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2013年1月19日 (土)

インフルエンザ

子供が熱を出して、自分にもうつったようであるが、インフルエンザにしては熱が37度前半に留まっていて判断を出し倦ねている内に、家族皆が発症した。これは怪しいと思い病院に行ったら、あにはからんやA型インフルエンザの陽性反応を皆が示した。意外なのは発熱の低さだけなのだが、その時はそうは思わなかった。雪の後の病院に、インフルエンザが蔓延していたら行きたくないなあ、と思っていた訳である。

午前に病院に行ったが、明け方が最も高い体温で38℃であった。その後は37℃後半をうろうろしていて、病院での検温では37.4℃になった。発症から二日なので吸引タイプの薬が手間が掛らなくてよいだろうと勧められて処方して貰った。
自宅に帰ったら、冷たい風に触れた影響が出て立っていられない状態になった。何とか手洗いと着替えを済ませて薬を使った。医師の話を様子はすぐに良くなると印象で理解していた(希望的憶測に過ぎない)ので、横になって三時間もしたら楽になると信じていた。二時間過ぎたくらいからひどく体が痛む。水分補給をする為に起きて、検温も同時にすると39.5℃ある。薬剤師は薬の接種後に体温の上昇があると言っていたが、再度の上昇は辛い。直前の高いときの痛みを体が覚えていて、必要以上に強く反応するように見える。それに、もっと上がるかもしれない恐怖が拍車をかける。薬の吸い方は適切だったか。48時間以内の条件から外れていた場合に、効果が著しく低下する可能性はないか。特に他の薬を飲んではいなかったから飲み合わせの問題はない。食べ物、飲み物はとっていなかったが、このことが薬剤の吸収を速めたりするのか。こんなことに頭を巡らせているうちに、これは過去に経験していることに気が付いた。体の痛さの記憶は、知識を詰め込む場所とは違うところにあるようだ。十年くらい前にインフルエンザになって高熱となったことがある。このときと思考パターンが同じである。薬は違っても反応に似たものはあるだろうと変に楽観的になった。それにしても、薬剤の使用後の体温の上昇パターンを開示したらよかろうにと思うのである。病気が治るだけでいい訳ではない(イヤイヤ病気が治れば良いのである)。熱が下がり始めたのは薬の投与から十二時間後であった。
体温を高めてインフルエンザウィルスを死滅させる薬ではあるまいが(そんなことは有り得ない)、疑ってしまうほどの上昇であった。翌日、食事をしようとふつうのご飯を食べたとこと、一時間ほどで激しい吐き気が生じた。沢山の物を食べてはいないし、消化に悪い物や、痛みが疑われるものは食べていない。二時間ほどで収まったが、どうやら消化器官は活動停止していたようだ。そこに無造作に食べ物をいれたのだから、拒絶反応がでたのだろう。検温は表面温度で、発熱しているのは筋肉であったりするが、内臓では肝臓や心臓が大きいだろう。心拍数は安静時の二倍以上になっているし、私の体からすれば得体のしれないものがドーピングされたのだから、肝臓も忙しいことだろう。消化酵素は温度が10℃上昇すれば活動が二倍になるような世界だろうが、タンパク質だから60℃は持たないだろう。身体は42℃程度が上限だ。37℃程度の温度で最適化されている私の消化器系が取る、環境温度の2℃上昇に対する対応は、機能停止であろう。抗生剤の一定期間の接種で、すっかり消化されなくなる状態は経験しているが、今回の薬にそのような効果があるかは知らない。活動の再開には時間をかけるのが妥当だろう。

寝ているときに咳が激しく出て、不自然な姿勢で脇腹を痛めた。現在も痛み続くが、肉離れを生じているかもしれない。この部位の痛みも記憶の底から蘇って来た。一年前に自転車から落車して痛打した部分である。十分なリハビリをしなかったので、筋肉が弱かったことは否めない。今回は十分なストレッチをして、適度な負荷を掛けたトレーニングをしよう。

二日分のブログが書き掛けになっている。バックデートするが、今日明日で公開する予定である。


痛みの記憶はアクセスは悪いが、非常に鮮明である。

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