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2014年4月11日 (金)

改正少年法が成立 有期刑上限20年

罪を犯した少年に言い渡す有期刑(懲役・禁錮)の上限を15年から20年に引き上げる厳罰化が柱の改正少年法は、4月11日午前の参院本会議で自民、民主両党などの賛成多数により可決、成立した。5月中に施行される見通しだ。
現行法は、成人なら無期刑となる犯罪の場合でも、犯行時18歳未満の少年であれば10~15年の有期刑に緩和できると規定。改正法は、この上限を20年に引き上げた。判決時20歳未満の少年に短期と長期の刑期を示す「不定期刑」について、現行法は短期5年、長期10年を超えないと定めているが、短期10年、長期15年にそれぞれ重くした。「懲役1年以上15年以下」のように量刑の幅が広がり過ぎるのを防ぐ規定も設けた。より適切な事実認定を実現するため、検察官が少年審判に立ち会える対象を殺人や強盗などだけでなく、窃盗や傷害などにも拡大。少年の権利保護に配慮する観点から、国選付添人の弁護士が立ち会える対象も併せて広げた。犯罪被害者団体などを中心とした少年の厳罰化を求める意見を受け、法制審議会(法相の諮問機関)が法改正を検討。昨年2月、谷垣禎一法相に改正要綱を答申した。(共同通信:4月11日)


少年法の改正について考える。


少年の刑法犯で凶悪な事例が目立つことから厳罰化した方が良いという意見がある。この意見に二つの点で疑問がある。少年の凶悪犯罪が増加しているのか、厳罰化が犯罪抑止につながるのか、という疑問である。少年犯罪全般について言えば犯罪検挙数は減少傾向にあるのを犯罪白書を読んで確認した(2013年2月6日ブログ)。抑止力になるか否かという議論は、因果関係がないという論理の方に分があるように感じられる。犯罪に手を染める人間が理性的に損得を判断するとは思えない。少なくとも凶悪犯罪については、理性より感情が先に行っているように想像する。なお、警察白書の定義に従えば凶悪犯罪は、殺人、強盗、放火、強姦を指す。
厳罰化の流れというのは、被害者感情にそった部分が大きいと感じる。少年犯罪では、犯罪をした事実が明らかになっても名前も伏せられて特定されないようになっている。これが被告人の人権を守る為に必要というなら、被害者の人権はどうなるという論理である。心情的には理解するが、社会制度にこれを展開するとなると難しいだろうと想像する。つまり、これを支持しない。理由は単純で、刑法で人身の自由や財産の取り上げを規定するのは、憲法の基本的人権に対する例外として適用されるべき事柄を列挙しているものと理解している。犯罪をしたという事実を国家権力が明らかにしなければ個人は罰せられないという罪刑法定主義の原則である。被害者側に何が生じるかというのは、法律を犯す者の先にあるものなので事前に規定するのが難しい。狭く規定すれば期待した効果がない。ということは、緩くの方向にしか期待する効果はないだろう。しかし、現状のかっちりとした原則の姿を揺るがす規定を加えれば全体が緩むことになる。その先にあるのは、国家権力の暴走しかない。
本当のところ、少年犯罪について厳罰化を求めるつもりはないが、成人と区別する理由はないのではないかという疑問を以前から持っている。少年が行った犯罪に対しては刑を減ずることができると規定すれば充分だし、年齢が高くても矯正施設への入所治療が相当と考えるならそうすれば良い。矯正可能か否かを年齢で単純に判断し、一方は刑務所、他方は少年院とするのは違うだろう。そうはいっても、16歳と45歳が一緒の矯正施設に入っている状態というのは、施設管理上は難しい点があるだろう。しかし、難しいことをするとこで得られることもあるかもしれない。同じ年代の犯罪をした少年が集まっている状態というのは、検挙される前の状態に似ているだろう。大人に接することで変わることもあるかもしれないと思う。実際のところ、犯罪を経験した大人に接触して変わると考えるのは、大人の方が経験による分別があって正しいことをするという考えに立つことになる。これは少々楽観的であると同時に思う。少年犯を区別しない手法では裁判所が処理できないという事情であると考えれば、現実的な妥協点であると受け入れた方が良さそうだ。

自分の身内が被害者になった場合にそれで良いのかと詰問されそうだ。法律に従って粛々と処理されることを希望するなどというコメントを発表することはないだろう。被告人を憎んで殺したいと思うこともあるだろう。実際そうしようと思うかもしれない。それが被害者とその家族の心情だろう。しかし、法律はかたき討ちを規定しているのではない。我慢がならない世の中であるが、このくらいの我慢で済むくらいに良くなったと考えないといけないだろう。

少年犯罪の更生、矯正施設として、少年院と鑑別所がある。鑑別所は、罪を犯した少年がどのような理由で犯罪行為に至ったかを医学や心理学、教育学と言った視点から解明することを担っている。一方少年院は、家庭裁判所から保護処分として送致された者を収容する為の施設で矯正教育を行う。少年院は年齢による区分で初等(12-16歳)、中等(16-20)、特別(16-23)があり、心身に著しい故障のある者を収容する医療少年院がある。矯正の可能性については、鑑別所、初等、中等、特別の順になり、医療は特別と同じくらいとされる。年齢の若い者の方が矯正効果が高いが、年齢が高くなると効果が下がるという理解で正しいのか自信がない。医療少年院には精神疾患の受け入れに重きを置いているとされるから、精神疾患のある犯罪者は矯正が難しいと読んでしまうが、こちらは自信がないというより、この考え方が差別的に思える。
少年が更生出来ないのは、矯正施設が整っていないという考え方と、いかなる矯正を施しても効果は知れているという考え方があると思う。更生させるのは難しいという点は、再び犯罪に関わることが多いという結果が示されているので間違いはない。だが、どうせ更生等出来ないから社会の外に置いておけば良いというのは間違いだと考える。非行に走る少年に多く共通するのは、家庭環境に恵まれない、教育を受けていない、悪い仲間が周囲にいるというである。翻って、今日のこの国の状況を考えてみれば、経済的な格差の拡大と固定化が進み、親が経済的な成功をしていないと高い教育を受けることが出来ず、その結果あぶれた者がつるめばあまり良いことは相談しないものだ。少年院に行くまでの非行は限られても予備軍が増えることは間違いない。つまり、少年犯罪を減らそうとするのは、社会全体の在り方を考えるのと同じ大変な作業となるが、その結果は確実に暮らしやすい社会につながっている。重い処分にすればそれで済みという単純な思想には、この国の将来を描くという志を感じない。複雑を嫌い、単純化を希望するのが風潮のようだが、ものを考えないのは、疲れているからという理由なのだろうか。

少年の犯罪というと熱心に報道するが、老人の犯罪の方は扱いが小さくなるようだ。設定を若くして65歳で殺人で逮捕されたとしよう。殺人罪の法定刑は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役である。逮捕から裁判が確定するまで事実関係を争わないなら1年で済みそうだが、殺人ではなく傷害致死だとか、心神耗弱状態だとか言い出せば長くなる。高等裁判所まで争って3年くらい裁判に要するだろう。死刑にはならなかったとして、受刑者を男性とするとその時68歳になっている。男性の平均寿命は79歳で、健康寿命はそれより9年短いというのが厚生労働省の発表である。つまり、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間は70歳までである。自由刑として実質拘束される期間は3年程度で、それ以降は社会の病院のベッドか、医療刑務所のベッドかの違いになってしまう。つまり、老人なら5年以上の懲役刑はどれも同じようなものと言える。厳罰化の効果範囲から漏れてしまうということである。
年齢で刑罰を変えるというのは差別であると考えている。更生を期待するならそのような社会的な取り組みが必要だし、年齢によらず可能性はあるものだと思う。義務教育期間にあるなら教育が必要だが、それを過ぎていれば同じ扱いで良い。これは厳罰化を求めているのではない。犯罪を犯した者は更生しなければならないと考えるからである。16歳だから更生出来て、60歳だから出来ないという考え方を受けたくない。厳罰化がお好みなら、矯正施設の運営状態にまで議論を広げてあるべき姿を検討するのが本筋だと思う。


世の中単純過ぎて疲れる。

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