« 大学の現状 | トップページ | 国籍とは »

2012年11月 7日 (水)

三大学新設を一転認可

田中真紀子文部科学相は七日、国会で記者団に対し「三大学を認可する」と述べた。

損害賠償を求める裁判を起こされてら、負ける可能性があると事務方に言われれば発言のトーンも、発言内容も、発言の骨子も修正してしまう。おとなしく撤回すればよかろうものをと思うが、有名な政治家には決して許されるものではないらしい。事務方も右往左往したことだろう。お見舞い申し上げる。
しかし、そもそも、始めからこうなるのは分かっていた話である。落としどころを事前に認識しておくのは政治家なら当然のことと思う。役人の協議への参加も可能であろうから、なんとも自分勝手な政治主導という作業であると思う。必要な知識や経験を有する役人は使われるのが当然の行為、役目である。なぜそうしないのかが理解できない。自分が役人以上の見識を持っていると信じていたのだろうか。
その挙句に、米国の大統領選開票日に合わせて、どさくさに紛れて隠蔽を計ったとしたらなかなかの策士である。

中途半端な騒ぎで、大学の認可に関する話は停滞し、せいぜい自由化以前の認可方式になって文科省の権益が増える結果になるのだろうか。新規の大学は今後減りそうだから、むしろ文科省が大学の生殺与奪権を持ったら貢物が増えそうである。そうはならないだろうが。
根本的な話には至らず、表面上の騒ぎがあっただけでお終いはつまらない話である。せめて、大臣の辞任、好ましくは議員辞職までやってもらいたいものである。

田中大臣の仲間たちもいることだろうから、大学の在り方について検討する必要があるとお友達が主張すれば良い。そのお友達の集団が政党なのだろう。田中真紀子は友達がいないのなら、コーヒー好きの良く出来た配偶者に発言を求めたらよいだろう。
信念を持って発言したのなら、途中で引っ込めたりしないで、結果として政治生命が絶たれたとしても本望とするのが政治家だろう。信念があるというのはそれを言うのであって、次の選挙の為に注目を集めようというのは信念には当たらない。
お友達たちも、責めるばかりしないで弁護したらどうか。自分の損得で動くのでなく、行動の規範とする大義が田中真紀子になくとも、仲間を捨てないのは大義となるものだろう。


既に過去の人なので、辞めてもらって終わりにしたい。辞めないならうっちゃっておけばよい。

« 大学の現状 | トップページ | 国籍とは »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 大学の現状 | トップページ | 国籍とは »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ