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2013年5月 8日 (水)

自民党の憲法改正案-3

自民党憲法草案の続き。


■ 第二十一条の二 (国政上の行為に関する説明の責務)
国は、国政上の行為につき国民に説明する責務を負う。

過去の話を蒸し返したくない立場の人にとって、こんな条項を新設することに抵抗があることだろうと想像する。自民党も変わるのでなあ、と感心してQ&Aを読んでみたら、
『これらの人権は、まだ個人の法律上の権利として主張するには熟していないことから、まず国の側の責務として規定することとしました。』
とある。いまのところ、知らなくて良いと思っているということのようだ。がっかりとやっぱりという感情表現があるが、後者の方を選択したい。


■ 第六十四条の二 (政党)
国は、政党が議会制民主主義に不可欠の存在であることに鑑み、その活動の公正の確保及びその健全な発展に努めなければならない。

共産党は排除するとでも書くかと思っていたら、案外普通の話のようである。しかし、第21条(表現の自由)-2で、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。としているのだから、ときの政権が公の秩序を乱すと判断したなら表現の自由は制限される。表現の自由が制限された政党は、もはや政党ではないだろう。健全でなければ発展させる必要はないのだが、そう言ってしまえばこの文言は不要となる。ということは表現の自由の方を議論すべきだったということか。
表現の自由に関する話はどこかに沢山書いてあるだろうから置いておくとして、政党の項をあえて記載した理由は、政党交付金の支出根拠を憲法に求めたいということなのではないだろうか。活動をするにも、公正を維持するにも、健全であるのも、発展するのも資金が要りようである。政党要件は法律で定めるように考えているようだが、自民党にだけ潤沢にまわれば良いというのが目的の様な気がする。


■ 第九章 緊急事態(緊急事態の宣言)
第九十八条
内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

戒厳令を布いたいようだ。戒厳令は、非常時に際して通常の行政権、司法権の停止と軍による国の支配を実現する非常法をいう。小うるさい司法権も停止すれば、軍に直接命令ができて動き易いということである。
現実的な解釈としては、先の震災のような事態があった場合に、法律によって行動が制限されることがあるのは災害復興の妨げになるから、柔軟な対応が出来るようにしようということである。軍と言っているが、災害復旧も担当しているからその意味では普通の話に見える。本当は、どこかの国軍が上陸してきたら、私有地に軍の設備を置いたり、仮説道路を造ったりすることも考えているのだろうが、仮の話には意味はない。
震災の際に、法律の制限があるからとできないことがあった。なんとか出来るようにしたい。そこで、有事を全てカバーするような法律を作るのが難しいから、有事の際には無理を通すことを認めたいという話だろう。このやり方では、表面的な合理性は確保されるだろうが、やってはいけないことをやるという大きな事故を引き起こしかねないから決して手を付けてはいけない領域である。恐れを知らないのは強い。無知で無恥なら最強である。
実際問題として、災害発生時に如何ともし難く考えて、法律違反を承知で行った場合には、当然、その後違反行為は処分されることになるだろう。指揮した最高責任者の首相は刑事処分を受けて、現場を指揮した公務員は厳重注意程度の処分は受ける。このことを覚悟したら多少の無理は出来る。やってはいけないが、想像が付かない有事で初めて現れることだろう。こんな場合には緊急避難と認められることもあるだろうから、処分は軽いと思う。上の例はそんな場合を想定している。二・二六ならそれでは済まないと言う話である。震災で、信号を守らなければいけない程度の話は、一般の法律で処理できるし、しなければならない。


■ 第十章 改正
第百条
この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない。この承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数の賛成を必要とする。

徴兵制を設定して、軍事国家になったら、憲法改正の要件を厳しくするのかと思ったら、普通に国会の過半数と、国民投票の有効投票数の過半数となっていた。改正し易くしたのに、草案が改正し難いではさすがに筋が通らないと感じたのだろう。有効投票と書いてあるのは、無効票を拡大させれば良いということを企んでいるという説もあるが、それは考え過ぎだろう。確かに、無効票の発生率が地域で大きく異なることに疑問を持った経験はあるのだが。
現実問題として憲法の改正があると、さまざまな法律に手を加えなければならない事態が生じる。そこを気にして、国会議員の2/3以上を残して、国民投票を無くすのが現実的に思える。国民投票を無くさないのは、後で国会議員が勝手に決めたと言われない為の対策であるようにも思えてしまう。国会議員の過半数でOKなら、国民投票で有権者の過半数の賛成によるとしなければいかないだろう。国民の半数が改正に積極的に賛成したというなら文句はないだろう。国民の代表である議員とは何かという疑問も生じてしまうが、それは仕方ない。なにせ、この程度の草案しか作れないのだ。
96条の改正の話を全面に出しているのだから、何かしら改正について新しい提案があるかと思ったが、改正し易くしただけだった。これなら、自民党の草案に反対の勢力が選挙で勝てば、元の憲法に戻せることになる。憲法が短期間にころころ変わる姿は不自然であるし、非効率極まりない。自民党はこの世の春を謳歌しているのだろうが、前回の選挙で自民党が獲得した票数が伸びた訳ではない。その程度の基礎の上に建っているのだから、砂上の楼閣とは言わないにしても安定していない自覚は持っておいた方が良い。まあ、大きなお世話ではある。
ここ三日、無駄に疑い深い表現が多いのはそう思わせる草案であるからだと思うのだが如何だろうか。


なんだか疲れた。なぜこうしたいかの回答は得られなかった。力不足か。

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