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2013年3月12日 (火)

3月11日に寄せて-2

あの頃の政治の話をしよう。

東日本大震災が発生し、未曽有の津波被害が生じた。その結果、福島第一原子力発電所にも被害が及んで放射性物質の流出に至った。
いやしくも政権にあるのなら、例えそれが千年の災害であっても国民の生命財産を守る為に全力で取り組むものである。首相をはじめとする大臣達が、おろおろとしている姿をさらせば国民の不安は増幅する。じっとしていることが求められる時がある。それができないのなら、国務大臣の席に就いてはならない。動くのは役人である。決定するのが大臣である。これを政府主導と呼んでいたのではないか。
当時の首相である菅直人は評判が悪かった。しかし、有能だとは思わないし、行動が適切でないことは数多あっても、この国の制度で首相になる人物はこの程度であるのだろうと思う。仮定の話をしても詮無いのだが、そこに居るのが安倍晋三であっても、石原慎太郎であっても経過には多少の差はあっても行き着くところは同じようなものだろう。この国のシステムはその程度の完成度というか安定性を有している。影響する範囲が広ければ考慮しなければならない項目が増え、決定までに時間を要することになる。有事に際して時間の遅れは取り返しがつかないから、被害が拡大するのは必然である。それでも、人が替っても同じだと言うのは、この時間の遅れの大半が行政機関の中での手順による停滞によるものであるから、首相の判断の遅さは支配的にはならない。首相の判断の遅れが生じれば、それを促すシステムも付属している。菅直人の愚かさは、この遅れを何とかしようとしたことで別の混乱を引き起こしたことにある。被害の大きさを考えれば致し方ないことと言ってもよい程度の話である。もし菅直人の行動から学ぶものがあるとすれば、首相は病人と年寄りにさせないことであり、もう少し知恵があれば、有事の代行者を決めておくことが有益だろう。
それなら菅直人を支持するのかと問われればそうではない。誰がやってもそれほど差がないとしても、その立場の人に求められる行動というのはある。宮城か福島か忘れたが、現地に行った菅直人が、おそらく体育館だと思われるところで、災害被害者に話をして行けと追われる場面がテレビ放送されていた。逃げてはいけない。逃げてはいないと言うのだろうが、避けてしまえば逃げたと言われる。立場というのはそういうものである。逃げれば追われるのは必然である。逃げたい場所に出向くのだから、自ら踏み込む姿勢を選択しないのかが分からない。そこまで嫌なら行かなければ良い。テレビ取材が入っているのは承知しているのだから、避難所の年寄りを捉まえて、
「生きて下さい。生きて、この悲しみを後世に伝えて下さい。生きていくのが大変なら国に言って下さい。何とかします。それが国の責任です」
と伝えれば良い。リベラルと称されるグループは税による富の再分配を重視するのだろうから、被害にあった人達に配分を多くすることに抵抗はなかろう。しかし、何かを得るのなら、何かの役割をしてもらうのは当然だ。語り継ぐ役割を担ってもおう。その一言を発せられないのなら、行く価値はない。天皇陛下が身体に不具合を抱えながら現地に向かうこと、その価値について考え、自らの行動と照らしあわしてみれば良い。止ん事無きお方と世俗にまみれた政治家を一緒に出来ないが、学ぶことはいくらもあろう。

震災発生後、海外からも含めて多くの義捐金が寄せられた。しかし、その資金を活かしきれないままであった。問題の根本は、この国の役所の公平に実施しなければならないという使命感だろう。平等に公平にと思えば、この順番が妥当かを考えねばならず、そうしているうちに時間が過ぎていく。役人に任せれば必然的に発生する問題である。役人は政治家に命令されたのなら、その範囲で公平を期すことだろう。その政治家は後に不適切な指示をしたと批判されるかもしれない。しかし、その時でなければ価値の無いものなどどこにでもある。経済活動では朝なら高値で買うが、夕になれば昨日と同じで、明日になれば金を付けなければ引き取らないというものが幾らもある。災害があった今だから必要なものである。行動することが価値を生むことになる。逆に動かないことに正義はない。手近の人から支援することは公平でないかもしれない。それでも誰も助けないことより価値がある。災害医療のトリアージを公平でないと文句を言うのと同じである。出来ることからする。出来ることしか出来ない。自分の能力以上のことを望むより、自分に出来ることをする。たったそれだけのことも大きな災害では機能しなくなる。機能させるのが政治の役割だろう。それをしなかったのは、政治家の知恵が足らないのか、覚悟が足らないのか。知恵が足らないのは寛大な国民は許すだろうが、覚悟が足らないのは許しようがない。政治家を辞めてもらおう。

長くなったので東京電力の話は次回とする。


過去に学ぶことは、事実を積み上げる作業から始まる。情に流されては見えないこともある。

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