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2013年5月 6日 (月)

自民党の憲法改正案

自由民主党の日本国憲法改正草案(2012年4月27日)について考える。

とは言いつつ、内容についてより先にこの草案作成に関わった議員を確認することから始めることにする。自民党の案の最後にある憲法改正推進本部起草委員会によった。役職は委員長から事務局次長まであるが、肩書と作業内容が合致しないのは世の常である。役職は気にしないで、国会議員(元も含めて)は国民の代表なのだろうから何がしかの貢献をしただろうという推定は外れてはいないだろう。名前だけでは判断のしようもないから、生年月日と出身大学を示した。憲法に関する話であるから、弁護士資格のあるものは記載した。結果を下に示す。

■ 憲法改正推進本部起草委員会 平成23年12月22日
 中谷元    1957年10月14日 防衛大学校
 保利耕輔   1934年9月23日  慶應義塾大学法学部
 小坂憲次   1946年3月12日  慶應義塾大学法学部
 川口順子   1941年1月14日 東京大学教養学部 イェール大学大学院
 中川雅治   1947年2月22日 東京大学法学部
 西田昌司   1958年9月19日 滋賀大学経済学部
 井上信治   1969年10月7日 東京大学法学部 ケンブリッジ大学大学院
 石破茂    1957年2月4日  慶應義塾大学法学部
 木村太郎   1965年7月20日 東洋大学法学部
 近藤三津枝 1953年6月14日 甲南女子大学文学部
 柴山昌彦   1965年12月5日 東京大学法学部  弁護士
 田村憲久   1964年12月15日 千葉大学法経学部
 棚橋泰文   1963年2月11日 東京大学法学部 弁護士
 中川秀直   1944年2月2日  慶應義塾大学法学部
 野田毅    1941年10月3日 東京大学法学部
 平沢勝栄   1945年9月4日  東京大学法学部 デューク大学大学院
 古屋圭司   1952年11月1日 成蹊大学経済学部
 有村治子   1970年9月21日 国際基督教大学教養学部 スクール・フォー・インターナショナル・トレーニング大学院
 礒崎陽輔   1957年10月9日 東京大学法学部
 衛藤晟一   1947年10月1日 大分大学経済学部
 大家敏志   1967年7月17日 北九州大学(北九州市立大学)法学部
 片山さつき  1959年5月9日  東京大学法学部
 佐藤正久   1960年10月23日 防衛大学校 アメリカ陸軍指揮幕僚大学
 中曽根弘文 1945年11月28日 慶應義塾大学商学部
 藤川政人   1960年7月8日   南山大学経営学部
 古川俊治   1963年1月14日 慶應義塾大学医学部・文学部・法学部 オックスフォード大学ビジネス・スクール 弁護士
 丸山和也   1946年1月23日 早稲田大学法学部 ワシントン大学ロースクール 弁護士
 山谷えり子  1950年9月19日 聖心女子大学文学部
 若林健太   1964年1月11日 早稲田大学大学院
 礒崎陽輔   1957年10月9日 東京大学法学部
 近藤三津枝 1953年6月14日 甲南女子大学文学部英文学科

最年少は有村治子(42)で、最年長が保利耕輔(78)である。平均年齢は58歳となる。有村治子は聞いたことが無かったので確認したが参議院議員2期目だそうである。自身のホームページによると社会での役職という欄に、日本植木協会顧問、装道文化顧問、全日本畳振興政治連盟顧問というようなものがあるから、日本の伝統文化を重視するお考えのようである。選挙では神道政治連盟や全国小売酒販政治連盟と、以前勤務していた日本マクドナルドの支援を受けたようだ。最初の神社本庁の政治団体が現在の役職と合致するようだ。二番目の全国小売酒販政治連盟は、全国の酒店主が加盟する全国小売酒販組合中央会が母体の政治団体である。過去に政治献金で話題になったことがあったと記憶する。この話は別の機会に譲ることにする。マクドナルドは過去に勤務していたということだが、米国の大学院の修了が1997年で、結婚により会社を辞めで1999年に日本の大学院に進学したそうだ。会社に在職したのは1997年から1999年の間となるが、二年程度の新卒社員でどんなことが経験できるのかと不思議に思う。マクドナルドでは人事本部能力開発促進部に在籍されたとある。数年の企業経験で、経済通と称する政治家があるがこの経験を根拠とするなら詐称と言われても仕方なかろう。経済通であることは短期間の企業勤務経験とつながらない。名ばかりの管理職で有名になった会社は、訴えた労組がお嫌いだろうから、短期間の関わりであっても右翼系の議員を推す理由はあるように思えてしまう。
有村は世襲議員ではないが父親は元県議会議員である。親が政治家でないと政治はやらない時代であるのか。2003年に出産していて、現職国会議員で三人目であるという記事がある。二人のお子様があるようだが、2003年が初産だったように見える。このブログで扱うことはないであろう議員なので、記録をして残しておく。

最近、国会議員に弁護士が多いような気がしてので、この委員会でも弁護士が多いかと思ったら4人であった。その中の一人の古川俊治は、医師で弁護士で国会議員という人である。医師としての専門は消化器外科のようだ。まさか弁護士事務所で執刀することはないだろうし、手術室で顧問企業の訴訟に関する打ち合わせをすることもないだろう。しかし、将来ユーキャンのCMに出演する可能性は排除できない。
どうでもいい話であったので戻す。委員には法学部出身者が多いようである。立法府に属しているから法律に無知であったり、無関心であったりすることは問題がある。無知であるのは勉強して貰うとしても、無関心は資質に欠けると批難されても仕方ない。弁護士は法律実務を行う仕事であるから法律には明るいだろう。運用することに明るいのと、適切な法律を立案するのとは少し違うと考える。法律家が入った方が良いし、法学部出身者が国会議員に多いことを考慮すれば偏ったとは言えないだろうが、自民党の大上段に構えた話からすると小さくまとまった委員の印象はある。
憲法改正は国のあり方を見直そうという動き、つまり、『占領体制から脱却し、日本を主権国家にふさわしい国にる為』に、GHQに押し付けられた憲法をこの国の伝統文化に則ったものに改めようとする動きであろう。とすると、将来の国家のあり方を示していることになる。
憲法を国家権力に制限を掛けること、つまり為政者が暴走することのないようにするものと考えるのが一般的な解釈だと思う。国民に義務を負わせる憲法を制定することは、この解釈とは別のものである。自民党には憲法草案の内容より、そこの説明が先に必要な気がする。もし、この程度のことさえ理解せずに作成に関わっていたのなら、無知より無関心の問題であるから適性を欠く。そもそも、東大文1がこの程度の理解では、大学教授もお嘆きになることだろう。内容については、次回少し考えることにする。


風邪をひいて熱が出た。気候の変化についていけない。自民党にも……。

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