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2013年1月29日 (火)

体罰した教員、処分者以外に52人:愛知県

愛知県教育委員会は1月28日、すべての県立高校と特別支援学校計173校の中で、生徒に体罰をふるった教員が今年度、処分された13人のほかに新たに52人いたことを明らかにした。件数では86件以上にのぼり、けがをさせた事案もあったが、県教委は現時点で処分はせず、学校名も公表していない。


学校名を公表しないのは、生徒が不利益を被る可能性を考えてとのことである。公表しないで利益を得るのは処分を受けた教員と、教育委員会であるのは明らかだから、仲間内のもたれ合いと言われても仕方ない。不利益を重視したと信じることにして、スポーツ系の部活動に限定して考えてみる。

スポーツというのは、不便を楽しむものである。楽にできないことは幾らもある。速く走るのも、遠くに投げるのも、高く跳ぶのもできない。道具を使った競技ならより複雑になり、相手があれば更に駆け引きの要素が加わる。しかし、ルールに縛られ不便であることを受け入れることから始まるのがスポーツである。加えて今日できないことは明日もできないから、明日できるともしれないのに訓練を繰り返すしかないのである。容易にできるなら不便でない。とことん不便にできている。
スポーツを楽しむというのは、息苦しい作業が付きまとうから本当のところ楽しくない側面がある。レクリエーションとしてのスポーツと競技スポーツの差がここに顕著に表れる。さらに、日本の学校での部活動は修行的な要素が満載なので、苦しいことは良いこと、つまり精神修行になると考えている部分があるようだ。この部分で言えばスポーツより体育の方が適切な表現なのだろう。精神修行を求める人もあるだろうから否定はしないが、精神修行道としての部活動ならその旨公表しておいた方が良い。誤解があるのは誰の為にもならない。修行ではなくスポーツをしたいと思った若者(高校生にしておく)は、体力や技術の上達を目指して多少のことは我慢することだろう。どうせ我慢するなら優れた指導者と言われる人のもとでやりたいと思うことだろう。
子供と親の誤解は、我慢が大きければ成果が大きいと信じることである。そんなことはない。我慢が全くない世界で訓練しては強くなれなかろうことは予想できるが、我慢の末に故障しては成果は付いて来ない。鬼のような指導者が最良とするのも、この考えに沿ったものなのだろう。
指導者は成果を上げることを求められているから、実質的にプロ化している。プロ化した指導者は最良の生徒に適切な指導を行い、不要な生徒には排除すれば良いが、表面的にはプロではない指導者は平等に指導する建前を表にするから、指導したくない生徒にも指導しているようなポーズをとる。
指導者は自分の功績につながらない生徒は、優良な生徒を育成する道具に過ぎないと考えた瞬間から問題が発生する。自分の地位を絶対とする為に見せしめにする。優秀な生徒を痛めつけるのは不利益になるから、弱い者いじめにならない範囲のライン上の者が狙われる。

不便を楽しむ理屈を理解させるのが指導者の生徒にする最初の仕事である。楽しむ為にはケガがあってはならないから、ケガを引き起こす要素は排除し、秩序を崩す者は排除されても仕方ないことになる。
やたらと辞めさせたら問題になるだろうが、適切な説明責任を果たすならそれ以上の問題にはならない。優れた成績を残せないことで叩かれるなら受け入れる以外にないだろう。勘違いした親と子と、欲の皮が張った指導者が思惑で動けば事故も起きる。鞭を手にして指導すれば良い先生というなら、そういう学校を造れば良い。子供が農耕馬以下の扱いを受けるのを許す親がどれくらいいるのか興味がある。


指導者にも不便を楽しむ器量が必要である。

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