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2012年12月16日 (日)

衆議院選挙

いろいろなメディアの出口調査や情勢分析によると、自民党は単独過半数を獲得し、政権交代が確実な情勢であり、自民党は公明党と合わせて300議席を上回り、衆議院での法案の再可決が可能となる3分の2の320議席をうかがう勢いあるという。


自民が勝って、民主が負けるのは選挙民の意思であるからそれで良い。しかし、選挙中にどの政党も話題にしなかったか、話題にするのを避けていた重要課題がある。それが一票の格差の解消である。最高裁の判断として衆議院は違憲状態であると出ている。0増5減をおこなうことを決めているが、実施しないまま選挙に入ってしまった。なぜこんな無理をするのかというと、政治家が選挙無効には踏み込まないと関あげているからだと考えられる。理由は選挙無効を司法判断として出せば、国民生活に深刻な事態を生じせしめるからである。確かにその通りである。しかし、もう少し考えてみる。

今回の選挙が違憲とする主張に対し、最高裁が違憲と判断するのは前回の衆議院選と同じなので当然である。選挙が無効か否かが関心のあるところである。最高裁は、無効とした場合の国民生活への影響と、有効とした場合の国民の不利益を天秤にかけて判断することだろう。
前者は非常に大きな問題である。しかし、国民の基本的な権利を歪めたまま放置することを許すことは、国民の司法に対する期待に背くものである。司法への期待がウソになるなら、立法や行政が何もしないことを行うのは司法の役目だと考えても良い。
今回の選挙に至る経緯を考えると、
 (1) 司法が違憲状態と判断した。
 (2) 立法府は抜本的な対策はせず、(1)の違憲を抜け出す最小限の法案を作った。
 (3) 立法府である衆議院は解散し、選挙となった。
となる。(2)の作業をもう少し進める努力は可能であったと考えて良いだろう。なにせ定数是正の法律は数日で衆参を通過した。区割り修正に三ヶ月を要するとしても、その作業をする責任が議会にはあった。それより次の政権で有利になることを選んだ。これは民主党や自民党のみならず全ての党に共通している。
雨後の竹の子政党である、"の党"についても、共産や社民においても責任は同じである。平等でなければならいはこの国の制度の根っ子である。政党助成金なる資金援助を国から受けている政党ならば、公的な政党であることを名乗る資格さえない。

新たな議員が選出されたなら直ちに選挙区割りを済ませ、衆議院を解散すればよい。0増5減でも許す。何もしないよりましだ。なぜそうしないか。自分の立場と権利を守りたいからだ。国民の痛みを感じると選挙で叫ぶ候補者の感度とは、その程度のものである。自分が可愛い。欲で面の皮が突っ張っている。そんな面の厚さでは何も感じないことだろう。
その程度の議員しか選べないことが残念だが、その程度の国民しかいないと言われればその通りである。

国民生活に多少の不便は生じても、選挙無効判決が出ないと政治家は変わらないだろう。司法の最後の良心に期待する。裁判官が過去の判決のバランスを取るだけの天秤でないことを示して貰いたいものである。


徴兵制を採用すると言ったら、若者も選挙に無関心ではいられまい。これは談志のセリフだが。

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