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2014年5月21日 (水)

韓国船沈没 家族「最後まで捜索を」

地韓国南西部沖のフェリー「セウォル号」沈没事故について、朴槿恵(パククネ)大統領は5月19日、海洋警察庁の解 体などを含めた国民向けの談話を発表した。船舶検査で不備を見逃した原因となった官業癒着を反省し、元公務員の天下りを禁止するなど、大幅な国家システム の改変を強調した。六月の統一地方選を前に、収まらない政府批判に対処した形だが、犠牲者家族やメディア、識者からの反応は相変わらず厳しい。
事故対応では、現場に駆けつけた海洋警察が積極的に船内捜索を行わず、時間を無駄にしたことが批判を浴びた。海洋警察庁の解体はこれに応じたものだ。だが、犠牲者の家族代表は談話を受け、緊急会見を開き、「最後の一人まで捜索することが最も重要なのに、言及がなかった。談話で海洋警察の担当者が動揺し、捜索に影響することは火を見るよりも明らかだ」と反発した。
夕刊紙の文化日報は「組織改編だけでは、官僚主義の発想の延長でしかない」と、公務員の意識改革を要求。野党・新政治民主連合のキム・ハンギル共 同代表は「大統領が責任を負わない単純な組織改編では、根本的な対策にならない」と批判した。朴氏が談話発表後、韓国型原発の竣工(しゅんこう)式出席の ため、アラブ首長国連邦(UAE)へ渡航したことについても、同党の別の幹部から「必要があるのか」と疑問が投げ掛けられた。(東京新聞:5月20日)


大きな事故について考える。


フェリーが沈んだ原因は過積載にあるようだ。安全管理が適切に行われていないことも問題がある。問題のある会社であるとすれば、問題など幾らでも出てきそうではある。利益を求めて安全を置き去りにするというのは、ダメな経営の典型例ではある。安全上の問題が発生した場合の被害の大きさを考慮すれば、会社経営上のバランスとしては安全を重視するのが妥当だと思う。安全を軽視して利益を求めるというのが経営上優位に働くのは、短期に利益を出して撤退するという選択だろう。実際には短期が難しく、まだ事故は起きないと長く利益を出すことをして、致命的な事故が発生するということになることは歴史の示しているところではある。
安全を軽視して法令を無視して利益を出す経営者がいたとする。法令無視を繰り返す企業を取り締まる役割を負った役所があるだろう。法令無視を継続可能とするのは、この行政機関と企業との癒着関係が強いことが重要である。事故の大小は置くとして、この図式は典型的な癒着の構図である。この韓国の事故でも似たことが確認されている。特定のルートに競争が生じないように認可を与えていたこと、積載量の監視を行っていないこと、船舶の改造について適切な検査を実施していないこと、いろいと挙げられるだろうが、どれかひとつを指摘すれば全部を行わなればならないから、ひとつだけするというのはなくて、全部するか何もしないかの選択になる。そしてこの選択は、必ず後者が採用されることになる。

韓国の文化なのだろうか、身内に対する感情表現が日本人には非常に大きく見える。身内は家族から親戚関係、出身地というように拡大していくようだが、公共性との比較で身内が劣ることがない。そもそも公共性という概念はないのかもしれない。被害で犠牲になった家族は泣き叫ばなければ家族を大切に思っていないと批難される。それが怖いからフェリー会社や国を泣きながら攻撃する。身内の概念は、家族、親族、同郷と拡大していくが、国を中心とした公共性というところにゴールはない。
家族を殺した者がフェリー会社で、この会社を悪者にしておけば国の機関に矛先は向かない。そうはいっても国の対応に問題があったのは事実なのだから、政府ではなく特定の行政機関の責任にしておくというところだろう。フェリーの救助活動に問題があったのは事実だから、この辺りに焦点を当てて置けば国民の批難の矛先は政府には向かわないという思いなのだろう。そう簡単に済みそうもないと極東の島国に暮らしていると思うのだが、大陸の考え方は別のところにあるのかもしれない。
韓国人の高校生を中心とした若者が犠牲になったということで、韓国人なら悲しまなければならないというある種の脅迫的な状況があるようだ。自粛ムードの強さがそれを証明している。自粛するだけで済むことではないのは明らかだが、喪に服すというのはどこにもあることだし、日本でも東日本大震災の後にはあった。しかし、自然災害とある意味人災的な要素の多い事故とを同じに考える合理性は乏しいように思える。ここら辺りが国の違いなのだろうか。

韓国大統領は、フェリー会社の過去の違法行為について罰則を科し、企業が不当に蓄えた資金を被害者の見舞金に使うことを表明している。違法行為に罰則を科すのは当然だが、企業と被害者の間の民事に国が口を挟むというのに強い違和感を覚える。いつから国は特定の団体の取り立て屋になったのだろうか。国は成功報酬を受ける計画でもあるのか。警察が民事の取り立てに来て、一割を手数料で撥ねる。別にヤクザ者ではなくて弁護士が取り立てに来ていて揉めて、取り立てられる側が警察に通報したら、警察の方を持ったので公取委が調べたら談合があることが分かったなどという話が彼の国にはあるのだろうか。
妄想はともかく、どうしたものかと思うのである。韓国は先進国であり、自由主義の国だろう(若干の疑問は置くとしよう)。船長を殺人で訴えようということだが、事後法で処理しようと大統領が発言するのに驚かされる。単純に、国民の感情を政府ではなく、フェリー会社に誘導しようというところなのだろうが、国のトップがこの根性で良いのかと、他所の国のことながら心配になる。きっと韓国にもそう思う人も沢山いるのだろうが、そのような発言をすると世の中で生き難いという事情があるのだろう。愚かな話ではある。


フェリーも地下鉄も運営は日本人に任せるのが良いという意見は出ないのだろうか。

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