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2013年2月21日 (木)

三人の死刑執行

谷垣禎一法相は2月21日、同日朝に三人の死刑を執行したと発表した。民主党の滝実元法相が昨年9月に執行して以来五カ月ぶり。昨年12月の政権交代後では初の執行となる。


法務大臣は、「(制度を)見直す必要はないと思っている」と明言している。そこを含めて考えてみる。


死刑が執行されると、死刑制度反対派の声がひときわ大きくなる。法務大臣の発言もそれに対応するものであるのだろう。しかし、法務大臣は法律に従って行動しなければならないから、死刑制度がこの国の法律である状況で執行を拒否するならば罷免理由にさえなると考える。見直す必要があるか否かについてのコメントは不要で、法律に基き執行したで充分である。「いずれも身勝手な理由で尊い人命を奪った極めて残忍な事案。慎重な検討を加えた上で執行を命令した」とも発言しているが、裁判所が深く検討したであろうことを法務大臣が検討を加える必要はない。強いて検討する理由を見出すとしたら、冤罪の可能性の有無についてのみである。無いのなら執行するのがこの国務大臣の職責である。
よって、執行された三名の事情についてコメントする気が無いなら、制度に関するコメントは尚不要である。法律家が法務大臣の席に着くとロクなことが無いと感じる部分である。
しかし、そうはいっても国内法の問題でお終いに出来ない事情が死刑制度にはある。反対派の理論的な錦の御旗になっているとの言えるのだが、国際人権規約の批准というものである。ここで死刑を廃止することが謳われている。正式名称は、
 ● 死刑の廃止をめざす、市民的及び政治的権利に関する国際規約の第二選択議定書
というそうである。この長い名前は使われないようで、死刑廃止などを定める「第二選択議定書」と呼ばれることが多いようだ。日本政府は国連規約人権委員会から,死刑廃止に向けた努力を常に勧告されているが、事実上の「ゼロ回答」というか放置したままにしている。その態度はどうかと思う。この規約に関して、死刑制度存続を主張しつつ、他の人権問題で選択議定書 (この議定書は死刑制度だけを扱っているのでは当然ない) の批准を求めるのは、あまりにご都合主義となってしまう。注意して人権問題で発言する政治家を観察するとこの怪しい言動が見えることがある。
第二選択議定書の当該部分を引用する。
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このようにして死刑を廃止するという国際的な公約を企図することを願って、次のとおり協定した。
第一条
1 何人も、この選択議定書の締約国の管轄内にある者は、死刑を執行されない。
2 各締約国は、その管内において死刑を廃止するためのあらゆる必要な措置を とらなければならない。
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こう明確に書かれていては、批准するには死刑制度を止めるよりない。終身刑を禁止するとは言っていないので、現在の無期懲役の上の刑罰として、仮釈放なしの終身刑を設定すればよいというのは議論の方向性として正しいと思う。外務省のホームページに第二選択議定書の経緯について記されていたので引用する。

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■ 国際人権規約の作成及び採択の経緯

(3) 第二選択議定書の作成及び採択(1980~1989年)
B規約第6条に言及されている死刑制度に関連して、死刑廃止を目的とする選択議定書草案の起草についての検討が1980年の第35回国連総会で開始されました。その後、検討は国連人権委員会及び国連差別防止・少数者保護小委員会に委ねられ、同小委員会より任命された特別報告者は、1987年、議定書草案を含む報告書を小委員会に提出しました。同議定書草案は小委員会、人権委員会をコンセンサスで通過した後、経済社会理事会を経て、1989年第44回国連総会に送付されました。同草案は、「市民的及び政治的権利に関する国際規約の第二選択議定書」(以下「第二選択議定書」と略称)として、同年12月15日、賛成59、反対26、棄権48で採択されました。

(4) 効力の発生
A規約は、1976年1月3日に、B規約及び選択議定書は、1976年3月23日に、第二選択議定書は1991年7月10日に、それぞれ効力を生じました。
1997年12月現在の締約国数は、A規約が137カ国、B規約が140カ国、選択議定書が93カ国、第二選択議定書が31カ国です。
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以前書いたが、無期懲役の運営状況として仮釈放になるのは最近の例では平均35年であり、毎年無期懲役の受刑者が10~20人亡くなっていることを考える。これを考えると、凶悪な殺人事件で無期懲役と判決が下った受刑者が仮釈放になる可能性は極めて低い。終身刑を新たに加えることと、現行法のもとで運用上で対応することの差はそれほど大きくない。裁判所は死刑判決を出すことに慎重であり、第一審に限った死刑判決は2003~2012年の10年間の平均で9.8件である。
今回、死刑が執行された死刑囚の中には、裁判で死刑になる為に人を殺したと主張し、早く執行することを求めた者もいる。この社会秩序を壊す愚か者の為に、善良な国民が悲しみ、善意の人達がしなくてよい仕事をする不条理を、心の中で整理しきれないでいる。しかし、刑法は被害者の復讐を実現する為のものでないのも事実である。殺されなくても、死刑にしてやりたいと思う被害者感情はあるはずである。それを国際社会は良くないと考えているなら、日本国の国民もそれでも制度を存続するでも、制度を廃止するでも、見解を示す必要がある。その議論をするのが国民の代表である国会議員であるのだから、時間を掛けてでも議論して欲しいものだと考える。決して、政府の死刑制度世論調査でお茶を濁すのだけはやめて欲しい。なお、人権に関わる話であるから、各党とも党議拘束など掛けずに、マスコミも議員名を含めて報道して貰いたいものである。次の選挙の投票の参考にする。
最後に、私の考えを示す。死刑制度が犯罪の抑止力になるというのには否定的である。損得で人を殺されてはかなわない。終身刑で自分のしでかしたことを見詰め直して貰いたいと思う。宗教家の力は必要だと思う。そして、その過程が最も重い刑罰になると思う。簡単に死んで終わりというのは許さない。病気になれば治療するし、自殺も許さない。ただ、自分のしたことを反省する。反省しないことも許さない。生きることが刑罰である。


死刑制度がなくても暗殺される国より、裁判を受ける権利が守られている死刑制度のある国の方が上等だと思う。

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