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2013年8月29日 (木)

日産、自動運転車20年までに発売

日産自動車は8月27日、米カリフォルニア州アーバインで開いたイベントで、標識や路面状況を読み取って走行する自動運転車の試作車を公開し、2020年までの販売を目指すと発表した。人為ミスのリスクをなくし「ぶつからない車」の実現を目指す。日本の自動車メーカーで、自動運転車の販売時期を明らかにしたのは初めて。 (東京新聞:8月29日)


自動運転について考える。

自動運転が実用化されている製品としては、航空機の自動操縦がある。一般にオートパイロットと呼ばれるシステムは旅客機を始めとした航空機に導入されていて、現代の航空機の操縦システムの上では、空港より出発して次の空港に向かうまでの巡航・アプローチ(空港への進入)・着陸など、出発から到着までほとんどの段階で、自動操縦システムが用意されている。この技術の前提となるのは、自分自身と目的地の位置が確定できること、制御機器が電気的な信号により動かせることが最低限必要となる。
前者の技術として思い付くのはGPSであるが、GPSは航空機にとって重要な高さ情報の精度 (安全性・信頼性含む) が充分でないことから、他の方法による情報の参考として使われてきたそうである。通常飛行しているときには有用な情報が得られるから、燃料の節約や飛行時間の短縮など利点はあるようだ。航空機に対して精度が不足する理由は、姿勢の変化、移動速度が大きいことが影響しているようだ。GPSは静的な位置観測の印象があるから、高速移動体には適さないことがあると言われれば、そうなのだろうと納得するよりない。
後者の制御については、航空機ではフライ・バイ・ワイヤ (Fly-by-wire=FBY) が実用化されている。機械的に接続されているものに、電気的な信号で割り込んで動かすというのは少々むりがある。機長が操縦桿を動かそうとしたら、割り込まれて逆方向に動くというのは危険な混乱である。デジタル式のFBYが民間機に採用されたのはボーイング777からだから、1995年からということになる。航空機で電磁干渉の影響を心配して光ファイバを用いたフライ・バイ・オプティクスが実用化されていると思っていたが、こちらの方は民間機での採用事例はないようだ。
船舶では上記の技術で問題が出ないと考えて調べてみたら、自動運転は実用化されているそうだ。24時間連続運転で長期に渡る航海をするのなら、乗組員の負担を小さくすることが事故を予防することにつながるのだろう。

本題の自動車について考える。位置情報はGPSに頼るよりない。飛行機に比べれば遅い点で有利であるが、船舶に比べると複雑に動かなければならないので負担が大きいように思える。FBY (Drive by Wireなのだろうが気にしない) に関しては、ブレーキについて条件付きであるにせよハイブリッドカーの回生ブレーキの実用化で、電気信号による制御が実現されている。最近流行りの衝突回避支援システムもこの流れで実用化されたものだろう。少し前にクラウンが走行中に、自動ブレーキが急に作動して追突されたという事故があった。これをきっかけにクラウンと同じシステムを使うレクサスについてリコールがあった。システムに不具合があるとほうぼうに広がるというのが、最近の自動車の特徴である。ダイハツから始まった小型車での衝突回避支援システムの導入でも、似た不具合が生じる可能性は否定できない。公表している情報ではないが、これらのシステムはコンチネンタルのものではないかと想像される。そうすると、ダイハツもスズキもホンダも同じ時期に大量リコールが出るかもしれない。リコールを悪とすれば隠蔽体質に陥るだろうから、これを悪いと言ってはいけないのだろう。しかし、最近の経済記事であった、三菱重工業傘下の三菱航空機は国産初の小型ジェット旅客機MRJの三度目の納入延期が、部品の安全性を証明するプロセスの構築に時間がかかり、部品の納入時期に遅れが生じたと説明するのを聞くにつけ、自動車の部品認定のあり方が従来通りで良いのかと考えてしまう。コンチネンタルの品質について何も知らないのだから勝手な想像に過ぎないし、そもそも日本の各社がコンチネンタルのシステムを採用しているか否かも不明である。それでも、三菱重工の記事を読むと、自動車の安全性の基準をどこに求めたら良いのかと考えさせられる。飛行機は不具合があって墜落したら死亡につながるから厳しくあるべしという理屈は、自動車は周囲に高い確率で人間がいるということで潜在的な事故確率は高いという理屈と相反するものでもない。自動化による製造責任の範囲の議論もあるようだが、実際に自動運転車を走らせるとなれば道路周辺にセンサを張り巡らせなければならないだろう。

さて、今回の日産の発表である。電気自動車 (EV) と自動運転は相性が良い。ハイブリッドでも自動運転は実現できるだろうが、内燃機関+トランスミッションと、電気モータでは複雑さの度合いが違いすぎる。EVを推進している日産としては、EVの付加価値を上げるであろう仕事は積極的にアピールするという立場であるのだろう。上手く言っている事業とは言い難いリーフの販売について、将来に大きな可能性のある事業であることを示すのは、経営者の株主対策ではあるのだろう。
自動運転というのは、言ってしまえばショーファードリブンである。もっと簡単な例なら、タクシーでもよい。その場合に事故が起事故責任がどこにあるかというのは、個別の事情によるのだろうが、世の中はそれで済んでいる。自動運転より、事故予防と公共交通利用の利便性の改善の方が現実的な解がありそうだ。この手の話は金が動かないから、新自由主義者には馴染まない選択となる。
自動運転の実験は、米国のグーグルで検討を進めている。自動運転車を最初に発表したのは2010年のことで、以来、急ピッチで開発を進めており、現在までに10台以上の実験車を開発している。既に公道で実験中で、これまでに全車両の合計で30万マイル (約48万km) 以上を走らせた。しかも、自動での運転時に事故を一度も起こしていないという。PCようのソフトウェア開発に成長の限界を感じて自動車用OSに期待しているのかもしれない。グーグルがマップ情報を活用して、ソフトウェア技術を合わせて自動運転の基礎にしているのだろうが、それほど簡単ではない。大学の実験室のレベルではなく、市場での試験に入れる完成度を有しているというから、素人と思ってしまうのは危険である。業界の事情に疎い素人であっても、才能と資金があれば何をしでかすか分からない。これに狂気が加われば革命を起すかも知れないが、カリフォルニアの技術者には自動運転が革命なのだろう。

自動運転で何が嬉しいと日産の技術者が考えているのだろうか。自動運転を目標とする自動車技術者というのが理解できない。自動車は自由に移動できる道具である。自由より安全を重視するのは、自分が関わった製品で人が傷付くのを見たくないという意味では理解できる。しかし、事業としてみると自由を優先しなければ将来はない。なぜなら、自由に移動できる便利、当然不便も不経済も付いてくる、道具であるのが自動車であるからである。自由であることは、死ぬことに使うのさえ自由であるのだが、それには不満だとするなら、刺身包丁が人を刺すことが危険だから、予防的に切れないようにするというのだろうか。危険なのは切れない刃物で、切れる刃物の安全管理は人間がするものである。好まないというより嫌いな団体である NRA (National Rifle Association of America) が用いる「銃が人を殺すのではない、人が人を殺すのだ」というのは詭弁を弄していると考えるが、道具は最良でなければならず、道具は適切に管理されるべし、と考えるが如何だろうか。


自動運転が福祉利用可能とする意見もある。そこまで単純化するのは素晴らしい。

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