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2013年11月13日 (水)

奨学金制度について

教育に掛る経済的な負担が大きく奨学金を利用する人が多くいるようだ。奨学金について考える。


奨学金の焦げ付きがあって問題になっているというのはずいぶん以前から話題になっていると記憶する。最近、報道番組で奨学金を借りた人が返済に苦しんでいるという放送があったから、注目度も増しているのかもしれない。
奨学金で一般的なのは日本育英会だと思っていたら古かった。2004年4月に、日本育英会、財団法人日本国際教育協会、財団法人内外学生センター、財団法人国際学友会、財団法人関西国際学友会が合併して、日本学生支援機構が設立されている。
日本学生支援機構の調査によれば、2005年度末で1年以上滞納している人が14万2,000人、不良債権として扱われる3カ月以上の滞納も18万5,000人となっている。回収率の悪い融資会社であるが、教育ローン業者ではないということだ。教育ローンよりサラ金に近いと思うのだが、そういう指摘は見掛けない。ただし、サラ金のような取り立ては出来ないという発言は見掛けるから、サラ金ではないという意識はあるものの、サラ金と比較される存在であるという認識はないようだ。この仕事は公益性の高いものであって、欲望渦巻くサラ金とは違うという誇りを持つのは分かるが、貸した金に色が付いている訳でもない。借りた人は欲望にも、高い志の実現にも使うだろう。専門書を買うこともあるだろうし、酒代になることもある。授業料になることも、デート代に化けることもある。そういうものだし、そういうのをひっくるめて学生生活だ。

貸した金なら取り立てるのが当然で、取り立てることが悪いことの様に言う感性が理解できない。世の中のほとんどは営利を目的に活動していて、営利でない事業は営利活動で生じた税金が原資になっていることが多い。恵んでやるなら恰好は良いが継続するのは難しい。この一時の話にするか、薄く長く続ける仕事に価値を見出すかの考え方の違いとなる。教育は時間を要する事業であるから、薄く長くの方が適性があると思うのである。
取り立てが苦手だったりするのだろうが、取り立て行為を行っている公務員は結構いる。税金の徴収を行っているところは容赦なく行っているだろう。容赦はあるかもしれないが、納税は国民の義務となっているから、徴税をしないことは怠慢というのでは済まなく、懲罰の対象になってしまう。
だいたい、取り立てが厳しいという話があるが、取り立てる作業などなしに、期日にきっちり返済していれば取り立て作業など必要ない。返さないから取り立てられるのであり、支払わないから厳しくなる。返さない事情があるというのは理解するが、回収側にも相応の論理がある。滞れば厳しくなる必然性はあるし、そうしなければ仕事にならない。取り立ては厳しいと決まっている。厳しくない取り立てはない。期日を守らず、説明もないという債権者から取り立てなければ事業の継続は不可能である。融資したものを、勝手に給付したものにして良い道理など、この国のどこにも転がってはいまい。

そういえば教職に就くと免除される規定があった気がして調べた。日本育英会の制度として教員になると免除されるきていがあった。この規定は平成10年(1998年)に廃止されている。現在も研究職に就く場合の免除はあるようだが対象範囲は狭いようだ。そもそもこんな免除規定があるのは何故なのかと考えると、日本育英会の奨学金が教員および研究者の育成を目的に設立されたものだからだそうだ。大学で考えれば、四年制大学進学率が1994年には三割を超えているから教員養成を厚遇する理由は無くなっている。教員の採用実態を確認する為に、文部科学省の高等学校の教員勤務年数からまとめた結果を下に示す。対象は全国の国公立、私立の高等学校である。

■ 高等学校教員の勤務年数区分別 (文部科学省まとめ:単位 %)
  年度  平均勤務年   ~5    5~10  10~15  15~20  20~25  25~30  30~35  35~40  40~
  2010    19.3      14.3    10.9     9.5    12.3    17.6     17.3    12.7     4.8     0.5
  2007    19.4      11.9    10.2    11.1    16.1    18.8     14.6    12.2     4.6     0.5
  2004    18.7      11.8    10.6    13.2    18.7    16.2     14.4    10.7     4.0     0.5
  2001    18.6      10.9    11.2    16.6    18.1    14.4     12.7     9.7     6.0     0.5
  1998    18.0      11.0    14.0    18.9    14.6    13.9     11.1    11.9     4.1     0.5
  1995    17.3      12.4    16.9    16.7    14.7    12.4     10.7    12.4     3.3     0.5
  1992    16.7      15.4    18.6    14.8    13.6    10.8     14.7     8.5     3.0     0.7
  1989    16.1      19.2    16.4    14.8    12.3     2.5     13.0     7.5     3.5     0.7

1989年の調査で5年未満が最も割合が高かったのが、その集団がそのまま高い割合を維持しているのから採用が抑えられていたのが分かる。これが反転するのは2001年の調査からである。高校の進学率の上昇と、学齢者数の増加の掛け算で増えたものが、進学率が飽和して学齢者数が減ってくれば教員の数も必要なくなる。これを見越しての採用の抑制だが、今度は教員が定年を迎える年齢になり採用を増やすという上下動が見える。

本題から外れて興味本位に話が飛んでいるのでひとまず戻す。
教職に就いたから免除するというのは不公正な制度である。当時の規定は15年であったが、この期間教職に就くと免除されるというのは、制度利用した学生の債権200万円 (年50万円と仮定した) が15年後に返済免除になるのは、いわば15年目のボーナスである。制度を利用しなかった教員に不使用ボーナスがあったとは思えないから、貧乏が美徳であるような制度である。

現在の四年制大学で卒業までに大学に支払う平均金額は、国公立で215万円、私立文系で360万円、私立理系で490万円といことだ。過去の推移を調べた。入学金に授業料の4倍を加えて計算した結果を下に示す。文部科学省の調査より集計した。

■ 大学の卒業までの費用推移
   年    国立大学   私立大学  私立/国立
  1975    194,000    826,292   4.3
  1976    434,000   1,009,264   2.3
  1977    444,000   1,127,469   2.5
  1978    636,000   1,303,291   2.0
  1979    656,000   1,476,791   2.3
  1980    800,000   1,610,737   2.0
  1981    820,000   1,722,623   2.1
  1982    964,000   1,837,694   1.9
  1983    984,000   1,952,228   2.0
  1984   1,128,000   2,032,708   1.8
  1985   1,128,000   2,137,069   1.9
  1986   1,158,000   2,232,579   1.9
  1987   1,350,000   2,314,843   1.7
  1988   1,380,000   2,409,488   1.7
  1989   1,543,800   2,538,936   1.6
  1990   1,564,400   2,728,547   1.7
  1991   1,708,400   2,837,583   1.7
  1992   1,732,400   2,945,788   1.7
  1993   1,876,400   3,028,008   1.6
  1994   1,906,400   3,116,280   1.6
  1995   2,050,400   3,196,034   1.6
  1996   2,060,400   3,266,513   1.6
  1997   2,146,800   3,317,103   1.5
  1998   2,151,800   3,370,895   1.6
  1999   2,190,200   3,424,007   1.6
  2000   2,192,200   3,449,327   1.6
  2001   2,264,200   3,486,420   1.5
  2002   2,269,200   3,502,296   1.5
  2003   2,365,200   3,512,958   1.5
  2004   2,365,200   3,551,602   1.5

国立大学の授業料を受益者負担の大義目分で1975年以降段階的に値上げしてきた。四半世紀掛けて修正したということだである。私立大学の経営を圧迫しないようにしてきたとも言えそうで、私立大学の授業料も物価に連動して上がっている。4倍あった差が1.5倍に縮まったのだから、関係者には御同慶の至りと言わねばならないのだろう。
この結果として、経済的に恵まれない家庭に育つと、国立大学に行くにも大変だという結果を招いている。そこで奨学金の出番となる。在学中は金利は付かないが、卒業すると金利が発生する奨学金が多いようだ。月5万円だと四年間で240万円となるが、これくらいの利用額はよくあるようだ。大学卒業後、派遣社員などの非正規労働でこの金額を分割返済するというのは楽でない。ここらあたりが利用者からの批判の中心のようだ。

大きな疑問を感じるのは、高い所得が見込まれない企業に就職するであろう大学であっても平等に支給する制度であることだ。サラ金が年収の1/3に限度額設定をする時代に、高所得者になる可能性の乏しい大学生に、多額の資金を貸与するのは経営として間違っている。破綻リスクの高い利用者には、金利が高いのが原則である。これは米国の格付け会社にならって、AAランク大学なので限度額300万円ですとか、B-ランクなので100万円までですとか、Cランクだから貸付不可ですとかすれば良い。借りた金を返さない利用者が問題だと考えるのだが、貸す方にも一定の責任はある。
高所得者になることが大学の目標ではないとする指摘もあるだろう。それは正しい。しかし、資金の貸付に関わる信用調査である。奨学金の保証人は多くは親であり、焦げ付いている案件では経済力に限度がある場合がほとんどだろう。悪意のある利用者は厳しく取り立てれば良い (給与の差し押さえ手続きくらいするものだ) だろうし、善意であるなら繰り延べなどの手続きを速やかに実施するのが求められる。銀行の教育ローンと同じ考えで良い話だ。
高所得を目指す大学ではないが、充実した学業を受けてそれぞれの価値判断で世の中に貢献する学生を輩出させたいと考える大学は、大学で奨学金制度や授業料の減免制度を用意すれば良い。独立行政法人に柔軟な対応は望めない。この隙間に、私立大学が存在理由を示す場所があるだろう。

貧乏人の教育機会を奪うという意見もあるだろう。四年間で100万円で卒業できる国立大学を指定すれば良い。奨学金の成績優秀者では好ましくない。その学部を出た人は優れているという見方が世間で出来ないと意味がないのである。それは学歴主義に戻ること、学閥をつくることにつながると指摘されるだろうが、勉強しないで卒業した者と、熱心に勉強した者とが同じに扱われることの悪平等は国家を滅ぼす悪行なのである。

例に如く、迷子になった挙句に着地点は別のところだった。


受益者負担というが、優秀な学生の輩出の受益者は国民全体だ。

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