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2013年6月 6日 (木)

寛仁さまご一家3人、三笠宮家に合流へ

寛仁親王殿下ご一家の信子寛仁親王妃殿下、長女彬子王女殿下(31)、次女瑶子王女殿下(29)の三人が、三笠宮家に合流される方向となった。
宮内庁が近く発表する。寛仁殿下の逝去から一年たつが、ご一家の当主が決まらない状況だった。寛仁殿下は三笠宮を継承するため宮号を受けずに独立した生計を立ててきた。通例であれば信子妃殿下が当主となるが療養中で、寛仁殿下の葬儀では彬子殿下が喪主を務められていた。宮内庁関係者によると、今後、寛仁殿下ご一家を独立した宮家とせず、三笠宮家としてお世話するという。ただ、それぞれのお住まいや職員などは現状のままとする。当主を巡っては、同庁の風岡典之長官が5月23日の記者会見で、「皇族の身分に関することが長期にわたって曖昧な形なのは望ましくない」と述べていた。(2013年6月6日 読売新聞=敬称については改めた)

皇室を扱うことはないだろうと思っていたが、たまには違うことも考えるのもよかろう。

報道で用いられる『寛仁さま』という表記 (テレビ・ラジオなら読み方) に違和感を覚える。この国でファーストネームで呼ぶ習慣はない。日常生活で接する例としては、取引先の人を呼ぶ場合に肩書を付けて XX部長のように呼ぶのが普通である。XXさんと呼ぶのはこの人とかなり親しくなっているときで、入社したての新人が顧客と上司と訪問した際に XXさんと呼んだら出入り禁止になるものだ。皇后陛下を美智子さまと呼ぶ根性が分からない。世が世なら不敬罪だろう。右翼は開かれた皇室など求めずに、正しい敬称を用いるように主張すべきところである。この右翼を名を汚すから、修正主義者と呼ばれてしまう。ああ、これは共産主義の言葉か。

さて、話を戻す。妃殿下について記す。
妃殿下は麻生太賀吉と和子の三女である。長男太郎は副総理・財務大臣・金融担当大臣、長女雪子は相馬和胤の妻、二男は夭折し、三男泰は麻生セメント社長、二女旦子は荒船清彦(元駐スペイン大使)の妻、で三女が妃殿下となる。父親の麻生太賀吉は吉田茂の側近であり、衆議院議員を3期当選している。母親の和子はその吉田茂の三女である。サンフランシスコ平和条約(1951年)の際には、吉田の妻が既に亡くなっていたのでファーストレディー代行として随行している。そのときは既に太賀吉と結婚していて、泰までは生まれている。旦子は生年が確認できなかったが、信子は生まれていない。実業家と政治家の集団の中で育って、皇族に見初められて嫁いだということのようである。
子供は、彬子(あきこ)王女殿下と瑶子(ようこ)王女殿下の二人である。彬子王女殿下は現在、未婚の皇族女子の中では最年長となる。女性宮家の創設議論ではここからとなる。結婚して民間人になるか、皇族のままかというのは大きな違いだから早く決めてくれと言いたいところだろう。その手の発言は皇族の政治的な発言になるから許されないのだろう。女性宮家が創設されたとして、残るか残らないかは個人の自由意思でというのは、宮内庁の扱う仕事に馴染まないだろうから、どっちか一つに決められることだろう。大変な話である。

今回、なぜニュースになっているかというと、寛仁親王殿下が2012年6月の薨去において、みとられたのは二人の王女殿下であり、本葬にあたる斂葬の儀や墓所百日祭の儀などのの喪主を彬子王女殿下がつとめていたからである。6月6日に営まれた墓所一周年祭の儀にも妃殿下はお出ましにならなかった。つまり妃殿下は危篤状態であったときから、薨去して一年になるまで生前の親王殿下にも、一連の行事 (適切な言葉が浮かばない) にも出向いていない。公式には療養中としているが、昨年7月に心臓手術を受けた三笠宮殿下(97)、今年5月30日から6月1日に心臓の検査入院をした三笠宮妃殿下(90)が参列していることからすると強い違和感を覚える。
妃殿下は、6月5日宮内庁内の記者クラブに「お偲び申し上げております」とつづったお手紙が郵送で届き、 「療養の経験を人生の糧と感謝し両陛下の御意向のもと、微力ながら復興支援などに尽力させていただきたく存じます」とつづられている。
皇族は皇族以外に手紙を出さないから、随分と大胆な行動だと思った。名前は自筆で、印もあるが文面は印刷されたものであった。それでも珍しいものだと思う。皇族の自筆の手紙があれば、宗教活動や政治活動に利用する輩が出るのは必定であるから、慎重にというより書くことは許されないと理解していると信じていた。
信子妃殿下は、寛仁親王殿下が死亡したことで、皇室典範第14条により、皇室を離脱することが可能となっている。

皇族以外の女子で親王妃又は王妃となった者が、その夫を失ったときは、その意思により、皇族の身分を離れることができる。

皇族の離婚は例がないので宮内庁は嫌がるだろうが、皇室離脱は想定されているもので、たまたま発生事例が無かったものだと解釈されると拒否し難い。妃殿下は親王殿下とだけではなく、二人の王女殿下とも上手くいっていないが故に、一連の行事に加わらなかったと考えれば、皇室離脱は現実的な選択肢になる。離脱に当たり相応の一時金が支払われるから悪くない話になる。よくよく調べると、15歳以上の内親王は自分意思で皇室離脱が可能なようだが、皇室会議で承認の必要があるということだ。現実には発生しそうにないと思った。何が起きるか分からない世の中ではあるのだが。

今回、親子がいっしょに戻って当主が不確定の状態を解消するということである。皇室離脱はなくなったが、一連のもやもやを片付けることなのだろう。この手の話は、どこの家庭であっても大変なことである。お見舞い申し上げるよりないのだが、お見舞いする義理でもないというのが現実ではある。


女性週刊誌みたいなことを書いてみた。もう書くこともあるまい。

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