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2013年11月 8日 (金)

東電:年内に再建計画 持ち株会社化に

東京電力は2016年度にも持ち株会社制に移行する検討に入った。電力システム改革の一環として2018~2020年をめどに実施される発送電分離にいち早く対応する狙いで、年内に見直す総合特別事業計画(再建計画)に持ち株会社化を盛り込む考えだ。しかし、金融機関は、東電の経営安定が見えない中での持ち株会社への移行には慎重。政府内にも、早期の持ち株会社化に疑問を示す声もある。
発送電分離は、送配電部門を発電などとは別会社にして中立性を高め、新電力が参入しやすくして電力市場の競争を促すのが狙い。首都圏には中部電力や関西電力など大手電力も参入する方針を示している。東電は2016年度にも、持ち株会社の下に、分社化した「燃料・火力発電」「送配電」「小売り」の3子会社を置く体制に移行し、互いが効率化を図ることで、グループ全体の競争力強化につなげる考えだ。
電力会社の分社化には、電気事業法の改正が必要。政府は電気事業法の改正案を3回に分けて国会に提出する方針で、2016年施行が予定される再改正案で持ち株会社化が容認される見通し。東電は今年4月、将来の持ち株会社化をにらみ、「燃料・火力発電」など3部門を社内分社化し、人事・総務などや原発事業を含む本社機能とに再編、準備を進めてきた。
ただ、金融機関の間では「持ち株会社化に伴い、これまでの東電への融資や担保の扱いが変わらないか」(幹部)との懸念がある。政府内でも「経営状態が改善しないと、金融機関の理解が得られにくく、持ち株会社への移行は簡単ではない」(経済官庁幹部)との指摘もある。(毎日新聞:11月8日)


何度も扱っている東京電力について考える。


過去に書いたと記憶するが、発電部門と送電部門の分社は必然であると考えている。好ましくは、配電部門も別にして、発電会社と送電会社(発電所の接続部から最終の変電所まで)と配電部門(最終の変電所以降とその他のサービス=記事では小売りと称している)に分けた上で、原発部門を発電から分社して国の資本の入った法人にするのが良いのではないかと考えている。分社に反対する論理は安定供給に尽きるのだが、これを重く設定すれば新規参入はなくなる。つまり、完全独占の市場となる。この国でそのような保護政策を取るのは公正を欠くし、生産性の向上が期待できないから好ましくない。自由参入にするが、安定供給の責任も持つというのが正しい方法だろう。この責任の設定を厳しくすれば独占は維持されるのだが、参入するように仕向けることで利益を得たいと考えるなら知恵の出しようもある筈だ。
東電以外の電力会社も同様に扱えば良いだろう。特別な事情を抱える電力会社もないだろうから、原則はこれで扱う。問題があるのは、各電力会社が、NTTやJRのように国の財産であった企業ではなく、今も昔も純粋な民間企業であることであろう。これも地域独占を許す毒電禁止法の外に扱われていたことを改めて、独占状態の改善を促すという大義名分で押し切るよりない。この主張は公明正大であり、妥当な話だろう。

分社化の話など、本当はそれほど重要ではなく、下の問題にどう対応するかが本質だろう。
 ・ 福島第一原子力発電所の後処理にどこが金を出すか。
 ・ 原子力発電を今後継続するか。
この二つである。

最初の課題は、どうやったって東電で閉じる話ではないのだから国が面倒を見るより他にない。これは誰が考えても当然であるのに、これに反対するのは東電が経営破綻してないのに国が支援するのが適切でないという考え方に依っている。経営破綻していない会社を国が支援するというのは、その企業の発行する債券すべてにもれなく国の裏書が付いてくるということである、この国の商習慣に馴染ませるには難しい。とは言っても、東電を潰す訳にもいかない。東電の社債はこの国で発行される国債と同等以上に扱われていていろいろと公共性の高いところに買われている。よってデフォルトは避けたい。こんな思惑が動きを悪くする。東電を破綻処理すれば良いというのは、ある種の原理主義でしかないが、破綻処理しないで国が金を出すというのは原則から外れた行為だと原理主義者でなくても感じる。このにらめっこが何かを生み出すことはなく、先送りするだけで、より事態の混乱が進んで困難度が増すだけである。思想信条に依る行動を原理主義者も宗教家も当然のように取るが、あまりに大きな被害の出た災害の復旧を、現に生きている人の救済を実務的に達成するには心情を横に置かねばならない。
何かが壊れたときに、その復旧には造る時間の一割程度は要するだろう。仮に千年に一度の災害とすれば百年掛る。千年が造る時間でないという指摘はもっともだが、道路や橋を造り直して完了ではない。千年というのは、文明の物差しで計るものではなく、文化で計るべきものである。失われたものは戻らない。その戻らないものを、戻そうと抗うのが復旧である。姿かたちの回復をもって普及と考えるのは、文明に精神を犯された者のセリフである。文明という利便の道具は、使えない土地に居る者は他に移せば良い。移すのに掛る費用と、妥当と思われる慰謝料を算出して支払えば済むというものである。民事の裁判というのは、この便利な道具を使う手続きとして考えられた制度に過ぎない。私の大切な思い出の金額が一万円と言われても、それが百万円と言われても不満だろうが、現実に復旧不可能なものの値段を付ける作業が裁判であるのだから、百万円を一億円にしたいとして妥当性を主張するゲームでしかない。原発を推進した政治家や電力会社の幹部に、危険指定された地域に暮らせと命じる判決など出はしない。様々な社会生活の利便性の現時点での到達点がこの方法なのである。だからといって、全てが金銭で解決可能とする思想で動けば大衆という名の団体から嫌われよう。人が生きているのは不合理な感情に依っている。人が死ぬのは必然であっても受け入れ難いし、思い出で暮らしてはいけないのに、それにしがみつくものなのである。
そうはいっても放置は出来ないので作業を進めるよりない。やることは決まっているのも同然なので、原発被害 (広義のとしよう) に合った人には金銭で対応するよりない。つまり、札束で頬を叩いて従わせるということである。この暴力的で、前時代的な手法でしか進まない状況を認識すべし。戦後の憲法化で自由と平等を目指して幸せな社会が実現したと感じても、自然の前には無力であったということである。それを受け入れることが理性である。理性を保って乱暴な、そして、大衆から憎まれる仕事をするのが政治家だろう。

原発を海外に売る仕事をしていることに反発がある。原発を止めたとは言っていないのだから、批判するのは論理的に難しい。推進したいらしい人は、ひそかに仕事をするようだし、廃止したい人は、ただただ危ないと叫んでいる。この綱引きには答が無い。ただだらだらと時間を掛けるだけに終始する。
どちらが正しいか答を持ち合わせていないが、どちらかに誘導したいというなら方法を提案できる。まず、原発を廃止したい方から述べる。
原発を廃止したいのなら、現在稼働することが可能な原発の幾つかを選ぶ。廃止を叫ぶ人はどれも危険というのだろうが、危険なのはガソリンでもガスでも高圧の電流でもそうなので、相対的に危険度が少ないということで妥協して貰おう。そこで選んだ原発を稼働させて得られた利益はすべて廃炉や、安全対策に使うことにする。この結果として、推進側には、動かせば動かすほど廃炉に向かい、動かさなければ直ちに廃炉だとすれば、原発運営側は動かし続けて安全を主張するより生き延びる道はない。廃止側では、諸悪の根源のように語られる原子力ムラの利権の中心が廃止サイドに動く。しかし、ここで利権に酔えば原発廃止から遠ざかる。互いに緊張感のある関係が維持されることになる。
原発を推進したいのなら、現在考え得る最も厳しい規定を設けるよりない。この手の作業は廃止派に作らせると無駄に厳しい、つまり、不要な項目が多く必要な項目がこぼれることが発生するから、推進派の玄人が厳しい条件を提示する。廃止派がガタガタいうのに丁寧に対応すれば良い。廃止派には、放射性物質の処理方法がないのだから危険極まりないという論理の者もあるだろうが、木炭と蝋燭の生活に戻る覚悟もない者の与太話に付き合う必要はない。ここで間違っても、電力の安定供給が必要ないのですかなどとは言ってはいけない。方法を決めることをしているのであって、その結果安定が損なわれたとしても、それについては別に議論するというのが出発点である。これしかないという限定は意味を持たない。
論理的な展開は前者が面白いと思うのだが、これを主張する政治家はいないだろう。強いて選べば後者になるが、厳しい規則は設けないだろう。きっと、そう遠くない将来に、推進派はつまらない事故の発生でつまずき、廃止派は電力の安定供給が損なわれるとおろおろするという図式に陥るのだろう。
今回の分社化というのは、悪い話ではない。独占の度合いが高くて良いことが起きたためしはない。


他方を批難するだけの主張では先のステージに残れない。

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