« サークルKサンクス:カフェ併設店3年で100店に | トップページ | ブログまとめ »

2014年6月 8日 (日)

桂宮宜仁さま逝去 66歳、三笠宮さま次男

三笠宮さま(98)の次男、桂宮さまが6月8日午前10時55分、急性心不全のため東京都文京区の東大病院で亡くなられた。66歳。名前は宜仁。天皇陛下のいとこで、皇位継承順位は第6位だった。1988年に急性硬膜下血腫で倒れた後、リハビリに励み公務に復帰。車いすで積極的に国内外を訪問した。近年は敗血症で体調を崩すなどして入退院を繰り返し、関係者によると、ほぼ寝たきりの状態だった。
皇族が亡くなったのは、2012年6月、三笠宮さまの長男寛仁親王以来。天皇、皇族で構成される皇室は21人に、皇位継承資格者は5人になった。桂宮さまは結婚しなかったため、桂宮家は途絶える。(共同通信:6月8日)


皇室での不幸な話である。先日、お祝い事を書いたので、避けるのも如何かと考えて扱うこととする。


亡くなった桂宮宜仁親王は、三笠宮崇仁親王と同妃百合子の第二男子である。三笠宮崇仁親王は、大正天皇と貞明皇后の第四皇子である。つまり、昭和天皇の弟で、今上天皇の叔父になる。
このブログでは敬称を付けないことにしている。引用文は日時表示や半角全角の表記は統一するように修正を加えるが、敬称をカットしたり別のものに置き換えると文章が変わるし、著作権上の扱いとしても好ましいものではない。よって、引用元の表記に従っている。しかし、マスコミの用語で皇室向けに使われる嫌いな用語の "さま" というのが頻繁に出てくる。敬称を使うなら殿下 (天皇、皇后なら陛下である) を用いるのが相当である。桂宮宜仁親王殿下が相応しい。よそと違う表現をすると右翼から嫌がらせを受けると心配しての行動かもしれないが、ことさらに騒ぐ右翼に教養があるとは思えないから、正しい用語を用いても騒ぐものだろう。まあ、こっちに向かって騒がれても、キャパシティーが小さいのでご遠慮願うよりないのであるが。
最近はなくなったようだが、以前は宮家を苗字のように扱っている記事が多かった。2012年に亡くなった寬仁親王の呼称を、三笠宮寬仁親王と扱っているものがあったと記憶する。三笠宮は宮号は賜っていなかったから誤用である。皇族が学校に行く場合には、宮家を苗字のように扱っているようだから、便宜的に用いるのを否定するほどのことではない。元締めである宮内庁の発表では、伝統的な表現をして、一部分かりやすい表現を用いるという柔軟な対応をしているから、目くじらを立てることもないとも思うが、 "さま" だけは許せないでいる。

さて、今回の記事の報道において、逝去を用いているが伝統的な表現をするなら薨去 (こうきょ) となる。天皇陛下などの場合に用いられるのは崩御 (ほうぎょ) で、皇太子などの場合には薨御 (こうぎょ) が用いられるそうだ。産経新聞だけが桂宮殿下薨去と表記したと主張する向きがあるが、この新聞社にそこまでのしっかりとしたレギュレーションがある訳でもないようだ。比較的最近の記事で、『皇后美智子さまの洋服を担当した……』というのがあった。皇后は同時に二人いないのだから、皇后陛下と表記するのが妥当だろう。第一、この国でファーストネームを呼ぶというのは公式な席ではない。直接的な表現を避けて、役職などで苗字さえも用いないようにするものである。馴れ馴れしさは確実に無礼につながる。死亡記事だけ立派な表現をしようというのは浅はかである。そんな差別化で存続できるのならばご同慶の至りではある。
また、皇室が神道であるからという理由で、ご冥福をお祈りするという表現が相応しくないという指摘も見掛ける。確かに新聞で用いたら気が利かないと思う。マスコミは宮内庁発表資料を手にしている。そこでは哀悼の意を表しますの類の表現が使われているのだから、それに従った表現を採用すれば良いだけの話である。個人がブログでご冥福をお祈りすると書いたのなら、その個人が仏教徒なのだろうというだけの話で済ませればよい。よそ様の宗教に配慮してというのは、告別式などに参列する際には一定の配慮は求められるが、世の中に多くある宗教のすべてを理解することなど出来ようもない。非日常である不幸の発生の対応にそこまでの柔軟性を求めるほど高い宗教教育をこの国の義務教育では施していない。それならば、悲しさを表現するのに自分の信仰の言葉を用いるのは、礼節をわきまえることと、真に悲しみの感情を持つのなら批難される話ではない。逆に、他人に押し付けてはならないというのは当然ある。

三笠宮崇仁親王と同妃百合子には三男二女がある。下に皇室の孫を合わせて示す。

  甯子内親王   …… 1966年近衞忠煇と結婚(結婚時は細川護煇)
  寬仁親王     …… 1946年1月5日 - 2012年6月6日
                  子:  彬子女王、瑶子女王
  宜仁親王     …… 桂宮:1948年2月11日 - 2014年6月8日
  容子内親王   …… 1983年千宗室と結婚
  憲仁親王     …… 高円宮:1954年12月29日 - 2002年11月21日
                  子:  承子女王、典子女王、絢子女王

三人の親王を亡くしたことは悲しいことだと思う。つい先日、孫の典子女王の結婚が決まったばかりである。残念な話である。


マスコミにまだ若いという愚かな表現を用いる者がいる。若くない死というのは何歳をいうのか。もう少し生きてというなら、もう少し早くという表現も成立するのか。元気に長生きして欲しいという単純な願いに、亡くなった方へ向けての悲しみを重ねればそうなるのだろうが、安直すぎやしませんかと感じるのである。平均寿命で相対化した若い死を、早いと単純な表現を排除して文章に表せないのだろうか。それを生業とするなら求められて当然だと考える。
今回のことは、心中察するに余りある。三笠宮崇仁親王殿下は98歳、同妃殿下は91歳である。長寿は喜ばしい。そうでなけばならない。


皇室の話題のページのアクセス数が非常に高くなっている。不思議だ。

« サークルKサンクス:カフェ併設店3年で100店に | トップページ | ブログまとめ »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« サークルKサンクス:カフェ併設店3年で100店に | トップページ | ブログまとめ »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ