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2014年7月10日 (木)

電車で落とした時計が見つかった

朝の混み合った電車から降りようとしたときに、左腕が引っかかった感触はあった。乗り換えの流れに遅れないように電車から降りた。ホームから階段をあがる時に時間を確認しようとしたら時計がない。腕にベルトの跡が残っているから、朝からしていたのは間違いない。確かに久し振りに使う時計だったが、時間をテレビの時刻に合わせて、ゼンマイを巻いた記憶はある。ホームに落としたか確認したが見つからない。鞄に引っ掛っているかと見たが何もない。約束の時間に遅れるので、駅に落し物の問い合わせをするのは帰りにすることにして、そのまま目的地に向かった。私鉄の駅に乗り換えに、JRの改札を出た辺りで左腕がすうすうする気分であった。

帰りにJRの改札窓口で事情を話した。電車の中で落としたのは確実ではあるが、他人の鞄に引っ掛かる可能性もあるくらいの込み具合であったし、車内の床に落ちてしまって気が付かなければ踏みつけられるのは必然だろうと思った。まあ、それでも少々惜しい気持ちもあったので話してみることにした。
改札の駅員に腕時計を紛失に至った経緯を説明した。電車に乗った時間と到着時刻は記憶していたし、終点の駅の到着予定時刻も言える。大体落し物というのは、終点の駅で届けられる場合が多いが、朝の電車で拾ったものを、朝届けたかは怪しいと推定していた。自動改札が増えたので、駅員の前に来るのはICカードのエラーが発生した人と、遠距離の精算の場合が多いようだ。精算は比較的簡単な作業になっていて、前に一人説明を受けていて長いと思ったら、その女性も落し物の対応であった。精算の人は先に通して別の駅員が対応したが随分と待たされた。事情を説明すると終点の駅に電話を掛けた。時計のメーカ名や、文字盤、素材、ベルトと説明したが、メーカ名のロンジンが通じない。鉄道会社の社員に対して時計に詳しいことを期待はしないが、それほどマニアックなブランドでもない。二十代後半と思しき男性職員は丁寧ではあるが、気が利かない。長いやり取りの末に、終点の駅に該当するものがあることが確認された。
落し物を受け取る方法としては、駅から宅配便で送る方法と、駅に直接受け取りに行く方法があるという。宅配便は料金が高いので、直接受け取る人が多いと説明があった。国鉄時代は各駅に輸送する仕事をしていて、落し物を主要駅に転送するサービスがあったと人から聞いた記憶があった。駅に転送することが出来ないか訊くと出来ないと言う。貨物が別会社になれば人を運ぶ会社では廃止される内容である。終点の駅が反対方向なので往復の料金が高いし、時間も随分と要する。宅配便の料金を念の為確認すると800円しない金額だった。話が違うと指摘すると、ここの駅からなら往復する方が安いと言う。どこから来て、どこに向かったかは冒頭に時間付きで説明した。間抜けな注意力の散漫というのは、業種を選ばずどこにも転がっているものである。駅での保管期間は2週間で、その後警察に移動するという。先に移動して便利になる法改正などないものだ。法改正は行政側の負担軽減の方向で修正がされる。これを効率化と呼ぶのだが、住民サービスの在り方として正しいかはどうかは疑わしい。それはさておき、後ろを見ると電車が到着して沢山の人が流れてくる。おまけに、自動改札で済まない人が多い。後の人に譲って、ついでにそこを後にした。

落としたロンジンの腕時計というのは、手巻きの古いものである。叔父がロンドンにいたときにハロッズで購入したというフィクションを仕立てているが、本当のところは近所のフリーマーケットで500円で購入したもので、4時間経つと30分余分に進むというものであった。この対策をしようと、スクリュー式の裏蓋を工具を使わずマイナスドライバーと金槌でゴリゴリやって、裏も表も周辺も傷だらけで、風防など濁って見難い状態だった。
ハロッズがセルフリッジであってもよいが、1970年代と思しき機械式の時計の価値は、クォーツ時計が一般化する直前であるから、普及品から高級品までラインナップは幅広い。17石の手巻き品など19,800ビート(5.5振動)という程度だろうから、クォーツの2の15乗Hzに性能で及ぶ筈もない。無くし掛けた時計は、新しい技術が広がる前の普及品という程度のものだろう。時計本体は専門家にオーバーホールを依頼し、ケースがステンレスであることを良いことに磨き粉で傷を修正し、風防はプラスチックであったから歯磨き粉で磨いた。ドロドロの革ベルトは適当な市販品を購入し、既に三代目になっている。今回、確認が早かったのは、この革ベルトが灰色の妙な色で、区別が付き易かったことも良い方に作用しただろう。紛失の引き金になったのは、革ベルトを固定するピンが甘くなっていたからで、引き取ったときに片側が外れていた。ピンの側より、時計本体の穴が摩耗して緩んでいると見た方が良さそうだ。
この頃のロンジンはオメガと並ぶスイスブランドだったろうが、現在では統合されたスイス時計業界での地位は下がっている。大体三番目より下に位置されれば、特定の領域に差別化を実現出来なければ消えていくというのが経済活動の原則になっている。こんな古い安い時計を後生大事にされては、スイスの時計会社も商売にはならないだろうが、スイスの現在の時計産業は機械式の高級品に支えられていることを考慮すれば、伝統の継承というかブランドの維持という文化活動は必要な費用に位置付けられそうである。文化的な価値は乏しいものではあるのだが。

拾ってくれた方は、恐らくこの時計を見て価値があるとは思わなかった筈だ。それでも駅係員に遺失物として届けてくれたことに感謝しなければならない。拾ったことの権利については放棄されていた。これがJRの規則によるのか、別の法規によるのかは知らない。確実なのは、この国のベースは暮らすのに良い国であるということである。


無くし掛けたボロ時計を大切にする理由が出来てしまった。

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