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2014年4月20日 (日)

石破氏、解釈変更先送り提案 集団的自衛権、首相は難色

憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認について、自民党の石破茂幹事長が今月2日、公邸で安倍晋三首相と会談した際、解釈変更の閣議決定を先送りしたうえで、自衛隊法など個別法の改正で対応することを提案していたことがわかった。ただ、安倍首相はこの案に難色を示し、結論は出なかった。
石破氏は、集団的自衛権の行使容認に積極的だが、これに慎重な公明党に配慮する立場から提案した。政権幹部が明らかにした。石破氏の提案には、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認を先送りすることで、これに慎重な公明党の理解を得る狙いがある。今の憲法解釈で認められる自衛隊法や周辺事態法など個別法の改正にとどめる案だ。例えば、尖閣諸島をめぐる安全保障上の懸念にも、一定程度対応できるとの判断がある。(朝日新聞:4月20日)


集団的自衛権について考える。


現在の政権は2012年の衆議院選挙で自民党と公明党が多数の議席を得たことで成立している。この選挙で、二党が何を主張していたかを確認してみる。高々二年半しか経過していなにのに、既に随分と昔の話のような気がするが、昔話にしてしまうことは為政者に巻きついた制限する鎖を解くことになるからもう少し慎重でなければならない。さて、自民党の政権公約の外交・安全保障にこうあった。

    日本の平和と地域の安定を守るため、集団的自衛権の行使を可能とし、「国家安全保障基本法」を制定します。

経済関係の話ばかり主張していたと思ったら、集団的自衛権の話もさりげなく載せていた。日米同盟の強化のもとという言葉が冒頭にあるから、米国との連携によって平和と安定を実現しようと考えているのだろう。しかし、米国は自国の平和と利益を当然優先するから、日本に比べ既に中国との貿易額が大きい状況にあって、東アジアの平和と安定の価値で日本を優先するかどうかは分からない。相手国の都合は、事情によって変わると思わなければならない。そんなに米国を信じて良いのかには疑問を持つが、信じられないから重武装するのが良いというのも無理がある。外交というのは歴史を含めた交渉事だから、戦力の拡大と歴史を見比べて誤解される可能性はある。もしかしたら新世紀大東亜共栄圏構想があるかもしれないのだが。それはさておき黙らせるに充分な戦力をそろえようとすれば、当然のことながら予想以上の軍事費の拡大を招く。
公明党の話に移る。同じく2012年の選挙時のマニフェストの外交分野を確認する。

    日本外交の再建に向け、公明党は「行動する国際平和主義」の理念を掲げ、核軍縮の推進、人間の安全保障分野で
    貢献する平和外交を推し進めます。同時に、国際的な経済連携を展開します。

平和を党の看板に掲げる政党だけあって、軍縮であるし、他国との関係強化による平和の実現といった内容が語られている。少なくとも、この政党から集団的自衛権の行使という話は出てきそうにない。
外交だけで済まそうというのは理想論に過ぎないという話なのだろうが、説明不足の感は否めない。選挙のときの公約では、経済の回復、デフらからの脱却というのが良く使われて現在にまで続いている、東北の復興、掛け声は残っているが東京オリンピックの開催も決定し東北より首都圏重視に移りつつある、というのが大きな声で話されていた内容だろう。その後にエネルギー政策というのがあったが、自民党はしれっと原発推進を表に出してきた。
自民党の高村は、砂川事件判決を集団的自衛権の根拠に持ち出したが、これはいくらなんでも無理筋だろう。砂川事件判決で最高裁が統治行為論を用いたのは1959年であり、このときの論点は自衛隊が違憲であるか否かに軸とした個別的自衛権の話である。飛躍するというより、言葉だけ拾って現代の解釈をする態度が、アジアの国から日本が侵略したことを正当化する動きにつながると警戒を引き起こす可能性がある。この筋の悪さと言ったらない。慰安婦問題についても同様の性質があるが、ある時期に決定した事項を歴史的な事実と異なるから見直すと気軽に口にすれば、日本は再び東アジアの開放を口にして領土拡大を目指すと思われると考えなければなるまい。決定したと表明した、つまり確定した裁判をやり直すにはそれに足る証拠の提出の必要がある。しかも、これは刑事事件のように推定無罪の立場ではなく、決定事項の訂正による損害が生じても修正が必要であるとするだけの論理がなければならない。そうしないと、もう何年かして中道左派の政権が成立して再び見直すなどとなったら、不安定で仕方がない。この不安定さが国際的信用を失わせる元になるのである。つまらない屁理屈を言うのではなく、正面から集団的自衛権の論戦を張った方が潔い。

今回、石破が慎重な態度を取ったのは、公明党のご機嫌伺いをしておかないと選挙が戦えない自民党の事情を理解しているからだろう。自民党が国会でこれだけ勢力を有していても、選挙基盤が盤石という訳にはいかない。多くの選挙区で公明党、実際には創価学会の支援がないと勝てないまでに自民党の地方組織が弱っている。自民党は地方に公共工事を大量に発注する状況にしたから、昔の安定与党時代に戻ると錯覚する者もあるのだろう。しかし、地方の土建屋は公共事業の継続性に不信感があるから、社員を増やしたり、子供に事業を継がそうとしたりすることに慎重になっている。だから、入札が不調に終わるという結果を招くのである。金を出せば仕事をするだろうというのは素人の発想である。その先に苦しいことが予想されれば、血を吸われるだけの仕事をしようとは思わない。弱い組織を認識していれば、公明を維新に置き換えれば数は足りるという思想は出てこない。組織の弱い政党と組んでは持たない選挙区が多い。それなら自らの政党に主張を実現するのにどうしたら良いかと問われれば、愚直に自分の主張を行うだけのことである。無駄に長い時間を掛けて合意を形成するというのが民主主義というものだ。


最近の政治家に小さな知恵はあっても、大きな知恵と度胸は持ち合わせていない。そういえば顔も小狡い人相だ。

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