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2013年4月14日 (日)

淡路地震「未知の活断層で発生」

兵庫県淡路島付近を震源として4月13日午前5時33分発生した最大震度6弱、マグニチュード(M)6.3の地震は、震源が近かった1995年の阪神大震災(M7.5)とは異なるメカニズムで起きた。地震のエネルギーが縦方向に移動したため、規模の割には震度が大きく、震度の強い地域が集中したのが特徴である。

地震の被害に遭われた方にお見舞い申し上げる。
地震予知について考える。

この地震について、政府の地震調査委員会は4月14日、文部科学省で臨時会合を開き、阪神大震災の余震域南西に近い部分にM6.3の本震や余震の震源が集中分布していることから、深さ11~18キロの所に南北約10キロに及ぶ未知の逆断層型断層があり、西側が東側に対して隆起した可能性が高いと結論付けた。本蔵義守委員長(東京工業大名誉教授)は記者会見で「地表で痕跡が見つかっていないが、今まで知られていない断層があるに違いない」と述べた。阪神大震災から18年がたつが、調査委は関連があるとの見解でほぼ一致した。大震災の影響で周辺にひずみがたまって起きたとして、広い意味での余震とする見方もあったという。本蔵委員長は「大地震が起きた後、周辺で再び大きな地震が起きないわけではない。1920年代以降、西日本内陸部ではM6以上の地震がかなり活発に起きており、防災活動が大事」と注意を呼び掛けた。(時事通信 4月14日)

震源が近いところにあるから、1995年の地震との関連があると考えるのは自然である。ただし、余震という発言には疑問がある。一般の人が考える地震は、大きな地震の直後に発生するものであり、18年経っても関連性があるからと言ってしまえば、震源が同じであると多くは余震になってしまう。余震と専門家が学会で定義しても問題は無いように思えるが、地震直後の報道で余震に注意して下さいのフレーズが、地震が収まったに思えた五年後に表れて、そのまた直後の地震(当然、余震である)に注意して下さいが混乱を招く元になる。関連性の有無は専門家が議論すればよいのだが、一般の人に誤解を与える発言はもう少し注意深くして貰いたいものだと思う。上記の広い意味での余震という表現は、一般向けには誤解を与えるから、別の言葉を定義するのが学会の理性だと思うが、如何だろうか。

発生の可能性が指摘されている東海、東南海、南海などでの南海トラフ巨大地震との関連があるとする意見もあるようである。過去の例として、1944年12月7日に紀伊半島南東沖を震源として発生した東南海地震、2年後の1946年12月21日午前4時19分04秒、和歌山県潮岬南南西沖 78 km(北緯32度56.1分、東経135度50.9分、深さ 24 km)を震源として発生したMj 8.0 (Mw 8.4)の南海地震が発生した前後には内陸地震が相次いでいる。日本列島に沿って太平洋側を走る海溝(南海トラフ)では海側のプレートが陸側のプレートの下に潜り込む。この影響で陸側のプレートがひずみ、陸側にある活断層がずれやすくなっているという。
別の違憲として、南海トラフ地震との関連は薄いとの見方もある。東京大地震研究所の古村孝志教授は「阪神大震災によって発生地点のひずみの状況が変わったことに伴う地震だろう。ただし、南海トラフでの地震が近づくにつれ、内陸地震が増える傾向は歴史上知られている。これを機に防災への意識を高めておくことは大切だ」と話している。

地震発生から18年しても余震と呼ぶ意見があることに注目する。2年や3年ではなく、これだけ時間が経ったと理解するのは間違っているのが地震の世界である。地震発生に関する時間の単位は、数十年程度を最小単位にしているようである。簡単にまとめるなら100年単位と言っても良いくらいだろう。それでは地震の発生予測はどのようにできるかといえば、管理単位の時間の枠の中で発生する地震の規模、発生確率を推定するものだろう。管理単位が100年なら、区切られた日本の周辺の地域のほとんどで地震確率は十分高く、推定する事柄は規模だけになってしまう。現在、大規模地震の心配があるとされている地域は発生するということである。これだと予知にならない。本当は予知になっているのだが、世間の感覚の予知とは距離があるだろう。現在の地震予知というのはこの程度である。
しかし、将来に渡って予知が出来ないと主張するつもりはない。もしかしたら出来るようになるかもしれない。研究者はそれを目指して仕事をすれば良い。しかし、それ以前に行わなければいけない仕事がある。地震発生から速やかに被害を想定して避難行動を促す為の仕組み作りであり、もっと基本的な内容としては、発生した地震の記録を正しく残すことである。記録を残すことは結構な資金を必要とする。観測機械を充実させる必要があるし、設備は敵的に更新する。それを維持する人も必要だ。記録を取ることが直ちに防災に役立つ訳ではないから、ここに大きな資金を投入するのは対費用効果が低いと判断されるだろう。東北でいにしえの津波被害の調査を行っている研究者がいる。この作業がもたらす結果の精度と費用を考えたのなら、現在の記録を取り、残すことの経済負担など小さなことだと理解される筈である。地震が起きた後で調査するより、起きる前に準備して観測する方が安く正確な情報を得られるのである。当然の話だ。
地震予知が出来るようなポーズを取って予算獲得をしようなどという邪な考えは捨てて、正しく記録することの価値を主張するのが良い。正しい姿勢は高い成果を期待させるが、崩れた姿勢は志以上に低い結果になるものである。


科学というのは、現在出来ないことを正しく認識する作業から始まる。現状認識が無い科学などない。過去は正しいとするのは信仰である。過去という経典というレンズを通して現在を見て歪まない保障はない。科学でも過去の結果にしがみ付けば信仰になる。こっちの方が性質が悪いことが多い。

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