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2013年4月23日 (火)

英国経済を振り返る-2

昨日に続いて、イギリス経済を考える。

イギリスが福祉国家を目指したのは理解できる。その頃は、社会主義国を理想郷と考えていた時代背景もあった。自由主義陣営にあって社会主義的な要素を取り込んで、より良い社会を目指していこうと考えたとしても不思議はない。過去の時代を現在の基準で判断してはならない。戦争終結で解放された国では社会主義に舵をとる勢力は沢山あった。向う方向がひとつに決まってないことが社会主義体制の問題であった。その程度の完成度しかなかったと括るのは簡単だが、自由主義陣営も競争から社会福祉の充実に目を向けて手探りをしている時代であった。
企業の国有化も、イギリスばかりが行った訳ではなく、フランスにおいてもシャルル・ド・ゴールが自動車会社のルノーが国営化し(1996年完全民営化)、航空会社のエールフランスも国有化した。重要な産業は国営化して管理した方が良いという考えなのだろうか。競争よりも完全雇用の実現を重視したのかもしれない。まあ、ここのところはよく分からない。
金もないのに大きな政府を目指したイギリスは、税金でつじつま合わせをしなければならなくなった。税金はあるところからしか取れないから、高所得者を狙った所得税の税率を高くすることにした。低所得者まで高くすると不都合があるので、累進性にして11段階に分けて最大で83%の税率とした。(イギリスは地方税なし)
イギリスの所得税と付加価値税(消費税に相当する)の税率推移を下に示す。ここからは、サッチャーの時代(1979-1990)を意識し始めたので1980年前から現在までとなっている。

■ イギリスの所得税の税率(%)の推移
   年   最大  最少 段階
 ~1978  83   25  11
  1979   60   25   7
  1988   40   25   2
  1992   40   20   3
  1999   40   10   3
  2008   40   20   2
  2010   50   20   3

■ イギリスにおける付加価値税(VAT)の標準税率の推移
   年  税率(%)
  1973  10
  1974    8
  1980  15
  1991  17.5
  2009  15
  2010  17.5

高い税率は労働意欲を削ぐことにつながる。質の高い労働力と、高いモラルを持った労働者の確保は、競争力の高い製品・サービスを創出するのに欠かせない。モラル低下要因であった所得税の税率を見直し、替って付加価値税の税率を見直した。なお、付加価値税は、生きるのに最低限必要なものを課税対象としているので、食料品や子供服などは対象外になっている。生活必需品の線引きは国によって異なるので文化や生活習慣の違いを含めて眺めると楽しいのだが、ただでさえとりとめが無く、無駄に長くなっているので扱わないことにする。
税金に手を付けたからには、福祉政策が従来通りという訳にはいかない。福祉政策の見直しを行っている。想像としては、国を支えようとする労働意欲のある人を大切にする国家をサッチャーは目指していたのではないかと思う。その都合で、国にぶら下がる人には少々冷たくなっても良い、というのは語弊があるが、最小限を厳密解釈すれば歳費削減が可能と判断した、もしくは、その予算で何とかすることとしたということではあるまいか。

企業の収益性の向上と、国際競争力の回復には国営企業では不都合がある。多発するストライキは企業が潰れないことが前提にある。重要な産業は国営化するという方針は、国営企業なら潰れないことに結び付く。そして、その企業では組合活動が政治結社と化し別の活動をする場所に変質していった。イギリスの労働争議の発生件数を各年代について、10年を平均し1年あたりの平均発生件数の推移としてまとめた結果を下に示す。

■ イギリスにおける労働争議の発生状況
    年   年平均件数
  1960年代  2,450
  1970年代  2,620
  1980年代  1,120
  1990年代    270
  2000年代    150

サッチャー以降急激に減っていることが分かる。民営化だけで達成されたのではなく、伝統的なイギリスの労使関係を放棄して、様々な労働組合規制法を制定したことの効果である。伝統的な労使関係の方が理解し難いというか、組合に寄っている印象を持つが、これは伝統の外で暮らす人間の印象に過ぎないのだろう。伝統的な労働組合活動家からすれば、サッチャーは不倶戴天の敵ということになるのだろう。新自由主義は、小さな政府と競争原理の導入を特徴とするが、既得権の剥奪 (非効率な官僚の見直し) 作業の結果として、伝統文化の破壊が付いてまわるようである。伝統文化と非効率が大好きだと、新自由主義が肌に合わない感じがするのはこのせいかもしれない。
労働組合の組合員数と組織率、そして失業者の推移を下に示す。

■ イギリスの組合組織率の推移
  年 組合員数(万人) 組合組織率(%)
 1950   929     41.6
 1960   984     40.9
 1970  1,118     48.6
 1979  1,329     56.0
 1985  1,082     44.3
 1990   885     33.4
 1991   863     33.3
 1992   800     32.1
 1993   781     31.3
 1994   755     30.0
 1995   728     28.8
 1996   722     28.2

■ イギリスの失業率の推移
  年  失業率(%)
1960-69  1.5
 1975   4.1
 1980   6.8
 1985  10.9
 1986  11.1
 1987  10.0
 1988   8.0
 1989   6.3
 1990   5.8
 1991   8.1
 1992   9.8
 1993  10.3
 1994   9.6
 1995   8.7

労働組合は小さな力も集まれば大きくなるという考え方であるが、メリットが見えなければ集まらなくなる。また、失業率の増加は組合員が増えないことと同じであるから、組合の弱体化が進むことになる。労働組合規制法の見直しで弱体化した労組からは、労働者も離れていき、更に失業率が高かったことが拍車を掛けた。失業率を高くするのは政府が望んだ結果ではないが、労組対策は急速に進行した。
国際競争力が上がったかをル・マン24時間レースの勝利チーム(国)で分類してみた。結果を下に示す。戦前のフランスの草レース時代は、イギリスチームは多く勝利している。戦争の中断を経た後がイギリスが最も国際競争力が高かった時代であるかもしれない。1959年のアストンマーチンの勝利の次にくるのは、1988年のジャガーとなる。しかし、このジャガーはトム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)の運営するものである。実際、TWRは1981、1982年にマツダで参戦している。ジャガーは1989年にフォード(米)傘下(その後、インドのタタ)に入った。アストンマートンもフォード傘下に、ベントレーはフォルクスワーゲン(独)である。2003年に勝利したベントレーは、古き良き時代のベントレーボーイズとは別の世界のものとなっている。戦後のイギリスは、重要産業の国有化、新自由主義導入による民営化、その結果として、外資への身売りと流れていった。

■ ル・マン24時間レースの勝利チーム
       英  伊  独  仏  米  日
1923-39  6  4  0  6  0  0
1949-59  6  3  1  1  0  0
1960-69  0  6  0  0  4  0
1970-79  0  0  5  5  0  0
1980-89  1  0  8  1  0  0
1990-99  2  0  5  2  0  1
2000-09  1  0  8  1  0  0


最後に北アイルランドの話を少しだけ書く。
北アイルランドとアイルランド(南と呼ぶことにする)の違いとして、北はスコットランドからの植民によりプロテシタントが多く、南はカトリックが九割を占めて大きく異なっている。北アイルランドの問題を宗教対立でひとまとめにするのは間違いがあるようである。言葉から整理すると北はイギリスに留まるべきとする人をユニオニストと呼ぶ。北は独立すべきとするのがナショナリストであり、王政に反対する立場の人をリパブリカン(共和主義者)と呼ぶ。ユニオニストにプロテシタントが多く、リパブリカンやナショナリストにカトリック教徒が多い傾向はあるが、厳密には宗教対立ではない。しかし、過去の差別が絡んでくるから、完全に別のものとして扱えるほど簡単でもない。
保守政治家であるサッチャーが独立を目指す立場の人から嫌われるのは必然であるが、この問題のある地域の和平交渉が出来るのは、思想的な対立のある者でなければならない必然がある。もし和平交渉を労働党(リパブリカンとも話が出来そうだ)が始めたのなら、保守党の反発により中断する可能性は高い。保守党が困難な状況で握手をすれば、摺合せは近しい労働党がやるのが最適である。きっと後世の歴史家によって、この仕事の評価は成されることだと思う。
なお、参考の為に北アイルランドの宗教の割合があったので下に記す。2001年から十年経つと変化するようである。だが、人の心は簡単には変わらないのもまた事実である。

           2011年  2001年
カトリック教徒  45.1%    40.3%
プロテスタント  41.8%    45.5%


良く知らない国の、良く知らない内容を調べると時間ばかり要する。しかも結果は平凡だ。

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