に写真を撮りたい』と言うので、雑誌の出版社を信頼してお応えした。どういう方か全く知らなかった」と語った。また、稲田衆院議員の事務所は文書で「(山田と名乗る男性とは)雑誌取材の記者同行者として一度だけ会い、その際、写真撮影の求めに応じた」と回答。「その人物の素性や思想はもちろん名前も把握しておらず、それ以後何の関係もない」という。西田昌司参院議員の事務所は「撮影を頼まれたら普通は断りにくい。極右団体のリーダーとは全く知らなかった」と説明した。(毎日新聞:9月10日)


自民党と極右団体の話題である。


自民党の右側のメンバーの名前が出てくる。民主党政権時代に当時の菅首相に口汚くヤジを飛ばしている議員が話題になった。若手ヤジ将軍四人組と称された自民党議員は、稲田朋美、西田昌司、丸川珠代、森雅子である。簡単にまとめると安倍一派である。超党派の保守系議員連盟である創生「日本」とも重なる。創生「日本」が現在活動しているのか分からないが、構成員は右翼と呼んでよろしいのではないかと思う。
さて、記事の三名について確認する。

高市早苗は、1961年3月7日生まれの53歳である。先の大戦について、自衛の為の戦争だったと発言している。戦争に負けたから侵略と言われるという論理なのだろうか。中国に理解を求めても難しいし、米国も認めないだろう。近代の戦争で、侵略を全面に掲げたものなどないだろう。最初は自衛という言い訳を付けて侵略を開始するものである。これは事実関係の問題というより、作法に属することだと思う。

稲田朋美は、1959年2月20日生まれの55歳である。内閣人事局の看板を描いた人である。安倍はみずみずしい字と評しているが、みずみずしいには幼稚なとか、拙いとかを示す暗喩表現の手法でもあるのか。あるいは山口の方言でもあろうか。揮毫という表現をマスコミは使ったが、いっそ御筆と表現するのが良かろう。字が下手なのとは無関係に、戦争責任はないという立場である。また、尊属殺人規定の復活を主張している。これは後で書く。こんな発言も過去にあった。若者に農業に就かせる『徴農』を実施すれば、ニート問題は解決するというものである。この弁護士は農業を随分と単純な仕事だと理解しているようだ。

西田昌司は、1958年9月19日生まれの55歳である。父親も元参議院議員である。稲田朋美と仲良しのご様子で、各種シンポジウムや部会で行動を共にすることが多いそうだ。日本軍の「慰安婦」強制を否定している。三人の中で扱いが小さいのは、肩書が小さいからという理由だろう。今回の内閣改造で、参議院は冷遇されている。参議院なら女性でないといけないのが今日の自民党の人事と解釈してはいけないのだろうか。


極右団体代表の男性について、英紙ガーディアン(電子版)は、インターネット上での発言などから男性は「ヒトラーを崇拝している」などと指摘。「(高市らが)男性と信念を共有しているという証拠はないが、安倍首相が政権をさらに右傾化させているとの批判に油を注ぐだろう」との見方をしている。高市は天理教信徒だが、みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会でもあるので、ある種の政教分離がなされているようだ。靖国神社を宗教とは思っていないのなら成立するが、国家神道との整合性までいくと宗教の素人には難しい。信徒と称するところが、票を得るという現世利益によるものである可能性を考えたら、個人の信条に立ち入って良いのかという問題に発展してしまう。ここまでとする。
ユダヤ系の団体は、ヒトラーと結びつくことに敏感である。ヒトラーを崇拝する人物を野放しにしておくこと、その人物に無警戒に政治家が接触すること、これらは即ちヒトラーを支持する者であることの証と解釈するだろう。日本がキリスト教でない国であることで、ユダヤ系の団体から好意的に見られる可能性があるが、先の大戦でドイツと組んだことと合わせてヒトラーを支持となれば話は変わる。知らなかった、ウェブ上から消させて政治利用を止めたという程度では弱い。脇が甘いということだ。


尊属殺人について書く。
1973年4月4日最高裁は、尊属殺人について判決している。15人の裁判官が意見を述べている。8人の裁判官は、尊属殺人を普通殺人より重く罰すること自体は違憲とは言えないが、尊属殺人罪の法定刑が、死刑、無期懲役に限定されるのは違憲である、と主張している。6人の裁判官は、普通殺人と区別して尊属殺人を規定しておくこと自体が意見であると主張した。1人の裁判官は合憲と判断した。対象となったのは3件の尊属殺人事件である。尊属殺人に関する法律の規定は違憲につき無効とする判決が出た。

その中の一つが、1968年10月5日に栃木県で娘が父親を殺した事件である。父親を殺した娘は29歳で、14歳から父親と夫婦同然の状態にあった。もちろん、娘が望んだことではない。娘は父親との子を5人生み(2人は生後まもなく死亡)、他に中絶を繰り返している。
尊属殺人の法定刑は死刑、無期懲役である。軽い方の無期懲役を適用するとして、心神耗弱、情状酌量で減刑するとしよう。刑法68条の減刑の規定は、無期懲役は7年以上の懲役、有期の懲役は二分の一に減じるとある。無期懲役は、心神耗弱により懲役7年に、懲役7年は情状酌量により3年6カ月とすることが可能である。尊属殺人を巡って検察が悩ましいと感じるのは、執行猶予が付けられるのは懲役3年までであるということである。つまり、尊属殺人となれば実刑は免れない。最高裁で扱われた3件の判決経緯を下に記す。

■ 3件の尊属殺人事件の判決
    事件名              1審       2審           最高裁
  栃木県の父親殺し事件         無罪      懲役3年6カ月    懲役2年6カ月・執行猶予3年
  秋田県の姑殺し未遂事件    無罪    懲役3年6カ月   懲役2年・執行猶予3年
  奈良県の養父殺し事件    懲役5年   懲役3年6カ月    懲役2年6カ月

栃木の件は違憲判決の話に扱われる代表的な事例である。犯行に至る経緯を読むと気分の悪くなる。法律家出身の政治家なら、この不快な事件をどう扱うのか妥当か示して貰いたいものである。逆に、親が子を虐待した場合の罪も重くするのだろうか。
尊属殺人など扱うことはないだろうから書いた。普通殺人が現行法で、5年以上の懲役、無期懲役、死刑である。法律を改めなければならない事情が理解出来ない。尊属殺人がなくなったことで最も利益を受けたのは検察である筈だ。多くの事情を抱える犯罪者に重い求刑しか書けない立場は苦しかろう。無論、それが仕事である。ならば、立法府の人間にも苦しい仕事を担って貰おうと思うのである。


字が汚いのはご愛嬌だ。しかし、汚いことを気にしないことは危険だと思う。あるいは美意識が破壊されているか。

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