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2014年4月19日 (土)

最高齢92歳の死刑囚が病死

法務省は4月19日、東京拘置所に収容中の石田富蔵死刑囚(92)が同日午前に死亡した、と発表した。国内の死刑囚では最高齢だった。死因は前立腺がん。2009年6月から所内の病棟で治療を受けていたという。
確定判決によると、石田死刑囚は1973年8月、埼玉県川口市内で、交際中の女性の首を絞めて殺害。翌1974年9月には、同県鳩ケ谷市(現・川口市)の飲食店に盗み目的で侵入し、経営者の女性を絞殺した。裁判では、1973年の事件については殺意を否認し、1974年の事件は「関与していない」などと争った。しかし1989年に最高裁で強盗殺人などの罪で死刑が確定した。支援者によると再審請求が棄却され、再度請求する準備を進めていたという。石田死刑囚の死亡で、全国の拘置所にいる死刑囚は131人になった。(朝日新聞:4月19日)


死刑囚について考える。


記事にもある通り、現在収監中の死刑確定囚は131名である。この内 6名が女である。死刑確定した時期に差があることに注意を要する。現在収監中の死刑囚の平均年齢と最年長、最年少をまとめた。収監中なので、先に再審決定がされた袴田巖は含まれていない。

■ 4月19日時点の死刑囚131人
   平均     56歳
   最年長   88歳
   最年少   29歳

いろいろな事情があるのは明らかなので死刑が確定してからの現在までの日数についても同様に平均、最大、最小をまとめた。

■ 4月19日時点の死刑囚の判決確定からの日数
   平均      3,092 日 ( 8.5 年 )
   最年長    15,864 日 ( 43.5 年 )
   最年少       36 日 ( 0.1 年 )

今年の3月14日に死刑が確定した事案があるので、最も短いのは1月程度である。長いほうの確定から43.5年というのには少々問題がある。刑事訴訟法で刑の確定があってから6カ月での刑の執行することを規定しているからである。行政の違法行為に合理性をもたらしているのは、再審請求や恩赦出願中が行われていること、死刑囚が心神喪失の状態であることなどがある。心神喪失はともかく、再審請求をしていれば執行が停止されるというのであれば、繰り返し再審請求を行えば執行されないことになる。つまり、死刑制度の運用はできなくなる。再審請求は執行を制限しないというのが当局の考え方で、一定の合理性があると認められているようだ。実際の例として、2013年12月に刑が執行された加賀山死刑囚は、再審請求準備中であり、刑の確定から1年半と短かった。つまり、刑の確定から順番に執行されていく訳ではないことである。
第一審で刑が確定した場合と、最高裁まで争った場合で執行時期に差があるかとリストを眺めてみた。第一審で確定している例は少ないながらもあって、実際には控訴取り下げをして確定しているのがほとんどである。1993年以降の確定囚では22件(執行済み含む)あった。死刑判決を下すにはいろいろと制限が加わった運用がなされており、死刑以外の刑の選択はないと判断された場合にのみ適用されている。問題があるのは、冤罪の可能性であり、その疑いがないのなら、現在の法律を運用するなら速やかに執行するよりほかにない。

再審請求をしていないのだから冤罪はないだろうというのは、冤罪の発生がある状況では楽観的過ぎる見方だと思う。本人が認めたのだから良いというのは、自白を唯一の証拠として処罰していた時代の考え方と同じように見える。それではどうするのかという案を持ってはいない。死刑廃止論者ではないのだが、国際的な批判を受けて死刑制度を維持するというのは難しいとは考える。
死刑制度が犯罪の抑止力になるというのには疑問を持っているし、冤罪が発生することは少ないにしてもゼロではないと思っている。人間が関わる仕事で間違いがないと考えることこそが、間違いを発生するもとであるというのは、多くの事故で経験してきた真実であろう。死刑制度が敵討ちとしての制度ではなく、社会の秩序を維持する為に刑全体の平衡を取るのに必要な制度というのが現実のところだろう。死刑をなくして制度の平衡を作るというのは、そんなに難しい話ではないのだろうが、厳罰化の流れがある中で法律を仕上げるのは大変なのだろう。なんといっても、刑法の改正という仕事は、国会議員の票になるものではない。
死刑制度を存続するか否かはきちんと議論しなければならない問題である。廃止ならその後の状況も、当然現在の状況も細かく公表される必要がある。情報は公開されているのに、関心がないが故に放置されていることが多いように感じる。以前書いたことがあるが、無期懲役刑の仮出所が20年に満たないと思っている人が多いようだが、現実には長くなっている状況がある。そして、有期懲役で出所した人に社会は冷たく、行き場がなく再犯となることが多いことも事実としてある。これをもって犯罪に関わるのは、先天的に問題があると考えるのは強烈な差別意識である。暴力団を好まないが、暴力団員が更生したくても行き場がない状況では、別の犯罪集団になるだけという図式は動かない。もっと広く社会制度のありようとして考える必要があるが、互助的な考え方が嫌われる時代であるようだ。権利と義務の綱引きを好み、倒れた人を助ける気持ちを偽善のように見てしまうと、生き難い世の中になっていると息苦しさを覚える。それをグローバル化といって、その一方で、在日外国人の排除に動くというのは、理解するのは難しい話である。
死刑囚のデータは複雑なので、もう少し考えてみることにする。

なんだか、中途半端になってしまったので、韓国のフェリー転覆事故について加える。被害者の家族の嘆きはもっともであるが、国によって表現は異なることに驚く。海に向かって大声で叫んだり、集会でマイクをつかんで会社や政府を批難したりするのは、心情は理解できても行動にはびっくりする。韓国では、こういうときに泣き叫ばなければ家族のことを大切に思っていないと、周囲に誤解されてしまうという風習があるのだろうと想像するが、本当のところどうなのだろうか。誰かを批難することを愛情表現に用いるというのは、巡り巡って自分に返る気がするが、その思想が日本故と言われればうなずくよりない。


潮の流れが速いのと、随分と水が濁っていることを初めて知った。

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