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2013年9月26日 (木)

桜宮高2自殺:元顧問に懲役1年、執行猶予3年

2012年12月に自殺した大阪市立桜宮高校バスケットボール部主将の男子生徒(当時17歳)を何度も殴ったとして、傷害と暴行の罪に問われた当時の部顧問、小村基被告人(47)に対し、大阪地裁は9月26日、懲役1年、執行猶予3年(求刑・懲役1年)を言い渡した。小野寺健太裁判官は「理不尽な体罰というほかなく、刑事責任は軽くない」と述べた。
小野寺裁判官は判決言い渡し後、小村被告に「あなたの刑罰は以上だが、責任はこれに尽きない。遺族らの声を胸に刻み、しょく罪に努めることを希望する」と語りかけた。(毎日新聞:9月26日)


部活指導者の暴力について考える。


部活指導に関する指導者の暴力事件で初めて法廷に出たのではないか。裁判を今一度整理すると、被告人が問われているのは、生徒に対する傷害罪と暴行罪である。生徒がその結果として自殺しているが、この裁判では被告人は、自殺教唆罪(法定刑:6カ月以上7年以下の懲役・禁錮)や、傷害致死罪(3年以上の有期懲役)では訴追されていない。
傷害罪の法定刑は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金であり、暴行罪は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料である。併合罪として処理される事例だろうから、今回の起訴内容での法定刑は、22年6カ月以下の懲役又は80万円以下の罰金となるだろう。(有期懲役は長い方の1.5倍、罰金は足し算したものが最高刑になる)
自殺教唆では裁判を維持できそうにない。傷害致死は傷害と死亡との因果関係を確定しなければならないから少々苦しい。暴行と傷害で罪を問えば相応な重さの刑になる。こちらには無理はないから起訴内容としてはこっちだろう。
被害者が自殺した事実を横に置いておくとすると、素手で打って後遺症があるようなケガに至っていないとすると、被害者と示談が成立していれば起訴猶予、示談なしでも罰金刑というのが相場だろう。裁判官は法廷相場に敏感な仕事のようで、これを法の下の平等というそうだが、法律と良心に従っての良心とは法律家として正しい仕事をする心つもり程度の話で、法律は判例を含むから多くの前例に外れないよう良く調べて判決文を書きますとしか思えない。今回の裁判をこの例に従うと裁判官には血が流れていないと批難されるだろうから、適切な判例がなければ縛られるのは法律だけになる。良心は裁判所に持ち込まない。検察は市民感情に合わせた求刑をするから、それに従っておけば市民から批難されることはない。それで良いのかどうかというより、そう作業を進めないと裁判官の仕事はこなせないだろう。

判決によると、同高教諭でバスケ部の顧問だった被告人は2012年12月18日、学校体育館での練習試合中などに、生徒の顔や頭を平手で数発殴打した。同22日の練習試合でも顔や頭を十数発たたき、唇などに3週間のケガをさせた。前者が暴行で、後者が傷害の訴因ということなのだろう。被告人は事実関係を争っていないから、執行猶予が付くかどうか、懲役1年の求刑なので前科がなければ執行猶予はつくだろうと思うのだが、それだけに関心が集まる。
小野寺裁判官は「生徒は体罰で精神的、肉体的な苦痛を受けた」などと体罰が生徒の自殺の一因となったことを認めた。一方で、「被告は反省し、社会的制裁も受けている」と、執行猶予を付けた理由を述べている。この被告人は懲戒免職になり仕事を失い、社会的な批難の対象となっていること、本人が反省した態度を示していれば執行猶予はつけるだろう。相場が罰金刑が懲役なのだから、それだけでも十分重い罪である。
生徒が死んでいるのに執行猶予で良いのかの考え方は心情的には理解できるが、それだと殺人や酔っ払い運転で人が死んだ場合などは、死刑または終身刑になる。刑法という法律は全体のバランスを完璧にとることで成立している部分があるので、一部の変更は必ず全体に影響する。危険運転致死傷罪を作ってみたものの、あれやこれやと手直しに追われることになった。従来の業務上過失致死傷罪から分離するだけでこの作業なら、他にまで及ぶ手直しは想像を絶する作業量だろう。それでも必要ならするのだが、情緒的な判断が正しいとは限らない。被害者側に回ることを想定した想像をするようだが、加害者側に回る想像もした方が良い。世の中に絶対などないのだから。
酔っ払い運転で人が死んだ場合の法定刑を示すと、従来は業務上過失致死罪で、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金となり、2007年6月の改正以降は、自動車運転過失致死傷罪となり年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金となる。

今回の事例についてはまったく知らないことを明記して以下に記す。
高校での部活動記録によって大学進学が有利になる場合があるという。特に推薦入学やAO入試で顕著であるようだ。高校の運動部で主将をしていたと書けると大学進学が容易になることを理由に主将を希望する例があるようだ。不適切な人選には顧問が異を唱えて良いと思うが、生徒の自主性を重視するという綺麗事を口にして放置するようである。部活動としての全体の利益に貢献することより、自分の利益を優先する行為を咎めるのは指導者としての重要な指導要件であると考える。このような事情が背景にあって体罰をする指導者は、体罰より自身に指導力が欠けた部分があることを認識しなければならない。
更に、生徒の履歴に箔を付けるには、全国大会の出場などという目に見える成果が求められる。この成果を子供に与えたいと、無理な指導であっても結果が出れば良いとする考えが父兄にあるのではないかと感じる。これも自分の利益を優先するところで共通する。

テレビ番組などで、学生時代に顧問にさんざん叩かれたが、その顧問のところに体罰を沢山受けた生徒が集まるという話がでる。話に上がることはないが、体罰を一回受けて部活を辞めた生徒 (きっと指導者を恨んでいる) もいるだろう。前者を善として、後者を悪とすると、体罰に耐えられる根性のある者だけが将来楽しい思い出を語れるということになる。
指導者が恨まれるのは自由であるが、他人を恨んで生徒が生きるというのは不幸な話であるということに一定の配慮は必要だろう。体罰話は、私は根性があるという自慢話に過ぎないから、放送には適さないだろう。だいたい、思い出は美しく彩られる。


ブログ開始から1年になった。300回のときに書いたので繰り返さないが、よく1年続いたと思う。

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